第6話 過労で倒れた皇帝を治療



 犀川さいかわ 聖子せいこ

 3ぴー歳。


 色々あってマデューカス帝国で、皇子の継母をやることになった。


 で、翌朝。

 私はアンチ皇子の父、アスベル皇帝のとこに向かっていた。


 継母役を引き受ける胸を、彼に伝えるためだ。


「かぁたま~♡」


 私はアンチを抱っこしながら歩いてる。


 昨晩の一件で、アンチは私に心を開いたようだ。

 私が部屋を出て行こうとしたら、おずおずしながらも、しかしくっついてきたのである。


 母ちゃんに甘えたいみたいだ。

 どうにも前の母親、つまり前皇后はアンチをいじめていたらしい。


 そのトラウマが未だ、アンチの心に根付いてる。

 あんまり甘やかすのは良くないとは思う。


 が、まあ、今はその傷が癒えるまでは、たっぷり甘やかそう。

 教育は、心を治してから、そっからだ。


「かぁたま……あれぇ……」

「ん? どうしたアンチ?」

「とぉたまの……お部屋……人……いーっぱい」


 とぉたま……? ああ、父様か。

 あの部屋は皇帝の部屋ってことだな。


 ん? たしかにアンチが言うように、部屋の前に結構な人が集まっている。


「おい、あんたらどうした?」

「! お客人様」


 近くに居た侍女が、私を見て言う。

 お客人……まあ、まだ継母正式に引き受けるって言ってないから、そういう呼び方になるわな。


 って、そんなのどうでもいい。

 ヤバい事態だ。


 私は直ぐに、状況を理解した。

 周りの連中の顔を見れば一発でわかる。

 私を客と呼んだ侍女に言う。


「皇帝に何があった?」

「あ、えと……その……」

「時間がねえんださっさと言え!」

「はひぃいい! こ、皇帝陛下が……部屋から出てこないんですぅ!」


 部屋から出てこない……?


「朝、陛下を起こしにきたんです。でも、ノックしても返事が無くって。いくら呼んでも返事が……」


 それだけ聞けばわかった。

 私はその場に集まっていた連中を押しのけ、ドアノブに手をかける。


 ガチンッ!


「あ、あの……鍵が内側かかって……」

「マスターキーは?」

「あ……」


 あ? じゃねえだろ、あ?

 そんなことも思いつかなかったのか、この阿呆が!


 ……って叫びそうになったが、キレたところで意味は無い。

 私は周囲を見渡す。


 護衛の男が、オロオロしてる。

 その手には、ハルバードが握られていた。よし。


「おい侍女、あんた、この子を頼む」

「へ?」


 私はアンチを、侍女に押しつける。


「かぁたま……?」


 不安そうに、アンチが私を見ている。

 子供なりに、今がヤバい状況だってことを、理解してるのかもしれない。


 頭の良い子だ。

 私は安心させるように、ニカッと笑う。


「だいじょーぶ。言ったろ? 私が居ればだいじょうぶって。な?」


 アンチは私を見て、こくんっとうなずいた。

 聡い子だ。私はアンチの頭をくしゃっとなでる。


「おい、護衛。ハルバード貸せ」

「は? へ……?」


「借りるぞ」

「ちょっと!?」


 護衛からハルバードを借りて、私は……。

 思い切り、振り上げて、ドアノブめがけて振り下ろした。


 ドガンッ……!


「ちょぉ! 何やっちゃってるんですかぁ!? 斧なんて振り回してぇ!」


 アホ侍女が後ろで騒いでるが、無視。

 私は何度もドアノブに、ハルバードをたたきつける。


 ばきっ!


「よしっ! 開いた!」

「こじ開けたの間違いでしょぉ!?」


 私は急いで部屋の中に入る。

 質素な内装の部屋だ。


 うわ、散らかってる。

 あちこち書類やら本やらが、床に落ちていた。

 

 が、そんなのどうだっていい。


「アホ侍女! あんたは中に入るな!」

「ふぇええ! なんでですかぁ……」

「いいから! アンチの部屋に行ってろ!」

「はひぃいいん……」


 アホ侍女が立ち去るのを視界の端で捕らえ、急いで、私は彼の元へ向かう。


「おい! 起きろ! アスベル! おい!」 


 ……皇帝陛下は、部屋の中で倒れ、意識を失っていたのだ。

 外であれだけ騒いでも、私が呼びかけても、起きるそぶりがない。


「へ、陛下ぁ……!」「ま、まさか……死……」「アスベル様がいなくなったらもうこの国はお仕舞い……」「ば、バカヤロウ! 縁起でもねえこというんじゃねえ!」


 周りの連中が動揺してる。

 でも……私は、自分に冷静になるよう言い聞かせる。


 落ち着け。アスベルは死んでいない。

 浅いけど呼吸はしてる。


 まずは状態を調べるんだ。


「【鑑定】」


 私の目の前に、半透明の板が出現する。

 ゲームやアニメでよく見る、ステータスウィンドウってやつだ。


~~~~~~

アスベル=フォン=マデューカス

■種族:人間

■性別:男

■年齢:24歳

~~~~~~


 鑑定スキル。

 物(者)に秘めた情報を、こうして閲覧することができるスキルだ。


 スキルを鍛えることで、引き出せる情報料は増える。

 種族、性別だけじゃない。たとえば……そいつの状態とかな。


~~~~~~

■状態:過労

~~~~~~


 ふぅ……。過労、か。

 よし。


「おまえら、落ち着け。アスベルは過労で倒れただけだ」


 私がそう言うと、半分くらいは「なぜそんなことが……?」と疑い、残り半分くらいは「か、過労かぁ……よかったぁ……」と安堵してる。


 アホ。

 過労は死ぬ可能性だってあるんだぞ?


