第10話 有能執事を引き抜いた(事後)



 さて。国作りを始めた私は、まず事務処理ができるやつを、仲間にすることにした。


 アスベルの執務室にて。


「メメ。この手紙を、ちょっと出してこい」


 ぴっ、と私は今し方書き終えた手紙を、メイドの女メメに渡す。


「えと……わかりました!」


 だっ……! と出て行く、アホメイド。

 出て行って直ぐ戻ってきた。


「あのぉ、どこの誰に出せばいいんですかぁ~?」

「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


「ひいぃ! 怒らないでくださいよぉう、皇后さまぁ!!!!!」


 ほんっと、警備以外はポンコツだな、このメイド。

 まあ、ポンコツに怒っても仕方ない。時間の無駄だ。


「ゲータ・ニィガの、宰相補佐宛に出してこい……」

「ゲータ・ニィガ……それって、皇后様を追い出した、悪の王国ですよね?」


 悪の王国か。

 なんだ、メメにしては本質を捕らえた発言じゃ無いか。


 バカにアホしかいない、あの王国のなかで、数えるほどしかいないまともなやつ。


「そうだ。そこの宰相補佐の……」

「わかりました! ゲータ・ニィガに手紙だしてきまーす!」


「………………ふぅううう」


 き、キレそうだ……。

 宛名を聞いてけ、宛名を。


「かぁたま……? お顔……恐いです……」


 アンチが近づいてきて、私に手を伸ばしてきた。

 よいしょっ、と抱っこしてやる。


「恐かったか?」

「はい……」

「そうか。うん、ありがとな、アンチ」

「ふぇ……? ありがと?」


「ああ。母様ちょっと怒りっぽくってな。でもアンチがいると、怒りのボルテージが下がるんだ」

「ぼ、ぶ……?」


 ああ、愛らしい息子だ。

 怒ってる私を、無意識か、意識的かわからないが、癒やしてくれる。


「また母様がキレてたら、ぎゅっとさせてくれってこと」

「わかっら! ぼく……ぎゅーってすりゅ! ぎゅー」


 ああ、癒やし……。

 私はアンチをぎゅっと抱きしめる。


「あ、あのぉ~……! 皇后様、大変ですぅ!」


 メメが部屋に戻ってきた。


「宛名聞いてないことに気づいて帰ってきたのか?」

「え、あ! 聞いてなかった!」

 

「……じゃあ、何が大変なんだよ、メメよ」

「あの……ゲータ・ニィガから、宰相補佐の人が、来てます」


「…………ほぅ」


 ふっ、やるじゃないか。

 

