第78話 二人だけの秘密
クレイリアと並び、第二街区の大通りを歩く。
突然やって来たクレイリアには驚いたが、その原因はミカだ。
ミカとしては侯爵の指示に従っただけだが、話が終わったので「はい、それじゃあまた明日。」と別れる訳にはいかなかった。
(何とかあの
侯爵と対峙することを思うと胃が痛くなってくる。
だが、クレイリアの想いを知ってしまった以上、「あとは
横を歩くクレイリアをちらりと窺うと、嬉しそうににこにこして歩いている。
これでミカと友人になれた、と安心したのかもしれない。
(そう簡単に話が済めばいいけど……。)
レーヴタイン侯爵とは一度だけ顔を合わせたことがあるが、中々頑固そうなおっさんだった。
というか、普通におっかない。
ホレイシオやヤロイバロフも怖い見た目をしているが、雰囲気などを加味した全体的な印象としてレーヴタイン侯爵の方が上だ。
あの
(母親が余程の美人なのか? 血が繋がってないとか、そんな恐ろしい秘密はないよな?)
深く考えると侯爵家の禁断の秘密に触れそうだ。
余計なことは考えないことにした。
「クレイリア。」
「はい、ミカ様! ……あ。」
ミカが隣のクレイリアに声をかけると、嬉しそうに返事を返す。
だが、癖になってしまっているのか『様』をつけてしまい、赤面していた。
「すいません……つい。」
「いいよ。 おいおいね。」
その可愛らしい仕草にミカもほっこりする。
だが、ほのぼのばかりもしていられない。
ミカと友人関係を結ぶのならば、守ってもらわないと困ることがある。
「……僕と話ができなかった時、どんな気持ちだった。」
我ながら「ひどいことを聞いてるな」と思いつつ、それでもミカはクレイリアに尋ねる。
ミカに聞かれたクレイリアは表情を曇らせ、言い淀む。
「……それは、とても悲しくて……つらかったです。」
「うん。」
クレイリアの答えにミカは頷く。
「……だけど、クレイリアとばかり話をしていると、僕の他の友達に今度はそういう気持ちにさせることになるんだ。」
ミカがそう言うと、クレイリアの表情がみるみるうちに驚きに変わる。
当然、クレイリアはそこまでは考えていなかっただろう。
友達との話の中に、上手く入っていけない時のちょっとした疎外感。
誰でも少しくらいは、そういう経験をしているものだ。
だが、これまで友人のいなかったクレイリアにはその経験がない。
だから、いつも「自分が、自分が」と自分中心になってしまう。
クレイリアが侯爵家の令嬢として生きていくだけなら、それでもいいだろう。
周りの人すべてがクレイリアに合わせ、それが当たり前のこととして許される。
だけど、ミカと友人になるのなら、ミカはそれを許容できない。
「クレイリアには、もっと友達が必要だと僕は思うよ。」
「もっと、友達……?」
クレイリアはきょとんとした顔になる。
「明日、僕の友達を紹介するよ。 と言っても、いつもクレイリアの席の周りにいた子たちばっかりだから、顔は分かると思うけど。 皆、レーヴタイン侯爵領の魔法学院出身だよ。 もしもクレイリアが通えていたら、友達になれたはずの子たちだ。」
ミカがそう言うと、クレイリアが驚きの表情で立ち止まる。
二年前、魔法学院に通えていれば、きっと友達になれたはずの子供たち。
少しばかり遅れたが、今からだって友達になれる。
遅くはなったが、遅すぎたなんてことはない。
ミカがニッと笑いかけると、クレイリアの頬に大粒の涙がぽろぽろ零れだす。
「……わ、私……、お友達になれるのですか? レーヴタイン領の、魔法学院の子たちと……?」
クレイリアが夢にまで見た、ずっと友達になりたいと思っていた、レーヴタイン侯爵領の魔法学院に通っていた子供たち。
その子供たちと友達になれると言われ、クレイリアの感情が再び溢れてしまった。
立ち止まって泣き出してしまったクレイリアを心配して、通り過ぎる大人たちが「どうしたの?」「大丈夫?」と声をかけてくるが、ミカは苦笑して返す。
そうして、クレイリアを落ち着かせるのに、「どうすりゃいいんだ?」と困りきってしまうミカなのだった。
何とか落ち着いたクレイリアと、再び第一街壁を目指して歩く。
ミカはクレイリアと友人になると決めた時、敬語を使うのをやめた。
元々ミカの敬語など「なんちゃって敬語」だし、本当に友人になるなら敬語で接するのは無理だ。
すでに侯爵令嬢を呼び捨てにするという、あり得ない不敬を行っているのだ。
今更言葉使いの一つや二つで、がたがた言うなや!というわけだ。
「でも、どうやって屋敷を出てきたの? 護衛の騎士もいるし、警備の騎士だっているよね? 第一街壁だって検問があるし。」
ミカは不思議に思っていたことを、何気なくクレイリアに聞いてみた。
クレイリアは軽く眉を
そうして、小声でミカに耳打ちした。
「お屋敷には秘密の抜け道がありますの。 先日、お父様に教えていただきました。 第一街壁はレーヴタイン侯爵家の証があれば普通に通れますよ?」
…………………………。
今、さらっととんでもないこと言わなかったか?
