第72話 番外編③ テオドア・ローゼン
ミアはこんな俺のどこがいいのか。
さっぱり分からなかった。
「テオ……。思い出してなんてもう言わない。だから……一緒にカッサスへ行ってくれる? カッサスへ行けばお母様がいる。もし、テオが言ってはいけない国に戻りたいって言うなら、お母様とお兄様にお願いして、わたしも一緒に行きたいって言う」
「あの国が何をしているか、分かって言ってるのか?」
俺は驚いて、ミアの肩をつかんだ。ミアは頷いた。
「わたしはテオと絶対に離れないっていう目的があるから、テオが行くならついて行く」
「まだ、俺はあの国に戻るなんて言ってないよ」
俺は息をため息をついた。ミアは突然、驚くことを言う。すると、彼女は悲しそうにつぶやいた。
「テオの考えていることが分からない……。だから、なんでも話してほしいの。わたしも隠し事をしない」
隠し事をしないという言葉を聞いて、俺は思わず声を荒げた。
「じゃあ、マエストーソと君はどうなった?」
「え?」
ミアが目を見張った。それから、真剣な目で俺を見た。
「彼はわたしに結婚してくれって言った。その日はお祭りの日でわたしたちはダンスを踊っていたわ。その後、マエストーソはわたしにキスしようとしたの」
「それで、君と彼はキスできたのか?」
ミアの顔が真っ赤になり、目が潤んでいた。彼女の顔を見ていると、思わずキスしたくなった。
「いいえ。わたしはミアに呼ばれた。マエストーソとキスする直前に、わたしはわたしに呼び出されたの……。わたしは何も隠してなんかいないっ」
ミアも震える声で俺に訴えた。
「マエストーソが好きだったのか?」
「なんなのよっ。何でそんなに質問ばかりするのっ」
「答えてくれ、マエストーソのことが好きだったのか」
「好きじゃない人とキスなんてしないっ」
ミアは今にも泣きそうな顔で言った。声を震わせている。
俺は何を質問しているんだ。
悲しそうな顔が見たいのか、それとも、マエストーソなんてもう好きじゃないって言わせたいのか。
ファビオがそばにいたが、もう気にしないことにした。
立って泣いているミアのそばに寄って、震える肩を抱いた。
ミアが泣くのをやめる。
「……テ、テオ?」
「残念だな。その男とキスをしていたら、俺が今すぐキスしていたんだけどな」
俺はただ嫉妬しているだけだと、素直に感じた。
綺麗なこの子を自分のものにしたいだけなのに、言い訳ばかりしていた。
ミアは顔を真っ赤にさせて、体を引いた。
「テ、テオがおかしくなった……」
「本物のテオは俺だ」
俺自身、自分が何を考えてミアのそばにいたのか思い出せない。
でも、この俺でいいと言うなら、それに付き合ってもらうしかない。
「ファビオ」
「は、はいっ」
ファビオが隣でびくっとした。
「少し後ろを向いていてくれ」
「は……」
ファビオが慌てて後ろを向く。俺は体を引いて焦るミアに顔を近づけた。
「テ、テオ……、ま、待って……」
「マエストーソはその時、何を言っていた?」
「え? な、何って? 何?」
ミアがパニックになっている。
こんなに可愛いミアは見たことがなかった。
「思い出すんだ」
「や、やだ……」
泣き出すミアの目じりにキスをした。
ミアがビクッと肩を揺らして目を見開いた。
「ごめん、冗談だよ」
これくらいにしておかないと、ミアに嫌われる。
ミアは顔を真っ赤にさせたまま、口をパクパクさせていた。
「わ、わけがわかんない……」
頭を撫でるとミアはうつむいた。
彼女のつむじが見える。
「あの、テオドア様……」
「ああ、もういいよ。ファビオ」
ファビオがホッとしてこちらを向いた。
俺はまだミアを腕の中に囲んだままだった。
「まだ、結婚前なので、あまりミカエラ様をいじめないでください。テオドア様」
彼にしては少し困った顔で俺に言った。
俺は素直に頷いた。
「ミア」
「う、うん……」
「意地悪ばかり言ってごめん」
「うん……」
「正直、孤独を感じてうじうじしていた。情けない男だ」
「そ……」
俺はミアの唇に指をあてて言葉を止めた。
「取り戻すよ記憶を。ミアがはっきり言ってくれたおかげで、頭の中で霞んでいた靄が薄れてきた気がする」
「本当?」
ミアの泣き顔が笑顔になる。
「ああ」
ファビオがそばでニコニコと笑った。
「さすがミカエラ様です」
「だったら、今日はこの部屋で一緒に寝てもいい?」
「それはダメだ」
俺が断ると、ミアがしゅんとなる。
いきなり一緒の部屋はあり得ないだろう。
まだ、子どもの気分が抜けていないんだろうか。
俺はミアの頭を撫でた。
「さっきは本当に悪かった。その歌を時々、聞かせてくれ」
「うん……。分かった」
ミアがこくんと頷く。
「もう部屋に戻るんだ」
「うん……。わたし、すごく疲れちゃった」
ミアはぐったりして言った。
「ファビオ、ミアを部屋に送ってくれ」
「承知いたしました」
恭しく言ってミアの背中を押しながら二人は部屋を出て行った。
俺はソファに座った。俺もぐったりとする。
感情が一気に動いて疲れた。
ミアに対する思いを抑え込んでいたんだろうか。
マエストーソの話を聞いていると気分が悪くなり、胸が痛かった。この胸の痛みが俺の中にあった何かを消したような気がする。
もしかしたら、ミアがそばにいれば心が動くのだろうか。
ミアにキスできなかったことがよかったのか悪かったのか。
あの時の気持ちはもう思い出せない。
ただ、体が勝手に動いた。
正直になった、それだけだ。
欠けてしまった歌の全文
「暗闇じゃなかった 傷もなかった あったのは光だった それがわかるのは 全部が終わったあとだから 心配しなくて大丈夫 みんな 思い出す ここにあるから あるべきものは ずっとそばにあった 我慢しなくていい 聞こえてくる足音 それはあなたを待っていた 生まれた時に聞こえなくなった 足音だけど 終わったあとにむかえにくる それはみんなに起こる奇跡 だから 恐れなくていい そのときがくればわかる」
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