第72話 お前、どこ中だよ?




 レーヴタイン組で学院内の見学をした次の日。

 今年入学する子供たちを食堂に集めて、一斉に制服と運動着の支給が行われた。

 女の子の方も、今日は女子寮で同じように制服の支給が行われるらしい。


「はい、ミカ・ノイスハイム君。 124センチメートル。 小さいわねえ。」


 うっさいわ。

 一言多いんじゃ。


 ミカは身長や肩幅などが書かれたメモをおばちゃんに渡され、制服の受け取りの列に並ぶ。

 こうして同年齢の子供が集まってみると、ミカの身長の低さがより際立ってしまう。


(……成長はしている。 ……してはいるんだが……。)


 ミカの身長は毎年五センチメートルずつ伸びている。

 問題は、周りがそれ以上に伸びていることだ。


(魔法で身長伸ばせないか……? 癒しの魔法で骨折は治せたんだ。 不可能ではないはず。)


 いざとなれば、遺伝子でも何でもいじってやる所存だ。

 ただし、身長に関わる遺伝子が特定できていない状態で適当にいじれば、命に関わるが。


「もうちょっと伸びてると思ったんだけどなぁ。」


 そんなことをぶつぶつ言いながら、メサーライトがミカの後ろに並ぶ。

 普段あまり意識しないでいたが、こうして改めて見るとメサーライトの身長は順調に伸びている。

 おそらく、平均くらいの身長なのではないだろか。

 ミカがメサーライトを何気なく見ていると、その後ろにムールトが並ぶ。

 ムールトにいたってはもはや同学年とは思えない。

 一つ二つ年齢誤魔化してないか、こいつ?


「うわ、ムールト君151センチメートル!? 大き過ぎだよ。」


 メサーライトがムールトの持っているメモを見て声を上げる。

 どうやらムールトは150センチメートルを超えているらしい。

 確かに、こうして集められた中でもムールトは大きくて目立つ。


 ミカがムールトを見上げていると、ふと目が合った。

 そして、ふっと鼻で笑われた。


(こ、この野郎……!)


 ミカの握った拳がぷるぷる震える。

 その差、27センチメートル。

 もはや自然の成長に期待していては覆すことなど不可能なレベル。


(やはり、やるしか……っ!)


 遺伝子操作という、禁断の扉を開く時が来たか。

 元の世界ですら禁止されていた、悪魔の実験。

 ミカがマッドサイエンティストの領域に片足を突っ込もうとしていた時、ミカの順番がきた。

 様々なサイズの制服や運動着が入れられた、山と積まれた箱の前にいるおばちゃんにメモを渡す。


「制服四セット、運動着六セットで。」


 王都の魔法学院でも、普段着として運動着を貰うことは許可されている。

 制服も冒険者として活動していると汚すことも多く、多めに貰っておく。


 ミカが山のような支給品を抱えて食堂の出入り口に向かうと、寮母のパラレイラが椅子に座って、ジョッキ片手に食堂の様子を眺めていた。

 パラレイラはこの寮に来て、最初に対応した女性だ。

 まさか寮母じゃないよなと思ったが、そのまさかだった。

 いつもジョッキを片手に酒を飲み、寮母としての仕事をしているようには見えない。


「寮のことはおばちゃんたちがしっかりやるから、パラレイラのことはそっとしておいてあげて。」


 寮の使用人をやっているおばちゃんたちは、口々にそう言いパラレイラを諫めようとしない。

 まあ、ミカたちも寮の生活に問題がなければ、パラレイラが仕事をサボろうがどうでもいいことではあるのだが。


(毎日昼間っから酒飲んで。 いいご身分だこと。)


 今もナッツを摘まんでは口に放り込み、制服の支給の様子を眺めているだけだ。


(こんなやる気のない人を寮母に置いておくのはどうなんだ?)


