第73話 狂気の子




「頼むから、僕の憂さが晴れるまで立っててくれよ?」


 ミカが子供たちに向けてそう言うと、子供たちは顔を見合わせて笑い出した。


「ぎゃははは、何言ってんのこいつ?」

「何余裕ぶってんのぉ?」

「本当は足震えちゃってるんだろー?」


 口々にミカのことを嘲りながら、後ろの一人が不意打ちでミカに殴りかかる。

 ミカは右足を軸に、その場でくるんと半回転。


「と、とと……。」


 ミカを後ろから殴ろうとした男の子の拳が、先程までミカの居た場所で空を切る。

 男の子がバランスを崩しながらミカの横で踏鞴たたらを踏むので、その背中を突き飛ばしてやる。

 男の子は勢い良く、ミカのことをにやにや笑って見ていた、別の男の子にぶつかっていった。


 ミカはそれを見届けることなく、すぐさま一番近くに居た男の子に飛び掛かり、両手で襟首を掴む。


「え? あ?」


 そして、全体重をかけて引っ張り、隣にいた男の子にぶつける。


 男の子たちがぽかんとしている間に、ミカは次の獲物に素早く向かう。

 ミカに向かってこられた男の子は訳も分からず、それでも咄嗟に蹴りだけは出してくる。

 その蹴りを躱し、蹴り足を掴んで押し上げながら軸足を思いっきり刈った。

 足を刈られた男の子は勢い良く空中で一回転して地面に落ちる。


 五人の男の子は何が起きたのか分からず、ぽかんとして座り込んでいる。

 残りの三人も、やはり何が起きたのか理解が追いついていないようで、棒立ちしていた。


 そんな子供たちを見て、ミカは溜息をつく。


「えーと……。」


 気まずそうに頬を掻く。


「もうちょっと、やる気出してもらっていいかな?」


 ミカは苦笑する。


(これじゃあ、”突風ブラスト”も必要ないかな?)


 【身体強化】は使わないが、魔法はバレない程度に活用するつもりだった。

 だが、この調子では魔力範囲を使って側背さえ気をつければ、”突風”が無くても圧勝は間違いない。


「て、てめえ……っ。」

「こいつ、ぶっ殺すぞっ!」

「ナメやがってっ!」


 我に返った子供たちが立ち上がった。

 その形相はなかなかに大変なことになっている。


(子供のうちからそんな悪そうな顔するようになっちゃって。 将来、ロクな大人にならないぞ?)


 とても十歳の子供とは思えない、酷い目つきだった。

 暴力で他人を踏み躙るを知っている者の顔。


(レーヴタインがどうのとか言ってたしな。 皆に目が行く前に、俺に憎悪ヘイトを集めておくか。)


 自分に敵意を集め、徹底的に叩きのめし、その上で心を折る。

 群れで少数を襲うのは動物としては正しいが、それを露骨に人間社会に持ち込まれると厄介だ。

 それも、こんな子供たちの小さな社会コミュニティではなおさら。

 単なるストレス解消なら適当に遊んでやればいいやと思ったが、少々意味が変わってきた。

 レーヴタイン組の皆のためにも、ここは張り切る必要がありそうだ。


 横から殴りかかって来た男の子の右脇腹に、抉るようなパンチを入れる。


肝臓レバー。)


 ミカの後ろから掴みかかってきた男の子には、振り向き様に腹の少し上にパンチを入れる。


(鳩尾。)


 ついでに近くに寄って来た子の首にも手刀を入れていく。


(喉。)


 ミカは魔力範囲で位置や動きを確認しながら、とりあえず一撃ずつ急所に打撃を打ち込んでいく。

 魔獣の速い動きに比べれば、如何にも遅い。

 ミカも【身体強化】を使っていないので素早く動くことはできないが、それでも動きを把握していれば簡単に捌ける。


(……完全にど素人の動きだな。 まあ、俺も体術なんか習ってないけど。)


