第12話 仕事量


玉座裏に隠されていた下層への入り口。

それはルドガリア王家が代々隠蔽してきた秘密の通路。

下層に向かうべく螺旋階段を降りた僕は、王城の外より真っ暗な地下道を通り、そして王家が隠していたと思しき扉の前に到達した。


おそらく、ここがルドガリア王家が秘密裏にしていた隠し部屋だ。

しかし妙だ。

このフロア、生存者がいるのか?

さっきから妙な気配が扉の奥で

命の灯火なのか?

まるで人間が石になったみたいに動かない。

生きているのは間違いないが、どうも雰囲気からして得体の知れない不気味さが感じられる。

何者だ、一体?

.......。

念のため、警戒するに越したことはないな。


僕は腕にズッシリとのしかかるほどの重量級の扉をこじ開ける。

全身の膂力をフル活用したせいか、僕の空腹は思いに反して更に加速していく。

しかし、僕がやっとの思いで辿り着いたその目的地の光景はというと、どうも不穏という言葉が似合う薄気味悪い巨大な装置らしきものと、その前方で剣を高々と掲げている剣士の石像のようなものが縦に重なり、僕の視界の中に入り込んでいた。


......間違いない。

僕はその不可思議な光景を目の当たりにしたことで確信した。

ここはまごうことなくドゥートスがさりげなく口にしていた制御装置の管理室だ。

そして、目の前に威風堂々とその存在感を放っている謎の石像、

扉の奥から感じた妙な気配の正体はコイツだったんだ......!


「この先は行き止まりだろう?

こんなところに逃げ込むとは、逃げる定石すら知らんようだな」


背後から声がする。

振り返らずとも、その声の正体など想像するに容易い。


「袋の鼠。さっさと縄にかかれば痛い目に遭わずに済んだものを」


「嘘をつくな。

お前はハナから痛めつける気満々だっただろうが」


「ほう、ここにきてようやく喋ったか......!」


「喋りもするさ。今はお前に情報を与えないことより、言葉の駆け引きで局面を支配するのが重要だ。

お前のような、あからさまな敵相手にはな」


「......ようやく口を開いたかと思えば、随分と傲慢な小僧だ。

オレが言えたことではないが、あまり中年を舐めるなよ?

経験ではお前の遥かに上だ」


「たしかに、な。

僕の薄れゆく記憶でも、お前より武術の格が高いことだけはわかりきってるようだぜ?」


「ほう、それはつまり、オレを相手にして自分が格上だと、そう言いたいのか?」


「一日の長なんざくだらねえと、そう言ってるだけだ」


「生意気な餓鬼だ。

その言葉に見合うだけの実力がお前にあるとは思えんな。

たかがオレ相手に逃げ出すような餓鬼じゃあ、本物の世界の王者には敵わん」


「世界の王者?」


「太陽の王テナウドリスト様だ。

彼はいずれ世界の王となるお方だ。

そのお方の障壁となるのが、悪魔の森の悪魔とスター・タリズマンの残した《希望の灯火》だ。

お前は、我々太陽軍が殺すべきターゲットなんだ」


なるほど、コイツは太陽軍だったのか。

道理で不愉快に思えたわけだ。

この男、それなりの実力があるようだが、さてどう攻略するか。


「太陽......軍......?」


ん、なんだ......?

ガンナットという男の反対側から声が聞こえる。

というか、僕の背後うしろ

例の装置の手前の、あの石像じゃないか!?


僕は一瞬で言葉を発した正体を悟り、敵を前にして振り返る。

するとそこにはミシリ、ピシリと全身の砕ける石の殻を破る男の姿があった。


「なんだ、奴の背後に妙な男の気配がある......?」


ガンナットも気づいたようだ。

どうやら、僕はガンナットと、例の石像の男との間で挟み撃ちされている状況になっているらしい。

もし例の石像男が敵だった場合、かなり厄介なことになりそうだ。


「アア......デト......ラー.......ガァああああああああ!!!!」


なんだ?

急に石の表皮を破ったかと思えば、今度は発狂か?

よほど精神状態が不安定なのか。

しかし、石の殻を破ってみてからというものの、この石像の男の気迫はみるみる増加している。

コイツ、相当強いぞ......!


「俺は......裏切られたんだ......きずの、おぉぉおにぃいいいいい!!!!!」


何やら様子がおかしい。

その妙な光景に、ガンナットも思わず固まってしまっている。


「不愉快な犬が一匹増えたところで仕事量は変わらん。

どけ。オレがその耳障りな獣を駆除してやろう」


ガンナットが僕の予想に反して躍起になっている。

コイツ、何してる?

