第3話「娯楽の味」

 無事ハイジャックのいざこざは終わりましたが、風穴が空いたこともあって、飛行機はオベイロンにたどり着くことなく、付近の空港に着陸しました。

 加えて事情聴取のため、数日ほど現地に泊まることに。

 いい機会だからと、中尉にはホテルのカラオケルームで歌わされたり、踊らされたりと、やりたいほうだいされました。それはもう、ええ……。やりほうだいで……。


『へぇ、なかなか筋が良いじゃないか』

『連盟最強の魔法少女がそんな足取りでいいのかい?』


『ああ、ステップも出来るようになったじゃないか。すごいすごい。一日二日で――よくもまぁ……、運動神経は良いほうなんだね』

『振り付けもバッチリだ。まぁ、今回は踊らないけどね』


『そうだ! 何の曲歌うか決めてないよね?』

『僕はこのツインテールレディ☆マジカルひなみんのオープニング曲なんかが良いと思うんだよね。えっ、そんな歌、絶対に歌いたくないって? わかった。僕が手本をみせよう』


『……どうした? なぜ笑うんだい?』


 地獄の……! 地獄の日々でした……!

 ツインテールレディ☆マジカルひなみんってなんなんですか。

 聞いたところ、中尉が制作を指揮したプロパガンダアニメーションらしいですが……。


 流石にあのノリで歌いたくない……!

