第15話 瘴気をありえない速度で浄化



 私はアスベルと兵士たちとともに、瘴気だまりの元へ向かう。

 通信機を手にあて、息子と通話する。


「アンチ、元気してるか?」

『かぁたま!? うんっ! げんきー!』


 電話の向こうでは、アンチの嬉しそうな声がする。

 ふむ……。


「息子よ。いいんだぞ、通話、かけてきても」


 通話は、こっちからかけたのだ。

 アンチにはさみしくなったら、いつでもかけていいとは伝えてある。


『うん……』

「また、遠慮してるのか?」

『ちぎゃーます!』


 アンチがハッキリと否定する。


『かぁたま、とぉたま、がんばってりゅ。ぼくも……がんばってりゅ、ます! だから!』


 なるほど。

 アンチは私らに遠慮してるのではない。

 私たちが頑張っているから、自分も、頑張ってお留守番してるって言いたいのだろう。

 ふ……。


「良い子だ、アンチ。帰ったら、美味しいデザート作ってやるぞ」

『ほんとぉ~!?』


 見えずとも、アンチが飛び上がってるところが想像できた。


「ああ。夕方までには帰る。だから、良い子してるんだぞ」

『わかりまーしゃ! かぁたま……がんばれぇ!』


 アンチが通話を自分から切った。

 ふ……ほんと、良い子だ。


「うう……」

「んだよ……? アスベル」


 隣を歩くアスベルが、涙を流していた。


「息子の成長に……俺は……ただただ……うう……」


 私が来る前のアンチを、私は知らない。でもアスベルは知ってる。

 今と昔で、変化がたしかに起きてるようだ。


 父として、アスベルはその変化に感動してるのか。

 いい親なんだな、こいつも。


 ぽん……と背中を叩く。


「さっさと終わらせて、アンチとメシくおうぜ」

「はい……ですが、その……」


「あ? なんだよ」

「浄化の儀式は、その……」


 ? アスベルが何か言いたげだ。

 周りの兵士連中も、どこか暗い表情をしてる。


「どうした?」

「その……浄化の儀式には、丸一日かかるじゃないですか?」


 はぁ~~~~~~~~?

 一日かかる、だぁ……?


「何を基準に言ってんだそれ」

「ワガママーナです。彼女は、浄化の儀式に、一日かかってました」


 ……ふぅうううううううううううううううううううううう。

 そうか、ワガママーナ、いちおう聖女としての仕事はしてたんだな。


 まあイヤイヤやってるのが目に見える。

 とはいえ……一日……?


「かけ過ぎだろ……ったく」


 兵士達の表情が暗い理由は理解できた。

 聖女の浄化が始まると、瘴気だまりからは、魔物がわんさか出てくる。

 その間、聖女が攻撃を食らうと、儀式が中断。


 最初からやり直しになってしまう。

 聖女を丸一日も、魔物の群れから守らないと行けない。


 無限に湧き出てくる魔物を、1日、24時間ずっと、守り続けるのはかなり大変だろう。

 ワガママーナが浄化を行ったときの、大変さを思い出し、皆が辛い気持ち成ってる訳か。


 それにワガママーナの性格からかんがえるに、きっと周りに「私を必死で守れバカ!」とか言ってたんだろうな。


「おまえら、先に言っておくぞ」


 兵士達、そしてアスベルとメメが私の言葉に耳を貸す。


「アスベルもいっていたとおり、優先するべきは、己の命だ」

「「「!?」」」


「これから浄化作業に入る。その間、自分の身がヤバいと思ったら、素直に引け」

「できません……!!!!!!!!」


 アスベルが誰よりも早く、そして、大きな声で否定する。


「大事なセイコ様をおいて逃げるなんて! たとえ俺が死のうと、俺はセイコ様をまも……あいたっ!」


 私はアスベルの額を小突く。


「私のために、命なんて捨てる覚悟なんてもってなくていい」

「しかし……」


「おまえらには、私なんかより大事な人がいるだろ? 家族、恋人とか……な」


 兵士達にとって、私は所詮よそ者でしかない。

 でも、兵士たちにはそれぞれ、大事な人が側にいるのだ。


「自分が死ねば、悲しむやつがいる。それを忘れるな。それを踏まえて……」


 私は、彼らに指を1本立てる。


「1分だ」

「「「「1分……?」」」」


「ああ。1分、時間を稼げ。私がその間に、浄化を終わらせる」

「「「なんだって……!?」」」


 アスベルを含め、全員が驚愕していた。

 まあ仕方ない。


 こいつらはワガママーナの浄化しかしらないんだからな。

 私が1分でできるって言葉を、信じられないのは無理からぬ話……。


「皆、聞いたか!」

 

