かませ犬として育てられた少年、戦闘学園で無双する
佐藤謙羊
第1話 入学式、いきなり決闘
――俺はいまから、親不孝をしようとしている。
それも普通の親不孝じゃなく、【超親不孝】だ。
これから、俺を育ててくれたオヤジ
それを超親不孝と呼ばずして、なんと言うのだ。
俺は今日、【トゥエルバ王立戦闘学園】に入学した。
将来を期待される特待生としてではなく、カマセとして。
【カマセ】というのはよく言えば学友の一種で、悪く言えばやられ役のこと。
剣士や魔術の家では子供が生まれると、同時にみなし子や貧民の子をもらってきて一緒に育てるんだ。
そういった子供たちはスキルも無いし訓練も受けていないので、たとえば剣術の相手をさせるとコテンパンにできる。
そうやって、我が子に自信を付けさせるための踏み台……それがカマセだ。
橋の下で拾われた俺は、「ママ」と喋るより早く呪文を教わり、ガラガラのかわりに剣を持たされた。
それからこの歳になるまで12もの家をたらい回しにされ、行く先々でサンドバッグとして使われた、カマセのなかのカマセだった。
……おっと、なんてことを考えてるうちに入学式が終わっちまった。
んじゃ、いっちょ始めるとしますか。
史上最大の、超親不孝を……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
校庭で行なわれていた入学式が終わり、新入生たちは一時解散となったが、誰もその場から離れようとはしない。
この学園に古くから伝わる、【首輪の授与】を始めていた。
それは【特待生】たちが【カマセ】に首輪を与え、専属のカマセとして任命する儀式である。
同じ人間、そして同じ学年の生徒だというのに、そこには明確な格差があった。
特待生たちは色とりどりでオシャレなデザイン、立派な生地の制服に身を包んでいるが、カマセたちは模造品のようなデザイン、粗末でくすんだ色の布で作った制服である。
それだけではなく、カマセたちは特待生たちの靴を舐めんばかりにひれ伏しており、それどころか恍惚とした表情で首輪を巻かれていた。
首輪を装着し終えたカマセたちは校庭に仰向けになり、飼い主に媚びる犬のように服従のポーズで身体をクネクネさせている。
この儀式においては、カマセはひとり残らず地べたに這いつくばり、先生方や来賓の方々に、躾の行き届いたペットのような姿を晒す。
それが、この学園のおいての伝統。いや、この世界においての歴史。
いやいや、宇宙の法則と呼んでも差し支えないほどの、絶対不変のものであったのだが……。
今年はカマセの少年がひとり、直立不動を貫いていた。
少年は大胆としか言いようのない笑顔で、両耳で輝くピアスがさらに不敵さを彩っている。漆黒のマントのような制服をなびかせ、背中には二本の剣を差していた。
この学園の制服は選択している科目ごとに12色に分れているのだが、黒色など存在しない。
夜を切り取ったようなその姿はあまりにも異様だったので、周囲の誰もが彼に注目し眉をひそめていた。
「なんだアイツ……? カマセのくせに、なんで立ってるんだ……?」
「たまにいるんだ、そうやってイキがるやつが……!」
「ふざけやがって、身の程知らずが……!」
誰かが注意しようとしたその直前、人垣をわってふたつの人影が飛びだしてくる。
それは女子生徒で、彼女たちは東西別々の方角から現われたのだが、同時に少年の元に駆け寄っていた。
「ヴァイツくん! こんなところにいたのね!」「お兄ちゃん、なにやってるですか!?」
ふたりの少女には共通点があった。
いちど見たら最後、目が離せなくなるほどの麗しき見目をしているということ。
それを証拠に、周囲からは「おおっ……!」と感嘆の声が止まらない。
「ヒナタ・ソルブレイドに、シャイア・マギアルナール……! 【深窓の美姫】と呼ばれるのもわかる、ウワサにたがわぬ美しさだ……!」
ヒナタと呼ばれた少女は剣士科の黄色の制服。マリーゴールドのロングヘアと瞳、整った顔立ちにくびれのあるプロポーションをしている。
シャイアと呼ばれた少女は賢者科の灰色の制服。ブロッサムチェリーのおかっぱ頭と瞳、低い身長に幼い顔立ちで庇護欲をかきたてられる容姿をしていた。
「ああっ……! かたや凛として、かたや可憐で……! まるで太陽と月のようね……!」
そう、この名家の美少女たちが肩を並べるのは、太陽と月が同じ空に昇るほどの奇跡である。
しかしその奇跡を引き起こした張本人、黒衣の少年ヴァイツはいたってノンキであった。
「よぉ、ひさしぶりだな。ヒナタ、元気にしてたか? シャイア、大きくなったな」
「「そんなことより、早く首輪を……!」」
ヒナタとシャイアは同じ言葉をハモり、ハッとなってお互いの顔を見合わせる。