 しかしそんな日々もようやく終わりを迎える日が来たのです。


「結局、アレ以上の襲撃はありませんでしたね」


 オベイロンから迎えが来るらしく、空港前のベンチで待っていたところでした。

 二人で姿勢良く、ベンチに座っている感じです。

 少しばかり暑いので、中尉などはアイスを齧っています。

 私の手にはひんやりと冷えたスポーツ飲料が握られていました。


「……だね。他のメンバーもあのドクロマスクの詳細は知らないようだった」

 中尉がアイスを舐めつつ、そう答えます。


「軍に登録されている魔法少女も機内にはいませんでした」

「だがそれは結果論だ。登録されていない魔法少女だって乗っていたかもしれないし」

「それはそうですが」

「だから君が重荷に思うことはない」

「思っていません」

「そうかな? 割と繊細なんじゃないのかい、君」

「……………それで、何を運んでいたんですか?」


 隣には明らかに冷蔵庫並の大きさのなにか。

 ……いやかなり冷蔵庫っぽいですが、冷蔵庫ではないと思いたいです。

 仮に冷蔵庫なら何を入れてるんでしょうか。マグロですかね。


「気になるかい?」

「まぁ、そうですね」

「軍事機密だから内緒だよ」

「どうせ私を警備代わりに使ったんでしょう」


 連盟最強の魔法少女である私が乗っている以上の警備などありませんからね。

 現にハイジャック犯を無事、鎮圧することが出来ました。

 つまりそんな連盟最強を使ってまで秘密裏に運びたかった代物ということです。


「ふふふふふふ」


 にこやかに微笑む中尉。ムカつくので無視してゲームをプレイしていることにしました。

 それにしても夏に近いとは言え、南方は暑いですね。上空とはえらい違いだ。

 日除け用の屋根がなければ、暑い太陽の日差しが直撃していたところです。

 私がようやくステージをクリアしそうになった時です。

 様々な軍用車が私達の前に止まり、そこから何人もの軍人が降りてきました。

 全員白い軍服を身に纏っています。


 ただ……、中尉のような装飾豊かなものではなく、簡易な作業服という感じです。

 軍用車の中央にあるリムジンから降りてきたのは、金髪の美女でした。

 腰ほどまでに伸びたその髪をポニーテールにしており、綺羅びやかな装飾の軍服をまるでマントのように着こなしています。頭にかぶった軍帽がいい味出してます


「やぁ、中尉。わしの魔法少女はどこじゃ?」

「僕のだけど」

「おぬしのではないだろう」

「キミのでもないよ」

「否、全ての魔法少女は我輩のものだと自負しておる」

「そんな自負は必要無いと思うんだけど……。シアンくん。タニタ・セグイン大佐だ。これから向かうオベイロン軍事局の局長をしている。挨拶しなさい」

「ああ……。お初にお目にかかります。シアン・ウェルテクスと申します。階級は曹長。以後、お見知りおきをぉ!?」


 恭しくスカートの裾を掴んだ例の挨拶をしようとしたら――。

 突然、セグイン大佐に抱きつかれました。いまにも頬にキスしかねない勢いです。

 避けようと思えば、正直避けられはしましたが、相手は上官。

 後が怖いのでそのまま抱きつかれました。


「か~~わ~~い~~い!! おい、パスカル! どこでこんなの引っ掛けた!」

「中央軍事局の独房に一年間、軟禁されていたよ」

「なにをぉ!? 相変わらず上層部はクズばかりじゃな!」

「公然でそういう事を言うのは危険だぞ?」

「はっ! わしの部下に、わしを裏切るような者はおらんわい!」

「あの…………、そろそろ……、離してほしいんですが……」


 そう抜かしている間にもゴシゴシと頭を撫でられています。

 なんだか香水のいい匂いもするし、色々と軟らかい物があたっている……!

 悶えていると、パっと手を離してくれました。


「ああ、すまんすまん。わしの悪い癖じゃ。わし、魔法少女が好みでな。彼女らは見目も性能面も例外なく美しい。人類の上位存在と言っても過言ではないだろう。老けてしまえばその力が失われるのが残念なところだが……。それはわしも一緒じゃったからな」

