第74話 バ〇ールでござーる




 王都の学院が始まって二日目。


 ミカは前日の喧嘩騒ぎについてはお咎めなしだった。

 ただし、


「次は処分の対象だぞ。」


 と体育会系せんせいに釘を刺されたが。


 そして、学院生のほとんどが寮で暮らしているため、この一件はすでに学院中の知るところとなった。

 寮の中を歩いていてもそうだが、登校中の現在も知らない人からちょくちょく声をかけられる。


「チビっちゃいのに、中々強えじゃねえか。」

「あんなに可愛いのに、一人でやったんだってー。 すごくなーい?」

「お姫様みたいな顔してる割にやるねえ。」


 うっさいわ!

 チビだの可愛いだのお姫様だの、人の気にしてることをずけずけ言うなや!


 まさに悪目立ちしまくりな状態だが、少なくともこれでレーヴタイン組でミカ以外が標的にされることはほぼなくなったとのこと。

 ミカは学院公認の、初等部一年のボス猿になったらしい。


(まあ、これはしょうがないね。 そのために徹底してやったんだから。)


 ミカに手を出せばどうなるか。

 それを知らしめるために心を殺して、冷徹に叩きのめしたのだ。

 泣きながら、許しを請う子供相手に。


(必要だと判断した。 だからやった。 頭では分かってるんだけど……。)


 レーヴタイン組の皆のためと言い訳して、本当は自分の欲求を満たしただけなのではないのか?

 弱者を甚振り、気ままに踏み躙る。

 自らの傲慢を満たすために。


「ミカ君、大丈夫?」


 リムリーシェが心配そうにミカの顔を覗き込む。

 昨日は、ミカが放免されたのが夕方の門限近くだったため、リムリーシェたちには会えなかった。

 噂で「ミカが勝ったらしい」、「無傷で八人を叩きのめした」と耳にはしたが、随分と心配をかけてしまったようだ。


「大丈夫だよ。 少し落ち着かないけど。」


 ミカはリムリーシェに笑いかけた。

 レーヴタイン組で固まって廊下を歩いているだけだが、偉く注目を浴びている。

 周りが静かになるまでには、少し時間がかかりそうだ。


 ミカが教室に着くと、教室内が一気に騒めいた。

 思わず溜息が出そうになる。

 まあ、昨日は午後の授業をサボっているし、噂の当事者が来たのだからクラスメイトが浮足立つのも無理はない。

 教室内を見回すと、やはり空いているのは昨日と同じ辺り。

 ミカがそちらを見ると、先に来ていたクレイリアの表情がぱぁぁっと明るくなった。

 クレイリアにも、さぞ心配をかけただろう。

 ミカがそちらに向かおうと足を踏み出すと、すぐに両腕を捕まれ、方向転換させられた。


「え? ちょ、ちょっと?」


 見ると、リムリーシェとチャールがミカの腕を掴んで、昨日座った席とは別の場所に向かう。

 教室の出入り口にも近い一画。

 そこは、周りに他領の子たちが座っているが、三つだけ席が空けられていた。


「おはよう。 ありがとうね。」

「……ありがとぅ……。」


 リムリーシェとチャールが、周りにいた女の子に声をかける。

 女の子たちが笑顔で返事を返す。


「え? え? なに?」


 ミカは空いていた席の真ん中に座らされた。


「ミカ君の席はここね。」


 リムリーシェがにっこりとミカに笑いかける。

 驚いて昨日の席の方を見ると、ツェシーリアがニカッと爽やかな笑顔でサムズアップしてくる。

 なに?

 どういうこと?

 そして、そのツェシーリアの向こうで、やはり訳が分からず茫然としているクレイリアが見えた。







「こういうやり方は良くない。」


 昼になり食堂で昼食を摂った後、ミカはレーヴタイン組の皆に言う。

 今朝の教室でのことだ。

 どうやら、ミカをクレイリアから引き離すために強引な手段に出たらしい。

 ミカがクレイリアに話しかけられまくって困っているので、どうにかしようと考えた結果、離れた場所に席を確保したのだという。

 休憩時間のたびにリムリーシェとチャールがさっさとミカを教室の外に連れ出し、授業が始まるぎりぎりに戻る。

 こうすることでクレイリアが話しかける隙を与えない作戦だ。

 しかし、こんなことに他領の子にまで話を通すとか、いつの間にそんな交渉上手になったんだ?

