第8話 引っ張りだこのかませ犬

 トゥエルバ王立戦闘学園、その初日の授業が終わり、ヴァイツは学園の敷地内の草原にいた。

 そこは寮の裏庭にあたる場所で、片隅には森や湖がある。


 夕食時のいまはちょうど、新入生たちを歓迎する野外パーティが行なわれていた。

 当然のように仲間はずれにされたヴァイツは、オレンジ色に染まっていく水面を眺めながら、木の上で寝そべっていた。


「腹減ったな……」


「……ヴァイツくーん……!」「……おにいちゃーん!」「……ヴァイツ、どこだしーっ!」


 3つの呼び声がだんだん近づいてきて、ヴァイツはやれやれと身体を起こす。


「「「あ、いたーっ!!」」」


「どうしたんだ、3人揃って。パーティじゃなかったのかよ?」


 3人の少女は我先にと枝の下に集まってきて、口々に叫びはじめる。


「そんなのどうでもいいわ! わたし、鐘のところでずっと待ってたのよ!?」


「聞いてください! お兄ちゃんのおかげで、午後の授業もいじめられずにすんだです!」


「ってか、なんでこんなところにいるし!? さんざん探したし!」


「しょうがないだろ、特待生かカマセしかパーティには参加できないし、寮にも入れないんだから」


 この学園は全寮制なのだが、特待生にのみ寮の部屋が与えられる。

 カマセが寮に入る場合は、特待生の誰かの世話係にならなければならない。


「なら、わたしの部屋に……!」「シャイアのお部屋に……!」「いや、あーしんトコに……!」


「言ったろ、俺はカマセは辞めたって」


「まさか、ここで野宿するつもりですか!?」


「ああ、野宿なら慣れてるからな」


「メシや風呂はどうするし!?」


「メシなら森の鳥やウサギを捕まえて食うさ。風呂なら湖があるしな」


「いまはいいけど、寒くなったらどうするつもりよ!?」


「それまでには、ここに家でも建てるとするかな」


「なんてこと……!」「あきれたです……!」「ありえねーし……!」


 3人はいつの間にか仲良くなったのか、円陣を組んでひそひそ話を始める。

 横一列に整列すると、コホンと咳払いをして言った。


「ヴァイツくん、わたしたちの部屋に来て」


「カマセとしてではなく、お客様としてです」


「嫌っていうなら、ここに火を付けるし」


「怖いこと言うな……。まぁ、そこまで言うなら行ってもいいけど、誰の部屋に行くんだ?」


「これからジャンケンで決めるわ」


「そのあとは、日替わりになるです」


「そうやってヴァイツをマワすってことで決定したし」


 それから先は大騒ぎだった。

 3人は命でも掛かった大勝負のようにジャンケンをして、悲喜の叫びを草原じゅうに轟かせる。


 パーティ会場はそれまで大盛り上がりだったのだが、憧れの美姫たちがそれ以上の盛り上がりを見せていたのですっかり消沈していた。


「お……おい……! ヒナタさんとシャイアさんとスカイさんが、あんなとこに……!」


「パーティの主役といえる3人がいないと思ったら、どうして……!?」


「あのカマセ野郎の下に集まって、ジャンケンしてる……!?」


「まさかあのカマセ野郎を取り合ってるのか!? なんで!?」


「見ろよ……! 3人とも、パーティに参加してた時より、ずっと楽しそうにしてる……!」


「くそっ! 俺なんて挨拶しても目も合わせてもらえなかったのに!」


「く……くやしぃぃ~~~~っ! なんであのカマセ野郎ばっかり……!」


「もしかしてあれ、誰のカマセになるかのジャンケンかな!?」


「頼む! 負けてくれヒナタさん! アイツがヒナタさんと同じ屋根の下で暮らすなんて、絶対に許せない!」


「ああ! もしそうなったら嫉妬で頭がおかしくなっちゃうよ!」


 ジャンケンの結果、剣士科の寮に泊まることになったのだが、ヴァイツは知らなかった。

 パーティ会場で【ヒナタファンクラブ】を結成した男子生徒たちが、殺虫剤を撒かれた虫のようにのたうち回っているのを。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 この世界のおける剣士のイメージカラーは黄金。