「はぁ……」


 要するに魔法少女フリーク。

 ……またこの手の変人ですか。

 中尉だけでいいんですよ、そういうのは。


「シアン、ドン引きしたような顔しないで。セグイン大佐は元魔法少女でね。十三年前の第一次魔法少女大戦(ワルプルギス)を生き残ったお方なんだ」

「操縦者(ドライバー)がこいつの父親でな! 色々仕込まれたものじゃわい!」

「い、色々ですか……」

「そう、色々な!」


 少しばかりいやらしい想像をしてしまいます。一応私も知識ぐらいは、ええ。


「セグイン、誤解を与えるようなこと言わないでくれ」

「くっくっく、おぬしの親父がうら若き少女に手を出すような輩でなかったことだけは誇るといいぞ。おぬしはどうか知らんがな」

「危機感を煽るようなことも言わないでくれッッ!!」

「一週間ほど昼夜を共にしましたが、指一本触れられたことはないと言っておきますよ」


 いや指一本は言いすぎかな。ちょくちょく触られてる気もします。

 主に頭を撫でようとしてくる。


「気をつけろよ、こやつはそうやって油断させてから……」


 ――と言いつつ、またセグイン大佐が距離を近づけてきました。

 この人、いちいち人との距離が近いな……。どうやら私の顔を吟味しているようです。

 ふ~~む、などと、顎に指を当てて考え込んですらいます。


「パスカル、趣味が悪いぞ」

「女の子を傷つけるようなことを言わないでくれないかな!?」

「リリカの面影で選んだじゃろう、この娘」

「……………………別にそんなことはない」


 リリカ……。中尉が以前言っていた幼馴染、リリカ・プレガーレのことでしょうか。

 彼女も赤髪。確かに細部は違うとは言え、雰囲気ぐらいはあの写真と私は似ています。

 確かに故人の面影で選ばれたのだとしたら、趣味が悪いと言えますね。

 セグイン大佐は冷蔵庫を一瞥し、小さく舌打ちしました。


「おぬしら、積荷をさっさと運べ! 出発するぞ、行動は迅速にな!」

 その命令に部下たちが、冷蔵庫をトラックへと運び入れます。

 恐らく内部で動かない用に固定しているのでしょうが、こちらからは見えません。


「ほらほら、二人とも。リムジンに乗れい。あ、待って。わしが間に挟まる」

「お好きにどうぞ」

「パスカル、この娘冷たいぞ~~~?」

「初対面から割とそうだよ」


 リムジンに乗り込むと、セグイン大佐が肩を抱いてきました。

 どうやら中尉にも同じことをしているようです。

 両手に花――ならぬなんと言うんでしょうかね。わかりません。

 そういうしている内に車両が次々と出発し、リムジンも続いて出発しました。


「さて、積荷の輸送に関してじゃが」

 おっ、どうやら話してくれるようです。ハイジャックの件は私も気になっていました。


「わざわざ民間の航空機まで使ったというのになぜバレた……? あの積荷のことはわしと部下、そしてパスカル、おぬしと上層部の一部ぐらいしか知らないはずじゃ」

「まったくわからない。上層部が裏切ったんだとしたら、あまりにも計画性がない」

「ほう……?」


「なにせシアンの事を知らなかった」

「特記戦力はたかだか魔法少女一名程度。未登録の者が潜んでいたという疑惑があるが、結局出てこなかったということは……」

「シアンを相手取れるほどではなかったってことだね」


「あの、私ってそんなにすごいんですか?」

 うわっ、二人してぎょっとした顔で睨んできた。


「セグイン、これ資料だ」

 中尉から手渡された紙の束をセグイン大佐がペラペラと紙をめくります。

 その内、一枚をこちらに見せてきました。私の身体的特徴、能力の備考などが書かれており、それから左上に大きくSと記された判子がされてますね。


「軍に登録されておる魔法少女はそれぞれD、C、B、A、Sでランク分けされている。Sはその中でも最上級のランク。この二十年で二桁も居ない連盟最強クラスの魔法少女であることを意味しておる」