 レーヴタイン領の学院では、棒を使った”型”だけはやらされたが、結局それが何なのかの説明はなかった。

 それでも、その棒を使って攻撃をどう捌けばいいのか、動きだけは叩き込まれた。

 要は、その棒が素手に変わっただけだ。

 相手が武器を持っているなら難しいが、素手同士なら問題ない。

 魔獣相手には役に立たなかった急所の知識も使い、効率的に、そして確実に打撃を入れていく。


 二人同時に殴りかかって来たのを躱し、横腹にパンチを入れようとしたところで別の男の子が後ろから掴みかかる。


(後ろが先か。)


 殴ってからでは間に合いそうにない。

 ミカは振り返りもせず後ろに蹴りを繰り出す。

 その蹴りは丁度相手の膝に入ってしまい、ゴリッという嫌な感覚が伝わってきた。


(あ、やっちゃった。)


 掴みかかってきた勢いもあり、膝を壊してしまった。

 膝を壊された男の子は、「ぐっ!?」と呻き、次の瞬間に悲鳴を上げる。


「ぎぃやあああああーーーーーーーーーーーーっ!?」


 その様子を見て呆気に取られる、目の前の男の子にも容赦なく肝臓レバー打ちをお見舞いする。

 残りの男の子たちも、足を押さえて悲鳴を上げる男の子の様子に怯んでしまう。

 ――――が、ミカはそんなこと関係なく、淡々と子供たちの急所に打撃を打ち込んでいく。


「痛いぃーーっ! 痛いよぉーーーっ!」

「煩い。」


 膝を壊され泣き喚く男の子の顎先を軽く蹴って、脳震盪を起こす。

 どうせ学院には【癒し】を使える教師がいる。

 少々やり過ぎたが、まあ問題はないだろう。


「……てめえ、こんなことして、タダで済むと思ってんのか……!」

「ん?」


 全員が地面に転がり、喉に手刀を喰らった男の子が、喉を手で押さえながら苦し気に言う。

 ミカを恨みの籠った目で睨みつけ、如何にも「後で憶えてろよ!」と言いたげな様子だ。


……? 何か、勘違いしてない?」


 ミカはその男の子の前まで行き、目の前にしゃがみ込む。

 男の子は、ミカを射殺さんばかりに睨みつける。


「何終わったつもりになってんの?」

「あ……?」


 ミカはゆっくりと立ち上がると、傍に転がる別の男の子の所に行く。

 そして、脇腹を押さえて呻くその子の横腹を蹴り飛ばす。


「”突風ブラスト”。」


 と小さく呟きながら。


 ドカッ!蹴り飛ばされた男の子は五メートルほど吹き飛ぶ。

 ミカを睨みつけていた男の子は、その吹き飛ばされた子を唖然とした様子で見つめた。


「心配しなくていいよ。 君たちみたいに『ぶっ殺す』なんて言う気はないから。 殺しはしないよ。 安心してね。」


 先程までミカを睨みつけていた男の子に聞こえるように声をかける。

 ミカは、また別の男の子の傍に行く。


 ドカッ!


 そして、同じように蹴り飛ばす。

 最初に飛ばされた子の近くに飛ぶよう、”突風ブラスト”を調整しながら。


 ミカが次の子供の所に向かうと、その男の子が泣き出した。


「ごめんっ! やだ! やめてよ!」


 ミカは一瞬きょとんとした顔になり、それからにっこりと微笑む。


「やめる訳ないでしょ。」


 男の子がヒッ!と顔を引き攣らせた瞬間、宙に舞った。


 そうして次々に転がる男の子たちを一カ所に集めて回る。

 蹴り飛ばしながら。


 ただし、膝を壊してしまった男の子だけはそのままにしておく。

 さすがにちょっと可哀想だからね。







 ミカは容赦なく、男の子たちを一人ずつ立たせては殴り飛ばし、蹴り飛ばした。


「僕の憂さが晴れるまで立っててって言ったよね? これじゃあ加減しすぎて、反って鬱憤が溜まってくるんだけど。 もうちょっと本気出してくれる?」


 ミカはつまらなそうに言う。

 男の子たちはすでにほとんどが泣き出しているが、それでもミカは手を止めなかった。


(こんなことの何が楽しいんだか……。)


