第65話 待ってていいの?
鏡に映った自分を見て、テオに見てもらいたいと思った。
夕食まではまだまだ時間がたくさんある。ちょっと顔を見るだけでもいいから、と自分に言い訳するようにして、着替えを手伝ってくれた侍女にテオの部屋を尋ねた。
侍女はテオがいる場所を知らなかったが、他の侍女に聞いてくれて案内してくれた。アナスタシアのお城は本当に立派で広い。部屋の数はいったいいくつあるのか。テオが休んでいる部屋まで案内してもらい、扉をノックすると、ファビオが扉を開けた。
「ミカエラ様」
わたしを見てにっこりとほほ笑む。
「なんとお美しい」
ファビオがすぐさま誉めてくれてわたしを部屋に入れてくれた。わたしは照れ臭くて、ファビオにお礼を言った。
部屋の中に入ると、わたしの部屋もすごく素敵だったが、テオの部屋も落ち着いた豪華な部屋だった。
テオも着替えを済ませていて、白いシャツにベストを着て、タイを結ばずにくだけた格好をしていた。
「ミア……」
ソファに座っていたテオが立ち上がってわたしを出迎えてくれた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「あ、あの……」
わたしは体が熱くなった。まさか、ドレスを見てください、なんて言えない。
言葉が見つからず思わずうつむくと、ファビオがうまくフォローをしてくれた。
「ミカエラ様は、テオドア殿下のご様子を見に来て下さったのですよ。今夜は殿下がエスコートされるのでしょう」
「ああ、そうか」
テオは気が付いたように言って、わたしを見つめた。
そして、恥ずかしそうに優しく笑うと、
「その……君はとても綺麗な子だから言われ慣れていると思うが、今夜もいつも以上に綺麗だと思う……」
照れた様子で言うのでわたしはポカンと口を開けてしまった。言われ慣れているなんて、そんな言葉がテオの口から出るなんて。
「まさか、そんなこと言われたことないし、わたしはテオだけに綺麗って言われたら、それで嬉しいから……」
二人で思わずうつむいてしまう。
ファビオもニコニコとそばで見ているし、もう恥ずかしくてたまらなかった。
そうか、今日はテオがエスコートしてくれるのか。
そう思うとドキドキした。
「あ」
「え?」
テオが顔を上げる。
「あの、テオに聞きたいことがあったの」
「うん」
「さっき、言いかけたこと、どういう意味だったの?」
アナスタシアの登場で話が途中になってしまっていた。
ずっと、あの言葉が気になっていた。
「記憶がなくてもいいのかって……」
「……聞こえていたんだな」
テオはばつが悪そうな顔をした。
「俺からしたら、住む場所も家族もいない、その上、記憶までないっていう自分が不甲斐なかったんだ」
「そんな……」
そんなのわたしも同じだよ。
テオの気持ちをもっと分かってあげていたら、とわたしは思った。
この異世界に戻って来た時、わたしは何もなかった。
この身ひとつで移動してきたわたしを抱きしめて守ってくれたのは、テオなのだ。 記憶がなくっても地位も関係なく、テオさえいてくれたらわたしは幸せなのだ。
それを伝えないといけない。
でも、上手に伝えられる自信がない。
わたしこそ相変わらず何もない、ただのミアなんだもの。
「わたしは……、テオが好きだから。テオの記憶がなくても、わたしはただ、そばにいていいのなら、いさせてほしいの……」
「ミア……」
テオもわたしも黙り込んだまま、静かに時間が過ぎていく気がした。
「待っていてもらってもいいだろうか」
「え?」
がばっとわたしは顔を上げた。
「俺が自分の気持ちを確かめるまで、待っていてもらえるだろうか」
「テオの気持ち?」
「できれば君には嘘をつきたくない。君はとても美しい子だ。でも、俺からしたらまだ出会ってすぐの女の子なんだ。もっと、ミアのことを知ってみたい気持ちはある」
「待ってていいの?」
泣きそうになる。
待っててもいいなら、待つ。記憶が戻らなくても、テオがいてくれるなら。テオがそう言うのなら。
わたしは泣くまいと唇を噛んだ。
泣いたら、きっとテオが困るから。
その時、コンコンとノックの音がして、ファビオがハッとすると扉の方へ駆けていった。扉を開けて声を上げる。
「リンジー様っ」
「妹はここにいるか?」
「ああ、はい。おられます」
「テオもいるんだろ。ちょうどいい、二人に話があるんだ」
兄の太い声はよく響く気がした。
泣きそうな顔を見られたくなくて、わたしはぐいっと目をこすった。
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