 そう思わなくもないが、関わるだけ無駄だな、と食堂を出る。

 これから五階まで、この大荷物を抱えて上がらなくてはならない。


「やっぱり、エレベーター付けてくれ……。」


 無理を承知で、そう零さずにはいられなかった。







■■■■■■







 そして水の1の月、1の週の月の日。

 今日から王都での魔法学院が始まる。

 王都の制服は黒い生地に袖などの所々に金糸でラインが入っている。裏地は紫だ。

 どうやらこの制服、学院生だけではなく、王国軍の魔法士に正式採用されている物らしい。

 まあ、階級などを表す肩章とかが無いため、魔法士か学院生かはすぐに分かるようだが。


「……前の濃紺もそうだけど、あんまり濃い色はなあ。」


 汚れがすごく目立つ。

 冒険者としての活動で汚すことの多かったミカとしては、できれば目立たないような色の方が助かるのだが。


「そう? 似合ってるよ、ミカ君。」


 並んで歩くリムリーシェがにこにこしている。

 先程、校舎の前に張り出されていたクラス分けを見て、その結果が嬉しかったようだ。


 ミカはリムリーシェをじっと見る。

 リムリーシェの身長は130センチメートルだった。

 ミカはリムリーシェにも差を広げられていた。

 女の子の中でも小柄なリムリーシェにすら差を広げられる現実に、ミカはショックを隠せずに寝込んだ。

 夜から朝までだが。


 レーヴタイン領の学院の制服は、ミカの成長とともに袖や裾を折り返す必要がなくなった。

 しかし、新たに支給された王都の制服では、再び折り返す必要がある。

 誰が制服の寸法を決めたのか知らないが、担当の官吏を呼びつけて抗議してやりたい。


 ミカたちはレーヴタイン組で固まって、校舎の廊下を眺めながら教室に向かう。


 クラス分けでは、レーヴタイン組は全員が一組になっていた。

 皆で一緒に見に行き、全員がほっとした顔だった。

 ムールトでさえ、最近はこのレーヴタイン組での行動に積極的だ。

 前も学院では一緒に行動することは多かったが、気ままに単独行動をすることも度々あった。

 だが、王都に着てからは借りてきた猫というか、非常に大人しい。

 周りは年上ばっかりの知らない土地。

 心細い部分があるのかもしれない。

 案外可愛いとこがあるのかね、こいつにも。


 王都の魔法学院の今年の入学者数は一三七名。

 毎年百五十名くらいの入学ということなので、今年はちょっと少な目だ。

 その中の五九名が地方の魔法学院出身。

 この五九名が成績によって一組か二組に分かれる。

 残りの七八名、十歳から魔法学院に入った子供たちも三組と四組に分かれ、計四クラスが初等部の1年らしい。


 こうして今日から学院に通うことになった訳だが、実はミカのルームメイトはまだ入寮していない。


(おいおい、大丈夫なのか?)


 他人事ながら少々心配になった。

 ”学院逃れ”と判断されれば大変なことになる。

 寮母のパラレイラに聞くのは嫌だったが、さすがにルームメイトがまだ着いていないのは心配になり、気になって確認してみた。


「問題ない。 領地の官所から連絡は受けている。」


 との答えだった。

 数日遅れで入寮してくるということで、すでに了承を得ている話のようだ。


 教室に着くと、すでにクラスのほとんどの学院生が揃っているようだった。

 一番奥の、後ろの方に纏まって空いている席があったのでそちらに向かうが、そこだけ異様な緊張感が漂う。

 それもそのはず、その場所には一人の女の子が席に着き、その後ろに護衛と思われる騎士が二人もついているのだ。

 教室にいる子供たちは皆「何事?」「何者?」とそわそわしている。


 ミカとしても当然そんな場所には近づきたくないが、そこしか空いていないなら仕方ない。

 誰も先に行きたがらないので、ミカが先頭に立ってその空いたスペースに行く。

 すると、席に座っていたハニーブロンドの長い髪をした、青紫の瞳をした女の子がミカに微笑みかける。

 女の子は優雅な所作で立ち上がると、ゆっくりとミカの前までやって来た。


「おはようございます。 ミカ・ノイスハイム様。 今日、貴方にお会いできることを心待ちにしておりましたわ。」


 そうにっこりと微笑む。

 途端に教室中がざわっと騒がしくなる。

 口々に「何?」「どうゆうこと?」「何事?」「誰だって?」と周囲の子供たちの戸惑いが耳に入る。


「あ、あぁー……。 お久しぶりです。 お元気でしたか?」

「はい!」


 女の子は、満面の笑みをミカに向ける。


(…………誰だっけ?)