 新しい寮でも上手くやっているようで、お兄さんは安心したよ。…………ったく。


 すでにミカの名前は学院中に轟いており、クラスメイトの女の子たちも昨日の午前中の様子は知っていた。

 そこで、ミカを助けるためにと結託し、予め席を用意しておいてくれたのだという。

 ちなみに、メサーライトたちには今朝の登校中にツェシーリアが話しておいたのだそうだ。


「でも、ミカも困ってたじゃん。」


 ツェシーリアが唇を尖らせて反論してくる。


「それは確かに困ってたよ? まさか侯爵家のご令嬢から様付けで呼ばれてさ、機嫌も損ねるわけにはいかないし。 でも、こういう方法は好きじゃない。」


 まるで、クラス全体でクレイリアを除け者ハブにしているようではないか。

 だが、ミカの主張に納得いかないのか、ツェシーリアがぷいっと横を向く。


「ごめんなさい。」

「……ごめん……。」


 リムリーシェとチャールが、しょんぼりしながら謝ってくる。


「怒ってるわけじゃないから、そんなに落ち込まないで。 僕のことを考えて、ってのは分かるから。 ありがとうね。 でも、大丈夫だから。」


 ミカはなるべく暗くならないように、あえて明るく言う。

 まあ、そんなことですぐに雰囲気が変わる訳はないのだが。


「でも、じゃあどうするの?」


 メサーライトが頬杖をつきながら尋ねる。


「どうしよっか?」


 ミカの返答に、乗せていた顎が落ちる。


「何にも考えてないのかよ!」

「あったらとっくにやっとるわ!」


 ムールトが「そりゃそうだ」という顔で頷く。


「とにかく、このやり方は承服しかねる。 ……と言うわけで、ポルナード。」


 いきなりミカに呼ばれ、ポルナードが背筋を伸ばす。


「午後からは席を変わってくれる?」


 午前中、クレイリアの隣の席になったのはポルナードだった。

 おそらく誰もクレイリアの隣になりたくなくて、押し付けられたのだと思う。

 まあ、侯爵家の令嬢の隣なんて、普通の平民なら嫌に決まってる。

 ポルナードは心配そうな顔をしながらも、席の交換に了承してくれた。


「まあ、何かあったら相談するからさ。 それまでは生温かく見守っててよ。」

「……生温かくって、それっていいことなの?」


 ツェシーリアが突っ込む。

 温かけりゃ何でもいいんじゃね?

 ミカが席を立つと、皆も席を立つ。


(クレイリアが食堂から戻る前に、さっさと席の交換しておこう。)


 本人の目の前でやるのは少々勇気がいる。

 しれっと変わってた、くらいで済ませたい。







 クレイリアが戻る前に、無事に席の交換を終える。

 教室に戻って来たクレイリアは意気消沈という感じだったが、ミカが隣の席に座っているのを見て、一瞬で目を輝かせた。


「今日はずっとミカ様とお話しする機会がなくて、がっかりしていました。 よろしいのですか? お席を変わられても?」

「友人が寮で何か約束をしていたみたいで。 午前中はそれに付き合っていたのです。」

「まあ、そうでしたの。」


 クレイリアはにこにこしながらミカに話しかける。

 ミカは昨日と同様、何とか笑顔を張り付けて対応した。

 頑張れ俺の表情筋!


 ただ、昨日と少し違うのは、何とな~く嫌な感じがすること。

 クレイリアの後ろに控える護衛騎士は二人。

 一人は何ともないのだが、ピンクの長い髪の護衛騎士からは何やら不穏な気配が漂う。

 俺もそれなりに気配に敏感になったね、と単純に喜んでいる場合じゃない。


 確か、ヴィローネと呼ばれていた女騎士だ。

 ヴィローネは静かにそこに居るだけなのだが、何となく突き刺さるような感じがする。


(何だ、この人?)