秘密の抜け道……?
それって、秘密にしないといけないやつじゃないですか?
ミカは冷や汗がだらだら流れるのを感じた。
侯爵家の秘密の抜け道。
あっても不思議はないが、その存在を知られるだけでもまずいんじゃないだろうか。
「クレイリア。 その話、他の誰かに話した……?」
「いえ。 誰にも言う訳ありませんわ。 秘密ですもの。」
そう言って抜け道の詳細をミカに耳打ちするクレイリア。
何でも、レーヴタイン侯爵家の屋敷の近所に、別名義の小さな屋敷があり、そこの隠し部屋に通じているのだとか。
知ってはいけない秘密を、より詳しく知ってしまった……。
「それ、誰にも言っちゃいけないやつだよね?」
「勿論ですわ。 だから誰にも言わないでくださいね、ミカ様…………あ、また言っちゃった。」
様付けとかどうでもいいよ!
もっと言っちゃいけないこと言ってるよ!
「それ、僕にも言ったらだめでしょ!」
「ミカは誰かに話すのですか?」
「言わないよ!」
おっかなくて、こんなこと人に話せるか!
「悪用します?」
「しないよ!」
「それなら大丈夫ですわ。 ミカに教えたこと、誰にも言ってはいけませんよ?」
二人だけの秘密ですねと笑い、クレイリアは軽い足取りで大通りを歩く。
(………………。
ミカは胃がきりきり痛むのを感じた。
まさか、この年齢でストレス性胃炎を抱えることになるとは。
第一街壁に着き、壁沿いにてくてく歩く。
南の大通りとぶつかる所に大きな門があり、そこで検問を行っていた。
クレイリアは警備の騎士に何やらバッジのような物を見せる。
ミカのことは客人として屋敷に招待すると言うと、あっさりとミカも通された。
検問の警備がザル過ぎるだろう。
これでいいのか、王都の守りは?
クレイリアが一人で出ようとしたのも素通りさせたらしいし、何だかセキュリティのレベルに不安を覚える。
まあ、官所に勤める平民も多数出入りするらしいから、第一街区の検問はこのくらいでも仕方ないのかもしれない。
「こちらですわ、ミカ。」
クレイリアが第一街区の大通りを歩く。
クレイリアが進む先に、夜闇に薄っすらと浮かぶ城壁と王城のシルエットが見えた。
距離はかなり離れている。
だが、第一街区内の明かりに、その巨大な姿を僅かながらも浮かび上がらせていた。
(まさか、こんなに早く拝むことになるとはね……。)
飛んで見てみようかと思ったが、そんなことをするまでもなく目にすることになった。
暗いし遠いしではっきりとは何も分からないが、それでも王城を目にすること自体が普通の平民ではあり得ないのだ。
クレイリアは大通りをしばらく進むと、途中で右に曲がる。
そして、そのままてくてくと上機嫌に進んで行く。
周りは大きなお屋敷ばかり。
どこの屋敷でも門の前には警備の騎士が立ち、ミカたちが歩いて行くのを怪訝そうな顔で眺める。
(そりゃ、こんな時間に子供だけで歩いてたら不審に思うだろうよ。 それでも
ミカ自身も、すでに門限破り確定だ。
どう言い訳しようか、軽く考える。
(まあ、何とかするしかないか。)
寮の入り口が閉められてしまうので、誤魔化すのは容易ではない。
が、まあ何とかなるだろう。
ミカたちが並んで歩くと、クレイリアが少し先の屋敷を指さす。
「あそこが、レーヴタイン侯爵家の別邸です。 お父様が王都に来た時くらいしか、これまでは使ってなかったようですが。 中々住み心地の良いお屋敷ですよ。」
中々住み心地が良いどころか、ミカからすると目玉が飛び出る様な大豪邸が見える。
侯爵領の屋敷と比べれば小さいのかもしれないが、周囲の屋敷と比べても大きい。
さすがは侯爵の屋敷、といったところか。
屋敷が見えたことで、ついに侯爵との対峙がすぐそこまで迫って来ていることを思い出した。
どうにも、緊張しいのミカにはこういうのは苦手だ。
侯爵の憤怒の顔を想像しただけで心臓がどきどきしてくる。
「……つかぬことをお伺いしますが、侯爵様はご在宅で?」
恐るおそるミカはクレイリアに尋ねた。
緊張のためか、無駄に口調が丁寧になる。
だが、クレイリアはきょとんとした顔になった。
「お父様ですか? お父様はレーヴタイン領におりますが?」
「ん?」
あれ?
