第156話 そんなあだ名は嫌だ




 ミカは丘に向かって走ってくる敵の騎士たちを見る。

 総勢で十人。

 こちらはミカとノスラントス、他に騎士が二人。


「どうするんですか、これ……?」


 ミカはノスラントスを見た。

 が、ノスラントスは焦った顔で黙っている。

 考えがまとまらないのだろう。

 他の二人の騎士も似たようなものだ。


(うーむ……。 これ、ノスラントスの指示を仰がなきゃだめだよな。)


 ミカも一瞬焦りはしたが、ある意味望んだ状況ではある。


(やっとサバゲーに参加できると思えば、そう悪くはない状況だね、うん。)


 勝っても負けても、所詮は演習あそびだ。

 日向ぼっこですっかり眠くなってしまったが、そろそろ気合を入れよう。


 ミカは眠気覚ましに両頬をパンパンと叩く。

 その音に、ノスラントスがハッとする。


「ミ、ミカ君を守るぞ。 直掩ちょくえんには俺がつくから、二人は前でブロックしてくれ。」


 ノスラントスの指示に、二人が頷く。


(いやいやいや、守ったって守り切れないでしょ、この人数差じゃ。)


 単純な足し算引き算で言えば、敵十人引く味方三人で残り七人。

 七人をミカが何とかすればいいことになる。


 だが、戦闘とはそこまで単純な話ではない。

 こちらの一人に対し、向こうは三~四人がかりで戦うことができるのだ。

 そうするとどうなるか。

 一方的にこちらの三人がやられて、向こうは丸々十人が残り、ミカがすべてを相手にすることになる。

 ということも往々にして起こる。


(まあ、それでもいいけどね。)


 魔獣相手に、一対多という状況は何度もやっている。

 ノスラントスには悪いが、ミカはちょっと楽しくなってきた。


 ミカが身体を解すためにぶんぶんとラジオ体操を始めると、ノスラントスたちが変な顔をする。


「えーと……、それは何だい?」

「身体を解してるだけなんで、気にしないでください。」


 ミカは敵の騎士たちの方を見る。

 丁度、丘に差し掛かった辺り。

 伝令で走ってきた味方の騎士は、あっという間にやられてしまったようだ。

 距離的には、もう百メートルを切っているだろう。


「それじゃあ、一発ぶちかましますかね。」


 ミカが明るく言うと、ノスラントスが驚いたような顔でミカを見る。


「創造の火種たる火の大神。 すべてを包みし、その大いなる御力よ。」

「ミカ君! こんな所で使ってしまったら!」


 この場を切り抜けられても、回数不足で水晶破壊が達成できないかもしれない。

 そんな心配をしているのだろう。


(そんなの、俺には関係ないんですよ。 ノスラントスさん。)


 ミカは目測で、五十メートル先の【爆炎】の範囲に敵の騎士が入るのを計る。

 呪文を詠唱する早さをゆっくりにして、タイミングを合わせる。

 さすがに敵の騎士も馬鹿ではないので、【神の奇跡】を警戒してバラけている。

 一発で全滅とはいかない。


「――――集、極、烈、爆。 えん!」


 詠唱が完了すると、突然丘の中ほどに赤い光の円形が現れる。

 そして、一瞬だけビカッ!と光る。


「くっ!?」


 ノスラントスが眩しさに呻く。

 残念ながら、敵の騎士を三人しか範囲に入れられなかったようだ。

 もっと上手く狙えば、もう一人くらいは入れられただろう。

 失敗、失敗。


「来るぞ!」


 誰かが叫んだ。

 ミカは十メートルの魔力範囲を展開する。


「「「うおおおーーーーーーーーーっ!!!」」」


 怒号を上げ、味方と敵の騎士たちが激突する。

 味方は三人、敵は七人。ただし、ミカは除く。

 数の上ではまだまだ不利だ。

 味方の騎士たちは一人で二人を相手にしなければならないため、いきなり押し込まれる。


 だが、その隙にミカはノスラントスが戦っている相手の側背に回り込み、短剣ショートソードで斬りつける。


 カン!カン!


