第18話 大商人に土下座させ、舎弟にする



 大商人キンサイがうちに来てから、数日後。

 アスベルの執務室にて。


 コンコン……。


「ユーノ、通せ」


 ガチャッ……!


「……あれ? 客が入ってが来ないですね、セイコ様」


 アスベルは机の前に座って、決裁文書に目を通してる。

 だから……見えないのだ。客の姿が。


 一方、私は隣で立っているので、バッチリと見えてる。


「アスベル。立って、よく見ろ。あれを」

「? あ、あいつは!? キンサイ!」


 銀鳳ぎんおう商会ギルマス、キンサイ。

 翼人の女が、部屋の入口で、土下座していた。


「すんまっせんでしたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ふぅぅううう。

 ……デカい声だ。だが、私は内心でほくそ笑む。


 釣り針に、デカい魚がくいついたのだ。

 が、表には出さない。


 まだ、こちらの要求が通ったわけではないのだ。

 さて、主導権はこっちががっちり握った。


 さてさて……始めようか。


「おや、どうした? キンサイ【殿】?」


 こちらが下手に出てみる。


「殿なんて不要です! 皇后様……!」

「そうか、まあ、キンサイ。そんなとこにいないで、中に入ったらどうだ?」


「はいっ! 失礼しますぅ!」


 ちら、と私はユーノを見やる。

 彼はキンサイから見えない位置で、こくんとうなずいて見せた。


 よし。

 ソファに腰掛ける、私とアスベル。


 キンサイは私の前で直立してる。


「どうした? 腰掛けないのか?」

「その前に、きちんと謝罪させてくださいませ、皇后様! そして……皇帝陛下!」


 あまりの豹変っぷりに、アスベルが困惑していた。


「せ、セイコ様……どうしたのです、こいつ? こないだとは態度がまるで違ういますが……?」


 いいぞ、アスベル。

 おまえの長所は、頭に浮かんだことを表に出すことだ。


 それは不利に働くこともあるが、有利に働くこともあるのだ。


 現に、アスベルの発言を受けて、キンサイが言う。


「皇后様からお恵みいただいた、あのポーションです!」

「お、お恵みいただいたぁ……? まじでどうしたんだ、キンサイおまえ……」


 アスベルが問いかけると、キンサイは跪いた状態で言う。


「SSポーションを、恐れながら、調べさせていただきました。そうしたら……私情で出回っているSSと、同じものでした」


「そうだな。……で?」


 キンサイがまた手を突いて、頭を深々と下げる。


「皇后様の発言に対して、疑うようなマネをしてしまい、ほんとに、ほんっっっとうに、申し訳ございませんでしたぁ……!!!!」


 ゴンゴンゴンゴン! とキンサイが何度も頭を地面にぶつける。


「お、おい……痛いぞ……もうそれくらいにしておけ……」

「それでお許しいただけるのであればっ!」


 アスベルがあわあわ、おどおどしてる。

 こいつバカだが優しいやつなんだよな。アンチはアスベルのこういうとこ似てる。


「皇帝陛下が許すというのであれば、私も異存はございませんわ」

「せ、セイコ様? ど、どうしたんですか……なんか態度が……あいたっ!」


 私はアスベルの足を踏んづける。

 今は黙ってろ、と目で訴える。


 こいつは、うちを舐めてる。

 特に皇帝アスベルに対して、もうベロベロに舐めてる。


 この先、それじゃ困るのだ。

 キンサイにとって、アスベルは上の存在。そう、相手の心に深く刻みつける必要がある。


 だから、アスベルのおかげで、許してもらえた、ってことにする。


「皇帝陛下の、寛大の処置、誠に……痛み入ります!」

「お、おう……ま、まあ座ったらどうだ? キンサイ」

「はいっ!」


 キンサイがソファに、正座して座る。

 土下座に正座と、ファンタジー世界なのに、ちょいちょい日本の文化が入ってる。


 これには、召喚者が関わってると言われてる。

 昔から、地球からこっちに来てるやつってのは居るらしい。


 そいつらから文化が、結構こっちに流れてるんだと。

 だから土下座とか、正座とか、普通に文化としてある。長さもメートル法だしな。


 で、だ。


