第7話 現状の把握と国造りの決意



 犀川さいかわ 聖子せいこ。 

 ただいま小国、マデューカス帝国にいる。


 で、だ。

 大騒動から数十分後。


 私はアンチを抱っこして、皇帝の部屋に居た。

 ドアを斧で粉砕したことを伝えたら、アスベルは「な、なるほど……」と若干ひいてた。


 何ひいてんだ若造が。

 おまえのためにやったんだろうが……ったく……。


 で。部屋にあったソファに、私たちは座る。


 私の隣にアンチがぴったり、しかしお行儀良く座る。

 それはわかる。


 問題は……。


「おいアスベル。なんでおまえ、そんな端っこに座るんだ?」


 アスベルのやつ、アンチとは逆側に座ってんだけど……。

 私から、かなり距離を取っているのだ。


「あ、いや……」


 顔を、耳まで真っ赤にしてるアスベル。

 あ? なんだ、風邪か……?


「その……聖女様は、平気なのですか? 俺……あ、いや、私とその……き、キスをしたのに……」


 キスぅ?

 はぁ?


「いつだよ」

「え、さ、さっき……」

「あれ、口移しだから。キスじゃないから。なにおまえ、あんなので照れてるのかい?」


 この皇帝様、子供を作ったってことは、性行為をしたはずだろうに。 

 何を照れてるんだろうか。


「治療行為なんだから、ノーカンに決まってんだろ、あんなの」

「い、いえ! 俺……あ、いや、私にとっては……大事な思い出の1ページといいますか……」


 あんなのが思い出とか。

 そうとう、良い思いしてこなかったんだろうな。苦労してるな。まあ、若くして皇帝やってんだ。しょうがないか。


「聖女様、その……」

「いいよ。私のことは聖子せいこで。あと、一人称も俺でいいよ」


 さっきから、言いづらそうにしてたしな。


「し、しかしあなたはまだ、帝国の客人という立場であって……」

「やるよ。継母。なってやるから、皇后もついでに」


「!? よ、よろしいのですか!?」

「ああ」


 まあ、この可愛い皇子アンチのためだからな。


「ありがとうございます! 聖女……いえ、セイコ様! 心から感謝いたします!」

「おう。アンチに感謝するんだな。私が継母やるのは、この子がいるからだからな」


「それはもちろん! ありがとう、アンチ! 大手柄ですよぉ!」


 アスベルのやつ、息子を抱き上げて、高い高いしてる。

 アンチは目を白黒していた。


 多分親父の、こんなリアクション見たことなかったんだろう。


「とぉたま、うれしい! ぼくも、うれしー!」


 父親に高い高いもらって、アンチは嬉しそうだ。

 が、少々あぶない。


「こらアスベル、危ないだろうが。アンチを下ろしてやんな」

「は、はい……セイコ様」


「様もいいって」

「いえ、そこは譲れません! あなた様は救いの神でもあるんですから!」


 大げさなやつだなまったく……。

 まあいいか。


「で、だ、アスベル。これから、大事な話するぞ」

「け、結婚式の日取りでしょうかっ……あいたっ」


「色ボケ皇帝が。他にすること、山盛りでしょうが」


 正直問題ありまくりで、頭抱えるレベルだ。

 それらを片付けないかぎり、イベントごとなんてできやしない。


 結婚式なんていつになるやらだ。


「そう……ですか……式は当分先……」

「とぉたま……げんきだしてくらさいっ」


 息子に慰められてる親父。

 っかー、情けないやつ。


 まあ、24で国を背負ってるって考えると、頑張ってる方かもね。

 過労で倒れるくらい、弱々しいやつだけど。


「で……だ。これからの話をするまえに、この国のことを聞いておきたい」


 アスベルから聞いた話をまとめると、こんな感じだ。


・マデューカス帝国は、できたばかりの小国。

・アスベルは3代目皇帝。つまり、祖父が興したばかりの国。


・2代目皇帝は、息子に引き継ぎをする間もなく直ぐに死んでしまう。

・初代皇帝は既に死んでしまっている。


・他の皇族はとっくに他国に亡命済み。


 ……と。


「……ふぅううううううううう」


 落ち着け。

 まだ、キレる時じゃない。


「アスベルよぉ……」

「な、なんでしょうセイコ様……」


「皇族が、まあおまえ以外居ないのはわかった。でも……あんたが過労で倒れたのは、なんでだ?」


 皇族で無くとも、使える人間、つまり仕事のできる家臣がいれば、国は回っていくだろう。


 でも、現在皇帝が過労で倒れるくらい、働いていた。

 一人で……だ。


「…………」


 アスベルが黙っている。

 言いたくないのか。ったく。


「他に仕事のできる連中が、今の家臣のなかにいないからか?」

「違います!」


 アスベルが反論する。


