第7話 ギャル格闘家スカイ

「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 しかし後ろ髪を引かれる悲鳴を聞き、ヴァイツは近くにあった岩に座らせるようにヒナタを下ろす。


「悪いヒナタ、ちょっと行ってくるわ」


「えっ、行くってどこに……?」


「アイツも、俺の家族だからな」


「そうなの? じゃ、待ってるからね!」


 手を挙げながら坂道を引き返し、ヒナタの視界から消えるヴァイツ。

 ほとんど垂直のような坂を飛び降りるようにして麓まで向かうと、コーナーの外側の崖っぷちには手だけが見えていた。


「ぐ……ぎぎぎ……っ……! がん……ばん……びぃぃぃ……!」


 三人組のリーダーのガンが、片手で崖につかまり、その下にはバンとビーとスカイがぶら下がっていた。

 崖下までは目も眩むような高さ。下にある道はこれまで走ってきたマラソンコースとなっていて、最後尾の生徒たちの姿が見える。


 落ちたら最後、4人とも保健室送りは免れない。

 ガンは歯ぐきから血が出るほどに歯を食いしばり、手を離さないようにふんばっていた。


「し……しっかりするし! ガン! 落ちたら死んじゃうし!」


「へ……へいっ! 姐さん……! アッシがぜったいに……みんなを……助けてみせまさぁ……!」


 しかし疲労困憊の身体で、3人もの人間を片手で捕まえてぶら下がっていられるのは奇跡に等しかった。

 じょじょに握力がなくなり、ついに崖を掴んでいた手を離してしまう。


「あ……ああっ!?」


 と落ちゆく寸前、飛び降りるようにして現れた人影にガンの手首がガシッと掴まれる。


「お……お前は……!?」


「ヴァイツ! 助けにきてくれたし!」


「へへっ……! ギリギリ、間に合ったみたいだな……!」


 ヴァイツは笑っていたが、その顔は早くも辛そうだった。

 無理もない、先ほどまでのガンの立場を、さらにひとり増えた状態でやっているからだ。

「ば……ムチャだ!」とガン。


「4人合わせて300キロはあるんだぞ!? この俺ですら無理だったのに、カマセのお前じゃ……!」


 と、ヴァイツと目が合ったガンは、呆気に取られる。

 この状況だというのに、ヴァイツはよりいっそう笑っていたからだ。

 まるで、この窮地を楽しむかのように。


「お前……ガンって言ったよな……? お前が踏ん張ってくれたおかげで、スカイは落ちずにすんだんだ……! スカイを助けてくれてありがとうな、ガン……!」


「お……お前、なにを……!?」


「お前のしたことを、ムダにはしないぜ……! う……うぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 瞬転、ガンは夢のような体験をする。己の身体が宙に舞い上がったかと思うと、崖上の地面に叩きつけられていた。


 間を置かずに上からバンとビーがのしかかってきて、最後に降ってきたスカイは積み重なった三人の上にお尻から着地する。


「「「ムギュッ!?」」」


「あ……あれ? あーし、助かっちゃったし……。もう、ぜってーダメだと思ってたのに……」


 積み重なったざぶとんのような男たちの上でアヒル座りをするスカイは、キツネにつままれたような表情になっていた。


 ヴァイツはざぶとんになった集団の横で、大の字になってブッ倒れている。

 全身から滝のような汗を流し、激しく胸を上下させていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! コイツはちょっと、タフすぎるぜ……!」


