第12話 天才魔道具職人を発掘、やる気にさせる



 朝食を取ったあと、私はアスベルとともに、彼の執務室へとやってきた。


 そこで待っていると……。


 コンコン……。


「失礼します。連れて参りました」


 ユーノの声がドアの向こうから聞こえた。

 椅子に座る私……そして、なぜか側に立つアスベル。位置が逆だろうって思ったが、アスベルはこれでいいのだそうだ。


「入れ」

「しつれいしまぁ~す」


 入ってきたのは、眼鏡の男。

 こいつは、アスベルが倒れたとき、この部屋に来たやつだ。


 10代後半の少年だ。

 桃色の猫毛、そして猫背。


 シャツのすそをだらしなく出し、サンダルを履いてる。

 

 私は彼の【それ】を見て、確信を得る。やはりな。


「名乗れ」

「ええっとぉ……【マギ・クラフト】ですぅ。司書として、働いてます」


「ほぉ~……司書」


 私の目には、こいつの【隠してる情報】がバッチリ見えてる。



「司書にぼくに、なんのようですかねぇ」

「まどろっこしいのは嫌いだから、単刀直入に言う。マギ・クラフト。おまえは、クビだ」

「!」


 気だるげな雰囲気をしていたマギが、目を剥く。


「……クビ?」

「ああ。といっても、司書をクビにするだけだ。おまえには他にやってもらいたいことがある」


「ぼくに? ほかに? 無理無理~。ぼくはなーんもできない、無能なんでぇ。あんまり忙しいことやらされても、迷惑かけてしまうっていうかぁ」


 私の隣に立つアスベルが、声を荒らげる。


「おいマギ! 聖女様の前だぞ! なんだその態度!」

「すんませーん」

「このっ……!」


 私はアスベルを手で制し、マギに言う。

「私の目に嘘は通じないぞ、【マギ・アルチザン】」

「!?」


 マギは、ハッキリと動揺していた。

 さっきまでのクソガキムーブは完全に消えたな。


「マギ……アルチザン? マギの名字は、クラフトではないのですか? セイコ様」

「偽名だよ。こいつ、出自と名字を偽ってたんだ」

「偽名! では……マギ・アルチザンが本名? 一体何故偽名を……?」


 人が嘘をつく理由。

 そんなの簡単だ。


「知られたくなかったんだろ。己の過去を。なぁ……魔法国マギア・クィフ宮廷魔導師団長殿?」

「っ! そこまで……」


 マギの額に、たらり……と汗が一筋流れる。


「どうした、マギ? 動揺が顔に出てるぞ?」

「…………どこで調べたの?」


 マギが私に敵意を向けてきた。

 さっきまでの舐めた態度より、よっぽどいい。


「悪いな、マギ・アルチザン。私の目は特別製でね。写真だけでも、相手の名前と性別、年齢がわかるんだ」


 鑑定スキルは、生き物を対象に発動する。

 が、鍛えることで、非生物の鑑定が可能となる。


 そして、写真から、そいつの名前、年齢等詳しいプロフィールを鑑定できるのだ。

 もっとも、【職業診断】は、実際にそいつの姿を見ないとできないが。


「マギ・アルチザン。おまえが偽名を使ってるのは直ぐにわかった。帝国側が持っている履歴書の記述もでたらめだった。が、嘘をつくなら出身地も別のところにするべきだったな」


 マギが黙ってしまう。

 一方、アスベルが尋ねてきた。


「セイコ様。魔法国マギア・クィフとは……?」

「……………………ふぅううううううう。アスベル? おまえ……皇帝だよな?」


「す、すみません……不勉強なもので」


 まあ、アスベルが勉強苦手なのは、事務処理等の適性を見れば、明らかだからな。

 まあもういい。


「ユーノ、説明」

「御意。マギア・クィフとは、国全体で魔法事業・研究に取り組んでいる大国のことです。多くの優秀な魔法使いを輩出することで有名です」


 で、だ。


「その中でも特に優秀な魔法使いは、宮廷魔導師の称号を与えられる。そこのマギ・アルチザンは、宮廷魔道士団のトップを張るほどの、天才魔法使いってことだ」


「マギが!? す、すごいじゃないか!」


 アスベルが驚いている。

 でも、と首をかしげる。


「なぜそんな、凄い魔法使いが、うちで司書なんてやってるのだ?」


 アスベルが尋ねる。

 マギは目をそらして、ぶーたれていた。

「おい、マギ」


 私はマギの目を真っ直ぐに見る。


「私の目に、嘘は通じんぞ」

「…………ああ、はいはい。わかりましたよ。答えりゃいいんだろ?」


 マギがため息交じりに言う。


「ぼくはね、あの国の研究方針が気に入らなかったんだ」

「研究方針……? どういうことだ、マギ?」


 アスベルの問いかけに、マギが小馬鹿にしたように鼻を鳴らして言う。


「あの国で行われてる研究は、【真理の探究】それだけなんだ」

「真理……?」


「文字通り、世界の真理さ。魔法を極めることで、真理にたどり着くってやつらは考えてる。そのための研究だけしか、やらしてくれない。予算を下ろしてくれないのさ」


 アスベルが首をかしげてる。

 私も真理については、わからない。理解できない。


 が、こいつが自分のやりたいことができず、国を出たってことだけは理解した。


「マギア・クィフ出身であることを各位した理由は、魔物と戦えと言われるのがいやだったからだな」

「ご名答だよ、こーごー陛下。ぼくはね、真理の探究も、魔物との戦闘も、やりたくないんだ。そんなくだらないことに、時間を割きたくないのさ」


 魔法国出身、それも宮廷魔導師になるほどの天才魔法使いなのだ。

 どこも、魔物と戦う戦力を期待する。


 けれど、それは彼の望むところでは内。

 だから、マギ・クラフトと名前をいつわり、身分を隠し、ここ小国に逃げてきた……ということだ。


「ううむ……もったいないな。マギほどの凄腕魔法使いがいれば、うちの軍事力は大幅に上がったというのに……」

「ざーんねん。こーてー陛下、ぼくは魔法で戦うつもりなんて、一切ないから。強要するなら、出て行くからね」


 さて……。

 ここからが本題だ。


「マギ。私はおまえの過去などどうでも良い。私は、おまえの能力が欲しい」

「だから、魔物と戦うつもりは……」


「だれが、おまえに魔法兵として前に出ろと言った?」

「へ……?」


 私はアイテムボックスを開く。

 そして、しまってあった【それ】を取り出し、机の上に置く。


「これをおまえにやる」

「!? こ、これは……!!!!!」


 マギが駆け足で近づいてきて、机の上の【それ】を手に取る。


「な、な、なんだこの魔道具!! こんなの……み、見たことがない!」


 私の持ってきたそれを見て、マギが驚愕の表情を浮かべる。

 私がこいつの正体を見破ったとき以上に、驚き……。


 そして、目を輝かせていた。


「セイコ様。マギが手に持っているあの、四角い小さな箱は……いったい?」


 アスベルも、そしてユーノも、私の取り出したものに、見覚えがないようだ。

 それはそうだ。


 なぜなら、この世界のものじゃないからな。


「それは……スマホだ」

「スマホ!? ねえこーごー陛下! なんだいスマホって!?」


 そう、私はこっちの世界にきたとき、もちろんスマホを持っていた。

 が、当然こっちの世界でスマホなんて使えない。


 だから、何かあったときのために、アイテムボックスに放り込んでおいたのだ。

「スマホとは、映像を記録したり、離れた土地に居る人と会話したり、とにかく、色んな便利な機能がついてる機械のことだ」

「映像の記録!? 遠方との会話!? なにそれなにそれ、すっごぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~いじゃん!」


