第3話 お姫様のピンチ
シャイアは……男の人と、本番が苦手でした。
お兄ちゃん以外の男の人とは、怖くて目を合せることもできません。たとえそれがパパであってもです。
練習では誰よりも魔術をうまく使えるのに、本番になると怖くなって10分の1の力も出せなくなります。
自己紹介でのサンダリアは、練習みたいなものです。
そう自分に言い聞かせていたのですが、壇上にあがった途端多くの人の視線を感じてしまい、震えが止まらなくなってしまいました。
そして、大失敗……。
嘲笑に包まれ、嵐が過ぎ去るのを待つみたいにうつむいていました。
もう、誰の顔も見られません。こみあげてくる恥ずかしさと悔しさ、そしてあふれそうになる涙を拳を握りしめてこらえるのに必死だったのです。
「ぎゃははは! なんだいまの!? たったの2って!?」
「雷撃魔術っていうより、あれじゃ静電気じゃない!」
「マギアルナールっていえば賢者の名門だろ!? すげぇのが来ると思ってたら、まさか静電気とは!」
「あんなの魔術を使わなくても、セーターを脱げば誰だって起こせるわ! きゃはははは!」
「ぶははははははは! まさかのおバカだったとは! シャイア君は虫みたいにちっこいから、叩いたらプチッて潰れちゃいそうなのである! よって、シャイア君はマイナス10点なのである! カマセでもないのに減点なんて、我が校始まっての珍事なのは否めないのである! ぶははははははは!」
そ……そんな……!? 減点されたことがパパに伝わったら、シャイアは……!
も……もういちど、もういちどやらせてくださいっ……!
でも、言葉が出ません。「あっ……うう……」ってへんな呻きが口から漏れるばかりで、みんなはさらにシャイアを笑います。
イナマズ先生は犬を追い払うようにシッシッと手を動かしていました。
「さぁ、ここはおバカがいつまでも立っていていい場所じゃないのである! さっさと自分の席に戻って、自分のおバカっぷりを猛省するのである!」
シャイアはうつむいたまま、歯を食いしばって教壇を駆け降りました。
みんなの嘲笑のアーチの中、自分の席に向かって階段を一気に駆け上がります。
シャイアは身体が小さいのでちょこまかした走り方になるのですが、それがまたみんなの笑いを誘います。
途中、中腹にある踊り場の床のところに、インクのようなものがぶちまけられているのが目に入りました。
……どうしてこんなところにインクが……? さっきまで無かったのに……?
そう気づいた時にはもう手遅れでした。
死角から伸びてきた足にシャイアはつまずき、勢いあまってインクだまりに向かってダイブしていました。
「こんな単純なイタズラに、あっさり引っかかるなんて! バーカ! バーカ!」
「きゃはははは! アンタのことはずっと気に入らなかったのよ!」
「あははははは! 落ちこぼれだってわかったから、もう遠慮しないわ! これからたっぷりいじめ抜いてやるから覚悟なさい!」
心無い嘲りがステレオでシャイアを責めます。
スローモーションの世界で、シャイアは猛烈に後悔していました。
……ああっ……! このままじゃインクの中に突っ込んで、全身インクまみれに……!
でも、もうどうしようもありません。目を閉じると、瞳の端に涙が滲みました。
瞼の裏には、真っ黒になったシャイアを笑うクラスメイトたちの顔が浮かんでいます。
願わくば、このまま床で頭を打って死んでしまいたいとさえ思いました。
やがて、最後の瞬間がやってきます。
……シャイア、いっしょうけんめいやりました……。
シャイア、がんばりました……。
でも……やっぱりダメでした……。
この学園から、追い出されちゃいます……。
ごめんなさい……そして……さよう……なら……お兄ちゃん……。
……ドッ……!
