第2話 一撃、そして自己紹介

「ば……バカな……! いくらカマセでも、あの敗北数はありえん……!」


「い……いったい、どんなカマセ人生を歩んできたっていうんだ……!?」


 常軌を逸した戦績にアインとウーノはすっかり気圧されていたが、ここで引き下がるわけにはいかないと勇気を振り絞る。


「ぐっ……! な……なにを突っ立っている、ヴァイツ!」「さ……さっさと背中のモノを抜け!」


「「そ……それとも、いまになって怖じ気づいたか!?」」


 ハモったその言葉には「そうであってくれ」という、ふたりの気持ちが込められているかのよう。

 まるで爆弾処理の現場のように誰もが緊張していたが、変わらぬ態度のものがひとりだけいた。


「お前ら程度なら【抜く】必要もない。なんなら、これでじゅうぶんだ」


 リラックスした様子でポケットに手を突っ込むヴァイツ。

 構えるどころか闘気も出さずに立つその姿は逆に不気味で、まるで本物・・を思わせた。


 その瞬間が来るまでは静かに佇み、一気に爆発ドカンする、爆弾……!


「こいよ、いつでも【飛ばして】やる」


「な……ナメやがって、後悔するなよっ! う……うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!」


 雄叫びとともに挑みかかっていくアイン。その背後にいるウーノは杖を構え詠唱を開始する。

 アインは大上段に振りかぶっていたが、そこで信じられないものを目撃する。


 なんと斬り掛かかられている真っ最中だというのに、ヴァイツは背中を向けていたのだ。

 アインは「なにっ!?」と一瞬ためらったが、蛮勇を振り絞った。


「も……もらったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」


 しかしその確信と刃は空を切る。ヴァイツは未来を予見していたかのように、剣撃をかわすのに必要最低限なぶんだけ背中を傾けていた。


「斬る前に叫ぶのはやめたほうがいい。まぁ、保健室でじっくり復習するんだな」


 そして、旋風かぜが吹き抜けた。


 居合い斬りと錯覚するほどの刹那の回し蹴りが、つんのめっていたアインの脇腹に突き刺さる。

 静寂を破るような絶叫、胃液を撒き散らしながら後ろに吹っ飛ぶアイン。

 その先には、いままさに援護の攻撃魔術を放とうとしていたウーノがいた。


「あやつを撃……! えっ!? ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 ウーノは体当たりにも等しい吹っ飛びをまともに受けてしまう。

 それでも勢いを殺しきれずに、アインとウーノは折り重なってさらに吹き飛び、木の幹に後頭部を打ちつけていた。

 ゴオンという鐘の音じみた衝撃音のあと、ふたりは緩い結び目がほどけるように倒れる。


 観客と化していた生徒たち、そして教師や保護者たちは騒然となっていた。

 ヴァイツは彼らの反応を見渡したあと、なにかを思いついたように不敵に笑んだ。


「おあつらえ向きの場ができたから、言わせてもらう。俺はもう、カマセは辞めた」


 抗議の声が上がりかけたが、それを手で遮って続ける。


「別にいいだろ? 一生に一度くらいは、ハメを外したって……!」


 ヴァイツは決闘終了を告げる鐘の音を聞きながら、遠方にある校舎を見上げる。

 目の前に広がる、人々と城と空……。いいや、その向こうにある全宇宙までも敵に回すかのように、挑戦的な笑みを向けていた。


「よろしく、戦闘学園……! せいぜい、【外させて】くれよ……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 カマセが【脱カマセ宣言】をするという前代未聞の入学式がおわり、新入生たちはおのおののクラスに入っていた。

 教室は扇を広げたような形をしており、扇の狭くなっているところが入口と教壇になっている。

 生徒の席は階段状になっているので、教壇はさながらステージのよう。


 着席した生徒たちのみずみずしい視線を浴びていたのは、小太りのナマズがタキシードを着たような小男であった。


「ウォッホン! 我輩はこの魔術師科1年A組の担任、イナマズである! この学校きっての雷撃魔術の使い手であるのは否めないのである!」


 イナマズと名乗った教師は自画自賛をしながら、おそらく自慢なのであろうヒゲを指でさすっている。


「この学園は知ってのとおり、ホームルームはクラス単位で行なわれるが、授業は他の科と合同で行なうのである! 授業ごとにランダムで振り分けられるので、次の授業はどこで行われるかをステータスできちんと確認しておくのである!」


 【ステータス】というのは先の決闘時にあった、名前と職業、これまでの勝敗数の記録である。

 イナマズに言われた生徒たちは一様にステータスを表示させていたのだが、いちばん後ろの席に座っていたヴァイツも同じようにしていた。



 ヴァイツ・アンダードッグ

  職業:?

