第82話 食事は皆で楽しく?




 水の1の月、4の週の水の日。

 サーベンジールに帰っていたクレイリアが、王都に戻って来た。

 ヴィローネの助命嘆願のために、クレイリアはサーベンジールに帰っていたが、昨日の夕方頃に王都に戻ったらしい。


 ミカが放課後、いつものように王都内の探索に行こうとしたら、クレイリアからの使いに呼び止められた。

 そして、問答無用で馬車に乗せられ、レーヴタイン家の別邸まで連れて行かれた。

 馬車に子供を押し込む光景は、傍から見ればほとんど誘拐だ。

 皆さん、ちょっと強引すぎませんかね?

 俺も人のこと、あんまり言えないけど。


(しかし、乗り合い馬車なんかとは違って、貴族用の馬車は速いな。)


 ミカたちは片道八日もかけてサーベンジールから王都に来たが、クレイリアは往復してきても十三日しかかかっていない。

 サーベンジール向こうに何日滞在したのか知らないが、片道四~五日くらいなのではないだろうか。


「ただいま、ミカ。 急にごめんなさい。」


 別邸に着くと応接室に通され、すぐにクレイリアがやって来た。

 後ろには見覚えのない二人の護衛騎士が控えている。

 これまでヴィローネがずっとクレイリアに張り付いていたが、もう一人の護衛騎士は日替わりだった。

 なので、ヴィローネ以外の護衛騎士に関しては、ぶっちゃけ顔もロクに憶えていない。

 逃げ回ってた間は、クレイリアの方を見ないようにしていたし。


「ミカのおかげで助かりましたわ。 ミカの手紙がなかったら、おそらくお父様を説得できなかったと思います。 ……私の話など、ほとんど聞いてくれませんでしたから。」


 そう言ってクレイリアは項垂れる。


「でも、てことは何とかなったんだね。」

「はい!」


 クレイリアは嬉しそうに、笑顔で答える。


 クレイリアは、サーベンジールへの道中でヴィローネと何度も話し合ったらしい。

 ヴィローネがミカを危険視する意見を変えることはできなかったが、妄執に取りつかれているような状態ではなくなったようだ。


(まあ、ヴィローネにはを見られてるからね。)


 あんな子とお友達になっちゃいけません!という意見には、ミカからは何も言えることはなかった。

 そしてサーベンジールに着き、あとはレーヴタイン侯爵を説得するだけとなった訳だが――――。


「申し開きがあるならば、今聞こう。」

「……ございません。」


 侯爵はヴィローネの仕出かしたことを聞いたその場で剣を抜き、跪くヴィローネに突きつけた。

 これだけのやりとりで、その場で首を切ろうとしたらしい。

 助命嘆願どころじゃない。

 即決の裁定で処断しようとしたのだ。

 慌ててクレイリアが身を挺してヴィローネを庇い、助命を懇願するが侯爵はまったく取り合わなかった。

 だが――――。


「今回の件でもっとも被害を受けたのはミカです! そのミカからも、助命嘆願の手紙を預かっております!」

「…………ほう……?」


 それまでまったく取り合わなかった侯爵が、ミカの手紙には興味を示したという。

 クレイリアがミカの手紙を渡し、その手紙を読んだ侯爵は眉間の皺を深め、しばし考えた挙句に「一旦保留」としたそうだ。

 裁定を考える時間を取ったらしい。

 保留されている間、ヴィローネは屋敷の牢に入れられ、クレイリアは生きた心地のしない三日間を過ごしたらしい。


「お父様がいつ変心して、ヴィローネを処断してしまうか分かりませんでしたから……。 私に何も知らせることなく、処刑してしまう可能性もありましたからね。」


 だが、裁定を下すと侯爵に呼ばれ行ってみると、その場に騎士団長のマグヌスも来ていたという。

 そしてヴィローネに下された裁定は「半年の労役」だった。

 その後は、「その腐った性根を叩き直せ。」と騎士団長預かりになると言う。


 騎士団長マグヌス直属の騎士隊に、非常に厳しい訓練を日々行っている精鋭部隊がいるらしい。

 そこに放り込み、立ち直れば良し、潰れたら潰れたで「それでも構わん」という。


(……使えるようになるまで鍛えるってことね。 これはもしかして俺のせいか?)