「アスベル。通していいか? 私の客だ」

「もちろん。メメ、通してあげなさい」


 皇帝からの許可をもらうと、メメが引っ込む。

 そして、【そいつ】を連れてきた。


「! お、男……誰だ貴様は?」


 入ってきたのは、長身の若い男だ。

 長い金髪を一つにまとめ、オールバックにしてる。


 縁なしの眼鏡の奥には、鷹のように、鋭い瞳が二つあった。

 レンズ越しに見える目の色は……【赤色】。


「そ、その赤い目……まさか【セキト族】!?」

「とぉたま……セキト族ってぇ?」


 アスベルが剣を抜いて、男の前に立つ。


「セキト族とは、非常に残忍な性格をしてる、危険な戦闘民族だ!」


 セキト族はこのように、この大陸の連中からは、忌み嫌われてるのだ。


「俺の命と同じくらい大切な妻と子に何のようだ! 場合によっては斬……」

「やめろ、アスベル」


「しかし!」

「やめろといった。二度は言わんぞ」


 私が言っても、アスベルは戦闘態勢を解かない。

 妻と子を守るために、激情をあらわにしてる。


 一方で、金髪眼鏡、そして執事服の男はアスベルを見て、一言。


「……なんと、幼稚な」

「なにぃ!?」


「この脳みその足りてない、顔だけ良いお方が、偉大なる【聖母】様の伴侶とは……まったく、不釣り合いにもほどがありますね」


「なんだとっ?」


 斬りかかろうとしたアスベルの頭を、私がペンッと叩く。


「落ち着け。こいつは、さっき言っていた、事務のできる知り合いだ」

「!? じゃ、じゃあ……セイコ様がスカウトしようとしてた人物とは……」


「そ。こいつ。久しいな、【ユーノ】」


 金髪赤目の男……ユーノが私の前で頭を垂れる。


「お久しゅうございます、聖母様」

「せーぼぉ……?」


 アンチが私の後ろに隠れながら、こてんと首をかしげる。


「聖母ってのは……あー、母様のあだ名だ。ゲータ・ニィガの一部でそう呼ばれたんだよ」

「せーぼ……かぁたま……うう。どっちぃ~?」


 アンチは可愛いな。

 私はくしゃくしゃと頭をなでる。


「私は今は、アンチの母様だよ」

「かぁたまっ!」


 両手を伸ばしてきたので、私はアンチを抱っこしてやる。

 ユーノは私のそんな姿を見て……小さく舌打ちをした。


「……なぜ聖母様がこんな弱小国家に」

「なんだとっ。聞こえてるぞ貴様っ!」


 アスベルが憤慨しながら、ユーノに近づく。


「事実を言ったまでです。皇帝が自ら、雑務をこなさないと行けないレベルで、人手が不足してるくらいですからね」

「う……ぐ……! これからだ! セイコ様の力があれば、国は繁栄間違いなし!」


「聖母様の力が無ければ、国を立て直すことができないのですか? なんのための皇帝なんでしょうね」

「うぐ……ぐうぅうう……」


 私は息をついて、ユーノの頭をはたく。

「私の旦那を虐めるのは、それくらいにしておけ」

「…………私の、旦那、ですか」


 すちゃっ、とユーノが眼鏡をかけなおす。


「失礼いたしました。皇帝陛下。私は【ユーノ・バトラー】と申します。聖母様の執事、件、ゲータ・ニィガ王国宰相補佐官を努めておりました」


「セイコ様の執事……。なるほど、だから執事服を着てるのだな」

「ええ。聖母様の身の回りのお世話、仕事のサポート、暇なときの話し相手。彼女のことは、誰よりもわかっているつもりです」


「ぐぐう……お、俺だってセイコ様のこと、わかってる!」

「…………ふっ」


「なんだそのふっ、って!」


 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 無駄話が過ぎる。


「おいユーノ。何しに来たんだ?」

「貴女様のもとで、働きたく、こうしてはせ参じました。どうか、ここで働かせてくださいまし」


 と、皇帝を差し置いて、私に言う。


「セイコ様。こいつは危険です! 雇うのは辞めた方が……あいたっ!」


 私はアスベルの頭をはたく。


「気に入らないから、なんていうクソ以下の理由で、有能な人材を手放すつもりか? おまえ」

「有能……こいつが有能という証拠はあるのですか、セイコ様っ」


 アスベルは、ユーノのステータスが見えていないんだったか。

 さて、どう説明するか……。


 と、そのときだ。


「あのぉ、お茶をお持ちしましたよぉう!」


 アホ侍女のメメが、お茶を載せたお盆をもって、こっちに駆けてくる。

 足下に散らばっていた書類を踏んづけて、ずるっ! とこける。


「どひゃああ! お、お茶がぁ……!」


 ティーポット、そしてカップが宙を舞う。


「危ない……! セイコ様ぁ!」


 アスベルが駆け出す。

 が、それより早く……。


 シュバババッ……!


