第11話 可愛い息子に癒されながらの朝食
あくる日。
私が目を覚ます。
「むにゃ……むにゅ……かぁたまぁ……」
私の隣で、アンチがすやすやと眠っていた。
寝小便もしていない。寝る前にきちんと、トイレに行かせたからな。
眠る
まるで天使のようで、実に愛らしい。
ぷにぷに……と頬をつついてやると、アンチが嬉しそうにふにゃぁ~~~~~~~っと笑顔になる。
抱きしめたくなる気持ちを、ぐっと抑えて、立ち上がる。
母様には皇后の仕事があるからな。いつまでも寝ててはいけない。
「おはようございます、聖母様」
私が起き上がると同時に、部屋の隅で待機していた、ユーノが話しかけてきた。
「おまえ、いつから部屋の中に?」
「さぁ、いつからでしょうか。ああ、それにしても、幼子と眠る聖母様は、神々しくも美しい。まるで、美の神かと思いました」
「なんだ、昨日からやけに、私に対しておべんちゃら言うようになったじゃないか」
前の職場でも、たしかに私を褒めることはあった。
でも、こっちに来てから特に、美しいだの、女神だのと、美辞麗句を述べてくる。
「あの駄犬に、負けてはなるものかと」
「はぁ? 犬なんていないだろうが」
「おります。貴女様の周りに、うるさいバカ犬が」
……幻覚でも見えてるのか、この男。
「長旅で疲れてるだろ。しばらく休んでもいいんだぞ?」
「まさか。本日よりこのユーノ・バトラー、貴女様の手足となって、喜んで働かせていただきます」
ユーノはかなり気合いが入ってる。
王国に居るときよりも、仕事に意欲的だ。
理由はわからんが、まあ私のために働いてくれるっていうんだ、ありがたく、働いてもらおう。
「メメ読んでこい。アンチが起きたとき、側に誰もいなかったらさみしいだろ」
「かしこまりました。メメ、入りなさい」
するとメメが恐る恐る入ってきた。
うむ。
「さすがユーノだ。私の指示の前に動くとはな。やるじゃないか」
「恐悦至極」
メメがこちらに近づいてくる。
「お、おはようございます、皇后様っ」
「おう。メメ、おはよう。悪いけど、アンチが起きるまで側にいてくれ」
「はいっ!」
私が立ち上がると、ユーノが身支度を、素早く調えてくれる。
髪の毛のブラッシングから、着衣の補助、そして、薄化粧まで。
「ほわぁ~~~~~~すごい、鮮やかな手つきですねぇ……」
アホメイドが感心していた。
これくらいやってもらえるようになりたいが、まあ、器用さが求められるような仕事に適性がないのはわかってる。
こいつには、皇子の護衛メイドっていう立派な仕事があるんだ。
向いてることで頑張れば良い。
「いくぞ、ユーノ」
「御意に」
私の後ろをユーノがついてくる。
食堂へ行くと、料理が用意されていた。
「オハヨウゴザイマス、マダム」
「おはよう、リバン」
リバンのやつが、片言だが、大陸語を話していた。
きちんと、大陸語を覚えようとしてるのだな。良い心がけだ。
「『料理長』」
ユーノが、リバンに話しかける。
それも大陸語ではなく、極東語だ。
「『もう1時間もすれば王子殿下がお目覚めになられる。そのときに、冷たいスープをお出ししないように、温度を管理しておきなさい』」
「『承知です、執事長様』」
ふむ……。
いつの間にか、ユーノはリバンとコミュニケーションを取っていたようだ。
「厨房スタッフには、料理長が極東人である旨を伝えておきました。何か連絡事項があれば、私を通すようにと。料理長からの指示のまた然り」
「おう。ご苦労」
ホントに有能なやつだ、こいつは。
そこへ……。
ドタバドタバタッ!
ダンッ!
