第67話 やるべきこと
考えもしなかった。
すると、ジュリアンが長い足を伸ばし、ズボンの裾を上げると、その右足に足枷がはまっていた。わたしとテオが同時に衝撃を受けた。
「ひどい……」
テオは険しい顔でその鎖を見ている。
「俺にはたいした魔力はないが反乱を起こさないよう、釈放されても足枷はそのままで魔力は封印されている。これを外そうとすれば裏切りと見なされ、領地を没収、民を巻き込んで領地は滅ぼすと脅されている。その上、エリンギウムカッスル、俺たちの城だが、そこは魔法が禁じられている」
魔法を使ってはいけない?
「魔法を使えばどうなるか、想像もしたくないがな」
兄は吐き出すように言った。
言ってはならない国は、どこまで卑劣な国なのだろう。
「お母様は……」
「おそらく、母上はエリンギウムのどこかにいる。どうして消えたのか、母上に何が起きたのかそれは分からない」
「お兄様は……」
「ん?」
「お母様やわたしたちを恨んでる……?」
誰も悪くない。
けれど、何年もの間、敵国に捕虜となっていた兄はどんな気持ちだったろう。
ジュリアンは少し黙り込んだ。それから、首を横に振った。
「当時まだ9歳だった俺はいろんなことを考えたよ。でも、今こうして、2人が見つかり希望が見えた。恨んでなんかいない」
希望? どういうことだろう。
「希望とはどういうことですか?」
テオが聞いた。
「俺の夢に母上がちょくちょく現れるんだよ」
その時初めて、兄が笑った。
「どこに潜んでいるのか知らないが、母上の魔力は有り余っているんだろうな。しょっちゅう夢に現れて、ああしろこうしろ、とうるさい。もう、俺は子供じゃないんだが」
と苦笑する。
ああ、お母様はずっと見守っているんだ。
「ミアの魔力は母上をしのぐとあの人はいつも言っていた。ミアが戻れば城は活気を取り戻す。だから、絶対に探すよう言われていた。まさか、アナスタシアが手伝ってくれるとは思いもよらなかったが、それは本当にありがたいと思っている。何せ、俺には何もないからな……」
珍しく兄の声が小さくなる。
「ジュリアン、何もないってどういう意味だ?」
「その言葉通りだ。城は壊滅のまま、人はほとんどいない。使用人はほぼいない、ということだ」
ほぼいない、ということは、全くいないわけではないのだろう。
あと、わたしはとても気になっていることがあった。
「あの、お父様は……」
「父上はあの襲撃の日に亡くなったよ……」
お父様の話が全然出てこないので、聞くのも怖かった。
兄が領主となっているのだから当然だったが、改めて聞くと辛かった。
ジュリアンは、あの日、家族をみんな失っていたのだ。
想像を絶する苦しみだったのではないか。捕虜として何をされたのかなんて、安易に聞けない。
兄が話してくれる気持ちになったら、その思いを受け止めたいと思った。
「お兄様、なぜ、アナスタシア様にこのお話をしてはいけないの?」
わたしがアナスタシアの名前を出すと、兄は顔を怖くした。
「なぜって、この結婚は絶対に成功させなくてはいけないからだ」
お兄様は苦々しい顔をしている。
「お兄様はアナスタシア様のことをどう思ってらっしゃるの?」
「どう、とは?」
わたしの質問の意味が分からないようだ。
あんなに可愛らしい人と結婚出来て嬉しいとか、他にも意見はないのだろうか。
わたしが兄の顔をじっと見つめていると、ジュリアンはますます眉をひそめて目を逸らした。
「まあ、いい。今はそれどこじゃない。とにかく、俺の話は以上だ。このことはアナスタシアにだけは決して言うなよ」
「あっ」
兄がするりと立ち上がって部屋を出て行ってしまう。
「テオ……」
わたしがすがるようにテオを見ると、彼は肩をすくめた。
「ミア、俺たちが口を出すと余計こじれると思う。ジュリアンの言う通り、アナスタシア様には黙っておこう」
「……分かったわ」
わたしはしぶしぶ頷いた。
本当は、兄の気持ちを確かめたかったのだが、どうやらわたしたちはやるべきことがたくさんあるようだった。
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