「今日はお詫びに、お土産のお品物を持ってきました。こちらが目録です」


 ユーノに受け取らせる。

 私はそれを手に取って一読。ふむ……。


「謝礼金に加え……ふむ。騎竜が30体か」


 騎竜とは騎乗用の小型ドラゴンだ。

 ドラゴンをテイムするのは高等テク。それゆえ、騎竜はかなり高値で売買されている。


 それを30体。

 用意するのにかなり金がかかっただろう。


 謝礼金としては十分だ。が……。


「騎竜だけ渡されてもな。おまえの言ったとおり、小国だものでな」

「もちろん! 調教師テイマーはこちらが、用意させていただきます!」


 調教師。魔物や動物を従える、特殊なスキルを持つやつのこと。

 ようは、ドラゴンのお世話係のことだ。


「何の特産品もない我が国には、新しい人材を養うだけの金はないな」

「もちろん! 給金など必要ありません! 騎竜の運用に掛かる金は、すべて! 我が商会が負担させていただきます!」


 今の発言を書いた書簡を、差し出す。

 ユーノが受け取って目を通し、こくんとうなずく。


「陛下、彼女は心から反省してるようですわ。このような高価な騎竜を、無償で、永久に、もし死んだとしても、新しい竜を……この先ずっと貸してくださるようですわ」

「え、っと……それは……」


「違うのです?」

「いえ! もちろん! 皇后様のおっしゃるとおりに!」


 まあ、これくらいで許してやるか。

 

「だ、そうですが……陛下。いかがいたしますか?」

「…………」


「陛下?」

「あ、いや! すみません、セイコ様。なんだか、敬語で、そのように話してるのが新鮮で……照れてしまいまして……あいてぇ!」


 色ボケ皇帝の足を踏んづけておく。

 空気を読め空気を。


「う、うむ……! 許す!」

「だそうだ、キンサイ。おまえの今までの無礼な発言の数々は、これでチャラにしてやる」


「ははぁ……!!!!!!」


 時代劇かっつーの。

 さて、と。

 じゃ、本題に入るかね。


「キンサイ。謝罪以外も、聞いてやる。申してみろ」

「恐れながら……」


 キンサイは私を見やる。


「単刀直入におうかがいいたします……。皇后陛下が、SSポーションの作成者……【SS】なのでしょうか?」


 アスベルが首をかしげてる。


「ちまたでは、SSの作ってる謎の人物を、SSって呼ばれてるんだ」

「? なぞってどこがですか? だって、【セイコ・サイカワ】で、SSではありません?」


 …………。

 ………………驚いた。


 こいつ、SSの正体に気づいてたのか。

「まあ、こんだけヒントあれば思いつくか」


 キンサイが「やはり!」と歓喜の声を上げる。

 一方、アスベルが不思議そうに首をかしげる。


「だってこんな凄いポーションを作れる人物なんて、数えるほど……というか、数える必要も無く、セイコ様ただひとり。なぜ誰も、SSの正体に思い至らないのか?」


 …………。

 ふっ……。


 面白い男だ。普段はとぼけてるくせに、妙に鋭い。

 そういうギャップがある面白い男は、嫌いじゃない。


 が、言うつもりもないがな。

 こいつに言ったら舞い上がってしまうだろうし。


 ま、それはさておきだ。


「おまえの言うとおり、私がSSだ」

「……あっさりお認めになられるのですね」


「ああ。交渉の場で嘘はつかない」

「……商売ごとの極意でございます。聖女でありながら、それを知っていますとは。なんと聡明なお方!」


「おべんちゃらはいい。それと……しゃべり方も気持ち悪い。戻せ」

「ご命令とあらば!」


「じゃあ命令だ。しゃべり方を戻せ」

「わかりました」


 よし……。


「おまえはここに、SSの正体をただ聞きに来たのか?」


 常に、主導権を握るように、ボールはこっちから投げる。


「いえ! ぜひ……! わいの商会に! SSポーションを卸して欲しいんや!」


 ふむ……こちらの命令に従い、ちゃんとしゃべり方を変えてきたな。

 提案もまあ、思った通りだ。


「卸してやっても良いし、なんなら販売の権利も譲ってやってもいいぞ」

「ははぁ……! ありがとうございますぅ!」


「ただし、条件がある」

「なんでしょう! なんでも言うてください! なんでもしますさかい!」


 くっく……。

 