「こんなもの、見た覚えがありませんが」

 私が連盟最強と言われていることぐらいは知ってますが。


「当然じゃ。おぬしら魔法少女には知らされておらん。知る必要もない。しかし操縦者(ドライバー)には当然のごとく閲覧権限がある」

 ふむふむ……。


 あ、割と従順だが戦力的に考えて危険因子であり、軍での立場は年若い魔法少女と同じくあまり昇進させないように、と書かれています。

 だから私、かなりの戦果なのにいまだ曹長だったんですね。最悪だ。今からでも昇進してくれないかな。


「しかしなぜ私にこれを?」

「ランクを担当に見せるかどうかは操縦者(ドライバー)に一任されておるからな。ただし……、おぬしら魔法少女は無闇矢鱈にランクを口外してはならんぞ」


「ふむ……、エーラ・ヴィヴァーチェはどのランクだったんですか?」

「Bランクじゃな。Cランク以下は武装を用いなければ、飛翔すらままならん」

「エーラでB……。でもけっこう苦戦しましたよ?」


「ははは、お主が本気で撃てばエーラどころか航空機すら余波で吹き飛んでるじゃろ」

「…………まぁ」


 実際そのとおりです。私が本気で撃てば飛行機の安全が保証できなかったので、少しばかり手加減していました。それに……。

「潜んでいるであろう魔法少女への警戒も兼ねて、魔力を温存する必要があった。つまり到底本気を出せる状況ではなかったんじゃろ?」

「ええ、捕縛できる可能性もありましたし、中尉の指示次第では実際そうなっていました」


「それもあるけど……、知り合いをなるべく始末したくなかったんだろ?」

 じっ……、とこちらを見つめながら、そう聞いてくる中尉。


 嫌な質問をしてきますね……。

「いえ、敵対者にそのような情を持ち込むことはいたしません」

「本当かなぁ」


「こらこら。あまりイジメてやるなパスカル。元同胞に情をかけるぐらい普通の事じゃ。命令違反したわけでもないのだから、そう目くじらを立てることもない」

「僕はシアンくんは優しいなって話をしたかっただけだよ」

「こやつ…………」


 セグイン大佐が、若干軽蔑したような視線を中尉に向けます。

 そうしてこちらに囁きかけてきました。


「気をつけろよ。こやつ、ちょっとばかし心のネジが外れておるからな」

「それはまぁ、薄々。はい」


 さすがは大佐の地位に就いているだけのことはある方です。

 人のことをよく見ておられる。


「なにかあったらわしに相談せよ。これ連絡先じゃから」

 そう言って電話番号とメールアドレスの書かれた紙を渡されました。

 私、携帯端末もパソコンも持っていないんですが。

 用があったら公衆電話でも使うかなぁ。軍事局には何個が置かれてたはず。


「あ、パスカル! さてはシアンに携帯やらなんやら渡してないな!?」

「さ、さすがにちょっと勇気がいるかな! ニュースとか知るのは良いことだと思うけれど、ほら、青少年はよろしくないサイトとか色々あるしさ」

「連絡用のだけでも渡しておけぃ! 万が一はぐれた時にどうするんじゃ!」

「わ、わかったよ。オベイロンに着いたら探してみるか」

「オベイロンに着いたら、か……」


 そう呟いて、セグイン大佐はにんまりと笑いました。


「そうじゃ! シアン、オベイロンに着いたらわしとデートせんか!?」

「デートですか?」

「ああ、なんでも買ってやるぞ? どうじゃ?」


 中尉を見ると、困ったように肩をすくめていました。

 どうやら断れないようです。ですがつまらない方ではなさそうですし……。

 まぁ、いいでしょう。


《center》■ ■ ■《/center》


 見知らぬ天井という言葉がありますが、そもそも天井にそれほど違いがあるのでしょうか。

 せいぜい照明の形と、壁紙の色ぐらいの違いだと思われます。

 瞼を開くと、壁紙の色まではそう違いありませんが、照明はあまり見覚えのない形をしていました。四角く、のっぺりとした――、まぁ照明など誰も興味はないでしょう。

 私も興味はありません。大事なのは目を覚ましたら見知らぬ天井だったということ。


「ふむ…………」


 昨日、リムジンに乗っている折に休眠を申し出た記憶があります。護衛も潤沢だったし、疲労が溜まっているのに起きているのは非効率的だと感じたからですが……。

 そのままどこかに運ばれたようですね。

 しかし、さほど慌てるような状況ではないでしょう。

 部屋は狭いですがベッドはふかふかとしており、劣悪な扱いではないことがわかります。 化粧台とシャワールームへの半透明な入り口、そして部屋の出入り口があるようです。

 とりあえずベッドから起き上がると――。


『おはようございます。シアン・ウェルテクス様。着替えと食事をご用意いたします』


 そんな女性の声が聞こえたかと思うと、壁からトレイが出てきました。

 そこにはパンとスープ、サラダとスクランブルエッグ。

 おまけにウインナーとミルクが並んだモーニングセットが。

 隣にはバスタオルと下着、そして私が購入していた黒いワンピースが畳まれて出てきました。


 ふむ、この扱いは独房にいた頃を思い出しますね。

 ひとまず化粧台で歯を磨き、シャワールームに向かうことにしました。

 流石にシャワールームにカメラなどは設置されてないようです。ここで魔法を使えばはたして感知されるのでしょうか……。試す気もないので、普通に浴びさせてもらいますが。 

 シャワールームを出て、服を着ます。朝食をいただきましょう。


 まぁ……、味は普通ですね、はい。不味いということはけっしてありませんよ。何でも美味しく食べるというのが、私のモットーではありますが。

 はい。普通の味です。もぐもぐ。朝食を食べ終わると、暇になりました。

 なにもせず部屋で待っているのは得意ではありますが。


 ……などと考えていると、扉がウィーンと横に開きました。


「やぁ、シアンくんおはよう。今は朝九時だ。もう食事は済ませたかな?」

 どうやら中尉のようですね。先日と同じような白スーツを着ています。

「ええ、既に。中尉は?」


「僕も済ませたところさ。ああ……。状況説明が必要かな?」

「確認だけ。車内で眠ったあと、私はここに運ばれたわけですね」

「ああ、ここはオベイロン軍事局地下三階だね。目的は君の休息で、僕はあの後仕事を済ませ、与えられた部屋で寝たよ。他に質問は?」

