第9話 富永由香の場合<2>
最近この辺りの地区で死者が増えているらしい。
おばあちゃんの方針で、もともと家にはテレビがなかった。人生の半分以上をテレビ無しで過ごしてきたせいか、おばあちゃんがいなくなった後も特に必要だとは思わずに買うことはなく。
『体質』のこともあるから、自分の周りで誰か彼かが怪我をしたり、下手をしたら亡くなってしまったりするのは割と慣れてしまっていたから、気がつくのに時間がかかった。
知ったのはクラスメイトが話しているのを偶然聞いたからだ。
曰く、事件とも事故ともはっきりしない状態の遺体が発見され続けている。
共通点として、遺体の損傷が激しく身元がすぐに確認できないこと。体格からして未成年であること。そのふたつだ。
流石にこれほどまでに連続して遺体が見つかっている以上、警察も事件の線を濃厚に捜査しているようだ。
学校を休んでいるクラスメイトも、この事件のことを親に言われたのではないかと。
他人事のように話すクラスメイトに、危機感を持った方がよいのではないかと少し思った。
一週間ほど経ったあたりで、わたしの周りにも変化が訪れる。
小学生のころからあった呼び出しが全くと言っていいほどなくなった。
わたし自身には被害がないが、巻き込んでしまう形であゆみちゃんに被害がないとは言い切れないくらいの関係になっているため、コレにはかなり安心することになる。
しかし、それと同時にわたしの中に不安が生まれた。
おばあちゃんのおかげでわたしの『体質』が変わったと、先生は言っていた。
それなら、あゆみちゃんのおかげでさらにわたしの『体質』が変わった可能性はないだろうか?
最近起きている事件も、変化したわたしの『体質』が原因であったら?
昔は、わたしの周りにいた人に無差別。少し前まではわたしに危害を加えようとする人。
でも今の『体質』がどうなのかは、全くわからない。あゆみちゃんに不幸が及ばないかどうかも確信が持てない。
それに最近の事件はけが人ではなく死者ばかり。これがわたしのせいだったら。
わたしは、あゆみちゃんに迷惑を絶対にかけないと言えるだろうか。
あゆみちゃんに迷惑をかけたくない、不幸にしたくない。
でも、あゆみちゃんは不幸になってもいいと。わたしと一緒なら、不幸でも構わないと。
わたしには、わからなかった。だって今までわたしのことを理解しようとしてくれる人がいなかったから。
だから、わたしも誰かのことを理解しようとしたことがなかった。そもそもどうすればいいのかすら、わからない。
あゆみちゃんが嘘をついているとは、思わない。あんなにまっすぐにわたしを見てくれて、わたしのことを肯定してくれている。
だったら、この不安を相談してみても、いいのだろうか。
今わたしが抱いている、ちっぽけだけど大きな悩みを、言ってみてもいいのだろうか。
帰りのホームルームで、しばらく学校の休止が行われることが発表された。
クラスメイトの休みが増えていたのは、実は行方不明になっているためという事が担任の口から明かされ、流石の事態に教室がざわつく。警察からも注意喚起を受けており、学校側としても見過ごせない事態になっているようだ。
学校の休止期間はまだ発表されず、事件が落ち着き次第連絡網が回るそうだ。
ホームルームが終わり、クラスメイトはまとまった人数で帰っていく。メールするからね、なんていった会話も聞こえてくる。
わたしはというと。だらだらと教科書や筆記用具を片付けていた。
後ろの席からいつもかけられる、明るくて朗らかな声を待っていたのだけれど、いつまでたっても彼女は現れない。
振り返ってあゆみちゃんの席を見ると、そこには誰もいない。
不安になるものの、席にはまだカバンが残っていたため、トイレにでも行っているのかと結論付ける。
けれど大分待ってもあゆみちゃんは帰ってこない。
不安はどんどんと大きくなる。もし、なにかしらの『事故』にまきこまれていたら?
いてもたってもいられなくなったわたしは、誰もいない教室に椅子を引く大きな音を響かせながら教室を飛び出した。
校舎裏、駐車場、校門、トイレに空き教室。どこを探しても、『事故』の気配も人だかりもない。
あと、わたしがよく呼び出される場所は何処だ。廊下だろうか? 広い校舎の中をしらみつぶしに探していく。そうしてようやく、三階の廊下でわたしは彼女を見つけた。
あゆみちゃんは何かをメモしているようで、廊下の壁に背をつけていた。わたしが駆け寄ると、すぐに気付いてくれる。
何事もなかった。
本当に良かったとほっと息をついたところで、あゆみちゃんが不思議そうな顔で私を覗き込む。
「どうしたの? なにかあった?」
「あ、えっと……その。なにか、と言われると……」
突然のことに、しどろもどろになってしまう。
「ゆっくりでいいよ。話はいくらでも聞くから」
そんなわたしにあゆみちゃんは、いつものこちらを安心させる笑顔で答えてくれる。
わたしは、少しずつ胸の内にある不安を吐き出し始めた。
話し終えたわたしに、あゆみちゃんは明るい顔をして返してくれる。
「大丈夫、気にすることはないよ。由香ちゃんはなにもしてないんだから」
「でも、学級閉鎖になるほどの事態にもなってしまっているから……」
「うーん、まあ確かに不安だよね。あ、そうだ!」
あゆみちゃんは手帳をしまい、わたしの手を握ってくる。
「せっかく学校がないからさ、デートしようよ。この前図書館いけなかったでしょ? そのやり直し!」
「え、それは、嬉しいけど。けれどこんな時期に行ってもいいのかしら」
「こんな時期だからこそ、だよ。不安なんて吹き飛ばそう!」
まぶしい笑顔を見ていると、今まで感じていた不安が和らいでいくのを感じた。
「詳しいことはメールで話そうか。あ! そういえば由香ちゃんのメルアド私知らないや」
「ちょっと待って。これ、わたしのアドレスだから」
お互いにアドレスを交換し合う。
ひとつしか登録されていないわたしのアドレス帳に、ふたつめが追加された。はじめての、友達の連絡先。ドキドキした気持ちを悟られないようにするので精一杯だ。
「それじゃあ、帰ろうか。最近物騒だし、家まで送っていくよ!」
「それはあゆみちゃんだって同じなのに。……でも、お言葉に甘えようかしら」
いつも通りの日常の歯車が、少しずつ良い方にずれていく。
こんな日々が、ずっと続けばいいのにと。心の奥底から願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます