第7話「再戦」

 ……………………。


 ……………。


 ………。



 いえ、意識は失ってません。

 私の周囲に魔法陣が展開されていました。自動的に発動したシールドによって爆風や閃光が防がれたようです。

 まばゆい光も、実際はちょっとライトに照らされた程度の影響。

 なるほど、文字通りの爆弾が化粧室のどこかに設置されていたようですね。

 ですがその程度で、魔法少女わたしは殺せません。


 周りを伺うと、ひどい有様ですね。

 窓側の壁など完全に吹き飛んでおり、大きな風穴が出来ていました。そこからオベイロンの夜の町並みが伺えるほどです。 

 誰がこんな事を。……などと言わなくてもわかりますか。

 あれほどご丁寧に紹介してくれたんですから。セグイン大佐……。


 軍の情報がどこから漏れていたのかと思っていましたが、何のことはない。

 あの人が裏切り者だったということですか。

 確かに元魔法少女ならば、魔法少女に同情するのはおかしくありません。


 だからこそ裏で魔女宗マレフィキウムと組んでいたのでしょう。

 一つ懸念があるとすれば、飛行機でのハイジャック犯達は私のことを知らなかったことです。

 恐らく中尉から大佐に私のことは連絡が行っていたはずなのに……。

 まぁ、そんな事は置いておきましょう。


 セグイン大佐がこの事件に関わっているのは確実なのですから。

 ……と、そんな折、プルプルプルと腰のベルトに引っ掛けておいたユーフォンがなりだしました。

 どうやら中尉からの電話のようです。

 右耳に装着。ショートカットボタンを押して……っと。


『シアンくん? 無事だったのかい? そちらで爆発があっただろう』

「ええ、セグイン大佐にしてやられましたが、なんとか無事です」

『彼女が? ありえない……』

「ですが、そうとしか思えない行動でしたよ」

『もしかすると何者かに洗脳されているのかもしれないな……』

「……なるほど。たしかに少し様子がおかしかったです」


 『わし』とも『のじゃ』とも言わず、延々普通の口調で話してましたからね。

 パーティのためだと言われて納得してましたが。

 あれが洗脳の結果だとすればこの上なくわかりやすいです。


「それで中尉。わたしはどうすればいいでしょう」

『ああ、どうやらビル内には既にそこかしこに爆弾が仕掛けられているらしい。テロリストどもがそう言っていった。セグインが洗脳されているのなら、警備などなんとでもなるからね』

