気まずい空気

次回は9時と18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ


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 今までバレないように注意していたというのに。

 それこそ、高校二年生になるまで傷を見られることなく一緒にいた。

 まさか、まさかだ。

 こんな形で柚葉にバレてしまうことになるとは―――


「…………」

「…………」


 風呂から上がり、リビングに戻ると気まずい空気が流れている。

 原因は言わずもがな。

 明らかに、俺の傷を見て柚葉が察してしまったことがこの場の空気を作っているのだろう。


「あ、あのさ」


 しかし、その空気も柚葉が口にした瞬間に崩れ去る。

 艶やかな金髪を揺らし、クッションに顔を埋めながら柚葉はこっちを向いた。


「つっくんの背中の傷って……」


 緊張を孕んだ声を向けられ、俺は思わず息を飲んでしまう。


「……念のための確認だけど、つっくんの背中って魔王討伐前に出てくるドラゴンのブレスで焼かれたとかってわけじゃないよね?」


 恐らく、彼女は聞きたいことが色々あったからこそ頭の中がごちゃ混ぜになっているのだろう。

 この子はきっと、昨日は異世界系の漫画を読んでいたに違いない。


「はぁ……俺が異世界から帰ってきた逞しくてイケメンな勇者に見えるか?」

「ううん、顔は普通」


 これはこれで腹立たしい。


「まぁ、冗談は置いておいて……そんなフィクションやファンタジーみたいな怪我じゃねぇよ」

「だ、だよねっ! あはは……私、何言ってんだろ」


 柚葉は恥ずかしそうに頬を掻く。

 まぁ、彼女の言わんとしていることは分かる。

 俺が昔、柚葉を火事から助けたかどうか。加えて、背中にある傷はその時できたものなのか。

 ある程度気づいているものの、それを確認して己の中で確証を持たせたいんだと思う。


(さて、本当にどうしたものか……)


 もちろん、このまま誤魔化すこともできる。

 たとえば「昔、ポットのお湯をひっくり返したことがあってー」だったり言えば、もしかしたら誤魔化せるかもしれない。

 ただ、これは逆にチャンスという捉え方もできる。

 黒歴史を掘り返してしまうことになるが、言い出せなかった話を言い出せる機会。そうしたら、もう今度から彼女に『黙っていた』という後ろめたい気持ちを抱くことはないはず。

 関係が変わってしまうかも? という少しの懸念点こそあるものの、この話はいつかは言わなければならない話のような気がする。


(……よし、言うか)