 暴力で人を支配することに快感を得る様な、頭のイカれた人がいるのは知っている。

 そして、この男の子たちも、すでにそこに片足を突っ込んでいた。

 ミカの知らない所で何をしようが知ったことではないが、ミカの見える範囲や知り合いがそういう目に遭うのはごめんだ。


 ならば、その泥はミカが被ろう。

 ミカは周りの人には笑っていてほしい。

 辛いことのない人生などあり得ないが、せめて理不尽な目に遭うようなことは避けてほしい。

 そのための防波堤にミカがなれるなら、いくらでも心を凍てつかせ、力を振るおう。

 人の野蛮さを知っているからこそ、必要悪として暴力を用いることに躊躇いはない。


 ミカは一人の男の子の前に立つ。

 ミカを睨み『タダじゃ済まさねえ。』と言ってた子だ。

 すでに逆らう気はないのか、睨んできたりはしない。

 だが、悔しさがその表情から分かる。

 まだ心が折れていないらしい。

 他の子は皆、ただただこの悪夢のような時間が過ぎ去ることだけを願い、許しを請うているのに。


「さ、次は君の番だね。」


 ミカはわざと明るく笑いかける。


「何で、こんな……っ。 もういいだろう! ……がっ!?」


 ミカは笑ったまま、その子を殴りつける。


「何言ってるの? 君たちが望んだことだろう? 『どっちが上か』だっけ?」

「お、お前が上だ! それでいいだr……ぐっ!?」


 また殴りつける。


「僕が上でいいの? でも、。 どっちが上か、さ。 ……だから、付き合ってね。」


 ミカは努めて明るく言い放つ。


(お前らの意思で終わるんじゃない。 俺が終わりだと言うまで続くんだよ。)


 それを刻みつける。

 自分たちの意思など欠片も考慮してもらえないことを、骨の髄に刻み込む。


「どうせ午後の授業はサボりだし。 寮の門限は六時でいいのかな? まだまだ時間はたっぷりあるね。」


 ミカは無邪気に笑いかけた。

 まるで、まだまだ遊べるね、とでも言うように。

 その言葉を聞き、初めて男の子は絶望したような顔をする。


「も、もういいじゃねえか! お前の勝ちだよ! もう、お前らには……うぐっ!」


 ミカは右脇腹を殴る。

 その苦しさに、男の子はうずくまる。


「君は実に馬鹿だね。 僕がまだ分かってないって、さっき言ったろ? それに、これはただの八つ当たりなんだ。 僕の気が晴れるまで、まだまだ頑張ってもらわないと困るよ。」


 ミカは冷たい笑みを張り付けたまま、暴力を振るい続ける。


(どうせこれまで、こうして誰かを踏み躙るような生き方をしてきたんだろ?)


 手や足に伝わる嫌な感触に、少しだけ顔をしかめる。


(その人たちの痛みを、そのほんの一欠片でも味わってみろよ。)