奴の標的への照準が、なぜか僕から石像の男に移り変わっている。

僕が隅に避けたのを見向きもせず、石像の男ひょうてきに一直線か。


僕相手なら簡単に捕えられるとでも思ってるのか?

僕を前にして一旦スルーするなんざ、僕は随分とみくびられているな。


「どれ、荒れ狂う部屋の守護者か、その真価を見定めてやろうか」


「おう......おううううううう!!!!!

なぜ......なぜ俺を、裏切る......???

俺を、置いていく......???」


ほんと、逃げちゃおっかな、今から。

ってか、なんだこの状況は?

明らかに今からガンナットと石像男の戦いが始まりますよといった雰囲気がその場に流れ始めている。

あれ、完全に僕だけ蚊帳の外? 

視点を変えればラッキーだが、少々屈辱だ。

二人の戦い、潰し合いを見ながら策でも考えるか......。


ガンナットは久々に強敵に出会ったり〜、といった表情で先制の投げナイフを仕掛けた。

まずは様子見といったところだろう。

先ほど僕に向けていた鞭を構え、防御の構えも取っている。

なるほど、これがガンナットコイツの戦闘スタイルか。

コイツは投げナイフ、長距離の鞭のしなりを活かして、遠隔からでも戦いを支配する。

だが、裏を返せば、それらは間合いを詰められると弱い。

コイツは優秀な遠距離型かもしれないが、一瞬で距離を潰され急所を撃ち抜かれては元も子もないぞ。


と、(心の内で)言った側から、石像男に距離を潰されている。

まるで一人で実況でもしてる気分だ。


しかし、見たところお互い凄い技量だ。

一瞬の差し合いでお互いがお互いを好敵手と認めている。

これは、滅多に見れない熱い戦いなのは間違いない。

凄くいい戦いだ。

一つ一つの攻防に高度な読み合いが生まれている。

凄まじい駆け引きの攻防だ。


見たところ、明らかに優勢なのは石像男の方だ。

一皮剥けた、あるいは一石剥けたからなのか、石像男の動きは速い。

それに加えて僅かに少しずつだが、ガンナットの近接攻撃が明らかに弱々しくなっている。

間違いない、ガンナットは近接における攻撃手段が不足している。

ゆえに、遠距離での攻撃手段は豊富でも、苦手な近距離で弱点を露呈する結果をもたらしてしまっている。

これは、徐々に大きな差となって如実に現れてくるぞ。


......。



ほら見たことか。

ガンナットは近接での対応に困り始めている。

石像男の攻撃を回避するので精一杯だ。

それに比べて石像男、コイツは異常なまでに学習能力の高さが露見している。

すでにガンナットのほとんどの攻撃を見切るようになってきている。

一つ一つ、相手のやりたいことを潰しにいってる。

遠隔武器は的確に防御し、弾き、いなす。

そしてジワジワと自分の間合いに相手を引きずりこもうとしている。

これは、物凄く高度な技術だ。

その上、知性も一級品。

目を合わせた瞬間、戦おうなんて考えなくてよかったぜ。


さて、ここまでくればもはや勝負はついたようなものだ。

石像の男のかち.......。

ガンナットは石像男の渾身の剣撃をモロに受け、大量に出血しその場に膝から崩れ落ちていく。

こうなると最早結果は見なくてもわかる。

明確に......明確に?


あれ? アイツ、なんか体、変じゃね?

胸の辺りから蝋燭の紋様みたいなものが浮かんでいる。

これ、体の機能が修復されているのか!?


気がつくと、ガンナットは何か炎のエネルギーをまとい、石像男に反撃の鞭を叩き込んでいた。

その強烈な一打に石像男は狼狽える。


「グゥううう......!」


アイツ、急に動きがよくなった。

機敏になったとでも言うべきか?

なんだ、あの鋭い一撃は?

変な蝋燭の紋様が見えてから、俊敏性、パワーが高まっているようにも思う。


バキッ、パキン。

石像男の顔にヒビが割れる。

どうやらあの石像男、顔面のヒビを親指の先でなぞっている。攻撃が入ったのが余程ショックだったのか?

と、ここまで僕は完全に油断しきっていた。

この男が、この石像から生まれた男が油断ならない猛者だということを体が本能的に理解するのにそう時間はかからなかった。

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