第17話 大商人との商談

17.


 サスノアの森で浄化を行ってから、2週間あまりが経過した。


 ある日のこと。

 私が執務室で仕事をしてると……。


「セーコ様! ただいま戻りましたっ!」


 このマデューカス帝国の現皇帝、アスベル=フォン=マデューカスが入ってくる。


「おう。アスベル。遠征お疲れ」

「ありがとうございます!」


 アスベルを含めた30人の兵士達は、この街周辺の森に赴き、瘴気だまりの調査を行っている。


 瘴気だまりの場所は、アスベルたちに調べてもらい、後日私が浄化するという流れだ。


「今アスベルがいってきた【リスタの森】の瘴気だまりを片付ければ、街近隣の森は、全て浄化したことになるな」


 帝都カーターからほど近い場所にある、4つの森。

 【サスノア】【ロリエモン】【ナベタン】【リスタ】。


 これら4つの森を浄化しおえれば……。

「いよいよ、人を外から呼べるようになるな」


 うちが弱小である理由、それは、周囲に森が多いからだ。

 マデューカスの周囲にはデカい森がたくさんある。


 特に、ゲータ・ニィガとの間にある、奈落の森アビス・ウッド、ここはかなり厄介だ。


 世界四大秘境に数えられるほどの、厄介極まりない大森林が、大国(やそのほか周辺国家)との行き来を阻んでいるのだ。


「周辺の森の浄化が完了した今、前より人を呼びやすくなった。次の段階に、計画を進める時が来たな」


「次の段階……? 何をするのですか、セイコ様」


 すすす、とアスベルが私の近くにやってくる。

 ……ぴったり、とくっついてきた。


「なんだ?」

「仕事に精を出すセイコ様も、お美しいと思ったもので……あいたっ!」


 私は皇帝の頭を叩く。

 色ボケめ。


「次に何するか。それは……金策にきまってるだろう?」

「金策……? 金を稼ぐということですか」


「まあ、そんなもんだ。そして、手は打ってある」


 そのときである。

 コンコン……。


『聖母様。お客人が到着しております』


 ドア向こうから、有能執事ユーノの声が聞こえてきた。

 さっそく来たな。


「アスベル。【商人】との交渉は私のほうでやる。おまえは、悠然と座ってろ」

「かしこまりました! ……って、商人? 商人を呼んだのですか?」


「おう。金策と商人は、切っても切れない関係だろ」

「は、はあ……しかし……」


 もにょもにょ、とアスベルが言いよどむ。

 まあ、言わんとすることはわかる。


 が、まあそれは置いとこう。


 私たちは来客用のソファの近くまで移動。


「入れ」

「失礼するで」


 扉の向こうから現れたのは、スーツを着た背の高い女だ。

 腰のあたりから翼が生えている。


 翼人、という亜人の一種だ。


「あ~~~~~~! お、おまえは……!」


 アスベルが翼人を指さして、声を張り上げる。


「おう、皇帝陛下、ひさしぶりですやんな」

「【キンサイ・クゥ】!」


 翼人……キンサイ・クゥが手をあげて、ひらひらとあいさつをする。

 なんだ、アスベルとキンサイは知り合いなのか。


「セイコ様! こいつはだめです! 金にがめつい悪徳商人ですよ!」

「失敬なやっちゃなぁ」


 けらけら、と笑うキンサイ。

 はぁ~~~~~~~~~。


 ばしっ、と私はアスベルの頭を叩く。


「客に失礼だろうが、アスベル」

「も、申し訳ないです……」


 キンサイが私を見て、「へえ……」と薄ら笑いを浮かべる。


「ほんまに、ゲータ・ニィガの聖女はんが、女帝やってるとはなぁ」


 キンサイは私のことも知ってるようだ。

 私は面識ないがな。


 しかし……女帝?


「なんのことだ、キンサイ?」

「そこのツラが良いだけのへっぽこ皇帝に代わって、あんたが帝国の政をやってるっちゅーのは、一部じゃ有名やで」


 へっぽこ皇帝……。


「貴様不敬だ……あいたっ」

「座ってろ。キンサイ、よく来た。腰掛けてくれ」


 アスベルは何か言いたげだったが、私の言いつけを守り、黙って座ってくれた。

 素直なところは嫌いじゃ無いぞ、アスベルよ。


 ややあって。


「で、女帝はん」

「皇后、だ。皇帝はアスベルだ」


「あ、そう。皇后はんは、この銀鳳ぎんおう商会ギルマスの、わいになんのようでっか?」


 銀鳳ぎんおう商会。

 世界中に支店を持つ、大規模商業ギルドだ。


 ゲータ・ニィガ国内に本店を持ち、国内外にも、多数の店舗を出してる。

 つまり、ふと客だ。


「単刀直入に言う。金を貸せ」

「お断りですわ」


 ばっさり、とキンサイが断ってきた。


「前にも言いましたやん。こんなしけた国に金を貸して……わいになんのメリットがありますの?」


 アスベルがギリ、と歯がみしている。

 ……たぶんだが、アスベルは前に、この女に、金を貸して欲しいと頼んだことがあるのだろう。


 で、けんもほろろに追い返された……と。

 だからアスベルは、キンサイを目の敵にしてるのだ。


「国も弱い、特産品もない、こんな魅力の無いところに金は貸せへんなぁ」

「ぐぬ……し、しかし……ではなぜ、セイコ様の呼び出しに応じたのだ貴様!」


 びしっ、とアスベルがキンサイに指を向ける。


「そりゃ、そこの皇后はんが、【SS】に関する耳より情報を教えてくれるっちゅーたからな」

「え、SS?」


 はて、とアスベルが首をかしげる。


「なんや皇帝はん、SS知らんのかい?」

「知らん!」


「無知を堂々とさらすなんて、オモロイやっちゃね」

「む! じゃあSSとはなんなのだっ!」


 キンサイが自分のポシェットから、ことん……と瓶を置く。

 赤い色の液体の入った、ポーション瓶だ。


「なんだ、このポーションは? 色が赤い……こんなの見たことない」

「そら当然や。これ、超レアなポーション。その名も……【SSポーション】」

 