 それからは、ただ無言で子供たちを殴り続ける。

 どれだけ許しを請おうが返事を返すことなく、ただ黙々と作業のように暴力を振るい続けた。







「な、なんだこれは……っ!?」


 ミカが地面に転がった子供たちを眺め、次はどの子にしようか考えていると、そんな声が聞こえてきた。

 振り返ると、ピンクの長い髪をした女騎士がこちらにやって来る。


「――――っ!? 何をやっているんだ、君はっ!!!」


 女騎士が子供たちを見回し、状況の把握に努めている。


「何と言われましても、ただの喧嘩ですが?」

「喧嘩だと!? こんなのが喧嘩なものか!」


 女騎士はそう言うと、一人ひとりの怪我をざっと確認していく。


「ああ、その子は動かさないでください。 膝がイってるので、動かすと大変です。 他の子は……まあ、軽傷ですよ。」

「膝が……、っ!?」


 少しだけ不自然な膝の曲がり方に気づいたようで、女騎士はミカを睨みつける。


「君は……、自分が何をやっているか、分かっているのか……っ!」


 女騎士の剣幕に、ミカは肩を竦める。

 やり過ぎだと言われればその通りだろう。

 見せしめのつもりで、あえてそうしているのだから。

 こういう手合いは、ただ勝つだけでは恨みを増大させるだけの結果になる。

 腐った性根の持ち主を甘く見てはいけない。


「ここで貴女と問答をするつもりはありません。 まだ終わってないので、あっちに行っててもらえませんか?」

「終わってないだと!?」


 女騎士は驚愕し、それから少しだけ躊躇った後に腰につけた呼び笛を手にする。

 ピッピッピッと三回短く吹くのを数回繰り返す。

 すると、しばらくして体育館のような建物の向こうから、四人の騎士が走ってきた。

 騎士たちが皆同じ鎧を着ているところを見ると、おそらくレーヴタイン領からの騎士だろう。

 クレイリアの護衛は、教室にいた騎士だけじゃなかったらしい。


「なっ!?」

「どうしたんだ、ヴィローネ!」

「何があった!?」


 やって来た騎士たちが、ヴィローネと呼ばれた女騎士に声をかける。


「その少年を拘束してください! それと、学院の教師にも連絡を!」


 拘束って、それはひどくない?

 ミカは肩を竦めると、自分から両手を上げた。


「分かりました。 別に逆らいはしませんから、拘束は勘弁してください。」


 騎士たちも、ヴィローネに言われはしたが、そこまでするつもりはないようだ。


「大人しくしててくれよ。」


 と、一人がミカの横に立って、見張るだけに留めた。


 それから騎士の一人が学院に連絡に行き、しばらくすると教師たちが数人やって来た。

 ミカは現行犯として、学院生の指導室に連行されることになった。







「やり過ぎだ、馬鹿者。」

「ういっす! さーせん!」


 如何にも体育会系のごつい教師がミカの話を聞き、呆れたように漏らす。

 何だろうな。この先生を見てると学生時代の部活のノリが蘇ってくる。


「【身体強化】は使ってないんだな。」

「うっす! 使ってません!」

「なら、良し。」


 勿論、使ってない証明などできないが、ごつい教師はそこを追求したりはしなかった。

 ミカの方が「え、それでいいの?」と逆に聞きたくなるくらい、あっさりしたものだ。

 何と言うかこの体育会系せんせい、非常に話の分かる教師のようで、いくつか面白いことを教えてくれた。


 何でもこういう喧嘩は、毎年入学してすぐに必ずあるのだという。

 そして、その標的になりやすいのがレーヴタインの魔法学院出身の学院生らしい。

 なぜか?

 他の魔法学院出身の子たちと比べて強いからだ。

 そのため、毎年レーヴタイン領出身の子供が学年の中心になるのだという。


 この体育会系せんせいが言うには、レーヴタイン領の学院は他の学院と比較しても断トツで厳しいらしい。

 他の学院では、最終目標だった五十キロメートル踏破などは勿論やらず、【身体強化】さえ「発現できれば上位の成績」なのだとか。


(やっぱり! 厳しすぎると思った! レーヴタイン領だけだったのかよ!)


 子供にやらせるメニューではないと思っていたが、やはり他の学院では子供にやらせてなどいなかった。

 あの無茶な教育計画カリキュラムを承認したのは、おそらくあの侯爵おっさん

 怖い顔して、中身もやっぱり怖い人だったようだ。


 そんな訳で、入学したばかりの子供たちには、幅を利かせたいなら「レーヴタイン領の奴らに勝ってからにしろ」という空気があるのだとか。

 他領出身の子供たちには、まるでけしかけるように伝わってるらしい。


「よーし、あいつら倒せば俺たちが一番じゃーん。 皆でボコっちまおうぜー。」


 という、非常に頭の悪い子供たちが毎年この話に釣られるそうだ。

 ちなみに、そうした頭の悪い子は皆、十歳からの入学組だ。

 地方の学院出身者に、そんなアホはいないという。


 そして、あの地獄の遠足を乗り越えてきたレーヴタイン出身の学院生が、ただの子供相手にそう簡単にやられる訳がない。

 ミカのように一人で八人を相手にするようなことはないが、それでも少数で多数を圧倒するのが毎年の恒例らしい。

 中には【身体強化】を使ってしまう子供もいるようだが、それについても基本的には口頭の注意だけで済ませている。

 これは、入学直後の一時期だけの特例らしい。


(そこまで分かってんなら、ちゃんと止めてくれませんかね?)


