第157話 サーベンジールの司祭




 水の2の月、2の週の火の日。

 朝、司祭が到着したとクレイリアに言われ、放課後に早速ミカとキスティル、ネリスフィーネの婚約の契約をすることになった。

 普通は司祭などの教会関係者が余所の土地に行く場合、最寄りの大聖堂なり教会なりの世話になる。

 だが、王都の大聖堂に気取られないようにというクレイリアの配慮により、レーヴタイン家の別邸に滞在してもらっているという。

 王都までの移動も、クレイリアが馬車を用意し、周囲にバレないようにしてくれていたようだ。


 一体、司祭の招聘しょうへいに幾らかかっているのだろうか。

 後で支払うつもりだが、ちょっと聞くのが怖かった……。


「高位の司祭?」

「ええ、そうですよ。 ミカの婚約の契約ですもの。 本当は大司教にお願いしたかったのですが……。」


 ミカの家に向かう馬車の中で、クレイリアから話を聞く。

 何でも王都に来てくれたのは、サーベンジールの大聖堂で高位の司祭を務めている方なのだそうだ。

 というか、クレイリアは大司教を王都まで呼びつける気だったのか……?


「随分時間が空くと思ったら、そんなすごい人を手配してたのかよ……。」


 こんなの、本来は下っ端の仕事じゃないのか?

 おそらくミカが教会に赴いて婚約の契約をお願いしても、高位の人なんか出てこないだろう。

 同じ司祭位でも、成り立ての新人とかが出てくるのが普通ではないだろうか。


「私も何度もお会いしたことがあります。 とても細やかな心配りのできる、素晴らしい司祭ですよ。 なぜ司教になられないのかが不思議なくらいです。」


 とても優しい方なのですよ、と笑顔でクレイリアが言う。

 レーヴタイン家で教会の儀式が必要な時は、当然大司教が対応する。

 その大司教に付き従い、補佐している司祭らしい。


 クレイリアの家に行く前に、キスティルとネリスフィーネを自宅でピックアップ。

 衣装はクレイリアの家に着いたら着替えることになっている。

 馬車の中で二人は、クレイリアを前にカチコチに緊張していた。

 というか、緊張の理由はクレイリアだけじゃないか。







「お忙しい中、王都までご足労いただき、ありがとうございます。 今日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ、クレイリア様の大切なご友人の婚約を執り行えるなんて光栄ですよ。」


 その司祭は、四十代の半ばから後半といった感じの人だった。

 とても優しい笑顔でミカに笑いかける。

 昨日、王都に着いたばかりで疲れも抜けないだろうに。


 この婚約の儀式は、執り行う前に段取りを説明してくれるのが普通のようだ。

 なので、湯場を借り、儀式用の衣装に着替え終えたミカは説明を聞きに応接室にやってきた。


 ミカたちが別邸に着いたら、応接室に儀式の準備が整っていた。

 ”六つ輪クリオネ”と六体の神像、銀の杯や葉っぱのついた木の枝などが、部屋の隅の方、綺麗な布をかけられた台の上に置かれていた。

 クレイリアが「今日やります」と朝のうちに言っていたらしい。

 まあ、もしも今日、他に用事があってもこっちを優先するけどね。


 で、現在はキスティルとネリスフィーネの準備が整うのを待っているところ。

 二人も準備が終わったら応接室にやって来て、一緒に説明を受けることになっている。


(……そう言えば、二年もサーベンジールに住んでいたけど、一回も大聖堂には行かなかったな。)