「セイコ様! ああ、ここに居たのですね!」
「ふがー……ふしゅう……」
アスベルが、アンチを抱っこした状態で、こちらにやってきたのだ。
……ふぅうううううううううう。
「聖母様、コーヒーです」
「おう……」
私はユーノの入れたコーヒーを飲む。
はぁ……。
「朝のあいさつをしに寝室へ行ったら、セイコ様がいなかった! あの執事に、連れ去られたのかと思って……あいたっ!」
私はアスベルの頭をはたき、アンチを抱っこする。
まだおねむなアンチを抱っこして、椅子に座る。
「わめくな。アンチが起きるだろうが。寝かせておけ、まったく……」
「ぷぇ……? かぁたま~……?」
うっすらと、アンチが目を開ける。
「おはよう、アンチ」
「おふぁ……ふぁ~~~~~~」
アンチが大きく、あくびをする。
……アスベルのアホのせいで、無理矢理起こされちまったようだ。
「もうちょっと寝てていんだぞ?」
「んーん……。おきる……でも、もうちょっと……かぁたま……だっこ……してぇ~……」
「ああ、もちろんだ」
私がユーノに目配せする。
こくんとうなずくと、ユーノは厨房へと向かっていく。
一方……。
「おまえは何してるんだ、アスベルよ……」
アスベルは両手で自分の口を押さえていた。
私の問いかけにも答えない。
……?
ああ、こいつ、黙れって言われて黙ってるのか。
忠犬……いや、駄犬だな……。
ん? 駄犬……。もしかして、朝ユーノが言っていたのは、アスベルのことか……?
私の周りにアスベルがいるから、仕事にやる気出す?
……わからん。が、それでやる気が出るなら、アスベルにもっと側にいてもらうか。
「喋って良いぞ。大きな声は出すなよ」
「ぷはっ。発言お許し、ありがとうございますっ!」
……はぁ。
ウルサイ男だ。それに、ニッコニコとなんだか上機嫌である。
「なんだ?」
「今日はセイコ様が、一段とお美しいなと!」
「ありがとう。ユーノにも言ってやってくれ。この化粧やドレスは、あいつがやったものだからな」
「ぐっ……! 素直に喜べないです……!」
アスベル皇帝。
最初はイケメンだし、しゅっとしてるから、理知的なやつかと思っていた。
が、適性を見る限り、どうにも理性よりも感情を優先するタイプのようだ。
つまり、机の前で仕事するより、前に出て戦うタイプ。前線指揮官タイプとでもいえばいいか。
そら、デスクワークなんてできるわけがないな。
……ユーノを補佐に着ける。それがベストな配置だ。
前に出て、家臣とともに戦うアスベル。
それを後ろで支えるユーノ。
……が。このフォーメーションには致命的な欠陥がある。
「皇帝陛下。朝ご飯でございます」
すっ……とユーノがアスベルの前に皿を置く。
「おいユーノ! 貴様……皿がからっぽではないか!」
「バカには見えない料理ですから」
「なるほど…………………………って、それは俺がバカだと言いたいのかっ?」
「言いたいのかではなく、そう言ってるのです」
「こんの……!」
……こいつらの弱点。
馬が合わないのだ……ふぅうううう。
「くすくす……」
「お、アンチ。目ぇ覚めたのか?」
「うんっ。えへへ……♡ おうち……賑やか、ぼく……うれしいですっ♡」
アンチは賑やかな方が好きみたいだ。
だから、この二人の馬鹿話を止めなかったのである。
今後もこいつらがケンカしても、しばらくは止めないでおこう。アンチが喜ぶからな。
「アンチ皇子。お食事のご用意ができております」
ユーノがアンチ……というか、私の前に、ことん、と料理を置く。
「ふわわ~~~~~~♡ なぁにこの、白くて、ふわふわのぉ?」
「パンですよ、皇子」
「パンぅ? ふぇええ……! パンってもっと、かちかちだよぉ?」
そう、こっちにはイースト菌で発酵する、っていう概念がない。
だから、パンは基本カチカチで、正直まずい。が。
「母上様が、パンをふわふわにしてくださったのです」
ユーノは子供にもわかりやすい言葉を選び、アンチに説明してる。
うむ、有能。
「かぁたまのお力でぇ! しゅごぉい! そんなことできるのぉ?」
「ああ」
「ふぁー! かぁたま、魔法使いみたい~!」
魔法使いじゃなくて聖女なんだがな。
まあ、子供から見れば魔法使いみたいなもんか。