 って、こいつらにお勉強会を開いてる時間は無い。

 アンチは、父親アスベルにヤバいことが起きてるって空気を察してる。


 早急に不安を解消させてやりたい。


「お、お客人様……何をなさるおつもりですか?」

「アスベルを……治す」

「な、治す……? どうやって……?」


 どうやって?

 オカシナことを言う。私は聖女だ。


 薬の聖女。その力を使ってに、決まってるじゃ無いか。


 私はアイテムボックスから、水入りの瓶を取り出す。


「瓶……? ポーションですか?」


 眼鏡をかけた男が聞いてくる。

 こいつ皇帝が倒れてるってのに普通に話しかけてくるな。度胸が据わってる。


「いや、これはただの水だ。今からこいつを、薬に変える」

「薬に……変える?」


 私は片手で瓶を持ち、もう片方の手のひらを、瓶にむける。


「【創薬そうやく】」

「そう……やく?」


 瞬間、私の手のひらから、翡翠色の光が発生。

 光は瓶を透過して、中の水にしみこんでいく。


 やがて……光は消える。


「何も起きてないような……?」

「黙って見てろ」


 私は瓶をアスベルの口に近づける。

 口が……ああくそ、開かない。


「手間かけさせやがって……んぐっ」

「水を飲んで、一体何……を、おおっ?」


 眼鏡の男が私を見て、驚いている。

 私は今し方作った液体を、口に含み……。


 そして、アスベルの唇に、自分の唇を重ねる。


「き、キス……? こんなときに……?」

 

 バカが。キスじゃない。

 口移しだ。


 しょうがないんだ。緊急事態なんだからさ。

 私は口に含んだ【薬】を、アスベルの中に流し込む。


 瞬間……。


「!? せ、聖女殿!?」


 アスベルが目を覚ますと同時に、後ずさった。

 そのままガンッ! と壁に頭をぶつける。


 元気そうだな。よし。


「おおおーーーーー!」

「す、すげえ!」

「皇帝陛下のご病気を、一瞬で治して見せたぞ、あのお客人!」


 ギャラリーが沸く。

 おまえら何聞いてたんだ? 病気じゃないっていうの……ったく。のんきな連中だ。


「せ、聖女様……い、いいい、一体何を……?」


 アスベルが顔を赤らめている。

 なんだ、こいつ。キスくらいで顔真っ赤にして。


 ガキかっていうんだよ。


「あんた……過労で倒れてたんだよ。で、私が作った、【栄養剤】を飲ませた。口移しでね」

「え、えいようざい……? 作った……?」


「ああ。私、薬の聖女の力でね」

「聖女の力……?」


「私の能力の一つに、魔力の性質を変化させるのさ。魔力を、イメージする化学物質に……ね」


 魔力を化学物質に変化させる。

 これが、薬の聖女の能力の一つであり、主なる武器だ。


 魔力、そして水があるかぎり、私は無限に、思うままの薬を作れる。

 それこそ、この異世界に存在しない、日本にしかない最新の薬でさえもね。


 この坊ちゃんに飲ませたのは、私が作った栄養剤。

 魔力をビタミン、ミネラル、アミノ酸等に変化させ、水に溶かしたものだ。


 それを飲ませたことで、アスベルの疲労を回復させたって次第。


「す、すごい……さすが薬の聖女様……!」

「はぁ~~~~~~~~~~~……」


 私は、思わずため息が出た。

 そんで、ぺしっ、と皇帝の頭をはたく。


「!?」「こ、皇帝陛下の頭を!?」「叩いたぁ!?」


 驚くギャラリー、そして、アスベル。


「あ、あのぉ……どうして、怒ってるのですか、聖女様」

「ったりまえだろ! 周りの連中を、心配させんじゃねえ! こいつらも、アンチも! おまえが倒れて凄い心配してた! 一国の長のくせに、体調管理もまともにできねえのか!」


 ……アスベルは私の言葉を聞いて、深くうなだれた。

 そして、立ち上がると、その場にいた皆に向かって頭を下げる。


「皆……すまなかった。私が……体調管理できてないせで、君たちを不安にさせてしまった」


 よし。

 ちゃんと謝れたな。良いやつだ。


「次だ。着いてこい」

「え? ど、どこへ……?」

「おまえのこと一番心配してた、おまえの一番大事なやつのとこだよ」


 私はアスベルを連れて部屋を出て、アンチの部屋へとやってきた。


「あ! お客人さまぁ!」


 アホ侍女が泣きそうな顔をしながら、こっちに近づいてくる。

 お、ちゃんとアンチを抱っこしてた。えらいぞ。アホだけど。


「とぉたまぁ!」


 アンチが父親の顔を見て、涙を流す。

 アスベルはアンチを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。


「……アンチ……心配かけて……ごめんな」

「ううん……とぉたま……元気になって……よかったぁ……」

「アンチ!」


 ぎゅっ、とアスベルが息子を抱きしめる。

 うんうん、良かった。


 ……じゃあ、済まされないけどね。

 問題山積みだこりゃ……。はぁ……。 

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