 女の子の笑顔に、自分も笑顔で応えながら、ミカは必死になって頭の中を検索した。

 顔に見覚えはある。

 確かそう……、レーヴタイン侯爵の娘だ。

 そう、名前は確か………………………………。

 ………………………………。

 ……………………。


(だめだ。 名前が出て来ねえ。)


 名刺でも貰っていれば、後から見返して顔と名前を一致させることはできる。

 しかし、何の手掛かりもない、しかもリアルタイムでの対応が求められる今は打つ手がない。

 女の子がにこにこと笑顔でミカを見つめ、ミカが作った笑顔を張り付けていると、後ろにいた女騎士が女の子に声をかける。

 ピンクの長い髪をしたこの女騎士にも、何となく見覚えがある。

 勿論名前は分からないが。


「クレイリア様、一度お席に戻られては如何でしょう。 立ち話も何ですし、皆が少々戸惑っております。」

「そ、そうね! 私としたことが……嬉しさのあまり、つい。 失礼しました、ミカ様。」


 クレイリア!

 そうだ、クレイリアだ。


(ナイスだ、女騎士。)


 ミカは心の中で女騎士にサムズアップを送る。


「さあ、どうぞミカ様。 こちらのお席へ。」


 クレイリアは元の席に戻ると、にこにことミカに隣の席を勧める。


(だが断る。)


 などと言える訳もなく、ミカは仕方なく勧められるままに隣の席に着く。

 勿論、張り付けた笑顔はそのままで。


 侯爵の娘に逆らえる訳がなかろう。

 俺だって命が惜しい。

 一瞬、侯爵のおっかない顔が脳裏に浮かんだ。


(そう言えば、王都で会おうとか言ってた気がするな。)


 自分も魔力に恵まれ、家で修行中だとか話していたことを思い出す。

 ミカが席に座ると、リムリーシェも隣の席に座った。

 クレイリア、ミカ、リムリーシェが横並びになる。


「ミカ君、知ってる人?」


 リムリーシェがこっそりと小声で聞いてきた。


(……事件のことは話せないし、じゃあ何で侯爵の娘と接点があるかって説明のしようがないな。 どうすりゃいいんだ?)


 中々の難問にミカが何と答えたものかと逡巡しているうちに、クレイリアからいろいろと話しかけられる。

 リムリーシェに返事を返す間がない。

 ミカの前に座ったツェシーリアたちレーヴタイン組が、話に聞き耳を立てているのが分かった。

 というか、聞き耳を立てているのはレーヴタイン組だけではない。

 ぶっちゃけ、このクラスの全員がこちらに注目している。


(勘弁してくれ……。)


 まだ始まってもいない魔法学院の初日の朝。

 クレイリアの楽しそうな声を聞きながら、今日一日耐えられるだろうかと不安を覚えるミカなのだった。







「はぁあ~~~~~~~~~~……。」


 食堂のテーブルに突っ伏して、ミカがでっかい溜息をつく。

 今は昼休み。

 レーヴタイン領の学院では午前の授業が終わると寮に戻っていたが、王都では校舎内に食堂がある。

 ここで昼食を摂り、午後はまた教室に戻るようだ。


 午前中、授業以外は引っ切り無しにクレイリアに話しかけられ、ミカはずっと愛想笑いで乗り切っていた。

 レーヴタイン組の子供たちは、ミカに事情を聞きたいが中々聞けない状況にそわそわとしていた。


 ちなみに、クレイリアがレーヴタイン侯爵の娘であることは朝のホームルームで伝えられている。

 護衛の騎士が授業中でも出入りする可能性があるが、まあ気にすんなとか何とか。


(無茶言うな! 気になるわ!)


 後ろにあんな騎士が居て、気にならないわけがない。

 そのうち慣れるとは思うが、貴族の血縁が入学するとこれが普通なのだろうか?