 ユーノは空中で、ティーカップとポットを回収し、お盆の上に載せ、着地する。

 陶器の茶器は壊れることもなく、また、床にはお茶の一滴もこぼれてない。


「ほわ……しちゅじしゃん……しゅご……かぁたまみたい……か、っくぅい~!」


 アンチがユーノの動きに見惚れていた。

 なんだかもやっとするな。息子に対する独占欲でも芽生えたのだろうか。

 とりあえずぎゅーっとしておこう。


「聖母様。少し離席します」

「ああ、構わん」


 ユーノがお盆を持ったまま部屋を出て行く。


 彼が去って行く後ろ姿を見て、私は気づく。

 ……やれやれ。


 ほどなくして、ユーノが帰ってきた。

 私たちにお茶を振る舞う。


「わぁ……! おいしいです!」

「ぐ……確かに。良い茶葉を使ってるのか貴様!」


 メメとアスベルが、ユーノの入れたお茶に舌を巻いていた。

 アスベルからの問いかけに、ユーノが答える。


「そんな贅沢品を買う余裕がないのは、あなたがよくご存じなのでは?」

「ふぐぅうう……」


 いつも飲んでいる、安い茶葉を使って、ここまで美味い茶にしてみせる。


「さすがだな、ユーノ」

「お褒めいただき、光栄です、聖母様」


 私はアスベルを見て言う。


「見ての通り、こいつはキビキビ働く。特に事務仕事の適性は私が見てきた中で誰より優れてるうえ、掃除や洗濯のいいし、メイドたちを管理する適性もある」


〜〜〜〜〜〜

ユーノ・バトラー

管理S  教育A  警備A

研究B  営業B  運搬A

医療B  事務S+ 農林漁B

魔法D  芸術A  製造A

〜〜〜〜〜〜


 魔法の適性は低いが、それ以外の部分、まんべんなく高い適性を持っている。

 手元に置いておきたい、万能型ってやつだ。


「こいつを雇いたい。構わないな?」

「………………………………はい」


 凄い、嫌そうな顔をしていたが、アスベルは最終的にうなずいた。

 よし。


「じゃあ三人とも、ちょっと部屋を出て行ってくれないか? こいつと最後に、面談を行いたい」


 アスベルたちは素直に、部屋を出て行った。

 残されたのは私とユーノだけ。


「おいユーノ」

「なんでございましょう、聖母様」


 私の前で直立不動の姿勢を取るユーノに……。


「服を脱げ」


 と、命じた。


「御意に」


 す……とユーノが言われたとおり、上着とシャツを脱ぎ、鍛え抜いた上体を私にさらす。


 私はユーノに近づき、


「やっぱり、隠してやがったな……傷」


 彼の背中には、大きなひっかき傷があった。

 しかも、かなり深く、ざっくりと、獣の爪でひっかかれていた。


「もうしわ……」

「喋るな。動くな」


 私はアイテムボックスから、自前の治癒ポーションを取り出す。

 ユーノの傷にぶっかける。


 私は作った薬の効能を上げる能力がある。

 治癒のポーションが、ユーノの傷をみるみるうちに治し、やがて傷は完全に消えた。


「あの深い傷を一瞬で治された、やはり……聖母様の作る秘薬の効能は、すごいですね」

「おべんちゃらはいいんだよ。ったく」


「それに、私がケガを我慢してるのを見抜いた、その慧眼も、素晴らしいです」


「はぁ……どこであんな傷こさえてきやがったんだ……?」


「ここへ来る途中で。少々、危険なルートを取ってきましたゆえ」


 ……こいつは、私がゲータ・ニィガに手紙を出す前に、ここマデューカス帝国へとやってきた。

 かなり無茶をしたのだろう。で、その過程でケガした……か。


「私のために無茶して死んだらどうするんだよ、バカだね」

「貴女様にならばこの体、この命、全て捧げます」


「ああ、そうかい」

「はい。どうか、私めをあなたのお側においてください」


 こいつは性格に少々難ありだが、ステータスは高いし、それに、私に対しての絶対の忠誠心を抱いている。

 こいつを起用しない道はない。


「この国のために、全力で尽くせ」

「……それが、ご命令とあらば」

「おう、じゃあやれ」

「御意」


 ふぅ……よし。

 とりあえず有能な執事を手元に置くことができたぞ。


「セイコ様ぁ……!!!!!」


 ばーん! と扉が開いて、アスベルが入ってくる。


「なっ!? き、貴様……は、裸ではないか! 俺のセイコ様に何をするんだぁ……!」


 アスベルが剣を抜いて斬りかかろうとする。

 そういえば、ユーノは上半身裸のままだったな。


 しかしこれで、勘違いしたってのか?

 まったくバカな皇帝だね。



「うぉおおお! 羨ましいぞ貴様ぁ……! お、俺だってセイコ様と、そういうこと……羨ましい!」

「ふ……」


「くそぉお!」


 ……やれやれ。なにが、ふっ……だ。からかうんじゃないよ。ったく。

 バカがもう一人増えちまったね。ったく……。


「かぁたま~」


 とことこ、とアンチが部屋に入ってきた。


「かぁたまが来てから、おしろ、にぎやかになって、ぼく……たのしいです!」


 ……私は喜んでる息子を見て、胸がぽかぽかするのだった。

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