「困りましたね……。場所もわからないのに私一人で爆弾の解除など出来ません」


『逆に場所さえわかれば、解除できるのかい?』

「ええ、まぁ。シールドで囲んで破壊すればいいだけですので」


 シールドは非魔法攻撃に対して、とことん強いですからね。

 魔法でないのならば、ある程度の爆発は無傷で済みます。


『つまり爆弾の場所を探せばいいわけだ』

「しかし……、どうやって?」

『まずは相手の目的から考えてみようか』


 …………と、言われましても。

 まぁ、目的は私ではないでしょう。私を殺し切るにはいささか準備不足です。

 おそらくはVIPの方々……、いや連中が前々から狙っていたのがありましたね。


「私達が運んできたあの冷蔵庫。あれが目的なんじゃないですか?」

『…………あまり考えたくはないけど、そうなんだろうね』

「あれには一体何が入ってるんですか? 連盟の新兵器?」

『いまさら隠しても仕方ないか……』 


 はぁ、と電話越しに溜息をつく大佐。

『魔法少女さ。リリカ・プレガーレ。教えただろう?』

「魔法少女を……、冷蔵庫に!?」

『仕方ないだろう? そうでもないと腐るからね』

「…………遺体を保存してたんですか」


 なんだろう、この人。筋金入りだな。そんなに幼馴染が好きなのか。

「しかし……、たかだか死体ですよね? 動くわけでもなしに」

『そうでもないさ。実は魔法少女の死体からは生前ほどではないが、魔力を産出されることが研究でわかっている。おっと、緊急時とはいえ一般回線で言うことではないね』

「後で買収でも隠蔽でもなんでもすればいいでしょう」


 どうせ魔法少女に渡すような携帯です。

 ある程度そういう事をしやすい細工がなされているに決まっています。


「……で、それをこの軍事局で研究していたと?」

『ああ、魔鉱石に変わる環境問題を解決するエネルギーとしてね』

「魔法少女の人権問題をまず解決していただきたい」

『どうせ死体さ。上の連中はなんとも思っちゃいない。とはいえ……リリカはキミと同じSランク。元操縦者ドライバーだった僕が死体を管理していたこともあって、首都に置かれていたってわけさ』


「Sランクの死体はそれほど欲しくなるものなんですか?」

『いや……、そんなことはないはずだ。いくら魔力を産出すると言っても生存しているCランクにも及ばない。ただ……』

「ただ?」


 そう言うと、しばらく中尉が黙りました。

 なにか考え事をしているのでしょうか。


『いや……、仮説の域を出ない。大事なのは彼らの狙いがリリカの死体ってことだけさ』

「はぁ……」


 何かを隠しているのかのような口ぶり。いや本当に仮説の域を出ないだけなのかも。

「とにかく、彼らは地下に向かっているわけですね」

『ああ。エレベーターに対して、特殊な操作をすれば地下に行くことが出来るんだけど……、それには生体認証を行う必要があるんだ』

「生体認証……」


 つまり特定人物の指紋とか静脈とか、虹彩とかを認識しなければ地下に降りることは出来ないということです。当然、私は登録されていないでしょう。

 登録されている人物を探すしかないですが……。


『僕が登録されている。迎えに来てくれ』

「中尉はどこに?」

『……パーティ会場で魔女宗マレフィキウムに人質にされてる。人が多いからこうしてヒソヒソ話せるけど』

「その眼鏡、持っててよかったですね」


 とりあえずは方針が決まりましたね。しかし懸念することがあります。


「私が爆破されてからエレベーターに向かったとなると間に合わないのでは……?」

『少なくとも安全に運び出すためには数十分は時間が必要なはずだよ。それなりの準備がいるからね。そんなすぐには逃げ出せないさ』

「それまでは軍事局も爆破されませんか」

『ああ。地下に生き埋め……、ならぬ埋葬されちゃうからね。それまでにVIP達を避難させ、動かせるようにした兵たちに爆弾の捜索と処理を任せつつ、洗脳されたセグイン大佐を止めるため地下に向かおう。爆弾の所在は捕らえたテロリストか、あるいはセグイン大佐からでも聞き出せばいい。どちらもダメだったとしてもVIP達は助かる』