 若しくは、あの事件を機に、侯爵がごり押した可能性もある。


「はぁ~~~~~~~~~~~……。」


 思いもしなかった厄介な事態に、ミカはかなり気が滅入っていた。


「じゃあ、食べ終わったことだし聞かせてもらうわよ。」


 ツェシーリアが向かいの席から、ずいっと身を乗り出して切り出す。

 疲れているから、説明の前に飯だけは食わせろ、と言って保留にしていたのだが時間切れのようだ。


 ちなみに、貴族は貴族用の食堂があるらしく、クレイリアはそちらに行っている。

 ミカも誘われたが、さすがそれは丁重にお断りさせてもらった。


「そう言われてもなぁ……。」


 ミカは身体を起こし、天井を仰ぎ見る。

 具体的なことは何も話せない。

 その中で、唯一言えるとしたら――――。


「去年の長期休暇。」


 一言だけ、ぽつりと呟く。

 出せるヒントはこれだけだ。


「長期休暇?」

「去年の?」


 何のことだ?と皆が怪訝そうな顔をする中、「あ……。」とリムリーシェが呟く。


「……一週間、帰って来なかった……。」


 リムリーシェの呟きに、皆が一斉に表情を変える。


「そうよ! 中々戻って来なかった! それでリムリーシェもすごく心配してたわ!」

「そう言えば、あの時は皆でどうしたんだろうって話をしたね。」

「そうそう、戻ってきた時はちょっと残念だったよ……。」

「……心配した……。」


 その時のことを思い出したのか、皆が口々に話しをしている。

 というか、何か一つ変なのが混じってないか?


(お前、戻って来て残念だったってどういうことだ、メサーライトよ。)


 友の思わぬ裏切りに、じとっとした目を向ける。


「あの時、何かあったの?」


 リムリーシェの問いかけに、ミカは黙って目を閉じる。

 口外御法度は侯爵との約束だ。

 これを破ることは許されない。


 ミカ自身、侯爵は信用に足る人物と見た。

 あの事件におけるミカの関りは最小限のものだと、伏せてくれてもいる。

 それを、こんな所で簡単に破る訳にはいかない。


「ちょっと、ミカ! それだけじゃ分からないわよ! ちゃんと説明しなさい!」


 ツェシーリアが更なる詳細を求める。

 ミカはゆっくりと目を開け、正面のツェシーリアを見据える。


「……お前、本当に知りたいの?」


 ミカの思わぬ冷たい反応に、ツェシーリアが口を噤む。


「相手が誰の娘か、分かった上で言ってる? 正気か?」


 ポルナードが、ごくっと唾を飲み込む音が聞こえた。


 その時、不意にテーブルがばんっと叩かれた。


「よぉ、お前らか? レーヴタインの学院から来たってのは。」


 知らない顔の男の子が、テーブルに身を乗り出して話に割り込んで来た。

 他にも七人ほどの男の子が、ミカたちのテーブルを囲むように立っている。


「なんかさぁ、毎年レーヴタインの奴が幅を利かせてるんだって? ふざけんじゃねえってなあ?」

「こういうのは最初が肝心だからなあ。 しっかり教えてやらねえとさ。」

「どっちが上かってなあ。」


 そう言って、馬鹿みたいに笑っている。


(なんだこいつら。)


 見るからに頭の中身が空っぽそうな、品のない男の子が八人。

 ツェシーリアが何か言い返しそうになっているので、テーブルの下で軽く足を蹴る。

 ミカの方を見たツェシーリアに、目で止めるように訴える。


「おぅ、お前らの中で一番強えのはどいつだよ? きっちり教えてやらねえといけねえからよぉ。」


 テーブルに手をついた男の子がそう言うと、レーヴタイン組の皆が一斉にミカを見た。


(ん? こういうのはムールト君の出番じゃないですかね?)


 そう思ってムールトを見ると、ムールトもミカを見ていた。


(おい、ムールト! お前まで俺を見てるのはどういうことだ!?)


 こういう時のためにお前がいるんじゃないのか?