「な!?」

「え!?」

「ミカ君!?」


 まさか、魔法士のミカが戦闘に参加してくると思わなかったのか、敵の騎士たちが驚きの声を上げる。

 ちなみに、剣での攻撃は鎧に当てればOKというルールだ。

 鎧で守られるのではなく、受けるか躱すかしろ、ということらしい。

 鎧があって助かった、というラッキーを演習では認めてくれないのだとか。


 ミカが二人討ち取った時点で、味方の騎士も一人やられた。

 これで味方二人、敵五人。


「次行きますよ!」

「ミカ君、危ないよ! 下がって!」


 やる気を漲らせるミカに、ノスラントスが下がるように言う。

 まあ、魔法士は鎧とか着てないからね。


 だが、そんなノスラントスにもすぐに敵が迫った。

 そして今度は、ミカにも一人やって来る。

 最初はミカが戦闘に参加するとは思わず、騎士の三人にだけ敵が集中したが、元々ミカを討ち取れば演習は引き分けで終了なのだ。

 さっさとミカを倒して、終わらせにきたのだろう。


「降参してくれるかい?」


 ミカの所に来た敵の騎士が、剣を向けながら声をかけてくる。

 普通は、この状況になったら降参を宣言するのだろう。


「えー、まだ遊び足りないんですけど?」

「……怪我をさせたくないから言っているんだよ。 降参してくれるね?」

「嫌です。」


 ぷいっと横を向く。

 そんなミカの様子に、敵の騎士が溜息をつく。


「それじゃあ、仕方ないな。 ちょっと痛いよ。」


 そう言って、軽く剣を振る。

 横薙ぎに当てるつもりなのだろう。


 が、その瞬間ミカは騎士の横を素早くすり抜け、背中に短剣ショートソードを当てる。

 魔力範囲を展開しているから、横を向いていても動きが丸見えだ。


 カンッ!


 と乾いた音とともに、騎士の腕輪がピカッと光る。

 騎士の「やられた」を判定する腕輪だ。

 剣で攻撃を受けると反応する魔法具らしい。


「なに!?」

「あはは、すいません。 次はちゃんと相手してくださいね。」


 そう言って、ミカは味方の加勢に向かう。

 ところが、ミカの加勢は間に合わなかった。

 ノスラントスは一人を討ち取ったが、もう一人に討ち取られた。

 もう一人の味方の騎士は、粘っていたがやられてしまったようだ。

 これで、残ったのはミカと敵の騎士三人。


(いつもの一対多の構図になっちゃったね。)


 折角のサバゲーなのに、一人になってしまった。


(集団対集団の戦闘の経験が、そういえばなかったな。)


 味方を生かして、もっと活かす方法を学ぶ必要がありそうだ。

 やはり、新しいことをすると、新しく気づくことがある。


(【身体強化】を使えば、この状況でも楽勝だけど。)


 それでは、いつもの魔獣との戦闘と変わりがない。

 魔力範囲による知覚は使うが、身体能力は素のままでいいだろう。

 ミカの口の端が上がる。

 こんなお遊びだが、血が滾ってくるのを感じた。


「さーて、ここまでだ。」

「さすがに負ける訳にはいかねえんだ。 ポイント無しは痛すぎるんでな。」


 ミカを取り囲み、三人の騎士が剣を向ける。

 騎士学院では、一定期間でチームメンバーを入れ替え、演習の勝ち負けでポイントを稼ぐリーグ戦をやっているらしい。


 魔法学院ではとにかく【神の奇跡】をどれだけ習得できるかに重きが置かれるが、騎士学院ではこのリーグ戦の成績が評価を大きく左右するという。

 一番の評価ポイントは【身体強化】を発現できるかだが、そもそも発現できる者などごく一部だ。

 ほとんどの騎士にとって、この演習が非常に大事らしい。


 個人の強さも必要だが、どんなメンバーと組んでも勝つ、その上で生き残る。

 それが一番大事なのだという。

 ちなみに、すべて日向ぼっこ中にノスラントスに教わったことだ。


「降参の勧告はあっただろ? しないのか?」


 ミカの正面に立つ騎士が聞いてくる。


「しませんよ。」

「そうか。」


 正面の騎士が頷くのと同時に、斜め後ろの騎士が斬りかかってきた。

 ミカはそれを、後ろを見ることなくサイドステップで躱す。

 騎士たちの顔が一瞬だけ驚くが、すぐに真剣なものに変わる。


「どうやら、ただのガキじゃなさそうだ。 ……いきなり高等部こっちの演習に放り込むだけの理由は、それなりにあるらしい。」


 リーダーらしき正面の騎士が、素早く他の二人の騎士に目配せする。

 いい感じの緊張感になってきた。


(……けどなあ、囲まれてる状態はさすがに嫌だな。)


 いくら魔力範囲で動きが分かると言っても、包囲された状態では神経が磨り減る。

 精神の消耗が激しい。


(かといって、簡単には破らせてくれないだろうし。)


