第11話 ガンナット


ドゥートス......?

おい、一体どこにいった?

ドゥートス! ドゥートス!

おい、返事をしろ!!!


「おい!!!」


僕は思わず怒鳴りつけるように声を荒げる。

こんなに強く言葉を発したのは、生まれて初めてかもしれない。

そんな時、王城は天井から崩れ、僕は運良く落ちてきた瓦礫の隙間に入り込むことができた。

まさしく危機一髪である。


本当に危なかった。

命を失うところだった。

だが、どうして急に城が崩壊してるんだ?

あまりに急すぎる。


「よう、お前。

もしや、お前が寡黙の武神か?」


誰だ!?

急に話しかけられた!?

それにこの溢れる殺気、敵意......!

コイツ、常軌を逸した実力者だ......!


「......ふむ、まさかこんなところに隠れていようとはな。

正直驚いたぞ? 聖地『悪魔の森』の地下にこれほど巨大な空間があるなどと、思いもしなかったよ」


僕が見上げる先にいた男、それはこの地底世界でも目立つほど濃い緑の髪を持っている男だった。

真夜中の獣を彷彿とさせる赤い瞳、ゆうに二メートルを超える巨体、それなりの年を食っている男の風格と経験が滲み出るその顔は、僕に強敵のそれだと感じさせる上で十分なものだった。


ベラベラ喋りやがって......!

コイツ、絶対敵だ......!

見た感じ、おそらく一人で乗り込んできた手合いだろう。

奴以外の敵意がまるでない。

というより、人の気がコイツ以外にない。

間違いない。


「おい、人の話に応答の一つはしたらどうだ?

それともなんだ、それが寡黙の武神の特徴なのか?」


寡黙の武神?

一体なんの話だ?

コイツ、僕を誰かと勘違いしてないか?


「返答なし......。まあいい。

オレの問いに応えるつもりがないのなら、力づくで口を割らせてやる」


男は降ってきた岩石の上から僕の目線に合わせて飛び降りる。

あのデカさの巨人が崩れた瓦礫の上で僕の頭上に位置取っている。

これは、形勢的に相当不利だ。


「......」


「では、一剣士としてこちらから名乗っておこう。

オレは太陽軍幹部『太陽十三天聖ヒジラムス』が一人、ガンナットだ。よろしくな」


太陽十三天聖ヒジラムス

なんだその肘と羊と酢を合わせたみたいな名前は。


「相変わらず無視か。

まあいい。捕えればそれで仕事は終わる。

悪の鞭!!!」


ビシッ! 

凄まじい勢いで黒く長い鞭の先端が僕の頬を掠める。


うおっ!?

僕は思わずその鞭の先端部に過剰に反応し、体を屈めるように回避行動を取る。

危ない、コイツ、鞭使いか!!!


「......目がいいのか。

この暗闇でオレの鞭が見えるとは。

この鞭は闇に紛れる。しかし、一度や二度じゃオレの鞭は躱せない......!」


ビシッ、バシッ!

頭上から闇に紛れる鞭の雨が僕の身に降り注ぐ。


ぐっ、頭上から鞭を振らせるのはまずい......!