最近領地に戻ったのだろうか?
といっても、サーベンジールまでは荷馬車で八日の距離だ。
馬や普通の馬車でも数日はかかる。
「ミカはお父様にも一度お会いしてますものね。 ご挨拶を、ということなのでしょうけど、申し訳ありません。 お父様は先月の中頃にはサーベンジールに戻ってしまったのです。 次にこちらにお見えになるのは、夏の終わりか秋の始め頃だと思いますわ。」
どういうことだ?
侯爵はクレイリアのミカへの態度に懸念を抱き、距離を置けと指示してきたのではないか?
もしかして、予め護衛の騎士たちには言い含めてあったのか?
誘拐事件で賊を皆殺しにしたミカに危機感を覚え、「ミカ・ノイスハイムとは最低限の関係に留めよ」と。
ミカが立ち止まり考え込んでしまったことに気づき、クレイリアが戻って来る。
「どうしました、ミカ?」
クレイリアがミカの顔を覗き込む。
「クレイリアは……。」
「はい、何でしょう?」
もしも騎士に出していた指示がミカを狙い打ちしたものではなく、クレイリアと親しくなろうとする者すべてを排除する目的だったとしたら、ここでクレイリアにバラしてしまうのはまずい。
だが、どうにも腑に落ちない感じがしてしまう。
確かにクレイリアのミカへの態度は行き過ぎた部分があった。
それを侯爵が知れば、距離を置けと指示してくるのも分かる。
だけど、その侯爵は王都にはいないという。
それでは「侯爵の指示」と言っていたのは何だったのか。
あの時、ヴィローネは何と言っていた?
『クレイリア様にはすでに何度もご忠告申し上げているのだが……。』
『……侯爵家の意向だ。』
『当然閣下もご存じの話だ。』
そうだ。
ヴィローネは侯爵も知っている話だと言っていた。
だが、その侯爵はサーベンジールにいる。
ミカへの態度を知り、クレイリアに何度も忠告し、距離を置けと指示するのは、サーベンジールとの往復を考えれば時間的に無理だ。
予め騎士に指示していた訳でもない。
現在の状況を知った上で、距離を置けと指示をしたと言っていた。
これはおかしい。
話が破綻している。
(どういうことだ……?)