「ふむ……。なぜ同室ではないのですか? やはり私が魔法少女だからでしょうか」


「いや……。君を一人の女の子として尊重した結果だけど?」

「十二歳ですよ?」


「年齢は関係ないだろ」

「つまり中尉はロリコンなんですか?」

「どうしてそうなる!? そもそも君は僕と同室が良かったのかい!?」


「からかっただけですよ」


 中尉が大きな溜息をついて、こめかみを押さえています。

 年上を手球にとることなどいままでありませんでしたから新鮮な気分です。

 ……本当にロリコンじゃないですよね。


「まぁいいや……、昨日言っていた携帯電話と、パーティ用のドレスを買いに行くよ」

「ドレスならばここに来る前に買ったはずでは?」

「セグインに見せたらおまえはセンスが無いと言われてね」


 お手上げと言わんばかりに、両手を広げる中尉。


「逆に中尉はついてくるんですか?」

「荷物持ちぐらいいるだろ? 君一人いれば事足りるとは言え、形式上の護衛もね」

「護衛対象が増えるんですけど……」

「ははは、よろしく頼むよ」

「はぁ……」


 ともあれ、上官に呼び出されているのだから行かなくてはなりません。

 私は部屋を出ていく中尉のあとをついていくことに。


 さてエレベーターに乗りますと、無機質な四角形の空間に注目するところなど一点しかなく――自然に、止まる階を決めるボタンを見ることとなりました。

 地下三階から地上十階までが存在しました。どうやらこの軍事局は高層ビルとして作られているようですね。中尉が一階のボタンを押しました。


「十階まであるなんて珍しい軍事局ですね」

「ああ、このオベイロン軍事局はVIPが快適に過ごせるように設計されているんだ。パーティをするのもこの軍事局ってわけさ」

「防衛は完璧、というわけですか」

「そうだね。対策でもされてなきゃ、Aランクの魔法少女までは君の力を借りなくてもなんとかなるんじゃないかなぁ?」

「対策をされてなければ、というのがいささか不安ですが……」


 秘密裏に運ばれていた荷物を狙ったあのハイジャック。普通ではありえません。

 恐らく――軍の中に内通者がいる。つまり対策されている可能性も十分に存在するわけです。


 もちろん中尉や上層部とてそれは百も承知でしょうが……。

 いざとなると私の出番があるかもしれません。気を引き締めておきましょう。


 さて、話している間に一階につきましたので、エレベーターから降りることに。

 そのまま受付のあるエントランスを超えて、外に出ます。


 入り口付近にある噴水の前で、セグイン大佐がオープンカーに乗っていました。

 丸々としたサングラスに、色彩豊かなカッターシャツという居で立ち。

 他国の言葉で「あろは」と言うんでしたっけ……。


「やぁやぁ! 二人共」

「随分とごきげんですね、セグイン大佐」

「そりゃあカワイコちゃんとデートできるからのぅ!」

「おっと、僕のことはどうでもいいってか?」

「おぬしは……、つけあわせじゃ! ええい、いいから乗れ乗れ!」


 手招きされたので乗車。中尉も、私と同じく後部座席乗ろうとしましたが「おぬしはこっち」と言われ、助手席に乗せられました。

 …………もしかしてセグイン大佐は中尉に気があるのではないでしょうか。


 二人共、古い付き合いのようですし、そうであってもおかしくありません。

 そうなると私はどうやらだしにされているようですね。護衛も出来るし、ちょうどいいといったところでしょうか。

 ふっ――、私とて人の恋路を邪魔するほど無粋な人間ではありません。応援させていただきますよ、セグイン大佐。


「買い物がてらオベイロンの町並みを案内しようと思うんじゃが、どうじゃろうか?」

「おいおい。パーティは明日の夜だぞ? シアンくんに歌の練習もさせておきたいんだが」


「かまいませんよ。歌の練習ならここに来るまでにそれなりにやったじゃないですか」

「それはそうだけどさ……」


「なんなら夜通し、カラオケルームで歌うってのも面白そうじゃな!」

「声がかれない程度にお願いしますよ」


 話している間にオープンカーが発進しました。

 しっかりと整備された街道。次々に植えられた自然の数々。

 漆喰を塗られた風情のある建造物の数々――と、なるほど観光都市の名に恥じない街並みです。


「ふん……。このオベイロンは元々、森林が豊富な山岳地帯じゃった。禿山にされたそこに建築物をいくつも打ち立てて、更に無理やり森林を植え付けたのがこの風景じゃ。さながら油絵のようじゃろ」

「さぁ……、環境問題には疎いので」


「僕は仕方のないことだと思うよ。このオベイロンの鉱山は連盟の貴重なエネルギー源だ。多少の環境の悪化を通してでも運用する価値がある」

「おぬしら……。ええいっ、もっと環境に興味持たんか!」


「善処します」

「持った上での感想なんだけどね」

「上官の気分を損ねないそれっぽい事を言えるようになれという意味じゃ、パスカル」


「大体、軍事局じゃ環境問題を解決する新エネルギーを開発してるそうじゃないか」

「軍事機密じゃぞ、それ」


 じろり、と中尉を睨むセグイン大佐。

 中尉も悪びれる気はないようで、たしなめるように肩をすくめています。

 そのままオープンカーは進んでいき、いわゆるショッピングモールという施設の屋上駐車場に止まりました。

 ここで携帯電話や私のドレスを買うつもりなのでしょう。


「シアンちゃんは他になにか欲しいもんあるか?」

 オープンカーから降りると、キーホルダーの輪っかに指を引っ掛けて、セグイン大佐がくるくると鍵を回し始めました。もちろん車の鍵です。


「いえ、一通り必要なものはつい数日前中尉に買ってもらったところですし、特には……」

「ふぅん。新発売のゲームとかもか?」

「新発売のゲーム……!?」


「売上ランキング一位のコミックとかもか?」

「売上ランキング一位のコミック!?」


「せ、セグイン。あまり甘やかすなよ」

「中尉は黙っててください!! これは上官命令! 上官命令ですから!」

「娯楽の味を知ってしまった優等生の顔をしておる……」

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