 中央広場を通った時に大聖堂を見上げることはあったが、中に入ったことはなかった。

 他愛のない雑談でも、聞かれると気まずいので、別の話題を振っておこう。


「クレイリアがとても素晴らしい司祭だと話していました。 そんな方にお願いできるなんて、こちらこそ光栄です。」


 ミカがにこやかにする。

 ミカの話題ではなく、司祭の話題で時間を潰そう。


「クレイリア様にそう言っていただけるなんて、本当に光栄ですね。 本日は精一杯務めさせていただきます。」


 そう、にっこりと微笑む。

 非の打ち所のない、聖職者らしい笑顔だった。


 そんな当たり障りのない話で時間を潰していると、然程待つこともなくキスティルとネリスフィーネがやって来た。

 二人は純白のトーガのような衣装を身につけている。

 ちなみに、ミカも同じ物を着ている。

 婚約の儀式用として定番の物だそうで、礼服を注文した仕立て屋で買ってきた。


 頭からすっぽり被る、全身ぶかぶかの衣装。

 所どころに青でラインや刺しゅうが入ったりしている。

 腰の所で縛っているのでまだマシだが、ぶっちゃけヒラヒラし過ぎて落ち着かなかった。


「もう来ていたのですね。 どうです、ミカ? 二人とも素敵でしょう。」


 キスティルとネリスフィーネに付き添っていたクレイリアが笑顔で言う。

 クレイリアは応接室の中に入るが、ばあやさんやムスタージフも含めて、使用人は部屋の外で待機のようだ。

 儀式に、何かそういう習わしみたいなのがあるのだろうか。


 当の二人は、顔を赤くして俯いている。

 婚約というのもそうだが、更にこんな演劇のような衣装まで着させられて恥ずかしいのだろう。


(……ていうか、この衣装で『素敵でしょう』とか言われても良く分からんのだが。)


 感性が違うというか、文化が違い過ぎる。

 結納で着る振袖とか、そんな感覚なのだろうか?


(だが、俺は空気の読める男。 これまでの坊やとは一味違うぜ?)


 婚約をし、今日から男として大きな責任を背負うのだ。

 いつまでも子供のままではない。

 まあ、中身はいいおっさんのはずなのだが、どうにも脳みそがお子様なのか、そっちに引きずられがちだ。

 しかし、それも今日まで。

 自他ともに認める、一人前の男になるのだ。

 もっとも、まだ婚約のことは皆には秘密だけど。


「ちょっと、照れちゃうね。」


 そんな風に、照れ笑いしながらミカは二人に話しかけた。

 ミカの言葉に、キスティルとネリスフィーネは増々顔を赤くする。


「ミカくん……。」

「ミカ様ぁ。」


 二人はもじもじと躊躇いがちに、少しずつ顔を上げる。


「似合ってるよ。 キスティル。 ネリスフィーネ。」


 ミカがそう言うと、二人は再び俯いてしまう。

 両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になっていた。


(よし、言った! 言いました! だからもう、これでいいよねっ!?)


 ミカの方が恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。


「……ぃ……ま……。」


 微かな呟きが耳に入った。

 誰が言ったのか分からず、ミカは顔を赤くしたままきょろきょろと周りを見回す。


 その時に気がついた。

 司祭が、驚愕の表情で固まっていることに。


「…………聖女、様……。」

「っ!?」


 司祭はふらつくようにネリスフィーネの前に歩いてくる。

 ミカは咄嗟にネリスフィーネの前に立ち、キスティルとクレイリアも庇う。


「……貴方は確か、サーベンジールの……?」

「はい。 カラレバスでございます、聖女様。」


 ネリスフィーネの呟きに、司祭が跪いて答える。

 司祭がサーベンジールから来たことを、ネリスフィーネに伝えていなかったのだが。


「ネリスフィーネ。 この司祭のこと知ってるの?」


 ミカが戸惑いながら聞くと、ネリスフィーネが小さく頷く。


「何年か前に、サーベンジールを訪れたことがあります。 その時によくしてくれた方です、ミカ様。」


 そう言えば、ミカもそのパレードというか、行列は見物したことがあった。

 ルーンサームの聖女の訪問を、ヤロイバロフの肩の上に乗せてもらって、遠くから眺めたのだ。


「採掘場の浄化に赴き、呪いを受けて亡くなられたと聞いておりました。 それが、一体……。 一体、何があったのですか、聖女様。」


 カラレバスは、それまでの聖職者らしい笑顔からは想像もつかないくらい悲痛な表情をしていた。

 ネリスフィーネ、キスティル、クレイリアがミカの方を見る。

 皆、どうしよう?と困惑した顔をしていた。


(……そんな顔でこっちを見られても困るんですが。)


