第6話 世界最速のかませ犬

「う……うそ……!? 100キロの重りを付けられてるのに、こんなに速く走れるなんて……!? しかも、こんな急な坂道を……!?」


「重りを付けての走り込みなら、盗賊のカマセだった時にさんざんやらされてきたからな」


 背後から追いすがるブタイガーをぐんぐんと引き離すヴァイツ。

 しかしブタイガーの背後から、よからぬ叫びが聞こえてくる。


「うほっ! まさかここに来てあんな余力を残していたとは! ブタイガー、もっと飛ばせ! 教頭から、絶対にヴァイツを保健室送りにしろと言われてるんだ! 追いつけなかったらお前をトンカツにしてやるぞっ!」


 バゴガリラはブタイガーをビシバシとムチ打ち、人馬ともども必死の形相で追いあげてくる。

 回収獣というのは速度規定があるのだが、完全にルール無視であった。


 ヴァイツはすでに尋常ならざる汗を流し、爆発寸前の蒸気機関のような荒い息を漏らしている。

 ヒナタからはその表情こそ見えないものの、無理をしているのがハッキリとわかった。


「も……もういいわ! ヴァイツくん、わたしを捨てて! わたしを捨てれば、ヴァイツくんはゴールできるわ! だから……!」


 ヒナタは半泣きでヴァイツにすがった。

 しかし俯いたヴァイツと目が合った途端、言葉を失ってしまう。

 なぜならばヴァイツが想像とは真逆、苦悶とは程遠い、そよ風を浴びているような表情をしていたからだ。


「いまの俺は盗賊なんだ。……知ってるか? 本当の盗賊ってのは、腕を切り落されでもしないかぎりは手放さないものなんだよ」


「えっ?」


「いちど手に入れた宝石はな……!」


 意味を理解するのに数秒かかってしまったが、ヒナタは一拍遅れて耳まで真っ赤になる。

 恥ずかしくなって顔を背けようとしたが、


「……ちょっとキザだったかな、いまのは忘れてくれ」


「訂正するよ」と照れくさそうに笑うヴァイツに、思わず胸がキュンと高鳴る。


「家族ってのは、助け合うもんだろ?」


 トドメのウインクに、ヒナタのハートは完全に盗まれてしまう。

 しかし続けざまの一言で、少女は頬を叩かれたようにハッとなった。


「温まってきたから、そろそろフルスロットルといくか! しっかり捕まってろよ!」


「ええっ!? まだ、本気じゃなかったの!?」


「いっくぜぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」


 ヴァイツが吠えた途端、ヒナタは身体が置いていかれそうなほどの加速を感じる。

 それは尋常ならざる速さで、瞬きほどの間にブタイガーを点にするどころか、先行していた生徒たちの集団をごぼう抜き。


 先頭集団はあちこちで乱闘が起こっていたが、ヴァイツはその間をすり抜けていく。

 風景が水に溶けた絵の具のように流れていき、ヒナタの恋する乙女の顔は見る影もなくなり、ポッカリ開けた口を風で膨らませた変顔で絶叫していた。


「はっ……はひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」



 ――こ……これはもしかして、盗賊の【逃走】スキル……!?

 でもスキルは盗賊の家系に生まれた子にしか与えられないものなのに……!?


 まさかヴァイツくんは、努力でこのスキルを身に付けたっていうの……!?



「うっ……うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ヒナタが叫んでいるうちに、ふたりはとうとう先頭集団の背中を捉えた。


「……あっ、あの子! わたしを襲ったのはあの子たちよ! 注意して、ヴァイツくん!」


 ヒナタが指さしたのは、格闘科の4人組だった。

 3人の坊主頭の男子生徒が騎馬を作り、その上には女子生徒がいて拳を振り上げていた。


「うえーいっ! 落石作戦大成功―っ! これで、あーしの1位は間違いないし!」


 騎馬の先頭にいた男子生徒が「姐さん!」と振り返る。


「もう、ぶっちぎりでさぁ! 1位になった暁には、ぜひアッシといっしょに鐘を……!」


「えーっ、そんなのありえねーし! いっしょに鐘を鳴らすヤツはもう決めてるし!」


「ええっ、姐さんに、そんな男がいたなんて!? ソイツはいったい誰なんで……!?」


 追い上げてきた人影に気づくと、女子生徒は「ああーっ!?」と立ち上がる。

 すると風の抵抗の大きそうな胸が揺れ、ブルマから覗く肉感のある太ももが陽光を受けまばゆく輝いていた。


「久しぶりだな、スカイ!」


 スカイと呼ばれたその少女は、空に溶けるようなスカイブルーの長いくせっ毛をなびかせていた。

 髪の一部を雲のようなシュシュで結うヘアスタイル、メイクの決まった顔だちは明らかにギャルという人種であった。


「やっぱり、ヴァイツも入学してたし! ってか、なんであーしのところにこねーし!?」


「俺はもうカマセはやめたんだ! それじゃ、お先にっ!」


「ああっ、待つし! ……ガン、バン、ビー、もっと飛ばすし! あーしが負けるなんてありえねーし!」


 【ガン】【バン】【ビー】と呼ばれた騎馬三人組の男子生徒。

 リーダーは先頭にいたマッチョの【ガン】で、彼は鼻息を荒くして叫んでいた。


「くそっ……! あのヴァイツとかいう野郎、姐さんのなんなんだ……!? おいバン! そしてビー! いくぞっ、せーの!」


 ノッポのバンと、チビのビーが口を揃える。


「「「……ガンバンビーっ!!」」」


 その掛け声を合図として騎馬はさらにスピードアップ、ヴァイツを逃がすものかと距離を縮めていく。

 そしてついにバトルマラソンはクライマックス、先頭集団は山頂付近の最終のコーナーにさしかかる。


 そこはV字の地形をしていた。急激な下り坂からヘアピンカーブ、曲がった先は壁と見紛うほどの上り坂となっており、テッペンにはゴールテープが揺れている。

 ヒナタは三角形の頂点のような鋭いコーナーを指さして叫ぶ。


「ヴァイツくん、気をつけて! あそこは【人喰いコーナー】って言われてるの! ゴールへの坂を上るために下り坂で勢いをつけると、コーナーを曲がれなくなって崖から落ちちゃうから気をつけて!」


「わかった!」


 下り坂は胃液がせりあがってくるほどの落差があったが、ヴァイツは怯むことなくスキーの直滑降を思わせる勢いで駆け下りていく。

 鼻差で、ギャルの駆る騎馬が追ってくる。


「カマセのヴァイツに負けるなんて、ぜってーありえねー! とばせーっ! 負けたらタイキックだしーっ!」


「「「う……うぉぉぉぉーーーーっ! がんばんびぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」」」


 ヴァイツは下り坂の麓で足を止め、ドリフトするように横滑りしながらコーナーを曲がろうとする。

 減速したところを、アウトコースから騎馬が抜いていく。


「や……やった! これであーしの勝ちだし! ヴァイツといっしょに鐘を……ぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!?!?」


 横薙ぎの突風にさらわれるように騎馬はコースアウト、崖っぷちから放り出される。

 尾を引くような絶叫を背に、ヴァイツはゴールテープを切っていた。


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