 包囲は維持することが大事だ。

 それだけで相手を疲弊させることができる。

 正面に立つ者がちくちく牽制し、斜め後ろに立つ者が本命の攻撃。

 それも、一撃で致命傷を負わせなくても、少しずつ削っていけばいいのだ。

 包囲された方としては、考えるまでもなく結末が理解できるので、堪ったものではない。


 ということで、正面の牽制に合わせ、警戒するように後退あとずさる。

 斜め左後ろにいる騎士に寄っていくように。

 ミカが近づいた騎士が、正面の牽制に合わせて攻撃を繰り出す。

 振り下ろされたソードを躱しながら、ミカはくるりと一回転する。

 その際に短剣ショートソードで横腹を薙ぐ。


 カンッ!


「えっ!?」


 乾いた音とともに、騎士の腕輪が反応する。

 残りは二人だ。


 二人の騎士が、目を見開いて驚愕する。


「あれを、躱すのか……?」

「躱しながら斬っただと!? 本当に魔法士かよ、こいつ?」


 魔法士という肩書に目が眩んでくれるのは、ミカからすれば有利な状況だ。

 残念ながら、ミカの本質は冒険者の方だが。


(近接では大したことはできないだろうと油断してると、喰われるのはそっちだよ?)


 ミカがにやりと不敵に笑うと、リーダーらしき騎士がハッとした顔になった。

 そうして、一度身体を伸ばしてから、しっかりとソードを構え直す。

 リーダーはもう一人の騎士に、一瞬だけ視線を送る。


「お前は無理に手を出すな。 俺がやる。」


 ミカを見据え、呟くように言う。

 ようやくリーダーが、本気になったようだ。

 もう一人の騎士は、ミカの後ろを取るように動くが、ミカは取らせまいと動く。

 どうやら手は出さないが、ポジション取りでミカの集中を乱す気らしい。


(うわぁ、嫌らしいことすんなぁ。)


 地味に嫌な戦法だ。

 無理に手を出すなとは指示されたが、明らかな隙があればさすがに攻撃してくるだろう。


(……じゃあ、誘ってみるか。)


 ということで、コケてみた。


「あ!?」


 位置的に、丁度ミカの真後ろに騎士が来たタイミングで、わざとバランスを崩す。

 足を挫いた振りをして、膝と手をつく。


「はぁああーーーーーっ!」

「馬鹿よせっ!」


 正面のリーダーはミカがわざと転んだことに気づいたのだろう。

 だが、後ろの騎士はすでに踏み出してしまっていた。

 ただでさえ小さいミカが、更に転んでいる。

 騎士は、地を払うような、低い薙ぎ払いを繰り出す。

 ミカは溜めていた膝の力を一気に解放して、その剣を跳び越すように、騎士の横を胴を払いながらすり抜ける。


 カーンッ!


 強めの鎧の音がして、騎士の腕輪のランプが光る。

 残り一人。


 討ち取られた騎士はミカの方を振り返り、信じられないといった表情で立ち尽くした。


「おっし! あっと一人ひっとり! あっと一人ひっとり!」


 ミカは肩をぐるぐる回す。

 リーダーの騎士は、悔しそうに顔を歪めた。


「…………君は、本当に魔法士なのか?」


 警戒し、剣を向けたたまま問いかける。


「そこに疑問を持たれても困るんですけど。」


 ミカが苦笑する。


「……演習は、初めてなんだよな?」

「ええ。」

「だが、剣を相手にするのは初めてじゃない?」


 ようやく、そこに気づいたらしい。


「そうですね。 ちょくちょくやってますよ。 具体的には、週一くらいです。」

「週一……?」


 ミカの答えに、納得いかないような表情だ。


「……もっと慣れてる感じがするが?」

「そう言われても、実際に週一しかやってませんし。」


 まあ、魔獣相手の実戦のキャリアは四年くらいありますけど。

 週一の練習も、本職の騎士を相手にしたり、剣術家の卵?ひよこ?みたいなのが相手だし。


 剣を向けられても平然としているミカに、リーダーは何か感じるものがあるのだろう。

 不用意に距離を詰めたりはしなかった。

 じっと、睨むようにミカの様子を見る。


「それじゃ、そろそろ決着をつけましょうか。」


 ミカがにっこり笑いかけると、リーダーはいよいよ警戒して、剣を構える。

 ミカは短剣ショートソードを軽く向けながら、ゆっくりと位置を変えて行く。

 息苦しくなるような張り詰めた空気が流れる。

 すでに討ち取られた騎士たちは、二人の邪魔にならないように少し離れて、戦いの行く末を見守った。


 ミカはゆっくりと、ゆっくりと、回り込むような動きを見せる。

 リーダーは警戒したまま、ミカが攻めかかるのを待つつもりのようだ。

 そして、二人の位置関係が入れ替わる。

 ミカが丘の下側、リーダーが上側だ。

 あえて、上という有利を捨てるミカに、その場にいた全員が固唾を飲む。


 何をする気だ?