 と思わずにいられないが、学院はこの「格付け」を容認しているようだ。

 すでに二年間魔法学院を耐えてきた子供は、そうでない子供がどうやっても敵わないのだと分からせるために。


(まあ、確かに言って聞くような子たちじゃなさそうだったね。)


 しかし、それで矢面に立ったミカとしては思うところがなくもない。

 いくら自分から進み出たとはいえ……。







 それから数人の教師が指導室を出入りしつつ、被害者?の子供たちの証言なども加味して詳しい状況がほぼ出揃った。

 ちなみに子供たちはすでに【癒し】を施してもらい全快している。

 膝の怪我も問題なく治ったそうだ。良かったね。


(ひどいことをする奴がいたもんだ。)


 と、他人事のように思いながら、教師から聞かされる話に耳を傾ける。

 まあ、喧嘩のきっかけはミカも当事者なので聞くまでもない。

 あの男の子たちが嘘を言うかと思ったが、やっぱり嘘をついていた。

 だが、食堂でのやり取りは目撃者が沢山いる。

 向こうから挑んで来たのは分かっているので、どんな言い訳を作ろうがあまり意味はなかったようだ。


 ミカが不思議に思ったのは、クレイリアの護衛騎士がなぜあんな所に来たのか、だ。

 これも体育会系せんせいが教えてくれた。


 レーヴタイン組の皆はミカと別れた後、食堂から教室に戻ったらしい。

 その時、リムリーシェが心配してミカの後を追おうとしたらしいが、これはツェシーリアとムールトが説得して止めてくれた。

 ムールトには【身体強化】なしで、なんて話をしたが、いざとなれば【身体強化】がある。

 だから、少なくとも負けることはない、と。

 教室に戻ってからはクレイリアが、ミカがいないことを不審に思ったが、レーヴタイン組は口を噤んだり適当に誤魔化してくれた。

 午前中の様子で、皆から多少なりとも反感を買っていたらしい。

 だが、授業が始まり、その授業が終わってもミカが戻って来ないことでクレイリアが暴走した。


「レーヴタイン侯爵家の者として尋ねます。 包み隠さず、正直に答えなさい。 ミカ様はどこですか。」


 侯爵家の名前を持ち出して、レーヴタイン組の皆に迫ったらしい。

 こうなると、隠し通すのは難しい。

 下手なこじれ方をすると、本当に罰せられかねないからだ。

 子供が弾みで、ちょっと嘘をついただけ、隠し事をしただけ。それで済まないのが貴族という存在だ。

 その辺りのことをメサーライトが敏感に察知し「ここで誰かが意地になって、迂闊なことを言ってはまずい」と食堂での一件を話した。


 これはメサーライトのファインプレイだ。

 あとで頭を撫でてやろう。


 こうして、ミカが八人の男の子に連れて行かれたことを知ったクレイリアは、教室を飛び出してミカを探しに行こうとした。

 だが、さすがにこれは護衛騎士たちが引き留め、代わりにあのヴィローネとか言う女騎士がミカを探しに来た、というわけだ。


「皆には悪いことしちゃったな。」


 まさか侯爵家の名前を使って迫られるとは思わなかっただろう。

 平民からすると、貴族とはその存在だけで恐怖の対象だ。

 それは、ミカの”学院逃れ”疑惑の時の、アマーリアやロレッタの様子で知ることができる。

 領主に判断してもらう必要がある、と伝えられた時のアマーリアとロレッタは、それだけで恐怖に震えていた。


(しかし……、クレイリアもそこまで皆の反感を買ってしまったか。)


 こっちも問題と言えば問題だ。

 関わらないで済むならどれだけ反感を持とうが、放っておいてもいいだろう。

 だが、毎日顔を合わせ、クレイリアの方からミカに関わって来るのだ。

 これも放置していては、先々にまずい事態が起こりかねない。


(それに、そう悪い子でもないんだよな。)