「聞いたかアスベル?」

「はいっ、なんでもします……と」


 私はユーノを見やる。


「聞いたな、ユーノ」

「ええ」


 よし。

 じゃあ、本題だ。


「条件は、帝国内にポーション製造工場を作ること。作成に掛かる設備も用意しろ。これはもちろん、おまえら銀鳳ぎんおうが100%出資しろ」


「ポーション工場……?」


 アスベルが首をかしげる。


「ああ。現状、帝国において、一番の価値のある商品は、私の作るポーションだ。売るとしたらそれだろう」


 帝国が他国に勝る部分、それは、薬の聖女を所有してること。

 今んとこ、そこしかないからな。


「ただ、手作りじゃ作れる数に限りが出てきてしまう」

「そこで、製造工場を作るのですね」


 そういうことだ。

 キンサイがポカンとしてる。


 まあそうだろうな。

 もっとあくどい要求をされると思ったんだろうし。


 なんだったら……。


「あ、あのぉう……それ、わいらにも、利がありすぎません……?」

「? どういうことでしょうか、セイコ様?」


 アスベルが無邪気に聞いてくる。

 うむ、嫌いじゃ無いぞ、そういう無知さは。


 話がスムーズに進むからな。


「こいつら銀鳳ぎんおうの連中も、ポーションを大量に作って欲しいんだよ」

「そうか! 作れば作るほど、商品がふえ、手に入る金が増える!」


 で、それ売れば、銀鳳ぎんおうももうかる。

 私らと、キンサイたち、どっちももうかるのだ。


 だから、キンサイは不思議に思ってるんだ。

 条件ってつけておいて、自分たちにも利があるってな。


 私は……にこぉっと笑う。


「不思議がることはないだろう? キンサイ。今日から我らは、よき、パートナーとなるのだから。一方が利益をむさぼるようなマネはしないよ」

「!?」


 ぼたぼた……とキンサイが涙を流す。


「なんと……慈悲深い……お方なんや……。失礼な態度を取ったわいを許し、謝罪を受け入れただけでなく……ポーションから得られる利益を、わいらにも分けてくださるなんて!」


 と、勝手に思ってくれてるわけだ。


「ありがとうございます!」

「で、条件は?」


「もちろん飲みます! 喜んで!」

「おお、そうか。それはよかった。では、さっそく契約書を用意したので、サインを願おう。ユーノ」


 す……っとユーノが近づいてくる。

 そして、キンサイの前に差し出す。


「そこの有能執事が、今日ここで話したことを、【すべて】、そこの契約書に書き記した」


 ぺこ、とユーノが頭を下げる。

 アスベルは目を丸くする。


「この短時間で、よく内容をまとめたな。すごいなおまえ」

「……どうも」


 キンサイはというと……。

 よく目を通さずに、うなずく。


「今日の内容が書いてあるだけやろ? なら! もうサインしますさかい! ペンありまっか?」

「こちらに」


 すっ……とユーノがペンを差し出す。

 まだだ……まだ笑ってはいけない。


「サラサラサラ……っと。書けたで!」


 ユーノが素早く受け取って、ぴっ……と複写式になってる契約書の1部を、キンサイに渡す。


「金の準備とかありますさかい! これにて失礼します!」

「ああ、またな」


 キンサイが小躍りしながら出て行く。


「これでわいも大金持ちや! うっひょぉおおおおおおおおおおい!」


 ……と。

 キンサイが出て行ったわけだ。


「あの……セイコ様? ちょっと納得いかないのですが……」

「ん? どうしたダーリン?」


「だ、ダーリン!?」


 おっと、ちょっと機嫌がよかったので、ふざけてしまった。


「も、もう一度! セイコ様! もう一度ダーリンと……ふぎゅ!」


 私はアスベルの鼻を摘まむ。

 調子のんな。


「やりましたね、聖母様」


 にやり、とユーノが珍しく笑う。

 くくく……。


「ああ、やったな」

「? どういうことですか?」

 

 アスベルに私は説明してやる。


「契約書読んでみろ」

「は、はい……む、難しくてわかりません!」


 ふむ、まあ仕方ないな。


「簡単に言うと、キンサイは今後、帝国側からの要求に、【なんでもする】という契約を結んだんだよ」


「え? いや……契約って、ポーション製造を作るって話しだけじゃ?」


「おいおい頼むぜダーリン。私は確認したよな、」


ーー「ただし、条件がある」

ーー「なんでしょう! なんでも言うてください! なんでもしますさかい!」


 ってな。


「私が欲しかったのは、そっちだよ。銀鳳ぎんおうは今日から、私らの舎弟パシリだ」


 ポーションを卸せばもうかるうえ、銀鳳ぎんおうを今後こき使えるのだ。

 ポーション販売権をあいつらに渡しても、おつりが来るほどの儲けである。


「さすがセイコ様! なんというあくどい手腕! 感服いたしました!」

「ありがとよ、ダーリン」


 私はまた鼻を摘まんでやった。

 悪意無く言ってるだろうが、腹立った。

 でもアスベルはなんだか嬉しそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る