第73話 目の敵



 テオの部屋を出たわたしは、ファビオに部屋まで送ってもらってもぼーっとしていた。


「ミカエラ様」


 ファビオに話かけられてハッとした。


「あ、は、はい」

「大丈夫でございますか? ジェニファーを呼びましょうか」

「あ、ううん。ジェニファーはきっと部屋で休んでいると思うの。そっとしてあげて」

「ですが……」


 ファビオもさっきのテオの様子に驚いているのかもしれない。

 テオの声を思い出すと、体が熱くなってしまった。


「わたし、着替えるね」

「では、部屋に入られましたら必ずベルを鳴らして、手伝ってもらってくださいね」

「うん。わかった」


 ファビオはわたしを部屋まで案内すると、テオの元へ戻って行った。部屋に戻り、ファビオの言われた通りベルを鳴らしてメイドを呼び着替えを手伝ってもらった。


 外はだいぶ暗くなっている。

 テオのことを思い出すと顔がほてる。目まぐるしい一日だった。

 でも、少しだけテオが近くに寄ってくれた気がした。思わず、顔がにやけてしまう。


 ベッドに横になって、テオの言葉を思い出した。

『キスをしていたら、俺がキスしていたんだけどな』という言葉が忘れられない。

 思わず、恥ずかしさにカーっとなっては、身もだえしてベッドの上で寝返りを打った。

 眠れないかも、とか思っていたが、気づかないうちにぐっすりと眠ってしまっていたようだった。


「ミア……っ」


 コンコンとノックの音がして、わたしは目をこすりながら体を起こした。


「ん……? 誰?」


 ジェニファーがいないため、自分で起き出しドアを開けると、兄のジュリアンが立っている。わたしはすぐに目が覚めた。


「お兄様っ? どうしたの?」

「アナスタシアがいなくなった……」

「はあ?」


 ジュリアンは憮然とした顔でいたが、肩で大きく息をついた。


「俺が部屋を少しだけ離れた間にいなくなっていたんだ」

「だって……」


 今日、二人は結婚式を挙げたのだから、今夜は……。わたしはえへんと空咳で濁し兄を睨んだ。


「なぜ、アナスタシア様から離れたのですか?」

「事情があるんだ」

「事情?」


 ああ、いや、聞かない方がいい、とわたしは判断した。


「グレイス、グレイスなら、きっとアナスタシア様がどちらに行かれたかわかると思うわ」


 わたしは言うと、兄は魔法で見つけられないか? と頼んできた。


「お兄様、魔法よりもグレイスの方がきっと早いと思うわ」

「苦手なんだよ……」

「え?」

「グレイスだ、俺を目の敵にしているからな」


 それは仕方ないのでは、と思ってしまう。グレイスにとって大切なアナスタシアを兄は奪った(ようなもの)のだから。


「とにかく、グレイスに頼みましょう。わたしは、グレイスがどこにいるか知っているから」

「彼女の居場所を知っているのか……。そうか、だったら頼む」


 グレイスは、今夜は眠れないから、食堂で仲間たちと飲み明かすと言っていたのだ。兄とわたしは連れ立って食堂へ向かった。

 地下にある兵士やメイドたちが休憩所として使われている食堂には明かりがともっており、そこへ行くと、兵士たちが陽気にお酒を飲み楽しそうにしゃべっている。その中に一人だけ女性がいた。


 グレイスだった。

 わたしと兄が姿を現すと、グレイスの顔が一瞬、険しくなり、音を立てて椅子から立ち上がった。

 兄は部屋の中に入って彼女の前に立った。すると、グレイスは兄を見上げて顎を引いた。

 兄はかなり大柄で背が高い。しかし、その兄よりもグレイスは少しだけ低いくらいだった。こんなに背の高い女性は見たことはなかった。


「なぜ、閣下がここに? アナスタシア様とご一緒のはずでは?」


 祝福の言葉より先に皮肉が飛び出す。わたしはハラハラしながら二人を見た。


「君に頼みたいことがあって来た」

「私に?」


 怪訝な顔で兄をじっと見つめた。周りの男たちも興味を持って、ビールを片手に眺めている。兄は、グレイスにここは騒がしいから外へ出ようと提案した。すると、グレイスは素直に従って食堂の外へ出た。

 わたしも後を追いかける。

 兄とグレイスが再び向き直る。こうして見ると、グレイスは本当に美人だ。

 日焼けした健康そうな素肌。目の色も淡いブルー。金髪の長い髪を後頭部で一つにまとめ上げてサラサラと揺れている


「何ごとでしょう……」

「アナスタシアがいなくなった」

「何ですって?」


 兄が率直に言うものだから、グレイスの目が吊り上がった。そして、ジュリアンを鋭く睨みつけた。


「何をしたのですか……」

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