ミカが侯爵の指示にはっきりとした疑念を抱き始めた時、レーヴタイン侯爵の屋敷の方が騒がしくなってきた。
「あら、抜け出したのがバレてしまったようですわ。」
クレイリアがミカの手を取り、屋敷の門に向かって歩き出す。
門の近くまで行くと、騎士たちが慌ただしくしている様子が見えた。
その騎士のうちの一人がクレイリアに気づき、慌てて駆け寄ると他の騎士たちも続く。
「クレイリア様!」
「どうして!?」
「どこに行かれていたのですか!?」
駆け寄って来た騎士たちは剣に手をかけ、ミカを睨みつける。
「貴様! クレイリア様から離れろ!」
「クレイリア様を誑かしたのは貴様か!」
殺気を漲らせ、ミカに叩きつけてくる。
騎士たちが剣を抜かないのは、クレイリアがミカのすぐ横にいるのと、ミカが何も反応を返さないからだ。
「やめなさい。 ミカは私の大切な友人です。 ミカに手を出すことは
そんな騎士たちにぴしゃりと言うと、クレイリアは気にした風もなく騎士の間を通り、屋敷の門に向かう。
騎士たちは戸惑い、それでもクレイリアの邪魔はできないと、道を空けていく。
門を通り庭に入ると、十人以上の騎士たちが屋敷から飛び出して来たところだった。
門にいた騎士から、クレイリアを見つけたと連絡がいったのだろう。
「クレイリア様! どちらに行かれていたのですか!」
その中で、隊長格に見える立派な鎧を着た騎士がクレイリアの前に跪く。
「友人に会いに行っていただけです。」
「ご友人、ですか……?」
隊長格の騎士は訳が分からないという顔をする。
それはそうだろう。
部屋にいると思っていたクレイリアの姿が見えず、慌てて捜索しようとしたらよく分からない子供を連れ帰って来たのだ。
「それにしても、何も言わずに、護衛もつけずに外に出られては困ります。 ……以前のことが、ございます。」
隊長は苦し気に、絞り出すように言葉を選ぶ。
以前の、というのは当然ながら誘拐のことだろう。
(……普通に考えれば、この隊長さんって懲戒の対象か? 屋敷の警備責任者だったら、降格もんだよな。)
クレイリアにまんまと外に行かれ、それにしばらく気づかなかったのだ。
秘密の抜け道とやらのことを知っているのかどうかは知らないが、そんなのは言い訳にもならないだろう。
ご愁傷様、運が悪かったね、とは思うが。
ミカが同情の目で隊長を見ていると、他の騎士たちに交じって目立つピンクの髪をした女騎士を見つけた。
ミカはクレイリアの手を離し、真っ直ぐに女騎士の下に向かう。
「ミカ、どうしたのですか?」
クレイリアの呼びかけにも答えず、女騎士ヴィローネを真っ直ぐに睨みつけ、その前に立つ。
「どういうことですか?」
そして、一言だけぶつける。
女騎士もミカに負けず、いやそれ以上に強くミカを睨みつける。
だが、ヴィローネはミカを睨みつけるだけで答えようとしない。
「先日、貴女が僕に言った話には、どうやら事実と異なる部分があるようです。 説明していただけますか?」
「……話? 一体、何のことですか、ミカ? ……ヴィローネ?」
ミカのただならぬ雰囲気に、クレイリアが不安そうに尋ねる。
ミカとヴィローネは、互いに視線で相手を射抜かんとばかりに睨み合う。
「ヴィローネ、貴様はこの少年を知っているのか? それに、一体何の話をしている?」
隊長がヴィローネの横に立ち声をかけるが、それすらヴィローネは構わない。
ただ、ミカを睨みつける。
「ミカは私の学院の友人です。 一年前、私を助け出してくれた少年と言えば皆にも分かりますね?」
「おお、あの時の少年か! そう言えば、学院で同じクラスだと報告は受けていたが……。」
クレイリアの説明に、隊長が少しだけ納得する。
しかし、それだけの情報では今の状況の説明にはなっていない。
「何か言ったらどうなんですか?」
ミカは再度ヴィローネに問いかけるが、ヴィローネはやはり答えない。
「貴女に言われた『侯爵からの指示』には、不審な点があります。 説明していただけませんか?」
ミカがそう言うと、クレイリアと隊長、周りにいた騎士たちが全員怪訝そうな顔になる。
「閣下からの指示? この少年に……? 何のことだ?」
「ミカ? お父様からの指示って何ですか? 一体、何を指示されたのですか?」
レーヴタイン侯爵からの指示と聞いて、周りの騎士たちが口々に「閣下の?」「指示?」「あの少年に?」と騒めき出す。
「先週の水の日の朝、この人に言われたんだよ。 『クレイリアと距離を置け。 侯爵の指示だ。』ってね。」
「な!?」
ミカが憎々し気に言うと、隊長が絶句した。
周りにいた騎士たちも途端に騒ぎ出す。
「そんな指示を、閣下が?」
「そんなこと言うか?」
「いや、それより! いつそんな指示を出したんだ!?」
その時、ミカの袖が弱々しく引かれた。