「了解しました」


 まずは中尉の救出ですね。魔法少女でない相手なら何人いようと同じことです。

 パーティ会場は確か最上階にあったはず。早速向かうとしましょう。

 廊下に出て、走っていきます。私が今までいた部屋は最上階。

 つまりはすぐそこというわけです。

 ……と、会場の入口まで走ってきたところで、嫌なものを見ました。


「よぉ、曹長ォ」

「エーラ・ヴィヴァーチェ……。生きていたのですか」


 いつぞやの右半身メタリック眼帯ゴシック緑黒髪女が扉の前に立っていました。

 しかも今回は……、黒い大鎌を肩に背負っています。


 なんだか妙な魔力を感じますね。俗に言うアーティファクトというやつでしょうか。

 アーティファクトは魔法少女に強力かつ特殊な魔法をかけられた物品のことです。

 長い年月をかけて魔力を籠めれば、その分長く使うことも出来ます。


「あのお方に助けてもらったんでねェ! アンタこそあの爆発でよく生きてたな?」

「あの程度の爆発で死ぬ魔法少女とかいるんですか?」

「大抵の魔法少女は不意を打たれたら死ぬと思うんだけどォ?」

「シールドを自動化出来てない雑魚ってことですか? ああ……、あなたもでしたね」

「……言うじゃねぇか。決着をつけようぜ! ついてこい!」


 あ、パーティ会場へと入っていきました。侵入者を前にして、なんだかシュールですね。

 向こうも人質を持っているわけですから、余裕なのでしょうか。

 罠かもしれませんが……、迷ってる時間もありませんね。


 私も扉を開けて、奥へと入りました。そこはパーティ会場。広々とした空間です。

 天井にはシャンデリア、三方には銃を突きつけられた人質達。

 豪勢な服を来た老若男女達です。

 もちろんその中には中尉もいます。その上、有刺鉄線が出入り口を除いた三方に張り巡らされています。

 それに驚いていると、入ってきた扉まで有刺鉄線でグルグル巻きにされました。

 頑張って働いてますね、ガスマスクさん達。


「こんなところに呼び込んでどうするつもりですか?」

「へっへっへ、この中なら魔力弾は撃てねェ。人質に当たるからな。飛ぼうにもたかが知れてる。つまり――接近戦しか出来ねェ空間なのよ」

「ほう、接近戦なら私に勝てるとでも?」

「普通は勝てねェわな。だからこいつをあのお方に貰ったのさ!」


 ブゥン! と大鎌を振るうエーラ。

 やはりなにかしらの魔法がかけられているのでしょう。

 あれは避けたほうが良さそうですね。


『シアンくん、あの黒曜石の大鎌……。おそらく”魔女殺し”の作ったアーティファクトだ! 極端に魔法が効きづらい! 気をつけろ!』


 なるほどね。シールドも魔法ですし、それならば私のシールドも貫通することが出来ます。

 接近戦に加えて、シールド破りの大鎌があれば勝てるということですか。

 確かに接近戦はそれほど卓越しているわけではありませんが……。

 まぁ、やってみなければわかりませんよね。


「いいでしょう。かかってきなさい」

「んじゃ、始めんぜェ!!」


 大鎌を銀の義手で振るうエーラ。

 あんな大物を片手で振れるのは強力ですね。

 ですが、かなりの大ぶりです。当然大鎌の扱いなど、エーラが知る訳ありません。


 よほどのことがない限り、当たらないでしょう。

 私は難なくそれを避け、懐に潜り込みましたが……。


 エーラは左手に緑色の光刃を作り出し、斬りかかっていました。

 なるほど、大鎌とライトブレードの二刀流というわけですか。


 私もすかさず青色の光刃を右手に発生させ、それを防ぎます。

 ですが、そんな事をしている間に大鎌が再度振られ、一瞬の隙が無くなってしまいました。

 横薙ぎに払われる斬撃を軽く飛翔魔法を発動して、ジャンプで避ける。

 そのまま部屋の中央へと、トントントンと飛び跳ねます。


「ふむ……。どォだよ。どうやらアンタでも一筋縄でいかなそォだが?」


 大鎌をくるりと回して、にやつくエーラ。


「ええ、なかなか厄介ですね」

 再び、エーラがこちらに走り出してきました。

 大鎌、ライトブレード、大鎌、ライトブレード。

 一つ一つを避け、弾くことは出来ますが決め手には欠けています。

 というよりこちらから攻撃できる隙がありません。


 さてどうするか……。

 こちらもライトブレード二刀流で行ってみますか。

 両手に魔力を込めると、それを察知したのかエーラがくるくると大鎌を回しました。

 左腕のライトブレードで防ぎましたが――、こっちのほうが霧散する始末。