 クレイリアが信頼できる司祭だと言っていたので、おそらくルーンサームの教会と繋がっているような人物ではないのだろう。

 それでも、教会内部の人に伝えるのはリスクが高い。

 ネリスフィーネのことが漏れれば、教会が口を封じに来る可能性がある。


「ネリスフィーネはこの人のことは信用できる?」


 ミカはネリスフィーネの耳元で、こっそりと聞く。

 ネリスフィーネは少し考えるような表情になり、ミカの耳元でこっそりと囁く。


「……私がルーンサームで司教の不正を知った時、告発の手紙を送ろうとしたのは、サーベンジールの大司教なんです。 この方は、その大司教の片腕です。 誠実な方であるのは私も知っています。」


 このカラレバスという人、個人で言えば信頼に値するようだ。

 クレイリアも信頼できる司祭だと言っていたので、そこは間違いないだろう。

 だが、聖女の生存を教会関係者に知られたという状況は、非常にまずいのではないだろうか。


(よりにもよって、来てもらった司祭がネリスフィーネのことを知ってるとかどんな確率だよ……。)


 ネリスフィーネは孤児院、修道院、大聖堂に籠って生活をしていた。

 地元ならともかく、一目見てネリスフィーネが聖女だと気づく人は、そこまで多くないはずだが……。


(知られた以上、採りえる選択肢は二つ。 取り込むか、排除するか。)


 ミカの心がスッと冷える。

 が、すぐにその考えを改める。


(…………いや、選択肢なんかないか。)


 排除など選べる訳がない。

 ならば、何とかこちら側についてもらうしかないだろう。

 ミカがじっとカラレバスを見ていると、跪いたままぽつりぽつりとカラレバスが口を開く。


「……ワグナーレ猊下は、何か陰謀があったのではないかと疑われているようでした。」


 ワグナーレ猊下?

 ミカが誰それ?という顔をしていると、クレイリアがサーベンジールの大司教だと教えてくれた。

 ネリスフィーネが、手紙を出そうとした相手か。


「猊下はいろいろと情報を集めておいでのようでしたが、私はあまりにも恐ろしくて……。 関わらないようにと、目を逸らしてしまっていたのです。」


 カラレバスは、まるで懺悔でもするように手で顔を覆い、声を絞り出す。

 その姿に、ミカは思わず溜息をつく。

 どうすればいいのか、中々に悩ましい。

 カラレバスに、どんな立ち位置でいてもらうのがいいのか。

 ミカは、まずそこから考えることにした。







 一旦落ち着きましょう、というクレイリアの提案で、とりあえず全員ソファに座る。

 そして、全員の視線がミカに集まる。

 カラレバスだけは、ちらちらとネリスフィーネの方も気にしているようだった。


「カラレバスさんは今日、ネリスフィーネという女の子には会いましたが、聖女とは無関係です。」

「で、ですが……。」


 ミカはとりあえず、要求を一方的に伝えることにした。


「聖女が謀殺された。 許せない。 いいですね、どんどん暴いてください。 ルーンサームの教会は不正だらけのようですし。 ……ですが、それに僕たちを巻き込むのはやめてください。」


 以前はミカも、ネリスフィーネをまた教会で暮らせるようにしてあげたいと考えていたので、ルーンサームの教会のことや司教のこともいずれは何とかしないと、と考えていた。

 だが、婚約して結婚するとなれば教会に戻るという大前提が崩れるので、今はもうそっちはそっちで勝手にやってろよ、という考えだ。


 カラレバスは苦し気な表情をしている。

 今はカラレバスも、いろいろ混乱しているだろう。

 だが、カラレバスに知られたことでネリスフィーネがどれだけ危うい状況に陥っているのかを、理解してもらわないといけない。


「その、ワグナーレという大司教の考える通り、ネリスフィーネは殺されかけました。 むしろ、死んでいない方がおかしいくらいの状態でした。 実際に僕聞いちゃいましたしね。 『どうして生きてるんですか?』って。」