「かぁたまぁ~……ふわふわパン、どうやってたべればいいのぉ?」
普通のパンを食べるように食べれば良い……。
と答えようとして、期待のまなざしを向けてきてるのがわかった。
まったく。
「アンチ。母様は、なんて言った? したいことは?」
「! したいことは……言え!」
「よし。じゃあ言え!」
「はいっ。かぁたまに、あーん、してほしいですっ」
「よし、よく言えた。えらいぞアンチ。ほら、あーん」
「ふぁー♡」
アンチの小鳥みたいに小さな口に、パンをちぎって入れてあげる。
アンチは頬に手を当てて、ぱたぱたと小さな足を動かす。
「かぁたま……すごいおいしいですっ!」
「そうか、良かったな」
「かぁたまは……やっぱり、まほーつかい! かぁたまの手で作ったもの、ぜーんぶすっごぉいおいちくなる!」
……その様子を見て、アスベルが静かに涙を流していた。
「おい何泣いてるんだよ、アスベル……」
「すみません……こんなにも、幸せな光景を、見ることができるだなんて……思っても居なかった者で……」
ああ、前皇后のボケ女は、アンチに酷いことしていたって言っていたな。
あいつ、多分アスベルや周りにも酷いことしてたんだろう。
だから……こんな当たり前の風景が、尊く感じるんだ。
「アスベル。おまえは、目の前だけじゃ無くて、帝国にいる全ての家庭に、幸せを届けてやるんだぞ」
「はいっ! もちろん! 俺はこの国、そして家族を、幸せにして見せます!」
アスベルのやる気が上がったように見える。
それを見ていたユーノが、「さすがの話術ですね、聖母様」と褒めてきた。
「だめ夫を尻を叩いて、やる気を出させる。良妻賢母とは、まさに聖母様のことを指す言葉かと」
「だめ夫……だと……?」
「事実ではありませんか。このふわふわのパンも、温かく上手い食事も、聖母様のお力があってこそ。一方、あなたは彼女が来てから何か一つでも、この国をよくしましたか?」
「ぐぬぬぅ……」
二人がまたケンカしてる。
ほんっと変わらないな……ガキかよ……ったく。
「アスベルの活躍はこっからだよ。こいつにはやってもらうことがある」
「ああ! 何でも言ってくださいセイコ様!」
「おまえには魔物退治をやってもらう」
「魔物……」
瘴気から発生する、悪しきモンスター、魔物。
こいつらを追っ払う仕事を、アスベルには任せたい。
だが……。
「そのためには、そろえておく物と者がある」
「物と、者?」
アスベルはわかってないらしく、首をかしげる。
一方、ユーノは私に、スッ……とファイルを渡してきた。
片手でファイルの中身を見る。よし。
「ユーノ。呼んでこい」
「御意に」
すると、つんつん、とアンチが私の頬をつつく。
「かぁたま……お食事中。お仕事……めっ、です。マナー違反……ですぞっ」
………………。
その通り過ぎた。
「すまない、アンチ。マナー違反をした母様を許してくれ」
「うん、ゆるしまする!」
ああ……今日も息子は可愛い。
「ああ、アンチ……父様は、羨ましいぞぉ……セイコ様の膝の上で、俺も食事したい~……」
「駄犬……メシ食え。食ったら仕事だ」
「仕事?」
「ああ。面談だよ。城にいた有能な人材とこれから話す」
「! もう新しい戦力を見つけてきたのですか! すごいですっ!」
有能なやつを見つけるのは、この鑑定スキルがあれば、容易い。
問題は、そいつを説得して、こちらの意図する仕事をさせられるか……だ。
「かぁたま……とぉたまと……おしごと?」
潤んだ目を向けてくる。さみしいんだろう。
私は、ぎゅーーーーっと、力一杯抱きしめる。さみしくならないように。
「アンチ。メメと留守番できるな?」
「はいっ。るしゅばん……できます! がんばるとぉたまとかぁたま、だから、ぼくもがんばる!」
……聡く、優しい子だ。
一緒に居るだけで、愛おしさがあふれてくる。
よし、頑張ろう。
この子の未来のために。
「聖母様。呼んで参りました。別室に待機させています」
「ん、ご苦労。いくぞ、アスベル」
待機していたメメに、アンチをあずけ私は立ち上がる。
そして、面談へ向かうのだった。
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