第8話 和泉くんのお姉さんの場合

 小さなころからみんなの中心にいた。

 誰かに変な事をしている奴に対して、少し強めに言ってやればみんなあたしの周りに集まってくる。

 上級生から生意気だと言われることもあったけどそんなのおかしい。なんで少し先に生まれた奴らに偉そうに言われなきゃいけない? 反撃をした日から、あたしはクラスの、いや、幼稚園のヒーローだ。

 あたしが正しくて、他の奴らが間違ってる。だからあたしがみんなの中心にいないといけないんだ。

 だからこういうふうに考えるのも当たり前。

 みんなは黙ってあたしについてくればいい。そう、あたしがみんなをまもるんだ!



 小学校に入ってもあたしはみんなの中心にいた。

 宿題がめんどくさいといえば誰かがやってくれるし、誰々が気に喰わないといえばみんなはそいつに思い知らせる。

 あたしが望んだことはすべて叶う。だって、あたしはみんなのヒーローなんだから当たり前だ。

 小学校も中学年に差し掛かったころ、変な奴が入学してきた。サラサラの綺麗な髪も、美人な顔も気に喰わない。なにより他の奴らから一目置かれているのが何よりも気に喰わない。

 当然、周りのみんなにそうこぼした。だけど、何故か今回はみんなあたしのいう事を聞かなかった。

 むかつく。

 この学校のヒーローはあたしだし、みんなの中心もあたし。もしかして、あたしのすごさをみんなが忘れかけているのか。だったら、今ここであの女にあたしという存在をわからせてやればみんなも戻ってくる。

 そう考えて、当時のあたしはあの女、富永由香に自らの手を使うことにした。


 気が付けばあたしは全治三カ月の大怪我を負っていた。

 しばらく学校にも行けず、いら立ちだけが当時のあたしを支えていた。

 だけど、学校に戻ったらあたしはみんなのヒーローだった!

『あの子の危険性に真っ先に気づいて排除しようとしてくれた』

『あれは放っておいたらダメだという事を実際に示して見せてくれた』

『みんなで頑張ってあいつをこの街から追い出そう』

 そうだ、そうだ。やっぱりあたしが正しいじゃないか。

 みんなだってあたしに感謝してる。みんなだってあたしと同じことをしてる!

 やっぱりあたしはみんなの中心なんだ!


 小学校最後の年、あたしに大切な人ができた。

 ものすごくかっこよくて、あたしを他の奴らよりも特別扱いする素敵な人。

 いっぱい話しかけたら笑ってくれる! あたしだけに笑いかけてくれる!

 テストを返すときだってあたしにだけ時間を多めに使って話しかけてくれるし、放課後だって職員室にわざわざあたしを呼んで二人きりで話す時間をとってくれる!

 だけど、見たんだ。大切な人があの女に話しかけているところを。笑いかけているところを!

 許せない、絶対に許せなかった。

 あの女はあたしから大切な人を奪った。だったら、あたしはあの女の大切な人を奪ってやる。

 あの女の担任はあたしのことを昔から知ってるし、みんなだってあたしが言えばなんでもするだろう。

 だって、あたしはみんなの中心にいる、学校のヒーローなんだから!


 みんなの中でも特に仲が良い奴らに、計画を話した。

 あの女は親に捨てられたのか知らないけどババアに面倒を見てもらっているらしい。

 だけど、みんなのはなしではババアもババアで頭がおかしいらしい。

 頭がおかしい奴に育てられたら、そりゃああんなおかしい奴にもなるか。

 これからあたしがやるのは世直しなんて言うやつだ。

 おかしい奴らにわからせるだけ。そう、あたしはいつだって正しいんだから。


 みんなが準備を終えたと集まってくる。

 家の周りには紙くずと油が十分にまかれている。

 あとはあたしが火をつければ、計画は大成功。ざまあみろ!




 ……あたしの大切な人が死んだ。

 なんで? どうして?

 わかんない、わかんない、わかんない!

 あ、わかった。

 あの女のせいだ。あの女のせいだ。あの女のせいだ。


 どうしてあの女の————。




 自分の叫びで目が覚める。久しぶりに嫌な夢を見た。

 病室から窓の外を見るとまだ真っ暗。むかつく。あの女のせいであたしの人生はめちゃくちゃだ。

 あの人が死んだ日から、あたしの周りにみんなは集まらなくなった。

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶあの女のせいだ。むかつく。


 そうだ! また同じことをやってやればいい。最近あの女に付きまとっている友達とやらがいたじゃないか!

 確かあのときみんなは新聞と油を使っていた。そのくらいなら家に帰ればあるだろう。

 友達とやらの家は覚えてる、この前調べたのが役に立った。

 痛む肩にいら立ちを覚えながら、病室から抜け出し————




 頭がやけに痛い。目を開いて初めて、今まで目を閉じていたことに気づく。

 辺りは真っ暗で、月もぼんやりとしか見えない。

 起き上がろうとして、でも、手も足も動かない。何が起きている?

 むかつく。意味わかんない。

 地面は固いから、どこかの道路か?

「おい! 誰かいないのかよ! ふざけんな!」

 叫んでも、なんにも反応がない。

 けれど、だんだんと何かが近づいてくる音が聞こえるのと同時に地面の振動を感じる。

 突然強い明かりが目に入って、思わず目をつむってしまう。

 待て、待てよ、うそだろ。

 ふざけるな、ふざけるな、こんな、違う。ふざけんな!


「ふざけ」





「続いてのニュースです。先日未明、北区総合病院近くの山道で遺体が発見されました。遺体は損傷が激しく、未だ身元が判明していません。警察では事件と事故の両方で調査が進められており————」


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