神ノノレマ

@hajime3252

沈黙の男、寡黙の武神

第1話 洞窟


悪魔の思想。

それは人を狂わせ苦しめるための思想。

数々の禍を招き、火種を撒いては次の風を追い求めて誰かを陥れる嘘を吐く。

そう、悪魔こそ、この世の邪悪の真理。

悪の根源!

全てをぶつけても許される、そんな相手!

極悪非道も、悪意による理不尽も、何もかも!


否、そんなことはない。

悪魔とは悪魔と呼ばれる種族に該当する言葉ではない。

悪魔族と悪魔は別物だ。

ひとえに悪魔の本質とは、その内側に宿る。

"ガワ"に悪魔は宿らない。

宿るとすれば、その"偶像"を利用したい時だけだろう。

いついかなる時も悪魔の本質が見た目で決定されることはない。

なぜなら、悪魔とは内側から誰かを蝕む、精神の疫病神だからだ。


ーーーーー


悪魔の森。

それは悪魔という名の怪物たちが蔓延る地......というわけではない。

遥か昔から語り継がれる、安寧を求め彷徨う悪魔が荒れた地上に木を植え、生まれたのがこの神聖な場所だったという。

森の名称。

明らかに不吉なイメージが頭によぎったが、僕らの真横を通り過ぎるそれは決して害あるものではない。

実際のところ、僕の予想とは百八十度別物なのだというのが僕の感想だった。


ダイタリル暦二千二十九年、どうして僕がここにいるのかというと、要は逃げてきたからだ。

僕は今、怪しげな連中、過激な思想を有する悪の軍勢から懸命に逃げ延び、今に至っている。

どうしてこうなったのかと言われると、正直僕にもわからない。

なぜなら、今の僕は"記憶を失っているから"だ。

一人の悪魔との契約のせいで、な。


僕は静かに森を通り過ぎ、やや駆け足になりながら森の散策を続ける。

どうやら僕の目的地はこの辺りにあるらしい。

悪魔の森という名の物騒な森の中に。


【物騒とは酷い言いようだ。

悪魔ってだけで悪いイメージ持ちすぎなんだよ。

物騒なのは現代じゃなくて、古代の悪魔だけだよ】


しばらく散策を続けると、次第に地面の傾斜が僕に大きな負荷を課し、足を鈍らせる。

現状逃げ延びた後の足じゃあ、この山を登る気概はなかなか生まれないものだ。


【ちょっと、無視しないでよ!】


その後、巨大な山岳地帯、その蛇のようにぐねぐねとうねる道を通り抜け、そしていよいよ僕の目的地の入り口らしき場所が見えてきた。


「......」


僕の内なる神はこう告げる。

【この洞窟、その最奥に行け】と。

僕は言う。そんなのはわかっている、と。

僕は最初、得体の知れない洞窟に尻込みしたものの、内なる神の導きに従い勇気を振り絞る。

そして決死の思いで洞窟に踏み入った。


【そんな大層なものでもないでしょ。

決死の思いだなんて大袈裟な】


うるさい。

とにかく僕は進むんだ。

内なる神とやらの導きに沿ってね。


ーー

ーー ー ー

ー ーーー

ー?

ー) ー(

ー ー ー

!!?

ー!


洞窟に踏み入り、はや二時間の時間が流れたようにも思う。

僕の腹は、とにかく逃げることで精一杯だった僕の体は、現在食糧に飢えていた。

やばい、こんなところで、死ぬわけには......!


【もうフラフラじゃん。

まったく、未知の洞窟を何の前知識もなしに踏み入るなんてさ。無謀もいいところだよ。

完全に迷ってるじゃん!】


うるさい、今話しかけるな!

僕は、集中してるんだ。

現在僕の内側で繰り広げられている、空腹がもたらす精神を蝕むものとの戦いにね。

わからないだろう、

空腹が始まって、体は飢えを感じ、ジリジリと苛立ちと怒り、吐き気、その他あらゆる感情の爆弾をノンストップで解除し続けるこの神経質な作業の難しさが!

異常なんてものじゃあないよ。

空腹はシンプルに危険だ。

僕の精神はおろか、命ですらも蝕んでしまう。

凶悪な敵だ。

なんとしてでもこの敵に打ち勝たなくてはならない!

だからお前は静かにしろ!


【.......】


僕の全身は時代に大量の汗を噴出し、そして燻る怒りが熱量に変化する。

今の僕の体は絶賛苛立ち中、つまり過剰な刃物のように周囲を切り付ける凶悪な猛獣と化している。

そんな僕を放置しておけば、いずれ自分さえもその猛威に呑まれてしまうだろう。

まさに諸刃の剣のような状態だ。


い、急げ.......