 アスベルが兵士達を見渡す。


「セイコ様は1分で浄化を必ず終わらせる! 我らの仕事は、その時間を稼ぐこと! そして! セイコ様の言うとおり、街にいる家族達を守ることだ!」


 アスベルの力強い言葉に、兵士達の顔から、不安の色が消えていく。


「みな、戦うぞ! 魔物から……この国を守るために!」

「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 ふっ……。

 やるじゃないか。


 ほんと、皇帝では無く前線で指揮官をするのが、会ってるよ、おまえにはな。


 ややあって。


「よし、着いな」


 私たちが到着したのは、木々の開けた場所。

 森の中にあった小さな泉。


 泉は毒々しい色をしていた。ぽこぽこ……と毒沼のように、ガスが発生してる。

 泡が破裂すると、そこから濃い紫色の煙が立つ。

 あれが瘴気だ。


「おまえら、マスクは着けたな?」


 彼らの顔には、日本でよく見る、使い捨てのマスクが着けられてる。

 私があらかじめ作っておいたマスクだ。


「これは……すごいですね。瘴気に近づいても、呼吸が楽になります。いったいこれは……?」

「布マスクに、私お手製の消毒剤をしみこませてある」


「消毒……?」


 この異世界に消毒という概念はない。

 だから言ってもまあわからないだろう。


「浄化の力だ。それをマスクに付与してあるんだ」

「……!」


 アスベルが目を剥いて、体を震わせる。


「どうした?」

「ありがとうございます! 我らのために、こんな……凄いアイテムを作ってくださり!」


 ぽたぽた……と皆が涙を流してる。

 呼吸が楽になってることから、このマスクが凄いと思ってるんだろう。


 で、作った私すげえってか。


「泣くのは、仕事が終わってからにしろ。いくぞ、おまえら」

「「「御意!」」」


 私は毒沼に近づく。

 瘴気がぶわ……と襲ってくるが、しかしマスクのおかげで、体にダメージはない。

 

 私が湖の前までやってきて、しゃがみこむ。

 アイテムボックスから、薬瓶を取り出す。


 と、そのときだ。

 ボコッ……! ぼこぼこぼこ!


 空中の瘴気が固まり、魔物を作り出す。


「魔物が現れたぞ! 皆、戦闘開始……!」


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 降り注ぐ魔物達の狙いは、私だ。

 魔物が一斉にこちらに攻めてくる。


 だが、兵士達はアスベルの指示通り、数人で1体を取り囲んで、動きを止めている。


「そうだ! 魔物は倒しきる必要は無い! 後ろに決して通すな!」


 といいながら、アスベルは剣を振るって、魔物を一刀両断してみせた。

 ほぅ……。


 さすが警備ランクが高いだけある。


「や、やぁ……! たぁ!」


 メメはナイフを投げて、魔物に攻撃している。

 投げたナイフは正確に魔物の眉間を貫いていた。


 よし……。全員が最高の仕事をしてる。

 だから、私は私の仕事に集中する。


 薬瓶を複数取りだし、慎重に、混ぜ合わせる。


「……! 聖女様……神に祈らないのですか……!?」


 アスベルは、ワガママーナの浄化しか見たことがないんだな。

 聖女の術を発動させるには、はたしかに、神に祈る、という長ったらしい儀式が必要となる。


 だから、発動までに時間がかかる。

 けど……な。


「いるかもわからない相手に、なんで媚びねえといけねーんだ」

 

 全ての薬品をまぜ、薬を完成させる。

 ビーカーには黄金に輝く液体がなみなみ入っていた。


「私は、神には祈らない」


 ビーカーの中身を、湖の中にいれる。

 とぽ……。


 すると……。


 ピカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


「み、見ろ! 湖が光り輝いてるぞ!」

「沼が! ドンドンキレイになっていく……!」


 出来事としては、一瞬だったろう。

 毒沼が、キレイな湖へと変ぼうしていた。


 新たな魔物達が湧き上がることは、これでない。

 そして残りの魔物達は私をみて、逃げ出した。


 敗走する魔物達を見て、兵士達は呆然とする。


「おら、アスベル」


 げしっ、と私は彼の尻を蹴る。


「う、あ、えっと……勝った! 我らは、魔物に勝利したぞ! 誰一人の犠牲も出すこともなく!」


 アスベルが声を張り上げると、兵士達はようやく状況を飲み込んだようだ。


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 

 全員が抱き合って喜ぶ。


「奇跡だ!」「浄化がこんなに早く終わるなんて!」「おれ……生きて帰れるんだぁ……!」


 兵士達が泣いて喜ぶなか、アスベルが私に抱きつく。


「おいアスベル……」

「ありがとう、ありがとう……セイコ様……!」

「おま……」


 アスベルが、体を震わせていた。

 ……こいつも、恐かったんだろう。


 そうだよな。こいつだって人間だ。

 魔物が恐いわけがなかったんだ。


 でも、士気を下げないために、って皆の前で我慢していたんだ。

 ……えらいやつだよ、ほんと。


 だから、私は彼を拒まないでやった。

 ぽんぽん……と背中を優しくなでる。


「お疲れさん」

「ぐす……ありがとうございます」


 私が言う前に、涙を拭くと、アスベルが言う。


「皆! 浄化をしてくださった聖女様に、お礼を!」

「「「ありがとうございます、聖女様……!」」」


 私にとっては、自分のできることをただこなした。

 仕事を一つ片付けた。それだけの話し。


 でも……皆が嬉しそうにしてる姿を見て、私もまた、たしかな満足感を覚えていた。


「おう、おまえら。家に帰るまでが遠足だ。気ぃ抜いてケガすんじゃねえぞ!」

「「「はい……!」」」

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