第18話 悪性因子


僕は最初、その花が食糧かどうかを疑った。

地底の底に咲き乱れる花、その地獄という表現に相応しい鮮やかな赤を基調とした花の色に、僕は見惚れつつも危ない予感を感じずにはいられなかった。


「食べるならなるべく一つに済ませなさい。

あまり食べすぎると地獄が待ってるわよ?」


僕は直感でそれがどのような危険物なのかがわかった。

そうだ、これは毒だ......!

一定の数蓄積すると発動する毒性......!

毒性の強弱じゃ測れない毒性。

だが、これを食べなければ、僕は生きられない......!


「延命と落命を操る呪霊薬草アヌダーズ

かつて生死の境を何度も行き来した者が使用していた薬草と言われている。

その際、何度も地獄を経験したため、この花は地獄の花という名称を賜ったのだ。

ま、一つだけなら苦しみもない。

滋養強壮にも良いから遠慮なく使うといいよ」


なるほど......一見すると、この薬草は命を回復させるのにはもってこいだ。

滋養強壮にも効き目のある細胞のエネルギーを補填する特効薬。

ただし、高い頻度で使うと精神に異常をきたし始める薬草。

強烈な狂気、幻覚、恐怖、それらの魔に取り憑かれる文字通りの生き地獄。

結果として、それらの魔に取り憑かれた者たちは長生きしない呪われた薬草なのだ。

そう、一つだけならなんの影響も受けないはずだ。

が、それでも懸念材料はある。

それはことだ。

一般的に、一つ目を食べて呪われない確率は九十パーセント未満だ。

十人に一人以上が悪い確率を引いてしまう。

僕はそんな恐怖と、今対峙しているのだ。


誰だったか......僕にこの知識を授けてくれた人がいたはずだ。

彼......彼?

いや、いい。

僕は前に進むんだ。

命を薬草一つで買えるのなら躊躇なんて要らない......!

大丈夫だ。生きるためだ。

を食べる勇気を持てばいい......!

どうせ後には引けないんだ。

男らしく、ここは行け......!


はむっ。

サクッ。


僕は花びらを一枚、二枚と一気に齧り、頬張る。

食欲はあるが吐きたい欲もある。

こんなの初めての経験である。


「......成功だ。

魔に呑まれずに済んだようだな」


「ハァ......生き返ったー!!!

ハァ......本当に死ぬかと思った。

この花には、皮肉にも命を救われたぜ」


「皮肉、か。

もしや、君の故郷で地獄の花が流通していたりしたか......?」


「......あまりいい記憶ではないよ。

それに、ドゥートスの力で僕の記憶の多くは消えてしまっている。

.......。

そういえば、ドゥートスは!?

アイツと逸れたままだったんだ!」


「心配いらない。

例の悪魔ならここにいるよ」


え?

僕はウルヴィナムの指差す方角に目を凝らす。

するとそこには花園のその奥で牢獄に閉じられたドゥートスの姿があった。


ドゥートス!!!


「大丈夫、あの悪魔は療養中だったんだ。

この地底に来てから、悪しき者に目をつけられていてね。

そして不意を突かれて取り憑かれてしまったんだ。

それを見ていた私はやむを得ずそれを捕まえ、悪性因子わるいものを除去する手伝いをしていたんだ」


療養中......?

アイツ、悪魔だろ?

悪魔なのに、病に罹ったりするものなのか?


「いいや、あの悪魔は特殊なのさ。

本来なら、この世にあるべき存在じゃない。

だからこそ、太陽の王に付け狙われているのかもしれないけどね」


え、どういうこと?

ドゥートスはただの悪魔じゃないの?


「ま、どちらにせよ君たちが無事でよかった。

もしよければ、いつかまたこの地底を訪ねたまえ。

君たちが求める道、《静脈坑道》まで案内するよ」


こうして僕らはウルヴィナムから幾らかの手土産を渡された後、解放されたドゥートスとともに静脈坑道へと向かっていった。


「ありがとう、ウルヴィナム!!!

この恩は一生忘れねえ!!!」


「ああ。

せいぜい気をつけろよ、小童ども......!」


「小童ども、か......。

彼女らしい見送りだね」


「......アンタも、元気でな」


「ああ、もちろん」


あれ? 

ドゥートスとウルヴィナムがなんかよそよそしい......。

この二人、何かあったのか?


「さて、気を取り直していこう。

すまなかったね、ルマ。

君を一人にしてしまって......」


なあ、ドゥートス。

どうしてお前は急に消えたりしたんだ?

ウルヴィナムはああ言ってたけど、悪しき者ってなんなんだ?

そいつがお前を襲ったのか?


「......相変わらず無言で会話するのかい。

まあいいけどさ、君らしいし。

それと、今回の件は僕も黙秘権を使うよ!」


黙秘権?

どうしてそんな唐突に?


「僕にだって言いたくないことの一つや二つはあるの!

いい? 次の目的地はスシクラスが潜伏している水の国ユメール王国だ!

地上に出て幾らか真っ直ぐ進むと多分着く場所だから、心してかかるように!」


「話を逸らすな。

言えないことなのか、それは?」


「......久々に口を開いたと思ったらそれ?

言えないね。残念!

じゃ、早く行くよ。僕だってさっきまで息苦しくて大変だったんだから。

外の空気を吸いたいの!」


「......まあいい」


「次の目的を完遂するよ!

次はユメール王国の奪還だ!

きっとスシクラスが準備を進めてくれているはず......!

太陽軍に奪われた国々を取り戻すんだ!」


こうして僕らはひたすらに長い静脈坑道を真っ直ぐ進み、地上に出た。

周囲は悪魔の森にも似た木々が多く蔓延している。

ドゥートス......彼はきっと疫病神ではないのだろう。

しかし、日に日にこの悪魔への懐疑的な視線を強めていく僕の思考そのものが、本物の悪魔なのかもしれない。

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