 死ぬ気で喰らいついてくるなら生かしてやってもいいが、だめなら死ね、ってくらいの考えなのだろう。

 これは、ほぼミカのアドバイス通りの結果と言っていい。


(しかし、侯爵おっさんが俺の話をどこまで聞いてくれるかと思ったけど、ほぼ丸飲みじゃねえか。)


 ミカは助命嘆願の手紙の内容をクレイリアに見せていない。

 生半可な頼み方をしても「一読して終わり」になってしまいそうなので、生きるのと死ぬの、どっちが楽だろう?くらいの処罰を書いておいた。

 具体的には、


『――――今のままなら生かしておいても意味はありません。 処断してください。 ただ、クレイリア様のために簡単に命を投げ出せる騎士なので、使を身につけさえすれば、将来のクレイリア様のお役に立てる可能性があります。』


『――――閣下から見て、見込みがないと思うなら今後の憂いを断つためにも処断をお願いします。 ですが、クレイリア様とヴィローネには、主従以上の絆があるようなので、生まれ変われればこれほど心強い騎士は他にいないでしょう。』


『――――もう耐えられない、と自ら命を断つくらい厳しく鍛え直してください。 もしそれすらも乗り越えるほどに二人の絆が強いものであれば、きっとヴィローネは将来クレイリア様の危機を救ってくれるでしょう。 。』


 などを書いてみた。

 幼少期からクレイリアの護衛を任せていたようなので、侯爵がヴィローネを「見込みがない」と思っていないのは確実だ。

 こいつはだめだな、と思う騎士を娘の護衛につけるような馬鹿はいない。

 今回のことで見切りをつける可能性が高かったが、死んだ方がマシだと思うくらいに厳しく鍛えることで、「ワンチャン頼むよ!」と言ってみただけの内容だ。


 最後にミカ自身の”学院逃れ”を見逃したことで、クレイリアの危機を救った実績にも触れておいた。

 受け取り方次第ではあるが、「あの時の様に役に立つかもよ?」とも「あの時の借りを返せよ?」とも見えるだろう。

 まあ、どっちに受け取ってもらっても構わないが、役に立つようにしてから送り返せ、そうでなければそっちで処分してくれ、と言っているだけなのだ。


「でも、ミカはどのようにお父様を説得されたのですか? お父様の考えを改めるなんて、私は一度もできたことがありません。」


 クレイリアには何度も侯爵を説得するコツを聞かれたが、曖昧に笑って誤魔化した。


(助命嘆願と言いながら、実際は『役に立たないなら処分してもらってもいいですか?』だからな。 とてもクレイリアには言えん。)


 侯爵の名で『偽の指示』、実質は命令を勝手に出したのだ。

 ただ「命だけはどうか。」と言ったところで聞く訳がない。


「……いつも傍にいたヴィローネが離れることになったのは寂しいですが、ミカのおかげで命だけは繋ぐことができました。 本当にありがとうございます。」


 そう言って、クレイリアは丁寧に頭を下げる。


「大袈裟だよ。 それに、友達ならそんな風に改まって頭を下げることはないよ。」

「そうなのですか?」


 顔を上げたクレイリアが驚いたように目をぱちくりする。


「『さんきゅ』とか『ありがとな』でいいんだよ。 それが友達ってもんだ。」


 助け合ったり、力を貸し合ったりするのが普通なのだ。

 感謝を言葉にすることは大事だが、そこまで改まるようなことではない。


「そ、そんなのでいいのでしょうか?」

「いいの、いいの。 それが普通だって。」


 クレイリアは訝しむ表情をしている。

 後ろに控える騎士たちが「クレイリア様に何てきとー教えてんだ、このガキ」って顔をしているが気にしない。


「じゃあ、明日から学院に通うってことでいいのかな?」

「はい。 明日は普通に学院に参りますので、よろしくお願いしますね。」


 若干の疲れが見られる笑顔で、クレイリアが答える。

 こうして何とかヴィローネの助命も成り、一連の騒動に決着がついたのである。


 ……ちなみに、クレイリアにまんまと脱走を許した、別邸の警備責任者兼護衛騎士の騎士隊長は厳重注意。

 抜け道をこんなことに使ったクレイリアには、一カ月お小遣い抜きの刑が科された。


 隊長さん、完全にとばっちりですけどね!







■■■■■■







 水の1の月、4の週の風の日。

 クレイリアが王都に戻って来た翌日の昼休み。


 ミカは左を見る。

 にこにこした顔のリムリーシェがミカを見ている。

 ミカは右を見る。

 にこにこした顔のクレイリアがミカを見ていた。


 正面を見ると、引き攣った笑顔を張り付けたツェシーリアがミカを見ている。

 だが、テーブルの下ではそのツェシーリアが足を伸ばし、ミカの足をげしげしと蹴っ飛ばしていた。


(わかっ、分かったって! 俺が悪かったよ! 気持ちは分かるけど、蹴っ飛ばすのはやめて!)