 気にはなるのだが、直接聞くのもちょっと気が引ける。

 というか、聞くような間をクレイリアが与えてくれない。

 クレイリアの「聞いて聞いて」攻撃と、ヴィローネからの突き刺す気配攻撃に、ミカの精神力はごりごりと削られるのだった。







■■■■■■







「バザル。」


 ミカは寮の自室の前でネームプレートを見て、自分の名前と並んで書かれた名前を読む。

 学院の二日目が終わっても、まだミカのルームメイトはやって来なかった。

 一応、寮母のパラレイラには数日入寮が遅れるという話は通っているらしいが。


「話し相手がいないと、退屈でしょうがないな。」


 現在、ミカは暇を潰す手段がほとんどない。

 以前のように”呪われた物パズル”を入手する手段がないし、話し相手もいない。

 新たな寮での生活が安定するまでは仕方ないが、学院以外で活動したいことが多いのにその時間が取れない。

 これまではレーヴタイン組の皆の様子を見て、落ち着くまではなるべく一緒にいるように努めていたのだ。


「ギルドにも顔を出しておきたいんだけどなあ。」


 そろそろ皆も落ち着いてきたし、明日の放課後あたりから王都内の探索に動き出そうか?

 ミカはまだ、冒険者ギルドの場所も分かっていない。

 それなりに近いらしいが「巨大な都市の中で比較的近い」だ。

 正直、あまりアテにはできない。


「まあ、また明日考えるか。」


 ミカは着替えの運動着と、着ていた服を洗濯に出すための布袋を持って、湯場に行くことにした。


 レーヴタイン寮では湯場に洗濯物の布袋を出す所があったが、王都ここでは部屋に持ち帰るというやり方だ。

 使用人のおばちゃんがベッドメイクをする時、その布袋を回収してくれる。

 子供が十数人しかいなかった以前の寮とは違い、王都の寮は一棟で百五十人くらい入っているらしい。

 それだけの子供が洗濯物を出したら、ちょっと置くだけと言っても場所の確保も大変だ。

 だから、各部屋から使用人のおばちゃんが回収する形を採っているのだという。


 寮は男女で二棟ずつ、合計で四棟もあり、合計六百人くらいが生活している。

 他にも三百人弱くらい学院生がいるが、その人たちは「通い」だ。

 貴族の血縁は十数人程度らしいのだが、それなりに裕福な家庭は第三街区に使用人付きで部屋を借りたりしているらしい。

 寮に入れればお金がかからないのに、わざわざ使用人まで雇って部屋を借りるとは、お金持ちってすごいね。


 というか、三分の一が通いってことは、そんなに裕福な家が多いのか?

 メサーライトの家はそれなりに裕福だったって本人が言ってたことあるけど、何であいつは寮に入ってるんだろう?

 なんか、この世界の経済観はよく分からんな。


 ミカが脱衣所に入って行くと、何人かがぎょっとした顔で見てくる。

 メサーライトの情報によると、どうやら女の子が入ってきたと勘違いして、驚く人がそこそこいるようだ。

 最初はミカも何事かと気になったが、理由を聞いてげんなりした。


(付き合ってられるか。)


 と、ずばっと服を脱ぎ捨てて湯場に向かう。

 嘘です、ちゃんと脱いだ服を片付けてから湯場に行きます。

 公衆浴場でのマナーはしっかり守ろうね。

 出張でホテルの大浴場に入った時、マナーの悪い人に辟易していた記憶があるので、その辺はちゃんとします。


 ミカがごしごし清拭していると、何やら視線を感じる気がする。

 だが、深く考えると恐ろしい想像にしか辿り着かないので、深く考えないことにしている。

 こんな所で六年間もお尻の心配をしながらなんて暮らせるか!

 もしがいた場合、”風刃エアカッター”で切り落としてやろうとは思っているが。

 ……どこを、とは言わないけど。


 ミカが湯場から部屋に戻ると、部屋の中に知らない子がいた。

 年齢はミカと同じくらいか、少し上に見える。

 髪を短く刈って、顎や頬には青髭が浮いてる。

 ていうか、もうそんなに髭生えてんのかよ!

 どんだけ発育がいいんだよ!