 ミカがそう言うと、ネリスフィーネもその頃のことを思い出したのか、つらそうな表情になる。

 こんなこと、本当なら本人の前で言いたくないのだが……。


「そんな目に遭って九死に一生を得たネリスフィーネに、更にまた教会に関われと? 聖女だった者には、心安く生きることは許されませんか。」

「そ、そんなことは……。」

「ミカくん。」

「ミカ。」


 少しずつ怒りが込み上げてきて、ヒートアップし始めたミカをキスティルとクレイリアが諫める。


「……すいません。 言い過ぎました。」


 そう言って、ミカはカラレバスに頭を下げる。

 それから少しの間、重い沈黙が降りる。

 その沈黙を破ったのはネリスフィーネだった。


「カラレバス、と言いましたね。」

「は、はい。 聖女様。」


 急にネリスフィーネから呼ばれ、カラレバスは姿勢を正し、緊張したように答える。


「私はもう、教会に戻るつもりはありません。」

「そ、そんな……っ!」


 ネリスフィーネの言葉に、カラレバスは絶望したような顔になる。


「私の信仰は、あの頃とは少し変わってしまったのです。」

「…………変わった、ですか……?」


 繰り返すカラレバスに、ネリスフィーネが頷く。


「教会には、私の信仰はありません。」


 ネリスフィーネは、教会との決別をはっきりと口にする。


「私は、私の信仰とともにあろうと思うのです。」


 ネリスフィーネが微笑みながらミカを見る。

 その顔には、一欠片の迷いも見られなかった。


「聖女様の、信仰……?」


 カラレバスは戸惑った表情で、何かを考える。

 だが、すぐに溜息をつく。


「残念ながら、私には分かりません……。」

「それで良いのですよ、カラレバス。 私もまた、迷い子なのですから。」


 そう言ってネリスフィーネは、屈託なく笑った。


「大いに迷ってください、カラレバス。 そここそが始まりなのです。」


 そう笑いかけるネリスフィーネに、カラレバスは驚いた顔をする。


「……聖女様は、変わられたのですね。」


 そう呟き、ほっと息を吐き出す。


「以前は、そのようには笑いかけてはいただけませんでした。」


 そう言って苦笑する。

 そんなカラレバスを見て、ネリスフィーネも苦笑する。


「そうでしたね。 あの頃は教義と信仰のことしか考えていませんでしたので、一つの道しか見えていない方には興味がありませんでした。」

「一つの道、ですか……?」


 カラレバスは、よく分からないという顔をした。

 だが、ネリスフィーネはそれには答えず、ミカとキスティルに視線を向ける。


「私は…………私の信仰は、二人に出会いより大きなものになりました。 そして信仰とは、それだけを見ていては小さくなるのだと知りました。」


 そう、ネリスフィーネがミカに笑いかける。

 だが、ミカは正直困り顔だ。

 ネリスフィーネの言っていることが一ミリも理解できない。


「ごめん、ネリスフィーネ。 僕にはさっぱり分からない。」

「ミカ様はそれでいいのですよ。」


 ミカの困り顔を見て、ネリスフィーネがくすくす……と笑う。

 いや、本当に分からんて。


 そんなミカとネリスフィーネのやり取りを見て、カラレバスが大きく溜息をついた。

 そして、幾分かすっきりとした表情になった。


「本当に、変わられたのですね……。」


 カラレバスが姿勢を正し、真っ直ぐにネリスフィーネを見る。


「分かりました。 彼の言う通り、今日私はネリスフィーネという方に会った。 聖女のことなど私は何も知らない。 そのようにしようと思います。」


 そう言ってカラレバスは祈りの仕草をした。


「喜びに溢れた日々を過ごされていらっしゃる様子に、安堵いたしました。 ……教会にいらっしゃった頃よりも、幸せなのですね?」

「ええ、勿論です。」


 しっかりと頷くネリスフィーネに、カラレバスも頷き返す。

 そんな二人を見て、ミカは頬を掻く。


(……これ、俺が何か言う必要あった?)


 ただ空気を悪くしただけなのではないでしょうか。

 そんな事実に気づいてしまい、少々気まずいミカなのだった。







■■■■■■







 翌、水の2の月、2の週の水の日。

 学院から帰ると、ガエラスからの手紙が届いていた。


(狙って、このタイミングにしてんじゃねーの?)