 ミカはクレイリアに「レーヴタイン領の学院出身の友達を紹介する」と約束をしていた。

 だが、その翌日にはクレイリアがサーベンジールに向かってしまい、ミカもその約束をすっかり忘れていたのだ。


(何か忘れてるような気がしてたけど、これだったかー……。)


 今朝、クレイリアに学院で会い、「ミカ、紹介して。」と言われるまで完全に忘れていた。

 まさか忘れてましたとは言えず、「分かった、紹介するよ。 お昼でいい?」と笑顔で答えて、現在に至る。


(いきなり侯爵の娘と友達になれって言われて絶望するのは分かる。 そりゃ生きた心地がしないだろうよ。)


 下手に不興を買えば、どんな災いが降りかかることか。

 平民にとっての貴族など、害はあっても利などない。

 ミカもかつてはそう思っていたが、関わらないのが一番、なのである。


 レーヴタイン組の皆は「ミカが侯爵の娘と顔見知りらしい」と分かっても、あくまでそれはミカとクレイリアの関係であって、自分たちに関係するなど思いもしなかったのだ。

 ところが、「今日から皆友達ね。」とミカが言い出し、クレイリアもその気になっている。

 正に、血の気が引くとはこのことだろう。

 半ギレしているツェシーリアと、分かっているのか分かっていないのか分からないリムリーシェがにこにこしているだけで、他の皆は青くなっている。

 まあ、これはある程度予想された事態だ。


 ただし、予想もしなかったのはクレイリアが貴族用の食堂に行かず、普段ミカたちが使っている一般用の食堂に来たことだ。


「皆で一緒に食べましょう。」


 と、クレイリアに貴族用の食堂に誘われた時、皆が無言で「頼むから断ってくれ。」とミカに念を送っているのを感じた。

 ミカもクレイリア以外の貴族にまで関わる気はないので「僕たちが貴族用の食堂そっちに行っては、他の人に迷惑がかかるから。」と断ったのだ。

 すると、「そうですね。 それでは私がそちらに行きましょう。」と護衛の騎士を連れて、一般用の食堂について来た。

 クレイリアの護衛騎士たちは、こんな時でも当然クレイリアの後ろに控えているのだから、目立ってしょうがない。

 他のテーブルの子供たちが「何事?」と先程からこちらをちらちら見ているのが分かる。

 ミカたちのクラスでさえ、まだ慣れたとは言い難いのに、いきなり一般用の食堂にこんなのが現れたら、皆が落ち着きを失くすのは当たり前である。


「こちらのお食事も美味しかったですわ。 皆さん、普段はこうしてわいわい召し上がっているのですね。 中々新鮮でした。 それに、すごく沢山召し上がるのですね。」


 驚いたのは、クレイリアが一般用こちらの食事を普通に食べていたことだ。

 てっきり、


「こんな豚の餌なんて食べられませんわ!?」


 とか言い出すかと思った。

 ひどい偏見かもしれないが、まさか侯爵の令嬢がこんな一般用の食事を抵抗なく食べるなんて、誰も思いもしないだろう。


「クレイリアがこっちの食事を食べるとは思わなかったよ。」

「あら、どうしてですか?」


 ミカがストレートに聞いてみると、クレイリアは不思議そうな顔をする。


「だって、普段はもっといい食事を食べてるでしょ?」

「そう、ですね……。 普段はあまりこうした食事をすることはありませんが、食べる機会はそれなりにありましたから。」

「食べる機会? 何で?」


 普段の食事ではこんなの出さないだろう。

 栄養と量だけはあるし、味も悪くないが、とにかく大量に作ることに主眼を置いた料理だ。

 基本は寸胴鍋にぶち込んで煮るか、でっかい鍋とでっかいヘラでぐっちゃんぐっちゃんにかき混ぜるように炒めた料理ばかりだ。

 侯爵家の食卓に、こんなのが出てきたらびっくりだ。


「お父様に連れられて、領主軍の施設に行くことがそれなりにありました。 そこでいただく食事は、こうした物が多かったですね。」


 どうやら侯爵おっさんの軍施設の視察について行き、そこで食べることがあったようだ。

 如何にも武人といった感じの、侯爵らしい英才教育なのかもしれない。

 侯爵家の者が、軍のことをまったく知らないのでは問題だ、と考えているのだろう。


「でも、普段はわいわい話しながら食べるって、あんまりないかな?」

「まあ、そうなんですか?」


 今日はクレイリアが少し興奮気味だったのか、皆によく話かけていた。

 皆も話しかけられるたびに、ぎこちなくだが答えていたのだ。

 周りのテーブルでは、話しながらわいわい食べる光景が普通に見られるので、てっきりそれが普通だと思ったのかもしれない。


「レーヴタイン流?っていうのかは知らないけど、普段食べる時は皆黙って食べるよ。 話をするのは食べ終わった後かな。」

「まあ、そうだったのですね!」


 何やら、クレイリアが目をきらきらさせている。

 もしかして、「レーヴタイン流」というのが琴線に触れたのか?


