第16話 聖女、帰る場所ができる



 浄化を終え、私たちはサスノアの森から、街へと向かって歩いていた。


「陛下ぁ、祝勝会やりましょーよー!」


 前を歩くアスベル。

 彼の周りには兵士達がいた。


 ほとんどアスベルより年上の兵士たち。

 彼らは敬語を使っているが、しかし、アスベルに対して壁があるようには見えない。


「おう! もちろん。今日は皆頑張ったしな! 俺の小遣いで、ぱーっとやろう! 家族も呼んでいいぞ!」

「やりぃ!」「陛下のおごりだ!」


 ……ふむ。


「部下に好かれてるんだな」


 私がそうこぼすと、隣を歩いていた男が口を開く。


「ええ、みな、陛下のこと好きですよ」


 と、兵士が答える。

 年齢は55。身長が190くらいある。

 たっぷりと蓄えた髭に、短く刈り込んだ茶髪から、熊みたいな印象を受ける。


「そうなのか、【ホサ】」

「っ!?」


「何を驚く、ホサ」

「あ、いえ……皇后様が、私のような兵士の名前を覚えてるとは思わず……」


「何言ってる。残っている兵士の名前とステータスくらい、全部把握してるに決まってるだろ」


〜〜〜〜〜〜

ホサ・エンノシタ

管理B  教育C  警備C

研究D  営業C+ 運搬C

医療D  事務B  農林漁D

魔法D -  芸術D - 製造D -

〜〜〜〜〜〜


「そうでございましたか……大変失礼しました。皇后陛下を侮ったわけでは決してございません」

「わかってる。そんなことで謝らなくて良い」


 ホサは目を丸くしていた。


「なんだ?」

「あ、いえ……」


「私はハッキリしないやつが嫌いだ。発言の内容にはキレないから言ってみろ」


 ホサはじっと私を見ると、目を閉じて言う。


「皇后様、ここに来てくださって、本当にありがとうございます。皆……あなた様に感謝しております」

「ほぅ……なぜだ?」


 ホサは残っている兵士達を見渡す。


「魔物退治には、必ず犠牲者が出ておりました。死者、負傷者……数え切れない。特に、聖女様を引き連れて浄化は、酷い物でした。何十人も死者を出してしまい……それで辞めていったものも多かったです」


 ワガママーナの浮気だけが、兵士の少ない理由ではないようだな。


「今回の遠征も、みな死を覚悟しておりました。かくいう私もです……」

「そうか。家族を心配させてしまったようだな」

「!?」


 本格的に、ホサが驚いていた。


「なんだ、いちいち驚くな」

「い、いえ……まさか、私に家族が居ることもご存じで?」


「あ? おまえだけでなく、ここに居る兵士全員の家族構成くらい頭に入ってる。ホサは4人家族。来年成人する娘が一人いる、だろ?」

「…………」


 彼が立ち止まり、私を見る。


「んだよ?」

「……どうして、知っておられるのですか?」


「兵士のプロフィールは城に保管してあったぞ」

「そ、そうではなくて……。どうして、皇后様が、こんな下々のプロフィールまで把握して……」


 ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 

「あのな、おまえも、そこの兵士達も、その家族も、帝国の民。私が面倒を見る、大事な民なんだぞ。全員のことを、知ってて当然だろうが」

「…………」


 彼は泣いていた。

 

「どうした? 気に障ったか」

「いえ……うれしくて。我らを、兵士コマでは無く、民として、扱ってくれて……」


「アスベルはコマ扱いなんてしないだろ」

「はい……。陛下では無く……」

「ああ、前皇后か」


 あの女ほんとクソだな。

 まあ、異世界人だったらしいから、現地のやつらなんて、ゲームキャラにしか見てなかったんだろう。


「皇后陛下、ほんとうに、ここに来てくださり、ありがとうございます」


 彼は立ち止まり、深くお辞儀する。


「長年兵士として帝国に仕えてきましたが、誰一人死傷者を出さず、帰ってくる遠征なんて、今まで一度もありませんでした。あなた様のおかげです。……あなた様に、お仕えできること、心から……感謝いたします」