「SSポーション……略してSSか」


 まあ略したらSSPだろうが、黙っておく。


「これがどうかしたのか?」

「このポーションはな、どえらい効果があるねん。通常のポーションの、なんと10倍もの治癒力があるんや!」


「10倍……?」

「せや! すごいやろ!」

「すごいのか……?」


 ずっこけるキンサイ。

 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………。


「すごいに決まってるやん。なにせ、SSポーションがあれば、全身に大やけどをおっても、たちどころになおってしまうんやで?」

「おお!」


「骨折はもちろん一瞬で治るし、ちぎれた腕も、元通り接合できる。大病を患っても一瞬で治ったっちゅー報告もあるな」

「奇跡みたいな薬だな……!」


「せや。失われし伝説の秘薬、完全回復薬エリクサーの再来とも言われとる。それが……SSポーションなんや」


 完全回復薬エリクサー

 文字通り、飲めばどんなケガ病気も、たちどころに完全に回復する奇跡の薬。


 大昔にはあったらしいが、今は失われてしまっている。


「今この世界でポーションって言えば、ケガを治すだけのもんや。上級ポーションでも、深くついた傷をなおせるくらい。腕を治すとか、骨折を治すなんて、無理や」

「それができるのが……完全回復薬エリクサー以外で、SSポーションだけ……か」


 こくん、とキンサイがうなずく。


「そんな凄い薬が市場に売ってるなんて、聞いたことないぞ?」

「当たり前やん。なにせ、市場が売ってないんやから」


「う、売ってない……? どういうことだ?」

「SSポーションは、商業ギルドに卸されてないんや。全部、オークションで取引されてんや」


「オークション? どうして一般の市場に出回らないんだ?」

「簡単や。【制作者】が、不明なんや」


「!? だ、誰が作ったかわからないのか……」

「せや。だから、商人達は血眼になって、SSポーションを作った凄腕ポーション製造者を探してるんや」


 作ってるやつを抑えられれば、大もうけできるからな。

 現状、どこにもポーションは卸してないし。


「で……本題や。皇后はん、SSポーションに関する情報って、なんや? こんなとこまで来たんやらか、もったいぶらずに教えてーや」

 

「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


「な、なんや……?」

「態度が、なってないな」

「はぁ? そっちこそ、なんやその態度」


 キンサイはかちんときたのか、眉間にしわを寄せる。

 

「こっちはスポンサー候補やで? 下手に出るのはそっちやない? この話し合いの議論は、金を持ってる、こっちが握ってるンやで?」


 ふ……。


「ユーノ。あれを出せ」

「御意」


 ユーノが一度、部屋から出て行く。

 そして……。


 ガラガラガラ……!


「なんや、執事がカート押してきたけど……」


 ユーノがカートを私たちの前で止める。

 カートには布がかけられていた。


 そして……。

 ユーノが、布を取り払う。


「んな!? なんやてぇ!?」


 キンサイが立ち上がり、目を剥いて叫ぶ。

 アスベルもまた驚いてる。


「こ、これって……キンサイが持ってきた……SSポーション?」


 カート上には、大量のSSポーションがつまれていた。

 1本2本なんてもんじゃない。


 合計100本。


「なんやて!? うそや! 偽物やぁ……!」


 カート上のSSポーションを、キンサイが指さし叫ぶ。


「オークションでうん百万ゴールドの値で取引されるポーションが、こんなにあるわけないやん!」


「ふっ……」


 私は、キンサイを小馬鹿にするような目を向ける。


「これをみて、偽物というのか。なんだ、天下の銀鳳ぎんおう商会ギルマスさまのくせに、偽物と本物を見極める目を持ってないとはな」

「なにぃいいいいいいいい!」


 怒ってるな。ふっ……。


「偽物と疑うなら、1本……いや、10本くらい、おまえにサービスでくれてやる。それを、どこかで試してくるといい」


「じゅ……!? 10本も!? え、ええの……?」


「ああ。使うなり、売るなり、好きにするといいさ」


 キンサイが私とSSポーションを見比べる。


「……なんでこんなにSSポーションもってるんや、あんた?」

「さてな。ほら、どうした? 試してきてみるがいい。ユーノ、包んでやれ」


 ユーノは持っていた袋に、SSポーションを10本入れて、キンサイに渡す。


 キンサイは疑いのまなざしを向けながらも、袋を受け取る。


「きょ、今日は出直すわ……」

「好きにしろ」


 キンサイは立ち上がると、そそくさと出て行く。


「【またな】、キンサイ。次は手土産の一つでももってこいよ」


 キンサイは「ふ、ふん! どうせでたらめにきまってるわ! これは……どうせよくできた偽物やろ!」


「ふぅ~~~~~~。見る目のない女だ」

「むきぃいい! 偽物やったら承知せえへんで! 土下座してもゆるさへんからな!」



    ★


 数日後。


「すんまっせんでしたぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 キンサイが、私の前で土下座していたのだった。

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