一方的に攻撃を受けてしまう。

反撃の手段を取りづらい位置だ。

......しかし、随分と手慣れているな。

余程鞭を使い込んでいるようだ。

この男、強いが、まだまだ付け入る隙はある。


僕は闇に紛れる鞭を目を閉じて耳で追う。

懐かしい......昔、こんな修行をよくしていたような気がする。

僕は鞭の乱れる波状攻撃の中で、その波長を確実にキャッチ。鞭の軌道を聴覚だけで把握し、そしてその先端部をタイミングよく握り締めた。


「何っ!?」


「捕まえた......この鞭は没収だ」


僕は勢いよく手元の鞭をぐいっと引き寄せる。

綱引きの要領で引き寄せられたガンナットは、思わず鞭を手放し懐のナイフに獲物を変える。

僕はその空中での一動作、その一瞬を見逃さず、瞬時に鞭を放り投げてはナイフの側面にパンチを繰り出した。


ガキィン。

とりあえず正面から戦ってみる。

しかし、僕は重要な問題を抱えていた事実を思い出した。

腹が、空いたのだ。

僕の体は食べ物を欲し始めている。

こんなところで奴と戦っている余裕などないことに気づくと、僕はいいところで敵前逃亡を始めていた。


「逃がさんッ!」


奴は地底世界で急加速し、僕を猛スピードで追いかける。

僕も負けじと瓦礫を踏み越え、兎のような軽やかな足踏みで崩れた王城一帯を駆け抜けたが、奴の速度は衰えるようには見えなかった。


「オレを前に背中を向けるとは、後悔させてやる......!」


僕の神経はイラつきと怒りでピリピリと刺激される。

そのためか、不思議と精神が研ぎ澄まされ、自身に内包されるマグマのような欲望が僕の推進力となっていた。


大丈夫、急所さえ守れば基本はなんとか立ち回れる。

奴相手に急所を晒さず、確実に逃げ切って出口を見つけるんだ!

あと、ドゥートスをどうにかしないと。

アイツ、こんな状況なのに一体どこへ消えたんだ!?

あり得ない事態が重なりに重なり続けている。

この状況は早めに打開しないと、いずれ僕自身が追い詰められる......!


ズシッ、ガシッ!

瓦礫を高速で掻き分けながら、僕は背後に適度に瓦礫を投げつける。

いわば、相手の進路を妨害するのだ。

自分の逃げ道を急いで確保し、この暗闇の中で撒いてしまう、それがまずの第一目標!


......そういえば、ドゥートスがいる時、僕はアイツの能力に完全に頼りきってしまっていたな。

そのせいで、僕は無意味にも時間を浪費してしまった。

僕が、僕がアイツと協力して能力を使っていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。

後悔しても遅いか......。

ダメだダメだ、今は心配事ではなく、目の前の問題を解決するんだ!

必ず、やり遂げられるはずだ......!


「ちょこまかとすばしっこくて敵わん。

はてさて、この老いぼれをここまでコケにするとは、見どころがある。さて、オレもボチボチ本気を出してやろうか......」


大丈夫、アイツが本気になろうが、僕だって本気は温存してる。

奴の攻撃、油断しなければ当たることはない......!

アイツを素早く翻弄して、出口を見つける!

さて、それに加えてドゥートスの捜索だ。

一体どうやって探したものか......。


僕は崩壊した瓦礫の隙間を潜り抜け、王城の中央部へと向かう。

そういえば、ここの捜索は後回しにしていたな。

何度もくまなく道を探したが、どうにもきな臭い割に道が見つけられなかった。

だが、これだけ城が崩壊した今なら、例え事故で壊したことにしたっていいはず。

やむを得ない、緊急事態だ。

気が引けるが、この城を幾つか破壊させてもらうぞ......!


僕は急いで王城の中央部、玉座の間がある手前の扉に駆けつける。

そして.....いかにもと言わんばかりの、荘厳とした玉座の裏側を力いっぱい拳で撃ち抜いた。


武人の気合いスタイ・ボーモゥ!」


ミシミシ、ズシッ、ドシッ、ガシャン。

玉座の裏の壁に大きな亀裂が入る音が響き渡る。

そして......。

その玉座の裏のとびらは勢いよく綻び、崩れ去った。


やっぱり、ビンゴだ。

ここの部屋の奥に隠し通路がある。

どういうわけかわからないが、この奥だけは異常にが施されている。

どういう原理かはわからないが、おそらく意識を外に逸らすタイプの見えない力がこの玉座の裏側の通路に込められていたんだ。


逃げられるかどうかは賭けだ。

行くしかない......!

僕は行き止まりかもしれない道の奥に向かい、決死の覚悟を決めてその空間に踏み入った。

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