 そう思ってしまうくらいにばっちりのタイミングである。


 昨日、無事にキスティルとネリスフィーネとの、婚約の契約を済ませた。

 まだ契約書は整っていないが、それはやろうと思えば最短で一日で整えられる。

 まあ、少し強行軍にはなるが。


 婚約の契約。

 本人同士の同意によって結ばれるが、当然それだけではない。

 家族の同意が必要なのだ。

 本来は儀式の時に同席して、その場で署名する物らしいのだが、それが難しいこともある。

 なので、後から署名してもらっても有効らしい。


(本当はだめだが。)


 だめなのだが、まあ場合によってはそれでもいいよ、と署名以外の部分を整えて渡してくれる場合がある。

 どんな場合に認められるのかは、残念ながら教えてくれなかったが。

 まあ、教会もこれで寄付とか稼ぐ目的なので、ある程度は融通してくれるようだ。


 ネリスフィーネは孤児院出身なので親がいないが、クレイリアの所のばあやさんが署名してくれた。

 儀式の後、紅茶を飲みながらネリスフィーネのはどうしようかと相談していたら、「そんなの私がしますよ。 ちょっと貸しなさい。」とあっさり。

 カラレバスは儀式を執り行った司祭なので、署名できない決まりらしい。

 ちょっと悔しがっていた。


 そして、キスティルの署名だが。

 母親が署名してくれることで話がついている。

 母親の所に婚約のことを伝えに行った時、署名のことを相談しておいたのだ。


 更に、これによりミカとキスティルの家族は姻族となる。

 つまりは身内だ。

 まあ、まだ正式に結婚した訳ではないので拡大解釈になるが、ミカ的には身内。

 はい、決定。


 ということで、この時を見据えていろいろと動き回っていた。


 ミカはガエラスの手紙を開き、すぐに魔法具の袋に仕舞う。

 そうして、家を飛び出すのだった。







「思ったより早かったですね、坊ちゃん。」


 ガエラスに指定された茶屋に入ると、奥の席にガエラスがいた。

 大通りから外れた、随分と鄙びた茶屋だった。


「用意できましたよ。 こちらです。」

「ありがとう、ガエラスさん。」


 ミカが席に着くと、すぐに一枚の紙を渡してくる。

 それを受け取り、魔法具の袋に仕舞う。


 ミカは正式に婚約の契約することを決めた時、情報屋の窓口を介してガエラスに連絡を取った。

 ギルドで偶然ばったり会うのを期待していては、いつ会えるか分からない。

 なるべく早く、確実に会えるようにする必要があった。

 そして、ある書類を用意してもらったのだ。

 情報屋なら何とかなるんじゃないかな?と思ったら、やっぱり伝手つてがあった。


「まあ、今回は事情が事情なんで協力しましたがね。 よくこんなこと思いつきましたね。 ……知ってたんですか?」

「あー、まあ、『あるんじゃないかな?』とは思ったんだ。」

「まったく……。」


 ガエラスが呆れたように言う。


「底が知れないとは思っていましたし、只者じゃないとは思ってますがね。 こっち側にあまり寄るのはいいことじゃありませんよ。」

「うん、分かってる。 ありがとう、ガエラスさん。」


 ガエラスの注意に、素直に頭を下げる。


「それで、そっちの予定はどう?」

「今週で大丈夫ですよ、坊ちゃん。 二人にももう言ってあります。」

「本当にタイミングがいいね。 ウチに盗聴器でも仕掛けてんじゃないの?」


 ミカが冗談でそう言うと、ガエラスが「とうちょうき?」と不思議そうな顔をする。


「報酬も、前に言ったのでいい?」

「それなんですがね。」


 以前提示した条件では、何か折り合わない部分があったようだ。


「経費は込みでいいって、サロムラッサが。」

「そんな、悪いよ。」


 報酬が足りないのではなく、安くしてくれるらしい。


「行きはともかく、帰りは物見遊山してくる気みたいですよ。」

「ああ、なるほど。 そう言うことか。」


 ミカは思わず笑ってしまう。

 きっと、気をつかってくれたのだろう。

 往復でほぼ一カ月を依頼で拘束してしまうと思って、それなりの報酬を提示したのだが。

 復路は拘束期間としては曖昧にしてくれるらしい。


「分かった。 それじゃあ、今週で頼む。」


 そう言ってミカは魔法具の袋から、大金貨三枚が入った袋を取り出す。


「依頼するよ。 絶対に無事に送り届けてほしい。」


 ミカが真剣な顔になると、ガエラスもプロの顔になる。


「任せてくださいな。 こんな高額の依頼、絶対にヘマしませんよ。」


 そう言ってガエラスは、ミカから袋を受け取るのだった。




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