第13話 通信用の魔道具を作らせる



 3日後。

 アスベルの執務室。


 トントン。


「かぁたま~」

「おう、アンチ。どうした?」


 私とアスベルが仕事をしてると、メイドのメメと一緒に、息子が入ってきた。


「ふぁ……! おへや、きれーい!」


 アンチが驚くのも無理はない。

 アスベルの部屋は、ついこないだまで散らかり放題だったのだ。


 それが、今や見違えるくらいにキレイになっている。

 書類は全て整理整頓され、部屋の中はピッカピカだ。


 アンチが近づいてきて、ソファに座る私の膝に載る。


 ちょうど、仕事が一段落して、お茶を飲んでいたところだ。


「とぉたま……おへや、おそーじしたの?」

「ぐ……」

「ぐ?」


 アスベルが実に嫌そうな顔をする。

 一方、私の側に立っていた眼鏡の男、ユーノが「ふっ……」と馬鹿にする用に、鼻を鳴らす。


「なんだ貴様その、フッ……は!」

「いえ、皇帝陛下は、本当にお顔しか取り柄がありませんね、だなんて思ってもいませんよ」


「思ってるだろうがっ!」


 アンチが私を見て首をかしげる。


「そこの執事が、部屋を綺麗に片付けたんだ。掃除だけで無く、書類もな」

「ほわぁ……! ゆーのぉ……すごぉい!」


 ユーノは「恐縮です」と素っ気ない態度を取る。

 こいつは仕事はできるのだが、私以外には決して愛想を振るわないのだ。


「かぁたま……とぉたまと、なにしてたの?」

「仕事の打ち合わせだ」

「ちご……と?」


「ああ、母様は近いうちに、父様とちょっと遠くまで行ってくる」

「うー……」


 しょぼん、とアンチが肩を落とす。

 置いてけぼりにされて、さみしいって思ってるんだろうな。


「大丈夫、アンチ。おまえがさみしくならないように、今良いモノを作ってるからな」

「いいもの?」


 と、そのときである。


「ボス! ボス! ぼーーーーーーーーーーーーーす!」


 ばんっ! と部屋の扉が開いて、桃色髪の、小柄な男が入ってくる。

 猫のように癖のあの髪に、眼鏡、そして白衣を着た男。


「できたか、マギ」

「うんっ! 見てボス! あなたの注文通りに作った……魔道具!」


 マギは白衣のポケットから、手のひらサイズの、黒い直方体を2つ、取り出す。

 500ミリのペットボトルくらいの大きさだ。


 直方体の側面には、穴が上下に二つ開いてる。


「セイコ様。これは一体?」

「マギに作らせていた、通信機だ」


「通信機……?」


 この世界の、遠方に居る人間と連絡を取る手段は、かなり限られてる。


 一番ポピュラーなのはフクロウ便。

 文字通り、訓練されたフクロウに手紙を持たせて、届ける方法。


 ポピュラーだが、届くまでに時間がかかるうえ、運び手が生き物なので、手紙を途中で落とすなどのアクシデントが起きやすい。


 次に、【思念伝達メッセージ】という魔法。

 離れた相手に、思ってるを伝達する魔法だ。

 ただし、超高度な魔法であり、なおかつこっちから一方的に思念を送ることしかできない。(相互性がない)


 相手に思念を届ける魔道具は、存在する。

 しかし遺物アーティファクトといって、量産不可能、仕組みが不明のアイテムなのだ。


 ようするに、この世界には現実のように、手軽に相手と通話する手段が存在しないのである。


 だから、作らせたのだ。


「アンチ。それを持って、ここで待ってろ」

「うぃ!」


 アンチを膝上から下ろし、私は立ちあがる。


 部屋の外へと出て、通信機に耳と口を当てる。

 現実の電話と、同じ持ち方だ。


「アンチ、聞こえるかい?」

『! かぁたまのお声が……きこえるよー!』


 アンチの元気な声が、きちんと耳に届いた。

 ばんっ! とアンチが扉を開けて、私を見上げてくる。


「お声、聞こえた! この箱から……かぁたまの声! しゅごい!」


 私はアンチを抱っこして、皆の元へと戻る。


「おまえらも見てたな。これは通信機。離れてても、相手と会話できるアイテムだ」

「おお……! なんとすごいアイテムですね……! これがあれば離れた場所に居る人と通話できる……!」


 アスベルが歓声を上げる。

 こいつでも、この魔道具の有用性がわかったようだ。


「これなら、愛しいセイコ様と、どれだけ離れていても、おしゃべりができる……! なんて素晴らしい……あいたっ」


 ……アホ皇帝の頭をはたいておいた。

 こいつホント……よく皇帝やってるよな……。


「こいつがあれば、情報収集の効率が格段にあがる。わざわざ現地に赴き、戻ってきて報告しなくていい。また、ノータイムで状況を把握できる」


 なるほど……とユーノがうなずいてる。

 メメとアスベルはまだよくわかってない様子。


 一方、アンチは「わかりましたっ」と手を上げる。


「これがありゃば……かぁたまと、はなれてても、いつでも……おしゃべりできますっ!」

「おう、そのとおりだ。アンチ、おまえほんと頭良いな」

「えへー♡ わしゃわしゃ、しゅき~♡」


 私はアンチの頭をなでてやる。

 すると……潤んだ目で、アスベルが私を見てきた。


「なんだ?」

「せ、セイコ様……先ほど俺がほぼ同じ発言をしたと思うのですが……俺との対応に差があるような……」


「おまえは大人、アンチは子供」

「うう……! アンチ! 羨ましいぞっ!」


 アスベルが私ごと、アンチをむぎゅーっと抱きしめる。

 細身だが、しっかり筋肉がついてるな、こいつ。


 やっぱり前線で戦うのが、ベストな配置といえた。


「ボス、ボス!」


 私たちのやりとりを見ていた、マギが声を張り上げる。


「通信機以外の魔道具も作りたいよっ! ボスの言っていた、冷蔵庫とか、クーラーってやつとか!」


 興奮気味のマギ。

 彼の目は血走っており、目の下に隈があった。


「おまえ……寝てないだろ?」

「うん! 通信機作りに夢中になって、寝食忘れて没頭しちゃったよ!」


 スマホをもとに、通信機を実現した。

 それは凄いこと……だが。


「寝ろ」

「嫌だっ! ぼくはもっともっと! 物作りしたいんだ!」


 マギは、クーラーや冷蔵庫などを作りたがってるようだ。

 将来的にそれらは作ってもらう……が。

 今はいろいろと足りてないうえ、こいつは三日も寝てない。


「寝ろ。二度は言わんぞ」

「いやだ! いーやー! 作りたい!」

「ふぅう~~~~~~~~~~!」


 このガキ……物作りにかけては天才だが、中身がまるでガキだ。

 いや、うちのアンチは私と一緒だと喜んで、直ぐに寝る。


 だから子供以下だな、こいつは。


 さて……。

 マギに体調を崩されても困る。


 私はアイテムボックスから、ポーション瓶を取り出す。


「マギ。これを飲め」


 ぽいっ、と私は瓶をマギに投げ渡す。


「ボス、なにこれ?」

「飲むと元気になる薬だ。10日は寝ずに働けるようになるぞ」


「ほんとー! わーい! これで魔道具作り放題じゃん!」


 きゅぽっ、とマギが蓋を開けて、何の躊躇も無く中身を飲む。


 ごくん。

 ドサッ……!


「わぁ! ま、マギ……たおれちゃったよぉ……? だいじょーぶらの?」

「アンチは優しいな。大丈夫だよ。疲れて寝ただけだ。メメ、連れてけ」


 メメはマギを負ぶって、部屋から出て行った。


「セイコ様、今のは?」

「睡眠薬だ。飲めば一瞬で寝る。8時間後に目が覚めて、疲労が全回復してるうえ、後遺症もゼロ」


「そ、そんな魔法のような薬を作れるなんて! さすがです、セイコ様!」


 私は魔力を化学物質に変換できる。

 それを使い、睡眠薬を作ったのだ。


 自前で薬を作れば、効果時間も自由に設定できる。


「よし、通信機もできたし、これで準備は整ったな。これより……瘴気の浄化を、本格的に始めて行くぞ」


 瘴気。

 人体に有害な毒ガスだ。


 ゲータ・ニィガ周辺だけでなく、ここマデューカス帝国にも、毒ガススポットは多数ある。


 そのせいで、帝国の民たちは、住む場所をかなり制限されてしまっているのだ。

 それをどうにかできる、唯一の存在、それが……聖女。

 私の作った薬で、瘴気を中和できる。


 が、瘴気だまり(発生源)を見つけなければいけないし、瘴気のあるところに魔物がほぼ100で存在する。


 その際に、通信機が効果を発揮するのだ。

 

 これがあれば手分けして、効率的に、瘴気だまりを探しだし、速やかに浄化作業ができる。

 だから、通信機をまず作らせたのだ。


「ユーノ。おまえは城に残れ。中のことは任せたぞ」

「…………」


 あん?

 私の言うことには絶対服従のユーノが、珍しく返事してこない。


「聖母様の護衛は……どうなさるのですか?」

「俺に任せろぉ……!」


 凄いいい笑顔で、どんっ、とアスベルが胸を叩く。


「俺が愛する妻を、外敵から守ってみせる!」


 アスベルが私に近づいて、肩を抱き寄せてきた。

 やたらとくっつきたがるんだよなこいつ……。


 一方ユーノは「あなたに、本当に聖母様が守れるのですか? 疑わしいですね」と眼鏡の位置を直しながら言う。


「ここは私がついていきます」

「いいや、俺がいく……! 行くと言ったら行く!」


「私が行きます。あなたでは力不足です」

「なんだとっ!」


 ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 ったく、なんだこの低次元の会話は。


「ユーノ。おまえは、城の中のことをやれ。二度は言わんぞ」

「……………………御意」


 すっごく嫌そうな顔をしたが、ユーノは最終的に私の言うことを聞いた。


「アスベル。おまえは私に着いてこい」

「うおおぉおおおおおお! もちろんですっ! セイコ様を守る盾となりましょう!」


 頭が残念なイケメンだが、まあ腕はかなり立つ方だ。

 なにせ、警備適性がS。超天才の部類だ。


 こいつがいれば、大抵の敵は倒せるだろう。


「念のためメメも連れて行く。アンチの面倒は、ユーノ。おまえが見るんだぞ」


 ぴくっ、とユーノがこめかみを動かす。

 眉間にしわがきゅっと寄った。


「おまえなら、城の中の仕事をしながら、子供の面倒を見るくらい、容易いことだろう?」

「…………………………」


「命令だ。返事」

「………………御心のままに」


 ったく。

 どうしてこの帝国には、変な連中しかいないのだろうか。


 やれやれ……。


 こうして、私は旦那を連れて、瘴気の浄化へと向かうことになったのだった。

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