第2話 影の悪魔


沈黙の男。

寡黙の武神。

僕はそう呼ばれながら、かつて人々から恐れられる存在となった。

巨大な遊国で数々の伝説らしきものを打ち立てては、僕は自信という名の傲慢の鎧に身を包み、街を歩いていた。

そんな時だった。

僕が自らの無力さに絶望したのは。


ーーーー


僕は自分の考えを基本は誰にも打ち明けない。

いや、話せないというのが正しいのか。

僕は基本、人のことをほとんど信用してない。

なぜなら、この世には僕以上に知恵が回り、出し抜けるような人間が星の数ほどいるからだ。

僕は常に"上には上がいること"を念頭に置き、今を生きている。

当然、信用しないことがリスキーな結果をもたらすことも知っている。

だが、信用とはすなわち心の一部を託す財産の譲渡に同じなのだ。

その財産を託すに値すると思える者以外にそれらを託す気にはなれない。


そして何より重要なのが、僕以上の超次元的な存在が僕のことを利用して騙そうと試みてる可能性もあるのではないかということだ。

当然、あまりに極端な思想はしないに越したことはない。

しかし、この世の仕組みからしてみても、この世界に"超越存在がいない証明などできはしない"のだ。

僕はその超越存在という名の超えるべき壁、切り札をぶつけるべき相手の存在を常に注視するようにしている。

自分で言うのもなんだが、ここまでいけばもはや変態の所業である。


僕はとにかく寡黙であることに徹し、相手の出方と手の内を伺う。

そして信用できない相手の急所になりそうな部分を探り、頷きと顔のフリだけで多くの人と言葉のやり取りを終わらせる。

まさにコミュ障だ。

そう言われても否定はできない。

僕は完全にコミュ障を拗らせている人間に過ぎないのだ。

それに関しては否定するつもりもない。


だが、周りからなんと言われようと、僕は武術だけには嘘をつきたくはなかった。

なので師匠にはよく本音で話し、ぶつかるように心がけていた。

その様子を見ていた兄弟子たちは「その感じで周りと話せばもっと楽しいぞ」と諭されることもよくあった。

しかし、本当の対話とは、やはり拳からくるものだ。

拳以外でその人の重みを計ることはできない。

ゆえに、僕は本音を話さず、例外的な状況や信頼を置けると確信した人物にのみ積極的にコンタクトを取る。

それが僕の全てだ。


「......」


当然独り言も控えている。

これを聞かれると厄介な黒歴史に変貌しかねない。

ただ黙々と目の前の仕事、役目をこなすことに集中するのだ。

もしくは武術で頭をいっぱいにするか。

弱音も基本は吐かない。

吐くと大抵その言葉通りになってしまうから。

ゆえに僕は今まで自分の本音を出せる相手、本音を知る相手にほとんど出会ったことはなかった。

まあそんなの当たり前なのだが......。


【そんなんだから人間に怖がられるんだよ、ルマ】


僕にそう語りかけてくるのは、僕と契約した悪魔影の悪魔ドゥートスだ。

さっきから僕に語りかけてきていた黒いヤツだ。


【まったく、さっきから話を聞いてみれば......。

というか、前代未聞だよ!

知恵の泉の水をガブ飲みする人間なんて。

そんな奴見たことない! 君、今かなりマズイ状況にいるの、わかってるのかな!】


「......」


【やれやれ、都合の悪いことは無視かい。

まったく困ったものだよ。

僕ともまともに会話してくれないし、意思の疎通する気ないよね?

君の性格、結構面倒なんだけど。

僕じゃなきゃ怒られてる。感謝して欲しいよ、寛容な僕にさ】


自分でなんて使うなよ。

くだらねえ。意思の疎通なんて言うが、僕はお前に記憶を取られていることを忘れてねえからな?

なぜかそこだけの記憶は鮮明に覚えてるし。

この、とんだ大嘘つきめ......!


【僕を嘘つき呼ばわり? 君も大概だね、コミュ障坊ちゃん】


「......」


その呼び名はやめろ。

純粋に悪口超えてるだろ。

変な名前が定着する前に止めろ。

そう言いかけた。

僕は初めて、奴にまともに口を開こうとした。

その時、僕の背後、その遠方。

ズシン、ズドンという巨大な地響きが響き渡り、その余波がこの洞窟内にまでビリビリと伝わっていたのである。


ミシリ。

ぴしり。

ゴンッ。


「......」


これは......あの時の......!


【まずいねえ、知恵の洞窟に奇襲かい?

やっぱり、アイツらは頭のイかれた奴らばっかりだ。

総帥がアレじゃあ無理もない。まさか聖地まで攻撃の対象にする気とは......!】


まったくの同感だな。

聖地というのは本来、不可侵の場所として取り決められている場所だ。そんなことは子供でもわかる。

しかし天井を見上げてもその余波が一向に止まりそうもないことは目に見えてわかる。

これは、非常にマズイ事態だ......!


【君も冷静だよね、なかなかに。

これ、間違いなく例の軍隊だよ?

一方的に侵略するためか、はたまた悪魔ごと屠るためか、試し撃ちであのヤバイ兵器をぶっ放してる。

下手したらこの聖地が、悪魔の森が全部燃えるレベルだ】


そうだな、僕らもいよいよ腹を括る時が来たのかもしれない。

急いで目的の場所へ向かおう!

僕らを待ち受ける者たち、霊陽神アメトスらのもとへ......!


......取り合ってくれるといいけどね】


問題ない。

もし無理なら潔く逃げればいい話だ。

噂に名高い霊陽神、その顔を拝ませてもらおうか......!

僕はそんな意気込みに駆られ、急いで洞窟の下層へと向かっていった。

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