第6話 富永由香の場合<1>

 わたしは生まれたときからこの『体質』と付き合ってきた。いえ、その言い方は少し違うかもしれない。

 わたしが生まれたときから私の周りの人は、私のこの『体質』と付き合う羽目になった。

 母親がわたしを出産したとたん、地域一帯で原因不明の停電が起きたのはもはや有名な話だ。

 非常時の自家発電も稼働せず、当たり前のように病院はパニックになった。幸いにも誰かが命を失うようなことはなかったみたいだけれど。

 育児中も頻繁に起こる何かしらの不幸にだんだん母親はノイローゼ気味になっていって、結局わたしが1歳を迎える前に母親は亡くなった。

父親の協力で久しぶりの息抜きにショッピングに出かけた帰り道、ひどい玉突き事故に巻き込まれたらしい。

 父親はそれから仕事をしながらわたしの面倒を見てくれた。

 けれど、仕事が忙しくなってわたしに時間を割けなくなっていくにつれて身の回りで普通に考えればあり得ない『事故』が起こっていったそうだ。


 その後、わたしがどうなったかというと、おばあちゃんのところに預けられた。

 今までの話し方からわかるかもしれないけれど、わたしが物心つく頃には既におばあちゃんに面倒を見てもらっていた。

 だから、母親と父親の件は近所のウワサ好きの人から聞いたレベルでしかない。

 そのころにはわたしのウワサは地域一帯に広まっていて、近所の人が突然引っ越していったり、わたしの周囲の誰か彼かが大けがをしたりすることは、よくあることになっていた。

 けれどそんなことがあっても、おばあちゃんはずっとわたしに愛情を注ぎ続けてくれた。

 そのおかげだろうか。小学生になるころには、わたしの『体質』は変わっていたのだ。

 わたしとしてはあまり実感がわかなかったのだけれど、こういったことに詳しい先生はそう断言した。曰く、今まで無作為にばらまかれていた不幸が収束し、指向性が表れてきたとのことだった。


 けれどそんなことは周りの人からすれば関係ない。

 周りの人にとってわたしという存在は既に、本能的に忌避するものとなっていた。

 学校に行き始めても、わたしに対して友好的な子はいなかった。

 当たり前と言ってしまえば当たり前、残念ながら当然だ。なんたってわたしはこの六年間悪名を轟かせてきたのだから。

「あいつの周りにいるとやばいらしいぜ」

「え、そうなの? 怖い……どうして学校来てるんだろう?」

 同級生たちのそういった言葉は、当時のわたしには鋭く突き刺さった。

 幼稚園にも保育園にもいかずずっとわたしのことを肯定してくれるおばあちゃんのそばにだけいたからかもしれないし、今までウワサに聞いていただけのわたしの『体質』による犠牲が、クラスメイトの怯えという目に見えてわかったからかもしれない。

 わたしはわかっていなかったのだ。自分がどれだけ他者を不幸にしてきたのかという事を。


 それからどうなったかというと……もうわかるかとはおもうけれど今の生活と同じ。

 女子生徒からの無視は当たり前。言葉による暴力が最初は多かったけれど、学年が進むにつれて普通に暴力も出てくる。男子生徒ははじめから素直に暴力。

 当然、結果として何が起きたのかは言うまでもない。

 普通に考えてありえない、けれどわたしに危害を加えようとする人には絶対に訪れる”不幸な事故”。

 例えば男子生徒がわたしを階段から突き落とそうとしたとき、階段に”偶然”にも掃除の際に拭き忘れた水が残っていて、相手はそれに足を滑らせて頭から階段を転がり落ちる。

 また別の時は掃除中女子生徒がわたしを箒でたたこうとしたとき、これまた”偶然”にもクラスで育てていたお花の植木鉢が落ちてきて、相手の頭に当たる。

 極めつけは、わたしという存在を危ないと思って車道につき飛ばそうとした相手がいたとき。背後から爆音が聞こえてそちらを見ると、その子はコンクリート塀と大型車両に挟まれ見る影もなかった。わたしが初めて人が死ぬという場面を直視した瞬間だった。

 この事件をきっかけとして、学校だけでなく地域一帯でわたしを排除しなければいけないという義務感が生まれていった。

 だからわたしを助けてくれる人はこの街にはいないし、わたしに親切にしてくれる人すらいない。

 ————わたしの味方はおばあちゃんだけだった。


 けれど人間というのは不思議なもので、こんなことが繰り返されていくと次第に学校での暮らしも街での暮らしも慣れていく。

 わたしに危害を加えようとする人に会ったところで、結局被害に遭うのは加害者のほう。

 だけれど結果だけ見てみれば、加害者はわたしには何も危害を加えていないしわたしもなにもしていない。『事故』がそこにはあるだけだ。

 だからといって、わたしの関与を疑わない人は誰一人としていなかった。


 そんなある日のことだ。

 おばあちゃんが学校に忘れ物を届けに来てくれた。リコーダーだった。

 今考えると、どうしてリコーダーを忘れてしまったのか後悔しかない。

 当然、おばあちゃんがわたしの身内だという事は学校中に広まった。

 同級生たちはおばあちゃんに対してわたしに関する様々なことを必死に訴えかけていたけれど、おばあちゃんは同級生たちを諭して教室にかえらせる。

 これがわたしの日常の崩壊の始まりだった。


 わたしとおばあちゃんの住んでいるところは、あっという間に知れ渡ることになる。

 誰かが下校中のわたしをつけていたのかもしれないし、おばあちゃんを近所で見かけて発覚したのかもしれない。

『どうしてあいつを野放しにしておくのか』

『悪い人が平然と生きているなんて間違ってる』

『わたしたちの生活のためにどうかいなくなってくれ』

 おばあちゃんはそんなことを言われていたらしい。おばあちゃんからわたしに直接伝えることはなかったけれど、クラスメイトや近所の人からそういったことを言ったと聞いた。

 おばあちゃんがもし、その言葉に耳を傾けていたら。


 ある日の放課後、わたしは担任の先生に呼び出された。

 それほど大事ではなさそうな用事をダラダラとさせられ、帰るころには辺りはすっかり暗くなっていた。

 おばあちゃんに心配をさせてはいけないと思って急いで帰っていた時だ。

 なんだか、家の方が妙に明るかった。




「家は火事になっていたわ。消火活動すら行われていなくて、必死に消防署まで走って状況を伝えた。でも、間に合わなかったのよ」

 あゆみちゃんは、途中で口をはさむことも無く黙って話を聞いていてくれた。

 この感覚は、本当におばあちゃんに対して持っていた好意を思い出してしまう。

「近所の人は通報していなかった。後でわかったことだけれど、放火だそうよ」

「そうだったんだ」

「ええ。わたしの『体質』のせいで、ついにわたしの大切な人にまで『不幸』が及んだの」

 ほんの少しの、無言。

「だから、お願い。わたしはこれ以上大切な人を不幸にしたくない」

 言葉に含んだ意味を、きっとあゆみちゃんは理解している。でもきっと。

「いやだ」

 ああ、やっぱり。本心では聞きたいと願ったけれど、けれど同時に聞きたくない言葉が返ってくる。

「お願い、ほんとうに」

「だったら、だったら————私が、由香ちゃんの運命を変えて見せる」

 わたしの言葉にかぶせるように、あゆみちゃんはそういって来た。

「私に少し時間をちょうだい。そして、いつか一緒に遊びに行こう!」


 あぁ、わたしは本当に。

 この子のことが大好きだ。

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