「俺の元に残ってくれた家臣達は、みな……一生懸命働いてくれてます! 自分ができること……精一杯!」


 ああ、この坊主……。

 残ってる家臣のこと、大事に思ってるんだな。


 私に悪く思われないようにって、必死に反論してる。

 ふぅ……。


「じゃあなんでおまえは、過労で倒れた?」

「っ! それは……」


「デスクワークや、政ができるほどの、学のあるやつがいない。そうだろう?」

「…………」


 無言は肯定と捉える。

 つまりまあ、こいつ以外に、頭の回る連中がいないんだ。


「どうしてだ?」

「…………ワガママーナが」


「は? なんて?」

「ワガママーナが……全員首にしたんです」


「は? ワガママーナって誰だよ」

「……前皇后。俺の、前の妻が……です」


 ……アスベルの話をまとめると、だ。


・前皇后ワガママーナは、とてもワガママな、最悪の女だった。

・自分のやることに口を出すやつ=有能な人間を、全部勝手に首にした。


・いくらアスベルが注意しても、ワガママーナは態度を改めなかった。

・最終的に、出て行った……。


「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 あー……だめだ。

 キレそう。いや、我慢だ。


 子供アンチが見てる。我慢だ。


「ワガママーナなんつー……バカ女と、どうしておまえが結婚したんだ?」


 なんだって、好き好んでそんな女をめとった?

 他にも女がいただろうに。


「そ、それは……彼女が、召喚聖女だったからです」

「……………………聖女召喚……この国でもしてたんだな」


「はい……」


 なるほどな。

 オカシイと思ってたんだ。


 アンチは、自分の生みの親(ワガママーナ)が、黒髪だったといった。

 でもこの世界で黒髪はレア。


 というか、地球人(=召喚聖女)以外にいない。

 つまり、ワガママーナってやつも、私と同じ日本人だったわけだ。


 いや日本人で、ワガママーナってなんだ。その名前。

 まあ、偽名か……。いや偽名にしても、もうちょっと別の名前使えよ……。


「聖女を手元におくためには、皇族にとりこむのが一番でした。だから……俺は…………」


 ぽたぽた……とアスベルが涙を流す。

 ふぅ……こいつも苦労してんだな。

 

 多分結婚を決めたのは、アスベルじゃないんだろう。

 結婚決めたのは2代目あたりか。


「悪かった。辛いこと思い出させてよ」


 私はハンカチを取り出して、アスベルの目元を拭う。

 彼は私の手を掴んで、言う。


「いえ……もう過ぎたこと。今は……幸せですので」

「あ、そう」


 アンチがいるからかな?


「まあ、事情はわかった。つまるところ、この国が抱えてる問題は、大きく二つだな。1.人が足りない、2.金がない」


 有能な人間が足りてないから、仕事が回らない。

 仕事が回らないから金を稼げない。


 金が稼げないから人を雇えない……。


 悪循環だ。


「さしあたっては、人材……それも、有能な奴らを発掘するところからだな」


 私は立ち上がる。


「アスベル。城の連中集めろ。」

「え、っと……セイコ様。どうなさるおつもりで?」


「この目で……才能ある人間を、発掘する」

「! そのようなことができるのですかっ!?」


「ああ。私には、鑑定スキルがあるからな」

「鑑定スキル! そうか……セイコ様は、召喚者。転生者特典ボーナスとして、鑑定スキル、アイテムボックス、そして聖女の能力がある!」


 鑑定、アイテムボックス、そして……創薬の力。

 これらがあれば、金なんて簡単に稼げる。


「私に任せな。この弱小国家を、立て直してやるからよ」

「し、しかし……セイコ様には、子育てが……そちらをおろそかにされるのは」


「あ? 何言ってんだ?」


 私は言う。


「国を立て直す。子供も育てる。両方やるに決まってんだろ?」

「!?」


 何を驚いてるんだろうか。

 皇帝を支えるのも、皇后の仕事。


 皇帝にとって国は家だ。

 皇子の住む家が、ボロボロじゃ、この子が可哀想だ。


「うぐ……ぐす……セイコ様ぁ…………」

「あーあー……泣くな泣くな。子供が見てる前で、みっともない」

「はぃいい……」


 私のあげたハンカチを、アスベルが涙でぐっしゃぐしゃにする。


「とぉたま……また泣いてる……泣かないでぇ」

「ああ、大丈夫。別に悲しくて泣いてるんじゃないよ、アンチ」


 アスベルが涙を拭いて、立ち上がる。

 そして……頭を深々と下げてきた。


「この国を、どうか、お救いください。薬の聖女様」


「おう。任せときな。この国丸ごと、私が面倒見てやんよ」

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