 剣士科の寮は宮殿のような造りをしているのだが、そこは権威を誇示するかのような黄金の宮殿であった。


 ヒナタと連れ立って寮に入ったヴァイツは、金色だらけの内装にしきりに目を瞬かせている。


「懐かしいな、この金ピカ感。ヒナタと過ごした家を思い出すぜ」


「またすぐに慣れるわ」


「なんか上機嫌だな」


「うふふ、そう?」


 スキップするような足どりのヒナタについていく。

 大理石の廊下は馬車も通れそうなほどの広さがあるのだが、いまはバーベキューパーティをしているせいか人影はまばらで、余計広く感じる。


 ヒナタの部屋は最上階の3階にあり、ホテルのロイヤルスイートばりの豪華な空間だった。

 壁一面が窓になっていて、先ほどヴァイツがいた草原が見渡せる。


「すげぇな。こんなところ、ひとりで住むには広すぎるだろ」


「ええ、誰かさんが親イヌになってくれたら、すぐに賑やかになるんだけどね」


 部屋はいくつもあって、なかにはカマセの部屋もあるのだが、そこは狭いながらもちゃんとベッドなどがあって快適そうだった。


 カマセの待遇というのは家によって千差万別。

 家畜同然の扱いをする家もあれば、ヒナタの育ったソルブレイド家のように使用人のように扱ってくれるところもある。


 ヴァイツはふと、ガラスのケースに首輪が飾られてるのを見つけた。

 それは色とりどりの宝石がちりばめられていて、首輪と呼ぶにはあまりにも豪華すぎる見目をしている。


「それはヴァイツくんにプレゼントするつもりだったものよ。せっかく、おこづかいをはたいてオーダーメイドしたのに」


「お前、こづかい幾らもらってんだよ」


「普通よ。それよりお腹空いたでしょう? 食堂で食べてもいいんだけど、今日はルームサービスにしましょう」


「完全にホテルだな」


 しばらくして部屋のドアがノックされ、ホテルのボーイのような格好をしたカマセがワゴンを押してきた。


「お待たせいたしました、ヒナタ様。ご注文のスペシャルディナー2人前をお持ちいたしました。本日のメインデッシュは……」


 カマセは黄金のクローシュを取って料理を紹介しようとしていたのだが、ヒナタの隣にいた人物を見て、思わずクローシュを落としてしまう。


「し……失礼いたしました! もうひとりはカマセだったんですね! すぐにカマセの料理とお取り替えを……!」


 ワゴンの下から犬用のエサ皿を取り出すカマセを、ヒナタは「結構よ」と声で制する。


「この人はカマセじゃなくて、同居人だから」


「えっ……!? ど……同居……!?」


 するとカマセは耳を疑うような顔をしたあと、ガタガタ震えだした。


「そ、そんな……!? あの、ヒナタ様が……!? 名家のご子息たちに言い寄られても鼻にもかけなかった、あのヒナタ様が……!?」


「あなた、なにを言っているの? もう、さがっていいわ」


「はっ……はひぃぃっ!」


 カマセは直立不動になったあと、開けっぱなしのドアを閉めるのも忘れて走り去っていった。


「わたし、そんなへんなこと言ったかしら?」


「さぁな、それよりも食おうぜ、腹がペコペコだ」


 それからふたりきりのディナーとあいなったのだが、これまでロクなものを食べてこなかったヴァイツはガッついていた。


「うめぇ、さすが王立学園だけあって、メシも最高だな」


「うん、おいしいわね」


「ヒナタが誘ってくなきゃ、今頃はウサギと追いかけっこしてたところだよ」


「どういたしまして」


「まぁ、アレはアレでうまいんだけどな。ありがとうな、ヒナタ」


 燭台の向こうでニッと笑うヴァイツ。

 揺らめくロウソクに照らされたその顔は、少女が知っていたワンパクだった頃と変わりない。

 しかしそこに若きオオカミのような精悍さが交ざっていて、たくましい男らしさが垣間見えた。

 少女は不意打ち気味の胸の高鳴りを覚え、思わず顔をそらしてしまう。


「ん? どうしたヒナタ?」


「な、なんでもないわ。ちょっと辛かっただけ」


「ああ、この料理に入ってるシシトウの当たりを引いたんだな、ヒナタは相変わらず引きが強いな」


 幼い頃のように無邪気に笑うヴァイツに、ヒナタは唇を噛んでいた。



 ――久々に会ってから、ドキドキしっぱなしだわ……!

 それににしても、なんでわたしばっかりドキドキしてるの……!


 なんか、悔しいわ……!

 ヴァイツくんも、わたしと同じ思いになればいいのに……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 食事を終えたあと、ヒナタの勧めでヴァイツは風呂に入った。

 風呂場はプールのような大きな浴槽に、壁はガラス張りで星空を眺めながら入浴できるという贅を尽くした作りになっている。

 湯船の中で今日の疲れを溶かしながら、ヴァイツは大きなため息をつく。


「しかし、ヒナタもかわいくなったよなぁ……あれならモテモテだろうな。もう、付き合ってるヤツとかいるのかなぁ……?」


 ヒナタはなんでもそつなくこなす優等生なので、きっとスマートな恋愛をしているのだろうとヴァイツは思ってる。

 しかし全くそんなことはない。少女はいま、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで戸に手を掛けていた。


 入口のほうでカラカラと音がしたので見やると、そこには……。


「ひ……ヒナタ……?」


 薄布一枚の少女が立っていた。


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