「もしかして、ミカ殿でござるかな?」


 青髭君が人懐っこい笑顔でミカに話しかける。

 ていうか、すごい語尾をつけてきたな。

 ござる、ときたか。


「あ、ああ……。」


 ミカが少し戸惑っていると、青髭君が自己紹介を始める。


「拙者はバザルでござる。 よろしく頼むでござるよ。」

「バピーールでござーる?」

「いやいや、間は伸びないでござる。 バザルでござる。」

「バピーールでござーる。」


 ミカの頭の中で、数十年前に流行したテレビCMのフレーズと映像が再生される。


(懐かしいな。 ていうか、まだ普通にやってるらしいけど。)


 とある企業のキャッチコピーなのだが、何十年経っても頭に残るようなフレーズを考えつくのだから、本当に才能のある人はすごいと思う。


 バザルはミカのことをジトッとした目で見る。


「もしかして、わざとでござるか?」

「うん。」


 ミカは素直に頷いた。


「悪かったよ。 僕のことはミカでいい。 中々来ないから心配してたんだ。」


 ミカは頭を拭いていたタオルを首にかけ、椅子に座る。


「悪いけど、机とベッドは先に決めさせてもらったよ。 こっちが僕の。 ベッドは上を使ってる。 今さら交換してくれってのは勘弁してくれよ?」


 別にどうしても交換したければ交換してもいいが、正直面倒くさい。

 ミカは部屋の左側の机と上段のベッドを自分が使うと主張する。


「勿論、構わないでござる。 拙者のことはバザルでいいでござるよ。 ただし、ミカ殿はミカ殿と呼ばせてもらうでござる。 どうも、人を呼び捨てにするのは苦手で……。 自分が呼ばれる分には構わないのでござるが。」


 何やらこだわりがあるらしい。

 無理に呼び捨てにしろと言うつもりもないので、快く了承する。


「前はどこかの学院にいた?」

「いや、王都からの入学でござる。 正直、突然のことで拙者の人生設計が壊れたでござるよ。」


 おおう、いきなりヘビーだな。

 まあ、いきなり強制的に魔法学院行きを命じられるからな。

 将来を真面目に考えていた子供にとってはショックだろう。


「じゃあ、寮のルールも知らないだろ? 夕食は?」

「食事は着いてすぐにいただいたでござるよ。 時間があまりないので、先に食べた方がいいと勧められたでござる。」

「じゃあ、ざっと説明するよ。 と言っても、僕が知ってるのはレーヴタイン寮の規則だけど。 王都ここの規則については僕も聞いたことない。 でも、特に困ったことはないかな? 規則自体はあまり変わらないらしいし。」

「そうしてもらえると助かるでござるよ。」


 それからミカは起床や就寝、食事の時間、門限、湯場の使える時間などを説明する。


「それと、女子寮には近づかない方がいいよ。 間違っても入るのは止めた方がいい。 命が惜しければね。」

「それは勿論近づかないでござるが……、何でござるか? 命が惜しければというのは。 穏やかでないでござるな。」

「詳細は不明。 知ってるのは、やらかした馬鹿と、執行する官吏くらいなんじゃない? 少なくとも、二度と娑婆しゃばに戻れないのは確実っぽい。」


 ミカは軽く話すが、バザルは顔色を失くす。

 ミカも話を聞いた時はぞっとしたものだ。

 何でもないことのように話せるようになっている自分に気づいて、思わず苦笑してしまう。


「あ、制服と運動着は? 明日から学院に行くなら貰っておかないと。」


 あまり遅くなると、出してもらえないかもしれない。

 バザルは落ち着いて、慌てるミカを手で制す。


「明日は休ませてもらうことで話はついているでござる。 さすがに乗り合い馬車で六日は堪えたでござるよ。」


 バザルも王都まで苦労して来たらしい。

 ミカも【身体強化】が無かったら、六日の旅路は想像するだけでげんなりする。


「じゃあ、明日はゆっくり休むんだ? いつから行くことになってる?」

「明後日は行くでござるよ。」


 休みが一日しかないのか。

 ミカは少しだけバザルに同情した。







「剣術家の跡取り?」


 ミカが聞き返すと、バザルはこくんと頷く。

 バザルと話をしているうちに、身の上話のような話題になった。


「生まれてからずっと、そのために修行してきたでござるよ。 それがこんなことになって…………結局、一年悩んで家督は継がないことにしたでござる。」


 バザルが言っていた「人生設計が壊れた」、というのはそういうことらしい。

 嫡男でも関係なく、強制的に召し上げるのだから、当然そういう例も出てくるだろう。


(そういや、メサーライトの家も商会だけど、跡取りとかってどうなってるんだ? 長男なのかな?)


