第68話 楽しい夕食会



 アナスタシアに招待された夕食には、トマスやソフィー、ジェニファー、アティカス、ファビオ、そして、エリスもみんな招かれていた。

 国王と王妃は、気兼ねするだろうから、と相席しない配慮をしてくれていた。

 アナスタシアはなんて寛大でいい人なのだろう。

 国王たちは空席だが、上座にアナスタシアと兄が並んで座っていた。その隣には兄のいとこでもあるエドワード・バランが座っている。


 エドワードはとても面白い人だった。

 挨拶をした時、わたしを見て泣くほど喜んでくれたし、とってもおしゃべりだった。

 兄はエドワードをとても信頼しているらしく、エディと呼んでいた。

 わたしが、テーブル席からみんなの顔を見ていると、エドワードと目が合った。にっこりと笑顔で手を振ってきた。手を振り返すと、彼は頷いて、兄とアナスタシアに話かけた。


 それにしても、料理の量がすごい。

 バイキング形式にしてくれたのだろう、給仕がいて、頼むとお皿に盛ってくれる。 

 わたしは食べ物に舌鼓を打ちながら、テオの方をちらりと見た。

 テオは、先ほどからアティカスと話をしている。

 真剣な顔をしているから、声をかけずらかった。


 わたしの席からは、エドワードの声がよく聞こえた。というか、彼は声が大きい。後、不思議なんだけど、兄もエドワードもちょっと変わった服装をしている。この場にはそぐわないほど派手な衣装で、わたしは首を傾げていた。

 余計なことだと大いに分かっているのだが、どうして、そんな色のついたシャツを着ているの?


 わたしの感想はどうでもいいが、エドワードとアナスタシア、そして、兄の様子を見ているとハラハラした。


 捕虜となった兄が釈放されて、城の再建をしているという話をエドワードが一生懸命している。

 アナスタシアは、話題が兄のことなので一生懸命頷いて聞いていた。

 しかし、当の本人はむっつりと食事を続けている。

 アナスタシアはほほ笑んだ後、兄をちらちら見ているが、全く気にする様子がない。


「ああ、それにしても、今夜のアナスタシア王女は本当に美しい。僕たちはいつも羨望のまなざしで見ていたが、こんな近くで食事ができるなんて、まるで夢のようです。だが、これからは毎日、一緒にいることができる。お前がうらやましいよ、ジュリアン」


 しかし、兄は、ああ、うん、とぽつりと言っただけだった。

 アナスタシアは、恥ずかしそうに話しかけた。


「あの、お味はどうですか? フォード卿」

「こんな美味しい料理は初めてですっ」


 と、答えたのはエドワードだった。

 アナスタシアはまたうつむいてしまった。すると、デザートが出てきて、アナスタシアの顔が少し明るくなる。甘いものが好きなのかもしれない。 


 ミックスベリーがたくさん乗った生クリームのタルトケーキだ。

 ソフィーが感極まる声で喜んでいる。

 みんなでその美味しいケーキを味わっていると、突然、兄が低い声を出した。


「アナスタシア王女」

「え?」


 突然、話しかけられて、アナスタシアがフォークを床に落としてしまった。

 猛スピードでグレイスがそれを拾い上げて、新しいフォークが給仕によって用意される。


「な、ななななんですの?」

「我がエリンギウムカッスルには、今、まともに料理ができる者がおりません。あなたの舌は肥えておられるだろうから、がっかりさせるかもしれない」


 アナスタシアは一瞬、キョトンとした。

 わたしもすぐには理解できなかった。


「そ、そうなのですか? でも、料理をする方がおられないと、お困りでしょうね」

「ええ、だから。あなたがエリンギウムに着いたら、やるべきことがたくさんありますので」

「やるべきこと……?」


 アナスタシアが小首を傾げる。

 わたしは領主の妻の役目に、その城を切り盛りする役割があるというのは知っていた。

 アナスタシアは第3王女だと聞いているので、そういう点は勉強しているのではないだろうか。


 お兄様の言っているのは、そういうことなんだろう。

 今ここで話しているということは、全く何も伝えていないわけではないのだ。

 なんだ、少しは思いやりのある人なのかも。


 アナスタシアが不思議そうにしているので、グレイスがごほん、と咳払いをした。


「ご忠告ありがとうございます。閣下」

「忠告では……」


 兄が答えようとすると、エドワードが慌てて遮った。


「まあまあ、その話はエリンギウムについてからのお楽しみです。ねえ、王女、楽しみは後に取っておくものでしょう」


 本当に楽しいことなのかしら。

 わたしは眉をひそめた。

 あ、でも、いけないわよね。物事を安易に判断しては。

 しかし、わたし以上にアナスタシアは、ぽうっとしている気がするので、目が離せなかった。


 デザートを食べ終わり、各自部屋に戻ることとなった。

 アナスタシアが席を立つと、兄がエスコートして出て行った。

 その姿を見て、ほっと息をつく。


「ミア」


 すると、トマスがわたしを手招きしていた。


「なあに?」

「さっき、お兄さんが言っていただろ。城には料理人がいないって」

「あ、ええ。言っていたわね」

「フォード卿に伝えてもらえないかな。俺たちでよければ料理人にしてもらいたいんだが」

「それは素敵だわっ」


 わたしは嬉しくて飛び跳ねた。


「お兄様に伝えるわ。いいえ、ダメって言ってもわたしがそうして欲しい」


 トマスとソフィが、カッサスで料理を作ってくれるなら、それだけで嬉しい。

 行く楽しみが増える。


「頼んだよ。ミア」


 トマスも嬉しそうだった。

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