「えっ、まさか……?」「あなたも……?」「ヴァイツくんを……?」「カマセさんに……?」
ふたりは目的がバッティングしているとわかるや、「ムムム……!」とかわいく睨み合う。
周囲からは、我が目を疑うような声があちこちから起こっていた。
「そんな!? 飼い主のほうからカマセに行くなんて! 普通逆だろ!?」
「深窓の美姫に飼われるなら、カマセになっていいってヤツが大勢いるのに、それをふたり同時になんて!」
「い……いったい何者なんだ、アイツは!?」
周囲の驚愕をよそに、ヴァイツは「悪いな」と肩をすくめていた。
「俺はもう、カマセは辞めたんだ」
すると「ありえない!」といった声が返ってくる。
「はぁ!? なに言ってんだアイツ!」
「カマセを辞めるなんて聞いたことねぇぞ!」
「カマセになれるだけでも光栄なんだぞ! しかも深窓の美姫のカマセなんて、最高の栄誉なのに……!」
怒り心頭の生徒たちをかわきわけながら、またしてもふたつの人影が歩み出る。
それは男子生徒で、彼らは東西別々の方角から現われたのだが、同時にヒナタとシャイアの前で跪いていた。
「ごきげんうるわしゅう、ヒナタ様! ソードレイド家のアインでございます!」
「いちだんとお美しい、シャイア様! ロッドレイド家のウーノでございます!」
アインとウーノと名乗った男子生徒はお互い顔見知りではないのだが、その動きは一糸乱れぬほどに揃っていた。
「どうか僕を、ヒナタ様の親イヌに仰せつけください!」
「どうか僕を、シャイア様の親イヌに仰せつけください!」
【親イヌ】というのはカマセのトップのことで、言い換えれば奴隷長みたいなものである。
奴隷長の下にいるカマセを【子イヌ】という。
親イヌ志望の男子生徒が現れた途端、シャイアは怯えた様子でサッとヒナタの背中に隠れていた。
ヒナタはシャイアと出会ったのは今日が初めてなのだが、その小動物っぽい動きに庇護欲が働き、とっさにシャイアをかばう。
ヒナタのほうは親イヌ志望の男子生徒にはほとんど関心が無いようで、ヴァイツのほうばかりを見つめていた。
「えっと、わたしの親イヌはもう決まってるの。たぶん、シャイアちゃんも同じだと思う」
シャイアもこくこく頷きながら、ヴァイツに上目を向けている。
アインとウーノは嫉妬を隠しきれない表情でヴァイツを睨み上げたが、やがて立ち上がった。
「「な……ならば僕の力を示しましょう! まずはこの、どこの犬の骨ともつかぬ男を軽くひねってごらんにいれます!」」
アインとウーノは同じ言葉をハモり、ハッとなってお互いの顔を見合わせる。
「この、僕のマネをするな!」「それはこっちのセリフだ!」「僕が言いだしたから、僕が先にヴァイツとやる!」「いや僕が先だ、お前は引っ込んでろ!」「なんだとぉ!?」
「ウウウ……!」と醜く唸りあうふたりに向かって、ヴァイツはまた肩をすくめてみせた。
「だったら、ふたりまとめて相手してやるよ」
すると、周囲からさらなる嘲笑が起こった。
「プププッ! やっぱりアイツ、マジで頭おかしいぞ!」
「ソードレイド家もロッドレイド家も、【チューケン】の称号を与えられるほどの一流カマセなのに!」
「しかも剣士と魔術師の組み合わせなんて相手としちゃ最悪だ! アイツ、保健室送りになるぞ!」
「保健室送りの最速記録更新だな! カマセにしちゃいい手柄じゃねぇか!」
2対1の提案にアインとウーノは「バカにするな!」と怒っていたが、手柄と聞いて態度を変える。
がぜんやる気を出してアインは腰の剣を抜刀、ウーノは懐から取り出した魔術の杖をヴァイツに突きつけていた。
「「よぉし、いいだろう! 僕らふたりと決闘だ!」」
そうハモった途端にアインとウーノ、そしてヴァイツの身体が鈍く光り、校舎の鐘が鳴り響く。
この【トゥエルバ王立戦闘学園】では校則により認められており、結果は成績にも加味される。
入学式を終えて間もない決闘開始に、保護者や教師陣たちも集まってきた。
三人の参加者の頭上には、光輝く文字が浮かび上がっている。
アイン・チューケン・ソードレイド
職業:剣士
職位:カマセ
戦績:53勝12分633敗
ウーノ・チューケン・ロッドレイド
職業:魔術師
職位:カマセ
戦績:50勝10分629敗
この文字が表しているのは、彼らのこれまでの人生における戦闘の勝敗数である。
敗数のほうが圧倒的に多いのは、彼らがカマセである証拠といってもいい。
しかし彼らの戦績に目をくれる者はだれもおらず、誰もがヴァイツの頭上の文字に釘付けになっていた。
ヴァイツ・アンダードッグ
職業:?
職位:?
戦績:0勝1分1000000敗
「ひゃ……100万敗……だと……!?」
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