 それは、その場にいた全員が持った疑問だった。

 そして、その瞬間が来た。


 ミカはリーダーに背を向けて、ぴゅーーっと全力で丘を駆け下り始めた。


「「「……は?」」」


 一瞬、その場にいた全員が、何が起きたのかを理解できなかった。


。』


 その言葉の意味を理解した瞬間、リーダーが猛烈にミカを追いかけ始めた。


「あのクソガキィ!」


 決着。

 ミカとリーダーの決着ではない。

 こののことだ。

 ミカは無人になった敵拠点の水晶を破壊しに行ったのだった。







「待ちやがれぇえ! てめえ、ふざけんなよぉ!」


 リーダーは怒鳴り散らしながらミカを追いかけるが、一向に止まる気配がない。

 そうして、ついには森林の中に入って行ってしまった。


 体格差があるので、歩幅ストライドは遥かにリーダーの方が大きい。

 単純な足の速さなら、ミカにも負けない。

 だが、騎士たちは鎧を着ている。

 そして、ソードを持っていた。

 そうしたこともあり、差を縮めるのは中々難しい状況だった。


「くそぉ! 見失った!」


 リーダーは全力で走りながら森の中に入り、悪態をつきながら懸命にミカを追いかけた。

 木を躱しながら懸命に走り、もうすぐ森林を抜けるという場所まで来た。

 リーダーは、間に合ってくれ、と願いながら走る。

 その時、周囲が赤く光った。


「え!?」


 眩しさに驚き、つんのめるように立ち止まる。

 恐るおそる腕を上げると、”変換光検知の腕輪”が反応していた。







 立ち尽くし、茫然と自分の”変換光検知の腕輪”を見るリーダーを、隠れていた茂みから眺める。

 ミカはアデューと軽く手を振り敵拠点を目指した。


「まあ、真面目に相手してあげても良かったんだけど。」


 正直、一対一での騎士との戦闘では、得られるものがなさそうだ。

 バザルや第五騎士団の騎士と比べると、如何にも物足りない。


「何か自分で課題を課すとかしないと、意味がなさそうだなあ。」


 ミカとしては、ただ演習で勝ってもしょうがない。

 勿論手を抜くつもりはないし、やるからには勝ちに行くが、それ以外の”何か”が欲しい。


 敵拠点の破壊は、自分以外の魔法士にやらせる、とか。

 この条件を達成するには、ミカ以外の魔法士が生き残っていることが絶対条件になる。

 なので、そうなるように立ち回る必要がある。

 こうした、サバゲーとして楽しむためのルールを考えなくてはならない。


「まあ、おいおい考えていくか。 今日はそれなりに楽しめたしな。」


 初めての演習でいきなり高等部に放り込まれたのは驚いたが、結果としては良かった。

 先に言っておけよ、と思わなくもないが。


「よし、この辺りかな?」


 敵拠点の五十メートル手前で立ち止まり、ミカは【爆炎】の呪文を唱える。

 そうして、三回”変換光”を発現させた時点で、


 ピリリリリィーーーーッ!


 という笛の音がした。

 すると、遠くの方からいくつも笛の音が聞こえてきた。

 こうして、この森林周辺で演習をやっていたメンバー全員に決着がついたことを知らせているのだろう。


「まあ、勝ちは勝ちだし。 初めてにしては悪くないんじゃない?」


 そんなことを思うミカなのだった。







■■■■■■







 後日判明したのだが、「魔法士一人を残し、敵味方全滅しての勝利」という決着は三十数年振りの珍事らしい。

 前回がどういう状況だったのかは定かではないが。


 一人残されたミカが、騎士三人を同時に相手して勝ったこと。

 そして、短剣ショートソードで騎士五人を討ち取り、【神の奇跡】で四人を倒したこと。

 初めての演習、それもまだ中等部のミカが高等部の九人を倒す活躍で勝利したことは、あっという間に魔法学院、騎士学院に広まった。


(自分以外全滅とか、『死神』の異名を持つキャラの定番だね。)


 すでに”解呪師ディスペラー”などという、ご大層な二つ名がついている。

 これ以上、余計なあだ名がつかないことを、ミカは願うのだった。




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