「先に教えてくだされば、私もそれに倣いましたのに。」

「そうだね。 ごめん、ごめん。」


 しかし、いくら教えておいたからと言って、クレイリアの前でやれるもんじゃないけどな。

 あんながっつく食べ方。

 貴族の前でそんなことをすれば、それこそ


「おほほほ、まるで豚が餌を食べているようですわ。」


 とか言われそうだ。

 …………やっぱり偏見か?


 レーヴタイン組は皆、食事を食べるのが早い。

 男の子はみんながっつくようにばくばくと食べるし、女の子はそこまでではないにしろ、結構な勢いで食べる。


(でも、これでいいのか?)


 皆、クレイリアの前では気を使ってお上品?に食べて、居なければ「気を使わないで済む~」とか言って普通に食べる。

 そんなことを、この先ずっとやっていく気か?

 それで、本当に友達になったと言えるのか?


「んー……。」

「どうしたの、ミカ君?」


 ミカが何やら考え込み始めると、リムリーシェが声をかけてくる。


「……いや、やっぱり良くない。」


 ミカがレーヴタイン組の皆を見回すと、皆もミカを見ている。

 クレイリアを見ると、クレイリアもミカのことを見ていた。


「クレイリア、明日も一緒にお昼を食べよう。」

「まあ! ミカから誘っていただけるなんて嬉しいですわ。 是非ご一緒しましょう。」

「ちょっと、ミカ……!」


 ミカがクレイリアを誘うと、向かいに座ったツェシーリアが声を潜めながら非難するような声を上げる。

 テーブルの下では、再びげしげしとミカのことを蹴っ飛ばし始めた。

 ミカはにこやかな笑顔を張り付けたまま、テーブルの下に手を入れ、その足を掴んで引っ張る。


 ガタンッ!


 途端にツェシーリアがずっこける様に体勢を崩した。

 ツェシーリアは誤魔化すように引き攣った笑顔を張り付けて、座り直す。


『あとで憶えてなさいよ!』


 引き攣った笑顔にそう書かれていた。


「明日は皆、普通に食べるぞ。」


 だが、ミカがそう言うと、皆が驚いたような顔になる。

 すぐにミカの意図を察したようだ。


「ミカ君、それって……。」

「待てって、ミカ。 それはまずいって……。」


 口々に、何を言っているんだ、というような声が上がる。

 皆の言いたいことも分かるが、こんな風に気を使っていて友達など続けるのは無理だ。

 普段の姿を見せ、それで離れていくなら仕方がない。


「皆がそれでいいなら、そうすればいいよ。 僕は普通にするけどね。」


 そして、そう宣言する。

 クレイリアだけは、


「何のお話ですか?」


 と、きょとんとしていた。







 そして、翌日の食堂。

 クレイリアはその光景を茫然と見ていた。


 昨日は皆、気を使って食事の量も控えめにしていた。

 だが、今日はミカがいつも通りに給仕のおばちゃんにお代わりを要求して、大盛りにしてもらうのを見て、皆も覚悟を決めたようだ。

 昨日の一.五倍の量。

 ムールトに至っては昨日の倍のような量をトレイに盛ってもらう。

 クレイリアは驚きの表情で、その山の様に盛られた食事を見ていた。


「よし、じゃあ食べるぞ。」


 ぱぱっとお祈りを済ませ、ミカが皆に声をかけると一斉に食べ始めた。

 おしゃべりをする暇などない。

 そんな間があれば、その間の分スプーンで食事を口の中に詰め込む。

 まるで親の仇でも取るかのように食事にがっつくレーヴタイン組に、クレイリアはスプーンを持ったまま、ただただ茫然として見ているだけだった。


 その後、皆が食べ終わってもクレイリアは一口も食事が進んでいなかった。

 そして、皆に見られながら一人黙々と食事をするという、まるで罰ゲームのような状態になったのだった。

 一応、じぃー……と見る様なことは皆もしなかったけど。


 クレイリアが食べているので皆黙って待ってたけど、これからはおしゃべりでもして待っててあげた方がいいかもしれない。

 誰も一言もしゃべらない気まずい空気の中で食事するとか、本当に罰ゲーム以外の何物でもないね。

 これから、があるならだけど。




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