 俺はソファーに座ったまま、柚葉に向かって深々と頭を下げた。


「ずっと、黙っててすまん」

「……………」

「その、言い出せなかったというか昔のことはちょっと黒歴史的な苦手意識があって、中々言えず……黙って立ち去るヒーローに憧れていたというかなんというか……」


 チラリと、柚葉の方を見た。

 すると、柚葉はいつの間にか涙のあとが残る顔を上げてこちらに視線を合わせていた。


「じゃ、じゃあ……つっくんが昔、私を助けてくれたってことでいいの?」

「ま、まぁ……そう、だな。記憶に相違がなければ」


 改めて面と向かって言うと、かなり気恥ずかしい。

 自画自賛しているような、自分の恥ずかしかった時のことを暴露しているような。


「そ、そっか」

「お、おぅ」


 もう一度、会話が終わってしまったことで気まずい空気が流れる。

 それがなんともいたたまれなくて、今度は俺から慌てて口を開いた。


「で、でも恩義を感じる必要とかないからな!? 褒めてほしいから言ったわけじゃないし、そもそも別に気にしてないし!」


 気にしていないのは本当だ。

 確かに、自分の傷を見る度に恥ずかしい想いをしてしまうものの、助けられてよかったと思っているのは事実。

 そこに恩なんか感じてほしくないし、あの時の俺は見返りがほしくてやったわけではない。


「で、でも―――」

「本当に、恩に感じる必要なんかないんだって! もし見返りがほしかったら、今まで黙ってたわけがないだろ!? ただだけなんだから!」

「~~~ッ!?」


 ほんのりと顔が赤くなった柚葉に力説する。

 正直なところ、ここで柚葉には何度も聞かされた王子様ヒーローのことは忘れてほしいと思っている。

 柚葉が俺のことを異性として見ていないのは長い付き合いで理解しているし、この落ち着いて気心の知れている関係は意外と好きなのだ。

 変に意識され、この関係が変わってしまうのは俺としても望んでいない。


「だから、さ? 本当に俺のことなんて気にしなくていいって。もしどうしても気にするっていうんだったら、今度ジュースでも奢ってくれよ」


 なっ? と、俺は柚葉の肩に手を置いた。

 すると―――


「ひゃっ!?」


 柚葉が驚いたような変な声を出した……まま。


「……どったの?」


 高校生になってからあまり減ったものの、今までこれぐらいのスキンシップなどいくらでもあった。

 今更驚かれるようなことでもないはずなんだが。


「べ、べべべべべべべべべべ別になんでもないよ!? うんっ、つっくんがそう言うんだったら私も気にしないようにするし!」

「お、おぅ……」


 明らかに気にされているような感じがしなくもない。

 のぼせたのか? って思うぐらい顔を真っ赤にしているし、さっきから俺と目を合わせてくれないし。

 だから俺はなんとかして目を合わしてもらおうと、柚葉の可愛らしい端麗な顔を覗き込む。

 すると―――


「そ、そうだっ! 私、お家で一人料理のお勉強しないといけないんだった!」


 立ち上がり、慌ててリビングに置いてあるカバンを手に取って部屋を出ようとする。


「柚葉?」

「じゃあね、つっくん! その……またねっ!」


 そして、柚葉は声を掛けた俺を無視してそそくさと部屋を出ていってしまった。

 今日はうちでご飯を食べると言っていたのに、どうしてかもう戻ってこないような気がする。


 静まり返ったリビング。

 そこで、俺は疲れ切ったようにソファーのせもたれにもたれかかって大きなため息をついた。


「はぁ……まさかこんな形になるなんて」


 自分は過去をちゃんと清算できた。

 これで今まで柚葉に抱いていた焦りもうしろめたさもこれからはないだろう。

 願わくば―――


王子様ヒーローのことを忘れて、いつも通りの関係を続けられればいいんだが」


 と不安がってはいるが、なんだかんだ明日になればいつも通りの柚葉な気がする。

 何せ、あんなに想っていた相手が異性とすら見ていない幼なじみの俺なのだ。

 きっと、今まで想い続けていたのは美化された偶像だったのだと理解してくれるはず。


「にしても、疲れた……」


 夕飯まで時間があるし、少しだけ眠ろう。

 そう思い、俺はそのまま瞼を閉じた―――



 ♦♦♦



(※柚葉視点)


 つっくんの家を飛び出し、私は早足で家までの帰路を歩く。

 その時の私の顔は、酷く真っ赤だった。


(まさか……つっくんが)


 でも、仕方ないと思う。

 ずっと捜していた王子様ヒーローが、ようやく見つかったんだから。

 灯台下暗し。

 まさか、幼なじみのつっくんが私の想い人だったなんて―――


(どうしよ)


 つっくんを今まで異性として見てきたことはなかった。

 仲のいい幼なじみで、弟みたいな子で。

 でも、確かにつっくんは優しくて面白いし、一緒にいて居心地がいい。

 けれど、今まで私は異性の人とは一線を引いていた。

 どうしても、王子様ヒーローのことが頭を過っちゃうから。


(どうしよう……!)


 でも、これはあんまりだと思う。

 私は思わずその場に蹲って、赤くなりすぎた頬を抑えた。


(ズルいよ……つっくんの、馬鹿っ)


 この胸の高鳴り。心臓が先程からうるさい。顔が火照ってめちゃくちゃ熱い。

 今まで、彼を異性として見てきたことなんてなかったはずなのに。


「はぁ……私って、本当に単純な女だ」


 つっくんが王子様ヒーローだって知って、納得してしまった。

 つっくんが王子様ヒーローだって知って、嬉しかった。

 そして、今感じてるこの感情と衝動は間違いなく―――


「明日から、どうやってつっくんと話そう……」


 私は結局、この場から動き出すのに小一時間かかってしまった。

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