 やはりあの大鎌には魔法は通じないようですね。ですが、当たったのは柄の部分。

 そのまま左腕でガードしましたが……。よほど、義手の性能がいいのでしょう。

 そのまま弾き飛ばされました。……折れてますね。左腕。


 この世に怪我や病気を根本から治癒する魔法などありません。

 ただ、骨折程度ならば魔力で骨をつなぎ合わせる事ができます。


 神経、血管も同じ調子でカバー。ある程度の痛みや腫れは、神経の酩酊を限定的に行い、無視することにします。

 後は自然治癒力を魔力で強化しておけば、一~二週間で治るでしょう。


 常人からすればぐしゃっとL字型に折れた左腕が逆再生するかのように治る光景でしょう。


「へっへっへ……、私が優勢みたいだな」

「別にこの程度。ダメージでもありませんよ」


 ……とはいえ、次はこれで済むとは限りません。ライトソード二刀流はこれでは心許ありませんし……。

 ああ、そうだ。『間合い』というやつ。試してみるとしましょうか。

 『戦国シルヴァ』でやっていたやつです。

 構築魔法で刀を鞘とベルトごと形成――。右手で抜けるように構えます。

 デザインはやや機械的になりましたが、まぁ悪くはないでしょう。


「なんの真似だァ? 言っておいてやるが、構築魔法で作られた形成物だって、この大鎌は安々と切り裂けるんだぜ?」


 エーラが訝しげな表情でこちらを睨んでいます。


「でしょうね。魔力によって作られていますから」

「へっ、万策尽きたか? 別に今から降伏すなら仲間に入れてやってもいいんだぜ?」

「余計な世話――。かかってきなさい」

「だったらァ……遠慮なくッッ!」


 こちらに向かって駆け出してきたエーラ。

 相変わらず大鎌は大振りですが、しっかりと片手のライトブレードで防御しています。

 ですが、関係ありません。


 私はエーラが近づいてくるはるか前で刀を引き抜きました。


「んなァ……!?」

「例えどんな切れ味を持つ刀剣でも、流水は斬れない。でしょう?」

「テメェ……! 剣のフリした魔力弾かよ……ッ」


 そのとおり。腰に挿していたのは刀剣ではなく、ただの発射装置。

 引き抜けば三方の端にいるVIPに当たらない程度の範囲に――。


 いや当たったとしても気絶程度で済むほどの魔力弾。

 否、魔力ビームを撃ち放つことができます。

 ライトブレードや大鎌ではビームまでは完全に防ぐことが出来ない。

 そしてエーラは自動でシールドを展開できません。


 つまりこうした不意打ちに弱く――。

 第二次魔法少女大戦ワルプルギスでも、それが原因で右半身を失ったわけです。

 改善するならまずそちらから改善すべきでしたね。

 流石に命を奪う気はなかったので、低出力でしたが……。もし自動防御を覚えていれば、私が負けてました。

 前向きに倒れ付すエーラ。一応本当に気絶しているか、蹴っておきます。


 反応はない。どうやらちゃんと気絶しているようですね。

 それから大鎌を回収……。重い……!

 魔法も効かないんじゃ、これはちょっと私では使えなさそうですね。

 左腕も折れてますし、置いていきましょう。


「動くな、女。VIP共がどうなってもいいのか?」


 おっと、戦いを見ていたガスマスク達が人質や私に銃身を向けているようです。

 しのごのむの……、全部で七人か。誰からも魔力は感じられません。

 もちろんプロテクトを施して、魔力を隠している可能性もありますが……。

 そこまでのことが出来る魔法少女がいれば、今の戦いに加勢していれば確実に私を倒せていたでしょう。


 つまりほぼありえないと考えていいと思われます。

 だったらただの木偶の坊。七人全てを予めターゲッティングしておいて……っと。


「はいはい、降伏しますよ。両手を掲げておけばいいですか?」

「へっ、ものわかりがいいな。おい……、ロープでしばれ」


 ガスマスクの一人が寄ってきたところで、掲げていた両手から魔力弾を連射しました。

 いわゆるホーミング弾。……といえば、聞こえはいいですが、事前にルートを計算し、叩き込む必要がある使い勝手の悪い技です。

 全然ホーミング弾じゃないけど、名義上ホーミング弾。


 狙い通り、彼らは銃を撃つまもなくホーミング弾にぶち当たり、気絶していきました。

 さて、これでVIPの安全は確保しました。

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