生徒会長の王子様

(※詩織視点)


 私は昔、完璧であろうと心掛けていました。


『詩織、この前のテストの点数は何点だった?』

「満点ですよ、お父さん」


 別に全ての成績がよくなければ会社を継げない……なんてことはありませんでした。

 ただ、お父さんは昔から父親から常に上を求められていたらしく、自然と子育ても同じようになったんだと思います。

 自分で口にするのもなんですが、流石は二代で大企業とまで呼ばれるぐらいの会社を作った一家。

 常に意識が高みに存在しており、私も同じ影響を受けました。


 だから、でしょうか?

 苦手なことがあると、とことん克服しようとしてしまうのは。


「……よしっ」


 目の前に広がるのは、大きなプール。

 自宅の近くにある市民プールの広さは、本当に大きなもの。施設は年中泳げるように暖房完備もしっかりしています。

 ただ、季節が少しズレているのか……これから桜が咲こうとしているこの時期にはあまり人がいませんでした。


 ───私は泳ぐのが苦手です。


 息継ぎの仕方も分からないですし、何故か浮かべません。

 それが分かったのが、去年の水泳の授業のこと。一年間、暇さえあれば水泳の勉強をし、ようやく人が少ないタイミングで実践をすることにしたのです。


(泳げるようにならなければ……)


 完璧を求め、求められているからこそ、できない部分は見せたくない。

 だからこそ、こうして一人でやって来ていました。

 しかし、泳げない子供が一人で泳ごうとして……どうなるかなど、予想ができるもの。


「ッ!?」


 ───私は溺れてしまいました。

 不運にも準備運動を怠ったせいか、足までつって。加えて、溺れてしまった時はちょうど「少し泳げるかな?」と、ビート板なしで端まで向かおうとした最中。


(い、たっ……息が……!)


 もがいてももがいても、体は沈むだけ。

 普通溺れている人がいればすぐに駆けつけようとしそうなものですが、人がいないせいかまったく騒ぎが耳に届きません。


(だ、誰か……!)


 そう思って、もがこうと手を伸ばした時でした───


(……え?)


 目の前に、小さな男の子が現れたのは。

 その子は私の手を引いて、そのまま体を抱えてくれます。


「ぶはっ!」

「はぁ……げほっ、げほっ……!」


 水面に上がると、近くにはビート板がありました。

 男の子は私にすぐさま差し出して、私はそれに捕まります。


「い、いいね……ゆっくり深呼吸だよ……大丈夫、これに捕まってれば大丈夫だから……」


 息を荒くしている私の背中を押して、男の子は私をプールサイドまで連れて行ってくれました。

 ようやく地に足がついた安心感。

 ハシゴを登ってへたり込んでしまった瞬間───私は思わず泣いてしまいました。


「ふぇ……ぇぇっ……」

「な、泣く!? えっ、体を触った僕のせい!? いや、あのっ……!」


 泣き出した私を見て、男の子はオロオロし始めます。

 そして、なんとか泣き止ませようと私の頭を撫でてくれました。


「大丈夫……もう大丈夫だから、ね? 僕、あんまり人の泣いてる顔って好きじゃないんだよ……」


 ですが、私の涙は止まりませんでした。

 安心感があったのは間違いありません。

 しかし、きっと……完璧であろうとした私が、こうして情けない姿を見せてしまったことも原因としてあったのでしょう。


「わ、私……泳げませんでした……泳げなきゃ、いけないはずなのに……!」


 完璧でいないといけないから。

 私は誰よりも優秀でないと───


「え、なんで?」


 しかし、彼は素っ頓狂な顔を見せます。


「泳げるようになりたい、なら分かるけど……泳げなきゃいけない、なんてことはないと思うよ?」


 男の子は私の顔を覗き込んで、真っ直ぐに言い放ちました。


「どんな事情があるのか分からないけどさ、泳げないからって君の魅力が下がるわけじゃなくない? できなきゃ、死んじゃうってこともないじゃん」

「で、ですが……私は完璧じゃなきゃいけな───」

「いけないわけじゃないっ!」


 その瞳は、赤の他人に向けるには強すぎて。

 まるで友人のために言っているような、優しそうな声で。


「欠点を克服するのはいいけどさ、泣いちゃうためにするようなものじゃないよ。完璧になろうって目指すのはかっこよくて好きだけどさ、せっかくなら「やった! できた!」って笑うために頑張ろうよ」


 ちなみに僕だってピーマンが苦手だったんだけど、と。

 その子は教えてくれて。

 自分の欠点のはずなのに、他人に話しても楽しそうな顔をして。


 ───それが、どこか眩しかったんです。


 こういう生き方もあるのだと、、と。

 私もつられて笑ってしまったのを覚えています。


「ほら、やっぱり笑ってる方がいいよ! すっごく可愛いんだからさ!」


 そして、私は……この時の、楽しそうに笑うを、忘れることはできませんでした。



 だから、廊下で初めて彼に会った時、私は一目で分かりました。

 今まで話したことはなかったものの、確信のような形で。

 初めは、柚葉さんの王子様ヒーローがどのような方なのか気になって会いに行きましたが……本当に、足を運んでよかったです。


 だからどうしても、また彼に会いたくなってしまいます。

 何せ、今のという楽しい生き方を教えてくれた王子様ヒーローですよ? 先輩風を吹かせて、関わる理由も作りたくなってしまうのです。私だけ違う学年ですからね。

 ただ、屋上で出会った彼を見ていたら───



 ♦️♦️♦️



(……抜け駆け、というわけではありませんよ、柚葉さん)


 放課後に向けての最後の授業。

 教師の声が耳に届く中、不思議と昔のことを思い出してしまって笑みが零れました。


(確かに、私はあの時から彼のことを慕っております)


 そんな彼と、放課後にデートをする。

 柚葉さんの王子様ヒーローだと知っています。薄々ですが、恐らく来栖さんの王子様ヒーローも彼のことでしょう。

 二人に黙って勝手にデートをする。二人から見れば、抜け駆けかもしれません。

 下心がないかと言うと嘘になってしまいますが……少なくとも、は伝えません。

 何せ───


(同じ土俵で戦わないと、フェアではないですからね)


 そのために、彼が私達をしっかりと意識してもらえるよう動きましょう。

 ですが、彼の力になりたいのは本心です。

 彼は恩義を感じてほしくないと、柚葉さんから聞きましたが───


(……これは恩義ではありませんよ、入江さん)


 ですが、今日で少しでもあの時もらったものを返せるのであれば……嬉しいですね。




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