体育の授業
「司、僕に勉強教えて」
なんて言ってくるのは、体操服姿の郁人。
現在、ホームルームも終わって体育の授業。体育館の中にはボールの弾む音と楽しげな声が響き渡りどこか活気が窺える。
その理由は、きっと───
『女子にアピール……!』
『俺の勇姿を見れば、きっと惚れる女もいるはず!』
『女の子がいる中で無様は晒さねぇ……ッ!』
……きっと、同じ空間に女子がいるからだろう。
楽しげというよりかは、必死という言葉が似合うかもしれない。
「柚葉にもその厚かましさが戻ってくればいいんだがなぁ……」
「え、なんの話?」
「こっちの話だ」
まぁ、最終的には気にしている風もなかったからよかったが。
ただ、懸念することがあるとすれば、ホームルーム中に「お礼は何をあげたらいいんだろう……」と呟きながら通販サイトでメリケンサックを検索していたことぐらいだろうか?
「なぁ、俺ってそんなにメリケンサックのイメージがある?」
「本当になんの話?」
俺も自分で言っていてよく分からん。
「でも、勉強を教えることは吝かじゃないぞ。お前の場合はきっちり対価はもらうけど」
「今度ご飯でも奢るよ」
「よし、なら許そう」
それだったら、明日一緒に勉強を教えるような形でもいいかもしれない。
なんて思いながら、試合を眺めながら順番を待つ。
ちなみに、反対側のコートでは別のクラスの女子達がバレーの試合をしていた。
中でも目立つのが、艶やかな髪を靡かせる一際美しい現役モデルさんだろう。
『霧島さん、ナイッサー!』
チームメイトからの声援。
それを受け、霧島がボールを高らかと上げ───
「あ、入った」
「ジャンピングサーブとは……恐れ入る」
俺の記憶が正しかったら、モデル業のせいで部活には入っていないはずなのに。
こうして改めて見ると、霧島の運動神経のよさが窺える。
「凄いね、霧島さんって。運動神経っていう意味もあるけど……」
チラりと、郁人が横を向く。
そこには、試合に参加していない男子陣が霧島へ視線を向けている姿があった。
俺達もしっかりと見ていたからなんとも言えないが、相変わらずの人気っぷりである。
「それで、そんな彼女と腕を組んで一緒に登校した感想は?」
「え、多幸感」
「素直な感想をどうも」
不誠実と思われるかもしれないが、俺だって思春期の男子……嬉しいものは嬉しい。
ただ、二人に腕を組まれて歩き難かったのと、教室に辿り着いてからの質問攻めだけは堪えた。幸せだったけど。
「にしても、傍から見ていたら驚きの連続だよね。いつの間に霧島さんを毒牙にかけたわけ?」
「別にかけたわけじゃ───」
「かけたでしょ、私に毒牙」
話していると、ふと真ん中に垂らしていたネット越しに声が聞こえてくる。
横を向けば、そこには先程までコートにいた霧島の姿があった。
「あれ、もうベンチ?」
「ピンチサーバーだったからね。点取られたら交代なのよ」
霧島は徐に腰を下ろし、いたずらめいた笑みを向けてくる。
そして───
「どう、惚れた?」
「なんて返しづらい言葉を」
今の一瞬に夕日を追いかける感動のスポコン要素でもあったか?
「あら、でもさっき熱烈な視線を感じたのだけれど……」
「きっとその視線は俺以外のその他もいっぱいいたと思うんだが?」
「生憎と、その他よりもあなたの視線だけしか意識が向いてないの」
「………………」
攻勢が強いと言ってはいたが、まさかここまでとは。
真っ直ぐすぎる好意に、思わず頬を掻いてしまう。
「意外とストレートなんだね、霧島さんって」
二人で話していると、横にいる郁人が声を掛ける。
「えぇ、それが強みだもの。そうでないと、入江を惚れさせるなんて難しいでしょうし」
「ってことは、やっぱり───」
「まぁ、返事は求めてないしちゃんと言ってもないけれどね。勝算がないのに言っても変に未練が残って玉砕するだけだし」
「そんなもんかな?」
チラリと、郁人がこっちを向く。
そういう視線は反応に困るからやめてほしい。
それに───
「そんなもんよ。まぁ、
「うーん……僕はよく分からないけど、これは今日の猥談会の議題にしなきゃ」
はっはっはー、猥談会の議題かそうかそうか。
「それだけはご勘弁を……ッ!」
「綺麗な土下座ね」
「必死さがありありと伝わってくる構図だよ」
あの面子にこの議題を出したら変に盛り上がるに決まっている。
絶対に問題解決ではなく騒がれるか妬まれるかしかないし、単に俺が気恥かしい思いをして終わるだけ。
……柚葉の時、相当恥ずかしかったんだからな?
「それで、あなたは試合に出ないの? 運動神経がいいって柚葉から聞いてたから、楽しみにしていたんだけれど……」
「いや、俺も参加したいのはしたいんだが」
俺はゆっくりと腰を上げる。
そして、ボールが外に出てプレーが止まったタイミングで手を上げた。
「なぁ、俺もそろそろ入りた───」
『引っ込んでろ、入江』
『お前が出たら試合にならなくなる!』
『三大美少女様だけじゃなく、俺らのアピールする機会を奪うつもりか!?』
上げはしたが、すぐに下ろす。
そして、その場にもう一回座り、
「こんな感じだ」
「なるほど、運動神経がよすぎるのも問題なのね」
「司が出たらほぼ無双状態だからねぇ」
うちのクラスにバスケ部がいないのも問題だとは思うが、そういうことらしい。
「そういうことなら、仕方ないわね。かっこよすぎるってことで納得しておくわ」
それじゃあね、と。
霧島は腰を上げて女子達の下へと戻っていく。
その後ろ姿を見送ったあと、郁人は俺の肩を肘で突いて───
「ねぇ、お節介な先輩って何の話?」
「……お前はそこを拾うんだな」
「えー、だって気になるじゃん。あんなに好意撒き散らして靡かないなんてさ。まぁ、幼なじみさんと迷ってるって話なら納得だけど」
確かに、霧島や柚葉みたいな可愛い子であればお付き合いしたい。好意を向けられているともなれば、すぐに頷きたいと思うのが男だろう。
俺だって、あんな子とお付き合いできるものならしたいと考える。朝の件だって、抱き着かれたら嬉しく思ってしまう。
(でも、一時のそういうので結論は出したくない)
別に、もう卑屈になっているわけじゃない。
ただ───
(素直に受け止めて、俺自身がちゃんとその子を好きになって……その上で、好意に応えたい)
詩織さんのおかげで、前に向けた。
まだ、関係が変わって少ししか経っていない。
それでもお節介な先輩のアドバイス通り、霧島達の好意は真っ直ぐ受け止める。そして、しっかりと向き合うつもりだ。
「……俺にも俺の事情があるんだよ」
「何それ?」
そうでないと、それでこそ彼女達に失礼だろうから。
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