様子が変な幼なじみ
俺と柚葉は幼なじみで家も近いが、決して毎日一緒に登校することはない。
友人との待ち合わせだったり、起きる時間が違えばそれぞれで登校する。
偶然たまたま居合わせた際に一緒に登校するぐらいだ。
まぁ、入学当初に柚葉が三大美少女と呼ばれるようになった頃は、意図的に時間をズラしていたような気がする。
柚葉はかなりの人気者だ。一緒に男と遭遇すれば、少なからず同性から妬み嫉みの視線を浴びてしまうのだ。
もちろん、今はもう慣れている。
一緒に登校するのも問題はなく、たまたま居合わせたらいつも一緒に学校まで向かってい───
「よぉ、柚葉。今日は登校時間が被ったn」
「ご、ごめん私先行きます捜さないでくださいっ!」
……たはずなんだがなぁ。
「あいつ、意外と足が速いな」
柚葉の中の
俺は通学路の途中で、脱兎のごとく走り去る柚葉の背中を眺めていた。
ただ柚葉の背中が見えたから声をかけただけだというのに、彼女は俺の姿を見るや逃げ出してしまう。
「……避けられてんなぁ、俺」
原因は想像がついている。
というより、昨日の一件が柚葉の様子を変えたのだろう。
(気にすんなって言ったのに……いつも通りだった昨日がなくなった)
なんだかんだ幼なじみとしての付き合いが長いからこそ、変に気にしないでいつも通りに戻ってくれると思っていたのに。
こう、変わってしまってから初めて大事なものに気がついたみたいな感情が俺の胸にあるのはなんでだろうか?
(……いや、待てよ)
歩きながら、ふと冷静になる。
美化された偶像だったと理解はしていても、問題はそこではないのかもしれない。
それは、柚葉が怒っている可能性があるということ。
今までずっと隠してきたんだから怒るのも当然。
しかも、ずっと「会いたい!」と言っていたのだ。
俺が言い出せなかったばかりに、ずっと名も知らない相手のことを考えていた。
確かに、今まで黙って知らぬフリをしていれば憤りもするだろう。
「あとでちゃんと謝ろ……」
柚葉との関係を悪化させたくないし。
昨日はなんだかんだ柚葉が逃げてしまったからできなかったが、これはしっかりと話をする必要がありそうだ。
「ただ、また学校でも逃げられそうだなぁ」
そう愚痴りながら、通学路の途中にある角を曲がる。
すると、そこには俯いてそわそわしている金髪の可愛らしい美少女の姿が。
「……先に行ったんじゃなかったのか?」
「さ、流石に声かけられて逃げ出すのは失礼かなーっと……」
どうやら、声をかけたにもかかわらず逃げたことに罪悪感を抱いて待ってくれていたらしい。妙なところで律儀なお嬢さんである。
「あー……その、ごめんな?」
「ふぇっ?」
「今まで黙っててさ。あの頃の俺って妙にヒーロー気取りだっただろ?」
柚葉の横に並び、一緒に歩きながら頬を掻く。
「結構、今になって黒歴史なんだよ。思い返すだけで恥ずかしいっていうかさ、忘れたい思い出というか……だから今更言い出し難くて」
しかも、黙っていた理由が「何も言わずに立ち去るヒーロー、かっけぇ!」なのだ。
時間が経てば経つほど恥ずかしくて言い難くなるのは言わずもがな。さらに、柚葉があの時の俺を美化するから余計にも告白できなかった。
「つっくんが謝ることなんてないよ! 昨日もその一件も……むしろこっちがお礼を言いたいのに」
「ん? 怒っていたから避けたんじゃないのか?」
「怒ってなんかないけど!?」
よかった、怒ってないのか。
しかし、怒っていないとすれば何故急に避け始めたのだろうか?