 喘ぐヴァイツを、ひょっこりと覗き込むスカイ。


「そんなことより、あの女なんなんだし」


 助けてもらったというのに礼もなく、むしろ不機嫌そうにしている。

 ヴァイツもそれが当たり前となっているのか、気にせず身体を起こした。


「ヒナタだよ。お前と同じ、俺の家族だ」


「あーしというものがありながら、なんであの女のカマセになったし? もしかして、あーしを嫉妬させようとしてる?」


「そんなんじゃないよ、さっきも言っただろ、カマセは辞めたって。いまの俺は、誰のカマセでもない」


「なんか、納得いかねーし」


 フグのようにプクッと頬を膨らませるスカイ。

 それは実に可愛らしい仕草であったが、全身からはそばにいる者の肌を刺すようなトゲトゲしいオーラを放っている。

 ガンは「あちゃあ……」と顔を押さえていた。



 ――姐さんが、ぶんむくれモード最上級の【ハリセンボン】になっちまった……。

 ああなるとなにをしてもムダで、しばらくは不機嫌が続くんだよな……。

 あのヴァイツとかいうカマセ野郎も、タイキックの餌食に……。



 しかしガンはこれから、本日二度目の夢体験をすることになる。

 ヴァイツはスカイの不機嫌オーラをものともせず、崖下を眺めていた。


「アイツ、ムカつくよな」


「はぁ?」


「なぁ、久々にやってみようぜ」


「なにを言って……きゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ヴァイツはいきなりなにを思ったのか、スカイの身体をさらって崖から飛び降りた。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 崖上のコーナーには絹を裂くような悲鳴だけが残り、ガンたちは放心状態になる。

 しかしその悲鳴が笑い声に変わったところで、我に返って崖っぷちに飛びついていた。


「あ……姐さんっ!?」


「きゃはははははは! いっけーっ! あーしとヴァイツ、プラス100キロのカップルキィーーーーック!!」


 ヴァイツとスカイはドロップキックの体勢で飛び降りていたのだが、その下には回収獣のブタイガーがいた。

 頭を踏みつけられたブタイガーはノーブレーキで追突した車のように前方に吹き飛び、一回転して倒れる。

 ひしゃげるような悲鳴とともに山道を転がり、後ろにいたバゴガリラを巻き込んでいく。


「な、なんだっ!? どうした、ブタイガー!? うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」


 最終的に山に轟いたのはヴァイツの悲鳴ではなく、まさかのバゴガリラの悲鳴だった。

 ブタイガーの頭をトランポリンのようにして跳ね上がったヴァイツとスカイは見事な着地を決め、そのまま麓に向かって走り出す。


 弾ける笑顔のスカイは、幼い頃のことを思いだしていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 打ち捨てられた大きな納屋、その前では少年相撲のチャンピンのような、大人顔負けの体格のガキ大将がいた。


「ここにさっきまでスカイがいたんだろ!? なら探して捕まえろ! 俺様の新スキルの練習台にするんだからな!」


 怒鳴られ、散っていく子分たち。

 納屋の屋上には、身長1メートルにも満たない幼い少年と少女が身を潜めている。

 床下から迫ってくる声に、少女は地震を怖がるように頭を抱えて震えていた。


「ツナオくん、まだいる……?」


「ああ。アイツ、ムカつくよな」


「ムカつくなんて、そんな汚い言葉使っちゃダメだよ……」


 少年はしゃがみこむと、少女の肩に手を置いて言う。


「このままじゃ見つかっちゃうから、一発逆転しよう」


「一発逆転……? そんなの無理だよ……!」


「大丈夫、俺もいっしょにやるから。ひとりなら無理でも、ふたりでいっしょにやればできるさ」


「ヴァイツくんもやってくれるの……? なら、やる……!」


「よし、じゃあ立って! ここからツナオに飛び蹴りをカマしてやろうぜ!」


「えっ!? ここから!? そんなムチャな……きゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ……それからヴァイツとあーしは、ふたりでいじめっ子たちに立ち向かった。


 それが効いたのか、いじめっ子たちはだんだんあーしを恐れるようになる。

 大きくなるにつれて強くなり、子分も増えて、あーしはよく笑うようになった。


 でも……いま思い出しちった。

 ヴァイツといる時が、やっぱいちばん楽しいし……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 スカイがこれまで見たこともないほどの満面の笑顔になっていたので、崖上のガンたちはへなへなとへたりこんでいた。


「な……なんなんだ……!? あのブタイガーをとんでもねぇ方法でブッ倒すばかりか……ほんの一瞬で、姐さんを笑顔にしちまうなんて……!? アイツ、いったい何者なんだ……!?」


 そんな驚天動地の出来事があったとも知らず、山頂のヒナタはソワソワしていた。

 鐘つき堂の前で体操服に付いた土埃をきれいに落とし、乱れた髪も直す。

 これだけじゃ足りないと思い、近くに咲いていた花を摘んで頭に差していた。


「い……いっしょに鐘を鳴らしたカップルは、永遠に結ばれるのよね……。ヴァイツくん……まだかな……」


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