  職位:?

  戦績:2勝1分1000000敗


 午前の授業

  課目:体育 

  場所:第1マラソンコース



「次の授業はマラソンか。……おっ? 1回の決闘でも、ふたり倒した場合は2勝扱いになるのか」


 授業を確認するついでに新しい発見をしてひとりごちていたのだが、すぐに厳しい声が飛んでくる。


「そこのカマセ君! 私語はつつしむのである!」


「いや、イナマズ先生、俺は……」


「黙らっしゃい! 人の話もロクに聞けないとは、そこのカマセ君はよっぽどのおバカであると否めないのである!」


 クラスじゅうがどっと笑い、イナマズは気を良くした。


「おバカなんてほっといて、ホームルームを始めるのである! 今日は初日であるからして、自己紹介をしてもらうのである! ここは魔術師科であるからして、それにふさわしい挨拶をしてもらうのである!」


 イナマズは教壇の傍らに鎮座していた、槍が刺さった錬金窯のような装置をアゴで示す。


「これは雷撃魔術の威力を測る装置である! 自己紹介を終えたあと、上から飛び出ている避雷針に向かってサンダリアを放つのである!」


 【サンダリア】とは、初歩の雷撃魔術のことだ。


「避雷針に雷撃魔術が当たるとパワー値が出てくる! 数値が大きいほど威力が高いということになり、優秀ということになるのである!」


 この手の抜き打ちの小テストじみた行為は、この学園ではよく行なわれる。

 理由は明白で、カマセの弱さを見せつけて特待生たちに自信を付けさせるためだ。


 さっそく始まった自己紹介は、まずカマセが行ない、そのあとで特待生が行なうという形が取られていた。


「うぉぉぉぉーーーーっ! サンダリア!」


 教壇じゅうに青い閃光が迸り、空間を裂くような稲光が天井から落ちる。

 光は導かれるように避雷針に着弾、爆音で教室じゅうをビリビリと震わせていた。

 すこし間を置いてから、避雷針の上に【485】という数字が浮かびあがる。


「ふむぅ、500パワーは出せないとおバカなのである! カマセはやっぱりダメであるな! 罰として、尻叩きなのである!」


「あいたぁーっ! 弱くてごめんなさーいっ!」


 スパァーンと小気味いい音で尻を打たれたカマセは、大げさに倒れて悶絶する。

 まるでお笑い芸人のようなリアクションであるが、彼らはそのやられっぷりでまわりの目を楽しませることも使命のひとつであった。


 特待生たちははちきれんばかりの邪悪な笑顔で、カマセは負け犬のようにシッポを巻いて自席へと戻る。

 そんな茶番が延々と繰り広げられたあと、シャイアの番がやってきた。


 少女のはかなげな美貌とかわいらしい仕草は、男子生徒たちを色めき立たせる。

 しかし誰よりも興奮していたのはイナズマであった。


「おおっ! 【マギアルナール家】のご令嬢、シャイア君である! みんな、拍手拍手~っ! 拍手で迎えてあげるのである~っ!」


 教壇に立ったシャイアは拍手と歓声を受けた途端、雷を怖がるハムスターのようにうつむいてしまう。


「あ……あの……しゃ……しゃい……! その……よっ……よろ……!」


 しどろもどろのうえに、消え入るような声のシャイア。


 彼女を見る特待生たちの眼差しは、数秒前までは憧れそのものだった。

 しかしじょじょに、獲物を見つけたキツネのように意地悪く歪みはじめる。


 シャイアはネコに追いつめられて逃げ場のなくなった子ネズミのように震えるばかり。

「さっさとしろよ!」というヤジを飛ばされ、きつく目を閉じたまま避雷針に向かって魔術の杖をかざしていた。


「さっ……さささ……! サンダ……リアっ……!」


 すると避雷針の頂点でパチッと青白い光が弾け、【2】という数字が死にかけの蚊のように浮かび上がる。

 すぐに教室は、かつてないほどの爆笑の渦に包まれた。


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