(考えられるのは、俺を
大いにあり得る。
ずっと
幼なじみとして見るか、
(……まぁ、それぐらいだったらすぐに治まるか)
何せ、
実際目の前にいるのは、今まで幼なじみと接してきた俺である。
今は急な話についていけていないだけで、しばらくもすれば偶像が消えていつも通りになるはずだ。
(これが赤の他人とかだったら、もしかしなくても異性として意識されるんだろうが)
学校で有名な三大美少女様が今まで異性との浮ついた話がないのも、一重に
そんな
ただ、現実は見知って今まで異性として見てこなかった幼なじみ。
もしかしなくても、これから柚葉は偶像が消えて普通の恋愛をしていくのかもしれない。
そう考えると、バレたことも決して悪いことばかりじゃ───
「ね、ねぇ……つっくん」
チラッと、上目遣いで柚葉がこちらを見てくる。
そして、おずおずと俺の顔色を窺うように手を差し出してきた。
「もしよかったら、さ……手、繋がない?」
「いきなりどうした!?」
あまりの脈絡のなさに、思わず驚いてしまう。
すると、今度はカバンから工場で見かけるような透明なビニールの───
「嫌なら、ちゃんとビニールの方の手袋使うから……」
別に衛生的に受けつけないから聞き返したわけではない。
「……嫌ってるわけじゃないから、ビニールな手袋はカバンにしまっちゃいなさい」
「嫌じゃないの……?」
「安心しろ、むしろご褒美だ」
こんな美少女と手を繋げるのが嫌な男はいない。
それがたとえ長い付き合いである幼なじみであったとしても、嬉しいものは嬉しいのだ。
「……でも、傷のこととか本当に気にしなくていいんだぞ?」
恩に着せたいわけじゃないし。
変によそよそしくされる方が俺的に辛いし戸惑う。
「気にしてるかもしれないけど……気にしてないし! ただ、手を繋ぎたいってだけだしっ!」
ただ手を繋ぎたいとは一体……?
「いや、でもな? 高校になってから俺達そんなことしたことなかったし───」
そう言いかけた時、柚葉は顔を真っ赤にして無理矢理俺の手を握ってきた。
「そ、そういう気分なのっ!」
「そういう気分なのって……」
今まで一緒に登校しても手なんか繋がなかったはず。
そもそも、軽いスキンシップですら高校にあがってからめっきり機会が減ったというのに、恋人がするような行為などしたこともない。
「えへへ……」
しかし、繋いだ彼女の顔は酷く嬉しそうで。
少しだけ気恥ずかしさが混ざった笑みを見ると、無理矢理振り払う……なんてことはできなかった。
(まさか……)
あり得ないと思っていた。
だが、この顔を見るとどうしても脳裏に「もしかしたら?」なんて可能性が浮かんでしまう。
(……意識されてんのか、俺?)
俺が
ずっと想い続けてきたからこそ、異性として見てしまった? それで、ちゃんとアピールしようと手を繋ごうと考えたのだろうか?
だとしたら挙動不審な行動も、急なスキンシップも頷け───
(い、いや……待つんだ入江司イケメン十六歳)
意識されているであろう要因が色々あるとはいえ、勘違いの可能性もある。
もし、ここで浮かれてドギマギしてしまえば、
『え、いやこんなのただのスキンシップだし、助けてくれたとはいえ一日で好きになるわけないじゃん! まったく、これだから童〇くんはやれやれ』
一人恥ずかしい想いをしてしまうのは必然……ッ! 柚葉にこんなことを言われたあかつきには、外にも出られなくてニート人生を歩むことになってしまうッッッ!!!
(……早めにちゃんと聞いておかないと、今回の件みたいに聞き難くなる可能性が高い)
今後のことも考えてハッキリとさせておく必要があるだろう。
「なぁ、柚葉?」
「な、なにっ?」
だからこそ、俺は顔を真っ赤にしている柚葉へと真っ直ぐ向いて言い放った 。
「柚葉って、俺のことが好きなのか?」
「……………」
柚葉の足が止まり、表情までもが固まる。
しかし、すぐさま―――
「べ、べべべべべべべべべべべべべべべべべべ別に、つっくんのこととか好きじゃないし勘違いだし好きだから手を繋ぎたかったわけでもないんだしッッッ!!!」
顔を真っ赤にして、慌ててそう言ってきた。
「そ、そうか……」
まさか、ここまで否定されるとは。
でも、顔を真っ赤にして慌てているところを見ると、やはり勘違いではなく意識はされているだろう。
ただ、なんだろう……正面からそんな言葉を言われると少し悲しい気分になった。
「(あ〜〜〜〜〜っ! なんでこんなこと言っちゃったんだよ私っ!)」
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