さ、最後に、何か口に.......入れる.......。


僕は千鳥足の状態でまるで酔っ払いのようにその洞窟内部をうろうろと彷徨い、そして膝から崩れ落ちる。

僕はすでに精神の限界を迎えようとしていた。

泣きたくもなる。

僕の全身はすでに悲鳴をあげている。

食事なしでは人は生きられない。

ああ、水を、水を飲みたい......!


そんな時、僕は目の前に小さな湧き水が湧いているのがわかった。

限りなく少量の水だ。

しかし、何か普通とは違うようなエネルギーを感じる。

どうしてだ?


などという疑問を抱いている暇など僕にはなかった。

僕は喉の渇きを癒すため、本能のままその湧き水に駆けつけていた。


【ダメだ、その泉の水を飲むな!!!】


僕はそんな言葉に耳も貸さず、湧き水に口をつける。

なんだか不思議なエネルギーが身体中に満ちていく感じだ。


【あちゃー......こりゃ、怒られるなんてもんじゃないよ.......】


ガブガブ。

ごくごく。

ぷすー。

全身の満たされる感じ。

この上なく、堪らない。

腹に溜まった湧き水は、喉の渇きはもちろんのこと、空腹ですらも満たすような、そんな充実感を僕の全身、その細胞の隅々まで分け与えていた。


手の指先、足のつま先、その全てが満腹になったという満足感を得る。

この水にはそれだけの栄養が詰まっているのだろうか?

全身の充実する細胞の躍動感にその身を委ねていると、心地の良い風が洞窟の穴という穴全てを満たし、突き抜けるのを目の当たりにする。


僕は今、幸せだ.......!


【いいから早く行け。

敵が迫っている。遅れると命はないぞ】


はいはい、わかったよ。

言う通りにしますって。

僕は快楽に耽る。

極上の満足感にも匹敵する高揚感をその身で味わい、咀嚼する

僕が至上の高みは上り詰めているかのような幻惑に囚われている時、僕の内なる神とも呼べるものが近場に危険信号が現れていることをこれでもかと懸命に告げていた。


「不届き者が......ここは聖なる泉、人間が足を踏み入れてはならぬ知恵の泉であるぞ?

まさかその泉に口をつけたのではあるまいな?」


「......」


寡黙な男はその質問にじっと睨み様子を伺う。

その様子を不快に思ったのか、目の前の警告色の主は次第に僕の顔色を見て腰の長剣を振り翳してきた。


「命を取られても文句はあるまい?

正々堂々、正面から行くぞ、人間!!!」


「......」


するり。

ゆらっ。

すとっ。


一見優秀な剣士らしき人物は僕を正面から仕留めようと躍起になり、その熟練の剣技で僕の急所を的確に狙い撃つべく奮起する。

しかし、たった数振りの剣を様子見した僕は、既に彼の完全なる間合いを把握しきっていた。


「......」


この程度の攻撃、避けることなど造作もない。

剣のリーチを大方測れれば、後は頭の位置で剣の最大値を予測するなど朝飯前だ。


「......」


「クソッ、間合いを完全に読まれてるな。

お前、歴戦の兵士か何かか?」


僕は拳をグッと力ませ、構える。

相手の攻撃、特に横薙ぎや縦斬りに対応するカウンターを狙う算段だ。

タイミングは相手が完全に剣を振り終えたその瞬間、相手が体勢を戻すその刹那を撃ち抜くように拳を叩き入れることが何よりも重要だ。


「無言でいやがって......!

ワレを舐めるなよ!!」


正々堂々とした姿勢。

おそらく奴は正面から戦うことになにかしらのこだわりがあるタイプだろう。

愚直に正面から剣を振ることにこだわっている。

不意打ちを打てるタイミングでも露骨に奇襲するのを避けているのがよくわかる。

ならば、完膚なきまでに正面から打ちのめせば、文句はあるまい?

僕は奴の縦斬りに合わせて半身の姿勢で攻撃をいなし、そして右拳で剣の刀身の真上すれすれを駆け抜けるように拳を一発見舞った。


剣士殺しルード・ヌムー


ズガンと脳天を撃ち抜く一撃が、奴の前傾姿勢の顔面に直に被弾ヒットする。

本来ならば脳震盪を起こしてもおかしくないような衝撃が脳内を巡るはずだ。

僕の拳のタイミングは完璧、相手は一撃でぐらつくようなダメージを負ったと見ていい。

その結果、奴は一撃で地に落ちていった。


仕方あるまい。

実力の差があったのだ。

僕を相手にしてそう簡単に勝てるなどとは思わないことだ。

などと思うが、僕は敢えて口に出さない。

なぜなら、寡黙こそ敵に手の内を見せない最たる手段だからだ。

喋らないことは武器。

僕はいつだって、人の本質は拳で計ってきたのだ。

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