第5話 継母となる決意



 私の名前は犀川さいかわ 聖子せいこ

 3ぴー歳。


 ある日異世界に聖女として召喚される。

 色々あって召喚した国を追放さる。

 さらに色々あって隣国のマデューカス帝国にきた。


 皇帝の息子、アンチ(3歳)の病気を、私の作ったポーションで治療。

 そしたら、アンチに好かれてしまい、そして皇帝からはこの子の継母になって欲しいと言われた。


 皇子の継母……ってことは、皇帝の妻。

 つまりは、皇后になってほしってことだ。

 私が……? 皇后!?


「いやいやいや……」


 場所は、マデューカス帝国帝都、カーター。

 帝城の、お客様ようの寝所だ。


 この城も、そしてこの部屋も質素な作りをしてる。

 元いたゲータ・ニィガ王国とは、大違いだ。


 それでも、おきゃくさまのベッドはフカフカしている。

 横になりながら、私はこれからのことを考える。


「皇后………私が? 荷が重すぎる……」


 アンチ皇子の、教育係とかなら、まあ、わからない話しでもない。

 けど継母て、皇后て。


 私に務まる話しとは、到底思えない。


 私と一緒に召喚された、聖高原ひじりこうげん ブリコなら、この話をよく考えずほいほいっと受けていただろう。

 でも……私には、気軽にハイと返事できなかった。


「そもそも私は異世界人……。皇族でもない。そんなやつが、突然皇后になんてなったら、国が荒れてしまうだろうし。元いた国を追放された悪い噂だって今頃広まってるだろうし」


 うん、どう考えても、私が皇后やっていい人ではない。

 面倒だからって気持ちも、ないって言ったら嘘になるけども。


「やっぱり、明日アスベルに、ごめんなさいしよう」


 アンチも、私みたいなよそ者より、ちゃんとした、まともな女に育ててもらったほうが、教育に良いだろう。


 うん。

 さて……寝る前にお花摘みにいこう。


 私はベッドから起き上がり、部屋を出る。

 真っ暗な廊下を歩いていると……。


「ひっぐ……ぐす……うぅ……」

「ん? 泣き声……?」


 どこからか、泣き声が聞こえてきたじゃないか。

 私は気になって、声のする方へと向かう。


「これは、聖女様」


 部屋の前には、槍を持った兵士が立っていた。

 なんだこいつ。


「おう、お疲れさん。あんたこんな夜中になにやってんの?」

「私はアンチ皇子の、部屋の護衛をしております」

「ほー……」


 なるほど、ここはアンチの部屋なのか。

 なるほどなるほど……。


「おい」

「え?」

「どけ」

「え? ちょ、ちょっと! 聖女様!? 何をなさるおつもりでっ?」


 兵士が慌てて私を止めようとする。


「アンチの部屋に入るんだよ」

「い、いけません! 皇子の部屋ですぞ?」

「あ? だからなんだ。聞こえないのか、あんた……? 中で、子供が泣いてるンだぞ? どうしたのって心配にならないのか?」


「そ、それは……し、しかし……私はアンチ様の護衛でして、ここを離れるわけには……」

「じゃあ私が様子を見てくる。あんたはここに居ろ。いいな?」


 私は兵士を押しのけて、部屋に入る。

 中は客室と同じような……殺風景な部屋だ。


 これが……子供部屋?

 子供の部屋っていったら、もっとおもちゃとかさ、子供が楽しくなるような部屋であるべきなんじゃないのか……?


 というか。

 こんな子供からしたら、広い部屋で、この子は……一人で寝てたのか?


 ……なんだか、イライラしてきた。


「アンチ」

「! か、かぁたま……」


 私はアンチの側へ行く。

 ぐすぐす……と彼は泣いていた。


 私はベッドのそばまでいき、しゃがみこんで、目を合わせる。

 ……父親に似て、きれいな銀髪をしてる。


 けど、髪質はパサパサだし、頬もこけてる。

 栄養が足りてない証拠だ。……可哀想に。


「何があったんだい?」

「………………」


 もじもじして、何も言ってこない。

 あん? どうした……って、あ。


 私はベッドを見て、気づいた。

 シーツの上には、大きな、世界地図が広がっていたからだ。


「おねしょしちゃったんだね?」

「!」


 ぶるぶるぶる……とアンチが、異常なまでに怯えた表情で、頭を手で抑える。


「お、おいどうした……?」

「やぁ……ぶたないでえ……」


 っ!

 ぶつ……だと?


 まさか……。アスベルが?

 いや、そんなやつには見えなかった。


 ってことは……浮気して逃げた前妻か?

 こんな可愛い子を、殴りやがったのか? おねしょしたから……?


 あ゛~~~~~~~~~。

 だめだ。イライラしてきた。


「アンチ」

「ひぅ! ぶたないでぇ……」

「ぶたないよ」

「ふぇ……?」


 私はアンチを、ひょいっと抱き上げる。 そして、背中をポンポンと叩いてあげた。


 まずは、悲しい気持ちを、和らげないとな。


「怒らないよ」

「あ……でも、かぁたま……ぼく……おねしょ……きたない……」


 ズボンが、濡れてた。

 まあでも……私は気にしない。


「大丈夫。汚くない。あんたは汚くない」

「でもぉ……かぁたまが……」


 ……おねしょの処理も、してやらなかったのか。

 汚いから無理~~、みたいな?


 あ~………………だめだ。

 もーーーーーーーがまんならん。


「アンチ。母様は私だ」

「ふぇ……?」


「今日からあんたの母様は、私がやるって言ったんだ。で、その私があんたを、汚くないって言ったんだ。だから……汚くない。大丈夫」


 三歳児に、どこまで伝わってるかわからない。

 でも……私は、この子をほっとけなかった。


 同情、って言われたらそれまでだ。

 そうだよ、同情だよ。可愛そうって思ったんだ。


 この子はまだ三歳。

 母親に甘えたい時期。だというのに、母親に捨てられ、しかも酷い扱いを受けてきた。


 これで、可哀想って思わない方がどうかしてる。

 私は……この子をほっとけなくなった。

「アンチ。母様は今日から、ここであんたと一緒に寝てやる」

「! いいのぉ~?」


「おう。けど、トイレ行きたくなったら、すーぐ母様を起こしな。一緒にトイレ行ってやるからね?」

「いいのぉ~?」

「おう。だから……もう泣くな。な?」


 アンチがフニャぁ……と笑うと、こくんとうなずいた。

 そして、言う。


「かぁたま……ありが、ろぉ~……♡」


 ありがとう、か。

 久しく、言われてなかったな……。


 元いた国じゃ、私が何やっても、やってあたりまえ。

 感謝なんてまともにしてくれたのは、ユーノ大臣くらいだ。


 ……ありがとう、か。

 その言葉が、胸にしみる。


「どういたしましてだ、アンチ」


 この先、どのくらい、この子の側にいられるかわからない。

 いつ、民衆から反対がでて、私が皇后から下ろされるかわからない。


 でも……できる限り、この子の側にいてあげようって、そう思った。

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