とぶつかった感触は、床というよりも壁のような当たり具合。
それも、不思議と懐かしい感触の壁でした。
ごつごつしてるのにあったかくて、ずっとこうしていたくなるほどに心地いい……。
まるで神様に頬ずりされているみたいで、シャイアはこんな時だというのに、すべてを忘れてその壁に身を委ねてしまいそうになります。
しかし我に返っておそるおそる顔を上げると、そこには……。
「お……お兄ちゃん……!?」
なんとそこにはお兄ちゃんがいて、シャイアの身体を包み込むように抱きしめていました。
お兄ちゃんは、シャイアにイタズラを仕掛けた女子生徒たちを無言で睨みつけています。
「う……ううっ……!?」「な……なによ、あんた……!?」
その声だけで、いじめっ子たちが気の毒なほどに狼狽しているのが手に取るようにわかりました。
「そこ! なにをやっているのである! 次はカマセ君の番なのである!」
教壇のほうからイナマズ先生の声がして、不意にシャイアの身体がひょいっと持ち上げられました。
お兄ちゃんはシャイアを抱っこして、階段を下りはじめます。
ちょっとびっくりしてしまいましたが、黙ってされるがままになりました。
お兄ちゃんに助けられて嬉しくて、もうちょっとそばにいたいと思ったからです。
でもクラスメイトの前で抱っこをされるのはすこし……いえ、とっても恥ずかしかったです。
「うわっ、カマセのくせしてお姫様抱っこしてる!」「キモっ、カマセのクセになにカッコつけてんの!」
まわりの女子生徒たちのヒソヒソ話が耳に入り、シャイアは思わず人見知りな赤ちゃんみたいにお兄ちゃんの胸板に顔を埋めてしまいました。
お兄ちゃんは気にしていない様子で、シャイアを抱っこしたまま教壇にあがり、イナマズ先生に言いました。
「先生、俺がサンダリアでここにいる誰よりも高い威力を出したら、さっきのシャイアの減点はナシにしてもらえますか」
思わぬ一言に、シャイアは「えっ?」となりました。
シャイアだけでなく、イナマズ先生やクラスメイトたちも呆気に取られています。
しかしすぐにイナマズ先生は笑い飛ばし、続けてみんなも大笑いしていました。
「ぶははははは! おバカのカマセがなにを言い出すかと思ったら! しかしそこまで大口を叩くということは、それ相応の覚悟は否めぬであろうな!?」
「ええ。もし高い威力が出せなかったら、俺をマイナス100点でもなんでもしてください」
ま……マイナス100点……!?
そんな減点を受けたら、お兄ちゃんは次のテストをいくらがんばっても、落第に……!
「だ……だめなのです……!」
シャイアは止めようとしましたが、イナマズ先生の声にかき消されてしまいました。
「言ったであるな!? ならば受けて立つのである! いまさらウソでしたと言っても否めぬので……!」
しかしそのイナマズ先生の大声すらもかき消されてしまいます。
外から差し込んでいた陽の光が消え去り、窓を揺らすほどの大雨が叩きつけてきたからです。
それまで空には雲ひとつ無かったので誰もが驚いていましたが、お兄ちゃんだけは眉一つ動かしていませんでした。
まるで、この異常気象を引き起こした張本人であるかのように。
そしてお兄ちゃんはただ息を吐いたのですが、次の瞬間、教室からすべての色が失われて白一色になりました。
窓の外からすさまじい閃光と衝撃が襲ってきて、気づくとシャイアはお兄ちゃんの腕のなかで胎児のように丸まっていました。
なにが起こったのかわかりませんでした。視界は激しく明滅し、耳がキーンと鳴ります。
教室は大災害が起こったような、絶叫と怒声が交錯していました。
シャイアも怖くて目を閉じていたのですが、しばらくして静かになったので、おそるおそる目を開けてみると……。
そこには、変わり果てた光景がありました。
なんと教室の窓側の壁に大穴が空いていて、粉々になった瓦礫があたりに飛び散っています。
まるで大地震の後のような有様で、教壇の上はガラス片と炎、そして黒コゲになった測定装置がプスプスと白煙をあげていました。
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