 聞いたことがない。

 だが、もしも跡取りだったら、継げなくなるのではないだろうか?


「剣の道は捨て、これからは魔法の道を進むでござるよ。 ……そう、すぐに切り替えられる訳ではないでござるが。」


 バザルはだいぶがっくり来ているようだ。

 自分で諦めた道なら心の置き所もあるかもしれないが、法で強制されてでは未練が残るのも仕方がないだろう。


「僕にはよく分からないんだけど、家督を継ぐことと、剣の道を進むことは別物なんじゃないの?」

「確かに別と言えば別でござる。 だけど、もっとも大きな目標の一つ…………いや、実質すべてが取り上げられたでござる。 続けることに意味があるのかと、散々考えたでござるよ。」


 確かにバザルの言う通りかもしれない。

 ただの趣味なら、続けることにも意味を見出すこともあるだろう。

 だが、家督を継ぐことを目標にしていてそれを取り上げられたのだ。

 もう剣など見たくもないと思ってしまっても不思議はない。


(うーん、だけどなあ……。)


 ミカには少しだけ引っかかるものがある。


「剣の道を進むのって、強くなりたいからじゃないの?」

「それは勿論そうでござる。」


 バザルはしっかりと頷く。


「でも、強くなることと家督を継ぐことに、繋がりはないよね? バザルの目標ってのは強くなること? 家督を継ぐこと?」

「いやいやいや、そこは切り離せないでござるよ。」


 バザルはミカの質問の前提を否定する。


「強くなるための過程に、家督があるでござるよ。 家督を継がない者に、奥義は教えられないのでござる。 強くなるには奥義は必要でござる。」

「ううーー……ん。」


 ミカは腕を組んで考え込む。


「ミカ殿が何を悩んでいるのか、それすら拙者には理解できないでござるよ。 拙者の話のどこに悩むところがあるでござるか?」


 奥義を得て強くなる。

 それは分かる。

 では、奥義がなくては強くなれない?

 そんな訳ない。

 その剣術の始祖は奥義などなくても強かったはずだ。

 だから奥義を自ら体得した。

 そもそも「強さ」の基準など様々だ。

 一つの奥義にこだわる必要がない。


「ものすごく失礼なことを聞くよ?」


 ミカの目が真剣なものに変わる。


「……なんでござるか?」


 ミカの雰囲気が変わったことを察し、バザルも真剣な面持ちになる。


「バザルの家の流派は負けたことないの?」

「それは勿論、負けたことくらいはあるでござる。」


 バザルは睨むような目つきになり、それでもちゃんと答えてくれる。


「だけど、それは個人の技量の問題であって、流派の強い弱いの問題ではないでござる。」

「それは確かにそうだと僕も思うよ。」


 ミカは素直に頷く。


「バザルは家の流派で強くなりたいの?」

「勿論そうでござる。」

「将来、強さを極めたと思っても、流派を興したりしない?」

「は……?」


 バザルは目をしばたたかせる。


「家督を継いでたら、そりゃ流派を興したりはしないかもね。 でもさ、強さを極めるにあたって、もし『もっとこうすれば、もっと強くなれる』って気づいても、流派の型や技にこだわる? それとも強さにこだわる?」

「そ、それは……。」


 バザルは悩みだしてしまった。

 こんな仮定の話に、真剣に考え込んでしまうのだから、バザルは真面目な性格なのだろう。


「『守破離』という言葉があるんだ。」

「しゅはり……?」


 守は、流派の教えを忠実に守ること。流派の型や技を身につける段階。

 破は、他の流派の良いところを取り入れたりして、より自分の型や技を洗練させる段階。

 離は、それまでの流派から離れ、独自のものを生み出し確立させる段階。


「家の流派に誇りを持っているのは分かるけど、それが唯一絶対だとは思いこまない方がいいと思うよ。 もしかしたら、家から離れたことでバザルの方が強くなる可能性もあるんじゃない?」

「それは、確かに可能性だけならあるかもしれないでござるが……。」


 それまでの価値観を、いきなり引っ繰り返すのは容易なことではない。

 それでも、可能性に食らいつく根性と覚悟があるなら、バザルはとんでもない強さを手に入れる資質がある。


 それは、歴史が証明している。

 新たなルームメイトがどちらを選択するのか、ミカは楽しみにしながら待つことにした。




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