第7話 篠崎あゆみの場合<4>
由香ちゃんから聞いた、今までの話。私からすればそれはあまりにもひどいもので。
由香ちゃんと最初にあったころ、私はそこにいるだけで周りに影響を与えられるすごい子だと思った。でもそれは決して、幸福な人生を送ってきたというわけではない。
私にとっての『普通』が日々をなぞるだけで誰かにとっての特別にもならないことなら、由香ちゃんにとっての『普通』はただそこにいるだけで誰かにとっての特別であり続けること。
特別であることが、本人からしてみればこんなにもつらいことだったなんて。私は分かっていなかった。
帰り道で私は、必死に考えていた。どうして由香ちゃんがこんな目に遭わなければならないのか。そもそも、由香ちゃんの『体質』というのはなぜあるのか。
私は由香ちゃんを助けたい。こんな形の人生なんて、絶対におかしい。
どうすればよいのか、悩みながらその日は帰路についた。
次の日の昼休み、私は放送で放課後、理科準備室に来るようにと呼び出された。部屋に入ってみると、知らない先生がいる。先生は人好きのする笑顔で私に問いかけた。
「こんにちは、君が篠崎さんかな。富永由香さんと親しいとウワサの」
「はい、えっと……」
「あぁごめん、そういえば初対面だったね。僕は新田。普段は高等部のほうにいるから知らないのも無理はないよ」
「そうなんですね。それで新田先生、話というのは」
知らない人に呼び出されるというのはなかなかに怖いものがある。
しかも、新田先生は私のことをある程度知っているような風だった。
「そんな警戒しなくてもいいよ。僕はね、君の力になりたいのさ」
「えっと……力ですか」
怪しさばっちり百点満点。正直言ってしまうと今すぐ部屋を後にしたかったのだけれど、新田先生が言った次の言葉で私は驚くことになる。
「うん。君は富永由香さんを助けたいと思っているんだろう?」
「え。そうですけど、そんなことが可能なんですか!?」
「そうだね。ただ、そのためには君が頑張らないといけない。ひとまず座ってよ、詳しい話をしよう」
藁にも縋る思いで、私は新田先生の話を聞くことにした。
「まずはどうして富永由香さんの周りに不幸が集まるのか。そこからだ」
「何か理由があるんですか?」
「うん。今から話すことは君にとって到底信じられないことだろう。けれど、これは事実だという事を信じて聞いてほしい」
少し戸惑いつつも、私は続きを促す。
「富永由香さんには生まれたころから『淀み』と呼ばれる……そうだね、わかりやすく言うと『不幸を振りまく呪い』がかかっているんだ」
『淀み』。聞いたことはないが、呪いのようなものだと考えると確かに由香ちゃんの『体質』に納得がいく。
「ニュースになったもので例えると、富永由香さんが生まれたときに地域一帯で停電が起こってね。病院や電波塔の予備電源が作動しなくて、かなりのパニック状態になったよ。僕の友人からの話だけれど、相当の死傷者が出たそうだ」
「え、死傷者が出た、ですか?」
由香ちゃんから聞いた話と食い違う部分がある。『幸いにも誰かが命を失うようなことはなかったみたい』と言っていたのに。
「そうだよ。ちょうど冬の時期、帰宅ラッシュの時間帯でね。追突事故はもちろん、病院では医療機器も全部使い物にならなかったから。雪もひどかったから復旧に時間もかかってね。中には寒さで凍死してしまった人もいたよ」
由香ちゃんは物心ついたころにはおばあちゃんに育てられたと言っていた。だとすると、きっとおばあちゃんはこのことを知ってて伝えなかったのだろう。
「そんなことが日常的に起こっていたことを考えると、今は大分安定しているよ。なんたって、富永由香さんに危害を加えようとしなければ何も起こらないからね。それがわかっている人はごく一部だろうけれど」
「つまり皆は、そこにいるだけで周りに不幸が起きると信じているから由香ちゃんを排除しようとして、逆に自ら不幸を呼び寄せている……ということですか?」
私の問いに、先生は笑顔で頷く。
「そういうこと。理解が早いね」
そういえば、転入初日に和泉くんも言っていた。『なにもしなければなにも起こらないのに。触らぬ神に祟りなし』と。こういう事だったのか。
「ええとそれで、『淀み』でしたっけ。呪い。どうしてそれが由香ちゃんに?」
「それには13年前のある事件が関係しているんだ。少し長くなるよ」
◆
今から13年前。この地域ではとある都市伝説が流行っていたんだ。
その名も『ずぶぬれさん』。
晴れの日なのに傘をさしていて、全身血でずぶぬれだから、ずぶぬれさん。
会ってしまったが最期。その人は不可解な事故に遭った状態で発見される……といったもの。
その都市伝説に挑んだ学生たちがいた。
当時、僕は教育実習生として学校にいてね。彼らと過ごしたのは少しの間だった。
学生たちは見事に
人としての道を踏み外してまで、彼らはずぶぬれさんを追い続けたんだ。
結果、ずぶぬれさんは消滅した。
けれどずぶぬれさんの核とでもいうべきかな。それは消滅せずに、自らが入る器を見つけたんだ。
◆
「ここまで言えばもうわかると思うけれど、ずぶぬれさんの核となっていたのが『淀み』。ずぶぬれさんが消滅した瞬間、富永由香さんは生まれた。だから『淀み』の器に選ばれてしまったんだ」
「そんな、ただ時間が合っただけ? それだけのことで、由香ちゃんは苦しい思いをしなければいけないんですか?」
話を聞き終えた私は、思わず絶句する。ずぶぬれさんの件にも、学生たちの件にも、由香ちゃんは関係ない。
ただ、生まれてきたタイミングが悪かった。そんなのあんまりだ。
「残念だけど、そういうことなんだ。でもこの話の中に、富永由香さんを助ける方法が眠っていると僕は考える」
「ずぶぬれさんが消滅したから、『淀み』が移った……のところですか? でも、由香ちゃんを消すなんてそんなことできません」
「惜しい、その前の部分もだね。ずぶぬれさんがどうして消滅したか。『淀み』が構成していたずぶぬれさんを学生たちはどうやって消滅にまで追い込んだのかな?」
「それは、学生たちが自分の人生と、引き換えに……あ」
私の中で、かちりとピースがはまる。『淀み』はずぶぬれさんという都市伝説を構成していて、学生たちは人生をかけてそれを消滅させた。
そして『淀み』は、新たな器として由香ちゃんを選んだ。それを再現出来たら?
「わかったようでうれしいよ。君が人生をかける覚悟で挑むのであれば、富永由香さんから『淀み』を移すことができるかもしれない」
でも、まだ駄目だ。まだピースが足りない。どうやって由香ちゃんを消滅させずに『淀み』を移すことができる?
「『淀み』っていうのはね、周りに影響を与えるものだ。逆に言えば『淀み』によって影響を与えられた方を何とかすれば、富永由香さん本人を何とかせずに済むんじゃないかな」
「影響を受けた方、ですか。影響を受けるもの、そもそもが無くなれば『淀み』が移ると……」
『淀み』による影響。不幸を振りまく呪い。
なるほど、私はいま選択を突き付けられているのか。
由香ちゃんだけをとるか。由香ちゃん以外の総てをとるか。
「もし君に本当の覚悟があるのなら協力しよう。富永由香さんの運命を変えるためにね」
そんなの悩むまでもない。
この世界にある総ての悪意が相手でも、私は由香ちゃんのそばにいるからね。
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