 目をきらっきらさせてる、マギ。

 一方アスベルは困惑してる。


「マギはどうして、こんなに喜んでるのですか、セイコ様?」

「それはな、単純だよ。こいつがやりたいのは、【魔道具作り】なんだ」


 魔道具。

 マジックアイテムともいう。

 魔法が付与された、アイテムのことだ。

 触れると光を発するものだったり、炎を付与した剣だったりと。

 色んなバリエーションがある。


 だが、スマホのように、映像を記録したり、通話したりといったことのできる、魔道具は、この世に存在しない。


「マギは……魔道具師になりたかったのですね」

「そう。だから、国を出たし、身分を隠してたんだろう」


 真理の探究、魔物との戦闘なんて、こいつはやりたくないのだ。

 こいつは純粋に、魔道具を作りたいのである。


「しかし……よくマギが魔道具師志望だってわかりましたね」

「職業診断で調べたんだよ」


~~~~~~

マギ・アルチザン(クラフト)

管理C  教育C  警備D

研究A  営業D  運搬 D

医療C  事務D  農林漁D

魔法S+ 芸術B  製造S+

~~~~~~


「たしかにマギは魔法の適性がある。が、それと同じくらい、高い【製造】の適性がある。研究の適性よりも高い……な」


 そこから考えられる事実は、ひとつ。

 魔法を用いた物作りが、したいし、それに向いているってことだ。


「さすが、聖母様。適性から相手の心のうちまで読み取って仕舞われるなんて。まさに、全知全能の神」


 ユーノのやつがまた過大評価してやがる。

 なにが神だ。


「マギ。おまえは帝国で、魔道具師として働け。そうすりゃ、スマホはおまえにやる」

「本当!? こーごー陛下! いいのぉ!?」


「ああ。きちんと魔道具師やってくれるならな」


 すると、少しだけマギが考え込む。

 あと1歩か。


「おまえには、魔法を使って魔物と戦えとは絶対に命令しない。物作りだけやらせてやると、ここに約束しよう」

「っ! ほんと……?」


「ああ。誓おう」


 こいつは、凄い職人となる。

 だからこそ、私は彼に対して嘘はつかない。


 絶対に欲しいからだ。

 こいつが居れば、地球の便利アイテムを、魔道具で再現するのも可能だろう。

 それくらい、高い魔道具作りへの適性がある。

 

 地球のアイテムを作って売れば、高く売れる。

 それらは、この国を大きく発展させてくれる。


「マギ・クラフト。私はおまえの魔道具師としての腕が欲しい。アルチザンの名前も、魔法使いとしての腕も、要らない」


 私の言葉を聞いて、マギが……にぃっ! と笑った。


 アスベルが驚いていた。


「マギが……笑った!? あの、いつもやる気なさげな……マギが!?」


 そりゃそうだ。

 やりたいこと今までできてなかったんだからな。


 スッ……とマギが私の前で頭を下げる。


「今まで、大変失礼しました。皇后陛下。どうか、私を雇ってください」

「!? む、向こうから頭を下げてきた……だと!? すごいですよセイコさ……あいたっ」


 アスベルの頭をはたき、私は立ち上がって、彼に近づく。

 ぽんっ、とマギの肩を叩く。


「よろしく頼むぞ、マギ。それと、しゃべり方も態度も、今まで通りでいい」

「え、まじ?」


「ああ。好きにもの作りしていいが、私が作れって言った物は必ず作れ。何年かかっても、どれだけ金がかかってもいい。作れ、いいな?」


 にぃい……と、マギが本当に楽しそうな笑みを浮かべる。

 びしっ、と敬礼のポーズを取る。


「OK、ボス」


 ……ボス、か。

 私はいちおう女なんだがな。

 まあ呼び方はどうでもいい。


 こうして、私は希代の天才魔道具師を、手に入れたのだった。

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