 ミカはレーヴタイン侯爵家で会った時のことを思い出す。

 ミカの耳のことを案じ、どうしてもお礼が言いたかったとはにかんだ。


「また、王都でお会いましょう。」


 そう言った時の、クレイリアの弾けるような笑顔をミカは思い出していた。







■■■■■■







【ヴィローネ視点】


 王都にある、レーヴタイン侯爵家別邸の廊下。


「はぁー……。」


 ヴィローネは濡れた髪を拭きながら、思わず溜息を漏らす。

 湯場で汗を流し、自分に割り当てられた部屋に戻るところだった。


「どう言えば分かっていただけるのか……。」


 ようやく王都の魔法学院の初日が終わったが、想像以上に深刻な問題が山積みだった。

 クレイリア様が、ミカ・ノイスハイムとかいう少年に興味を持っていることは前から分かっていた。


 一年前の誘拐事件。

 クレイリア様をお救いした、少女のような見た目の少年には、ヴィローネも心から感謝していた。

 だが、所詮は平民の子供。

 興味があるからとあまり深く関わろうとするのは、少々困りものだなと思っていた。


 クレイリア様には同じ年頃の友人がいないため、同じ年齢の子供が集まる魔法学院には特に強い興味を示していた。

 あのミカ・ノイスハイムという少年は、そういう意味でもクレイリア様の興味を引く存在なのだ。


 卑劣な賊から救い出してくれた英雄であり、魔法学院に通う同じ年の少年。

 しかも、一年前からその気持ちを温めていたのだ。

 これはもう、ヴィローネが口でどう言っても、中々聞き入れてはもらえないだろう。

 だから、最初のうちは多少のことは目を瞑ろうと思っていた。

 だが――――。


「……相手が悪すぎる。」


 何人もの子供が倒れていた。

 そんな中に佇む、一人の少年。

 ヴィローネに気づき、振り向いた時のあの冷えた目。


 危うく、剣に手をかけるところだった。


 ヴィローネは、顔を見ても一瞬ミカ・ノイスハイムだと気づかなかったのだ。

 クレイリア様に命じられ、自分が今まさに探していた相手だというのに。


(これは、本当にあの少年なのか……?)


 ミカ・ノイスハイムだと気づいてからも、とても信じられなかった。

 一年前、クレイリア様が礼を伝えた時に照れくさそうに微笑んでいた少年。

 午前中、クレイリア様に話しかけられ、困惑しながらも何とか笑顔で対応していた少年。


 その少年と、今目の前にいる少年が、ヴィローネにはとても同じ少年には見えなかった。

 自分の知るミカ・ノイスハイムは、こんな狂気を滲ませるような少年ではなかったはずだ。







「ミカ・ノイスハイムという少年は危険です。 クレイリア様のお傍に置くには相応しくありません。」


 教室に戻ってミカ・ノイスハイムを見つけたことと、その状況をお伝えした時に、そうご忠告申し上げたのだが。


「確かに、少しいき過ぎたところがあったようですね。 ですが、相手は八人ですよ? 下手に加減をすれば、一方的にやられていたのはミカ様の方です。 私、今回の件はミカ様に非があるとは思えません。」


 それは、状況を考えれば確かにそう見える。

 だが、問題はそんなことではない。

 それらをいくら説明しても、クレイリア様に聞き入れてもらえなかったのだ。


 それどころか――――。


「可愛い顔して、中々勇ましいじゃないか。」

「八人を返り討ちか。 こりゃ将来有望だな。」

「あのクレイリア様を救い出したって少年だろ? 【神の奇跡】だけじゃなくて腕も立つのか。」

「欲しいな。 将来、侯爵軍うちに来てくれないかな。」


 ヴィローネの報告を聞いた騎士たちですらこうなのだ。


(あの少年は危険なんだ! なぜ皆それが分からない!)


 ヴィローネは、椅子に叩きつけるようにタオルを投げた。

 そうして、ベッドにどさっと腰掛ける。

 ヴィローネの目が虚空を睨む。


「私が、クレイリア様をお守りしなければ……!」


 暗い部屋に、ヴィローネの呟きが響いた。




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