 涙を流す、ホサ。

 大げさだな、という気はなかった。


 さっきこいつは死ぬ覚悟だったといった。

 他の連中も同じだったんだろう。


 私が、生きて帰してくれた、と思ってるらしい。

 で、嬉しい……か。


「私一人で遠征に成功したわけじゃない。おまえたちが自分の仕事をきちんとこなした。だから、私もまた仕事ができた。全員が頑張ったから、無事帰ってこれたんだよ」


 ぽん……と私はねぎらうつもりで、ホサの背中を叩く。

 彼はぐしっ、と涙を拭いて言う。


「正直、私は今日無事で帰ったとしても、兵士を辞めるつもりでした」

「……そうか。おまえ、3人目が生まれるんだったな」


「はい。もう危ないことはできないと……。でも……もう少し、私は陛下と、皇后様にお仕えしたいです。よろしいでしょうか?」


 よろしいか……か。


「何を馬鹿なことを。これからも働いてもらうに決まってるだろうが。うちの旦那を、支えてやってくれ」


 ホサは兵士達のサブリーダーをやっていた。

 また、アスベルの副官として、優秀な働きをしてくれていた。


 彼は必要な人材なのだ。


「もちろん。それと……近く、私の娘が成人します。平凡な私と違い、あの子には突出した才があります。皇后様のもとに、ぜひ置いてくださいませ」


 適性診断スキルは、本人を生で見ないことには発動しない(適性が調べられない)。

 親のひいき目ってやつが入ってるかもしれないが、こいつはそういうことしないのはわかってる。


 つまり、本当に優秀な息子がいるんだろう。


「楽しみにしてる」

「はいっ!」


 ややあって。

 私たちは街へと帰ってきた。


「とぉたま、かぁたまぁ~~~~~~~~~~~~~~~!」


 ……街の入口には、アンチが立っていた。

 ぶんぶんと手を振ってる。


 ……ああ、帰ってきたんだな。

 ほっ、と安堵の気持ちがわいてる自分に……驚く。


 ゲータ・ニィガ王国にいたとき、どこへでかけても、【帰ってきた】という実感は無かった。


 私は、異世界人よそものだから。


 でも……。


 今息子が、笑顔で、私を出迎えてくれている。

 ……それを見て、私は……心から安らぎを感じていた。


 知らず、私は走り出していた。

 走っている自分に驚く。だがもうどうでもいい。


 私はアンチをよいしょっ、と抱き上げる。

 アンチは嬉しそうに、私にきゅーっと抱きついてきた。


「かぁたま、おかえーりっ!」

「…………」


 おかえり、か。はは……なんか、本当にひさしぶりに、言ってもらえたきがするな。


 地球に居たときも、私は家に帰っても、お帰りって言ってくれるひとはいなかった。

 大学入学で上京し、それ以降、ずっと一人暮らししていたしな。


 おかえりって、最後に言ってもらったのって、いつだったろう。

 ……いや、いつでもいい。


 この言葉に、こんなに……人を幸せにする力があるなんて。


「ただいま、アンチ」


 ありがとな、アンチ。おまえのおかげで、私は……忘れてたことを思い出せた気がする。


「アンチ!」

「とぉたまっ! んー! ん~!」


 アンチがアスベルに手を伸ばす。

 多分父親にもぎゅーってしたいんだろう。


 ……嫌だなぁ、手放したくない。

 でも、アンチが父親に抱っこしてもらいたくて、しかたないって顔をしてる。


 ……だから、しょうがないから譲ってやる。

 私はアンチをアスベルに渡す。


「とぉたまとぉたまっ、おしごと、どーらった?」

「仕事終わったよ。母様の大活躍で、大成功だ!」


「! かぁたまが……! がんばった!」

「ああ、頑張った! かっこよかったぞぉ! アンチにも見せてやりたかった!」


「むぅ……とぉたまだけ、ずるいです! ぼくも……かぁたまのかっこいーとこ、みたかったぁ!」

「はは、もっとおっきくなってからな」

「むぅうううう」


 二人のやりとりを見ていると、背後から……。


「ユーノ。戻った」

「お帰りなさいませ」


 有能執事のユーノが、私に話しかけてきた。


「変わったことは?」

「ありません」


「書類仕事のほうは?」

「貯まっていた物をあらかた片付けました」


「アンチの面倒は?」

「……………………頑張りました」


 言葉にしないだけで、だいぶ苦労させられたのだろう。


「ご苦労」

「っ! も、もったいなきお言葉」

 

 するとアスベルとアンチがこっちにやってくる。


「あのねかぁたま、ユーノ、いいやつです!」

「ほぅ……良いやつか?」


「うぃ! ぼくに、やさしくしてくれましたっ! いいやつです!」


 アスベルが目を丸くしてる。

 何意外そうにしてるんだこいつは……。


「何でしょうか、陛下?」

「あ、いや……おまえも子供に優しくできるんだなと」


「勘違いなさらないでください。誰にでも優しくするつもりはありません。アンチ皇子は、聖母様の息子様ですからね。特別です」

「ふぅん……」


 アスベルがユーノをじろじろ見る。

 そして……。


「ありがとな!」


 ……と、アスベルが明るい笑顔で言う。

 ユーノが眼鏡の奥で、目を丸くしていた。


 眼鏡をかけ直すと、城へと戻っていく。


「宴会の前に、風呂の準備ができております。兵士達と入ってきてください」

「え? 宴会だって? そんな、頼んでないぞ?」


「どうせ、兵士達とするおつもりだったのでしょう?」

「? おう! ありがとな!」


 ユーノはスタスタと去って行く。

 アンチが近づいてきて、私の手を引く。


 アンチは私の耳元で言う。


「ぼくしってます……ユーノ、ちゅんでれ!」


 ちゅんでれ……。

 ツンデレ?

 どこで覚えてきたんだそんな言葉……。


 まあ、あれだ。


「お手柄だな、アンチ。おまえのおかげで、父様は部下ユーノと仲良くなれたみたいだ」


 ユーノとアスベルをつないだのは、息子であるアンチの存在があったからだ。

 アンチの面倒をユーノが見なかったら、あんな風にはならなかったろう。


「とりがらぁ?」

「お手柄だ」


「うー?」

「すごいってことだ」

「うー! かぁたまみたいってことぉ! わはーい!」


 ……いつの間にか、私はここに、居心地の良さを覚えていた。

 ここが、私の第二の居場所。ハッキリ沿おう思えた。


 皇子、皇帝、そして……帝国。

 私はこいつらを、これからも大事にしていこうって、改めて思うのだった。

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