ミカが振り返ると、袖を引いたのはクレイリアだった。
クレイリアはショックを受けたような表情で、ミカを見る。
「……それは……本当なのですか? ミカ様は、本当にそんなことを……?」
「…………ごめん……。」
侯爵の指示となれば、ミカでは逆らうことなどできない。
だが、例えそうでも、ミカがクレイリアと距離を置こうとしたのは事実だ。
ミカには、クレイリアに謝ることしかできない。
その指示が嘘でも本当でも、ミカがクレイリアを傷つけたことには変わりはないのだから。
「さあ、説明してください。 貴女はいつ! どこで! サーベンジールにいる侯爵からの指示を受けたんだ!」
こんな偽りの『指示』のために、ミカは散々悩まされてきた。
クレイリアの泣き崩れる姿が脳裏に浮かび、ミカが感情を爆発させた。
「答えろ、ヴィローネッ!!!」
ミカは自らの内に渦巻く感情のすべてを叩きつける。
その時、それまで歯を喰いしばって何かに耐えてきたヴィローネも爆発した。
「貴様は危険なんだっ!!!」
ミカが叩きつけた量と同じだけの、いやそれ以上の感情をヴィローネが叩きつけてくる。
「何でそれが分からない! 何で誰も分からないんだ!」
髪を振り乱し、目の前の”魔”の者を斬り伏せんとばかりにミカを睨みつける。
「クレイリア様をお守りするのが我らの使命であろう! なのに、何でこんな危険な奴を放置するんだ!」
クレイリア様を守るために、ミカという少年は絶対に傍に置いてはいけない存在。
ヴィローネは全身全霊をかけて、ミカを排除しようとする。
己の命を賭して、ミカを否定する。
周りにいる騎士は、隊長も含め全員が呆気に取られていた。
ミカもこれほどまでに「自分という存在」を否定されたのは初めてだった。
ヴィローネからの威圧に、ミカの魂が竦んだ。
「……だから……お父様の名を騙って、ミカ様を……?」
誰一人動けない異様な空気が支配する中、ただ一人だけが口を開く。
クレイリアは凛とした空気を纏い、真っ直ぐにヴィローネの前に進み出る。
「そんなことをすれば、後でどうなるかなど……。 貴女には分かっているでしょう、ヴィーネ?」
クレイリアは、あえてヴィローネを愛称で呼んだ。
それは二人だけの時、クレイリアがヴィローネに甘えたい時にだけ呼ぶ、二人だけの合図。
クレイリアは静かに涙を流し、小さい頃から自分の傍にいてくれた、もっとも信頼した騎士に呼びかける。
「クレイリア様……。」
ヴィローネはそんなクレイリアの姿に、それまでの感情の爆発が嘘のように項垂れる。
そして、クレイリアの前に跪き、最後の忠告を行う。
「どうか、クレイリア様……。 このヴィローネの最後の願いをお聞き届けください。」
もはや仕えることの叶わぬたった一人の主のために、命を賭けて懇願する。
「この少年だけはだめなのです、クレイリア様。 どうか……どうか……!」
地に伏せるほどに頭を下げ、懇願する。
ヴィローネの願いはただ一つ。
クレイリアに幸せに生きて欲しい。
それだけなのだ。
そして、そのためにはミカという少年は危険過ぎる。
あの時見た姿が今も脳裏から離れない。
八人もの子供を叩きのめし、何の感情も籠らない冷えた目で佇んでいた。
もはや動くこともできない子供相手に、『ただの喧嘩』だと、そして『まだ終わってない』と言ったのだ。
喧嘩の強い弱いの問題ではない。
直感したのだ。
怪物――――、と。
ヴィローネは、ミカを排除するために、自ら手にかけることも考えた。
だが、そんなことをすれば恩あるレーヴタイン侯爵家の名前に泥を塗ることになる。
中身がどれほどの怪物であっても、表面上はただの子供なのだ。
如何なる理由があろうと、仕える騎士が子供を手にかければ迷惑をかけてしまう。
そのため、慣れない策を練り、回りくどい方法を使って排除しようとしたのだ。
項垂れるヴィローネに、クレイリアは首を振る。
「残念です、ヴィローネ。 貴女の忠心には、いつも感謝していたのですよ。 それなのに……。」
そこで言葉を詰まらせてしまう。
「……連れて行きなさい。 沙汰はお父様から言い渡されるでしょう。」
クレイリアの命令に戸惑いながらも、騎士たちはヴィローネを立たせようとする。
いくらクレイリア様のためだからと、侯爵の名を騙ったのではどうにもならない。
重罪も重罪。ほぼ斬首以外はありえないような重罪だ。
好き勝手に貴族の名を持ち出されては、国家の根幹が崩れてしまう。
そんなことは、騎士であるヴィローネにも分かっていることであろうに。
ヴィローネは抵抗するつもりはないのか、大人しく騎士たちに従う。
そして、クレイリアはそんなヴィローネの後ろ姿を、痛みを堪える様な表情で見つめ続けるのだった。
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