 アイデンティティを見失ってはいけない。


 全員の視線がミカに集まると、男の子たちは一斉に笑い出した。


「おいおいおい!? まじかよ! お前らこんな女の子に負けてんの!?」

「そっちの図体ばっかでかい奴も、こんなチビに泣かされてんの~? まじウケるんだけどぉ!?」


 男の子たちはギャハハハハハハッ!と品のない笑い声を上げる。


「あぁ!?」


 ムールトは自分が馬鹿にされて頭に来たのか、椅子から立ち上がろうとする。


「ムールト。」


 声をかけるが、ムールトは頭に血が上ってるのか止まらない。

 ミカは慌てて椅子から下りて、近くにいた男の子に掴みかかりそうなムールトの腕を掴んで止める。


「よせよ、相手にするな。」

「うるせえ! こいつら全員ぶち殺してやる!」


 どうやら、完全にキレてしまったようだ。

 ミカはやれやれと溜息をつく。


「キミたち、どこ中…………どこの学院から? 学院生同士の喧嘩がまずいのは知ってるよな?」


 ミカは優しく諭す。

 生意気な奴の出身の学院を気にするとか、「お前、どこ中だよ?」とか聞いてるみたいで情けなくなる。

 だが、下手をすると【身体強化】同士のぶつかり合いになってしまう。

 ただの喧嘩では済まなくなる。


「ああ!? ふざけんじゃねえ!」

「学院なんざ関係ねえだろが!」

「学院出身がそんなに偉いのか!? ナメんじゃねえ!」


 …………は?

 君たち、学院出身じゃないの?

 それでそんなにイキり散らかしてんの?

 おいおい、まじか?


「フ……フフ……。」


 何だか、俺も頭に血が上ってきたぞ。

 【身体強化】同士のぶつかり合いなんて、殺し合いになりかねないと心配して損した。


 ミカは小声でムールトに話かける。


「あいつら、強化なしで相手できんの?」

「あ!?」

「強化しないで八人相手できんのかって聞いてんだよ。」

「当たり前だろうが!」

「……絶対にか?」


 ミカが低く抑えた声で聞くと、ムールトも少しだけ冷静になったようだ。

 少しだけ考え込むような表情になる。


「……なしじゃ、絶対とは言えねえ。」


 それはそうだろう。

 数の力というのは圧倒的だ。

 二年間学院で鍛えてきたムールトなら、三人四人は問題ないだろう。

 五人六人となればやや怪しくなるが、それでも何とかなる。

 だが、八人ともなれば、絶対なんて言い切れるものじゃない。


(何だかんだ、こいつも成長してるね。)


 ミカは少しだけ嬉しくなった。


「じゃあ、ここは僕に任せときな。」

「おい、いくらおめえでも――――。」

「僕なら絶対だ。」


 ミカは何でもないことの様にさらっと言う。

 だが、そのミカの雰囲気に、ムールトは嫌な汗が流れるのを感じた。

 それは、初めてミカと喧嘩した日に、教室で話をした時に感じたのと同じもの。


 ミカはムールトにレーヴタイン組の子たちを任せた

 下手にミカを心配して、追って来ないように頼んだのだ。

 こんな下らないことに巻き込んではかわいそうだ。


 ミカは八人の男の子に騒いでも目立たない場所まで案内させる。

 体育館のような建物の裏が、あまり人に見られない場所のようだ。

 一応少し離れているが、女子寮の建物の横にあたり、周囲に何もなく校舎からも見えない。

 男の子たちがミカを取り囲む。


「けっ、のこのこついて来やがって。」

「ナメてるよな、こいつ。」

「このチビ、まじぶっ殺した方がいいんじゃねえ?」


 自分たちで誘っておいて何を言っているのだろう?

 ミカはこっそりと”制限解除リミッターオフ”にして、魔力範囲を展開する。

 別に”風千刃サウザンドエッジ”を使う訳じゃない。

 今、用があるのは魔力範囲による知覚の方だ。

 ミカには魔力範囲これがあるため、【身体強化】をしなくてもこんな奴らには絶対にやられないと断言できる。


「今日はさぁー、いろいろストレス溜まってんだよねー。」


 ミカはのんびりとした口調でぼやく。

 朝からクレイリアに付き合い、愛想笑いで表情筋が攣りそうだ。

 リムリーシェはミカに話しかけようとして、でも話しかけられずに寂しそうな顔をしていた。

 クラスの子供たちからは変に注目され、居心地が悪いったらない。

 そんなクレイリアを諫めようとしない、護衛の騎士たちにもイラついていた。

 何より、侯爵の肩書を気にしてクレイリアにへらへらと愛想笑いしている自分に本気で腹が立つ。


「だからさー、八つ当たりみたいなもんかなー。」


 ミカは軽い口調で話しながら、首を傾けてこきっと慣らす。

 ”地獄耳ビッグイヤー”を有効にする。


「一応、手加減はしてやるけどさ。」


 声を少しだけ低くし、魔力範囲の濃度を上げて感覚を少し上げる。


「頼むから、僕の憂さが晴れるまで立っててくれよ?」


 口の端が上がり、その目に凶暴な光が浮かんだ。




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