第3話 Pエリアのピーター
そんなPエリアの山際の小さな村にピーターという少年がひとり住んでいました。
彼の住んでいる村は、白いキイチゴの花が咲き広がるお花畑と、山から下ってきて村とラズベリー畑に澄んだ水を提供してくれる小さな川が流れているだけのこじんまりとしたものでした。
村には100人も住んではいませんでしたので、ピーターは全員の顔と名前が大体もうわかっていましたし、それはほかの村人たちにも同じことなのでした。
「ピーター、今日の分のラズベリーを裏の畑から取ってきてくれない?」
お母さんに起こされてまずこう言われるのが彼の一日の生活のルーティーンでした。
「ついでに井戸と灌漑設備の調子も確認しといてね」
「わかってるってば。毎日言わなくてもいいって」
ティーンエイジャーになったピーターは、お母さんにいちいち言われることが少しうっとうしく思えてきていましたが、大切な仕事の一つであることはわかっていましたので、毎日摘み当番を担当していました。
眠い目をこすりながら裏口を開けて外に出た彼は、Pエリアの初夏の典型的な気候ともいえる薄い朝霧とその中に差してくる輝かしい日の光には目もくれず、畑に向かって歩き出しました。
「また霧が出てる。ラズベリーの木ってとげがあるから視界の悪い日ってほんっとに嫌なんだよね」
彼はこうひとりごちながら畑に入っていきました。
そしてすぐに、
「痛っ」案の定とげに引っかかりました。
彼がこの当番を始めてから数年は優に経っていましたが、それでもまだ朝霧の出るシーズンには毎日一回はこうなるのでした。
「毎日がこれの繰り返しだなんてほんとに嫌だなあ」
「僕はこんなところにずっといるつもりなんかないんだからな」
ラズベリーを採りながらこう呟くのも彼の朝のルーティーンになっていました。
「お茶が入ったから朝ごはんにしましょう」と呼ばれるまで彼は畑にいるのが定石でしたが、さすがにほとんど変わり映えのしない日常では好奇心に満ちたピーターの心は満たされないのでした。
でもこの日は少しだけ変わったことがあって、というのも今日からピーターの通っている学校は夏休みに入ったので、朝ごはんの後はもう彼は何をしてもいいのでした。
「夏休みはきちんと計画を立てて過ごしなさいよ」
お母さんは自分好みに淹れたミルクティーが沸騰しないかに注意を払っていて、彼の方を見ないままで言いました。
「去年の宿題のスケジュールひどかったの覚えてるでしょうね」
「ちゃんとやるって。やんないわけないし」
彼の方もあんまり心のこもっていない返答でしたので、恐らく去年と似た感じになることでしょう。
彼は口数少なにラズベリージャムをお茶に入れて飲み干しました。
「他にやるべきことあるでしょうし、ちゃんと充実させなさいね」
お母さんはさらに畳みかけます。
ちなみに他にやるべきこととはおそらく調子の悪い水車の具合を見ることだと推測がついたので、彼は適当に返事をして、でもテーブルの下でこぶしを握りしめながらつぶやくのでした。
「今年こそは冒険に行くと決めてるんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます