第69話 アナスタシアの結婚式




 それからは、アナスタシアと兄の結婚式の準備で大忙しだった。

 わたしたちが戻れば、すぐに結婚式を上げる予定だったらしい。

 ウエディングドレスを着たアナスタシアは本当に美しかった。

 レースをふんだんに使い、少し胸元の開いた純白のドレスは彼女にとてもよく似合っている。


「アナスタシア、すごく綺麗よ。お兄様も言葉を失うわ、きっと」


 この、きっとは、わたしの願いがこもっている。


「ありがとう、ミア」


 相変わらず、兄はアナスタシアには、あまり愛想よくしているようには思えなかった。

 そして、あっという間に、婚礼の日がやって来た。


 わたしは兄の部屋にいた。

 もし、この日、目の前でアナスタシアを傷つけるようなことがあったら、絶対にかばってみせると考えていた。

 兄は緊張しているようだった。

 少しきつめのシャツを着ていて、苦しそうに時々首元を緩めている。

 これも、少し心配していることだった。まるで、誰かに借りてきたような服装だったからだ。


「お兄様、暑いの? お水をもらってきましょうか?」

「いや、いらない」


 兄が断ると、エドワードが控えの間に入ってきた。


「時間だぞ!」


 エドワードは満面の笑みで本当にうれしそうだった。


「やけに嬉しそうだな、エディ」

 

 エドワードは大股に歩いてきて、兄に抱きついた。


「当り前だろう! おめでとうジュリアン。お前は国一番の幸せ者だ」

「ありがとう、エディ。お前がいてくれなかったら、俺はここにはいないだろう」

「これからは倍にして返してもらう。楽しみにしているよ」

「ああ、もちろんだ」


 ん? 二人の会話にわたしは首を傾げた。

 どういうこと?


 それから、結婚式はお城にある礼拝堂で行われるため、わたしたちは移動した。

 お客様で礼拝堂は人でいっぱいだった。しかし、他国の貴族は招かれず、ケイン国の主要の人たちが招かれていた。


 今日の主役は、兄とアナスタシアだ。


 兄が祭壇のそばで立って待っていると、拍手が沸き起こった。国王にエスコートされて、白いベールをまとって花嫁が歩いて来る。

 わたしは興奮して、胸が張り裂けそうだった。


 アナスタシアっ。


 シルクのウエディングドレスに身を包み、ベールで顔がよく見えないが、ブロンドの髪は下ろしている。


 ゆっくりと彼女が近づいて来る。

 兄の目の前で止まり、アーサー・シャルル・ルーゼ国王陛下の手から、彼女の手を取った。二人は祭壇に向き直ると、司祭が話し始めた。

 わたしは思わず両手で祈っていた。


 アナスタシア、幸せになって。

 

「誓いの言葉を」


 お祈りに集中しすぎていて、司祭の声にハッとした。


「愛することを誓います」


 アナスタシアの声は小さかったが、誓いの言葉が聞こえた。向かい合う兄が彼女のベールをめくると、か細く震えるアナスタシアがいた。


 お兄様、絶対にアナスタシアを泣かさないでよ、と願いを込める。

 兄もきっと見惚れているのだろう。一瞬動きを止めていた。司祭の咳にハッとする。結婚指輪を彼女の薬指にはめてから、誓いのキスをした。

 わたしは感動で泣いてしまった。

 アナスタシアとお兄様が無事に結婚式を終えた。



 結婚式が終わった後、わたしはしばらく何もする気が起きず、用意してくれた部屋に一人でいた。

 心にぽっかりと穴が空いているような気持ちがしている。

 兄が結婚をした。

 アナスタシアから聞いたわけではないが、きっと、好きな人と結婚できて幸せなのではないだろうか。


 ふと、隣を見る。

 いつも隣にいてくれたはずのテオはいない。

 ジェニファーもここでは個人の部屋を用意されて、ゆっくりとくつろいでいるはずだ。アティカスもトマスやソフィーもエリスもいない。

 あんなに大勢いた仲間たちはグレイスの計らいだろうか、各個人に部屋を用意されて、いつも一緒にいたのが不思議なほど、今は静かだ。


 静かな中にいると、突然、ドレンテだった時のことをわたしは思い出した。


「マエストーソ……」


 かつて、わたしにプロポーズしてくれた男性のことを思い出した。

 金髪で青い目をした優しい男性。

 端正な顔の彼は、村の女の子たちのあこがれの的だった。

 なぜ、彼がわたしのような何の変哲もない、変人扱いされていたわたしにプロポーズしたのか。

 

 わたしは体を起こして、口を押えた。


 胸が張り裂けそうなほどの痛みに口を押える。

 思い出した。

 なぜ、今まで忘れていたんだろう。


 マエストーソがわたしを特別だと言った理由。

 そのことを今、思い出したのだ。

 わたしは、立ち上がり胸を押さえた。


 ドキドキしている。

 テオに、話さなきゃ。

 なぜだか、そう思った。

 誰にも言えなかった。わたしとマエストーソの秘密。

 彼がわたしを選んでくれた本当の理由。


 わたしは居てもたってもいられず、部屋を飛び出して、テオのところへ向かった。


 

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