第62話 悪い人には見えない
エリスは草むらを掻き分けて、隠していたザックを背負った。
誰にも彼を拒否する権利などない。
わたしは何も言えなかった。
アティカスがわたしの背中を押して元来た道を促す。
エリスはニコニコしながら、わたしたちの後をついてきた。
どうして彼は笑えるのだろう。罠が仕掛けられ、ゴーレが死んでしまったのに。
エリスは、わたしの隣に追い付くと話しかけてきた。
「君たちの他にも仲間がいるのかい?」
「……ええ」
「ここで野宿するということは、ここの土地の人ではないんだろう」
「この辺りは危険なの?」
「ケイン国の領土だが、この辺はゴーレが出るため、罠が多く仕掛けられているんだ」
「あなたはケイン国の人なの?」
「僕は違う。ただの流れ者だ。でも、せっかくゴーレを見つけたと思ったのに」
「さっきの生き物がゴーレと言うのか?」
いつの間にか、わたしとエリスの後ろにテオがいて、わたしは心臓が止まりそうなほど驚いた。久しぶりにこんな近くでテオの声を聞いた。
「そうだけど、まさか、君はゴーレを見たことがないのかい?」
テオの記憶はどこまで忘れてしまっているのだろう。
名前も年も、全ての記憶がないのだろうか。
テオは慎重に言葉を探しているようだった。
見ず知らずの人に、何も記憶がない、と答えるのは危険すぎる。
テオが答えずにいると、
「驚いたね。ゴーレを知らないそんな人がいるとは」
エリスはそれ以上追及しなかった。
わたしはテオに少しでも話しかけるチャンスだと思ったが、言葉が見つからなかった。
テオはふいっと先に行ってしまった。
エリスも何も言わなかった。
トマスたちの元へ戻ると、ソフィーがすぐに駆け寄って来た。
「どうなったの? その人は誰?」
エリスが、ソフィーたちを見て、改めて自己紹介をした。
「僕はエリス。ゴーレについて研究をしながら、あちこち旅しているんです」
「へええ、それはいい」
トマスが目を輝かせて食い付いた。
トマスは誰とでも仲良くなってしまう。警戒心もないのだろう。エリスの肩を抱いて話こんでしまった。
「今日はここで野宿しましょう」
グレイスが言った。
わたしもすっかり疲れていた。
あの傷ついたゴーレに何もできなかったことが、少し後ろめたかった。
翌朝、早く起きて出発の準備ができると、グレイスが、ケイン国の城はもうすぐですと教えてくれた。
心なしか、彼女はとても嬉しそうな表情をしている。
アナスタシアに会いたがっていたのだ。楽しみで仕方ないのだろう。
トマスとエリスは、昨夜、話し込んでいたらしい。
寝不足なのかトマスがあくびばかりしている。
食事を済ませて一行は進み始めた。
エリスは、迷惑でなければ一緒に行きたいと言った。
今日もファビオと一緒の馬に乗せてもらう。
わたしは、彼に聞いてみた。
「ねえ、ファビオ。あの人どう思う?」
「あの人とは?」
「エリスよ。彼は、ゴーレの研究をしているのだそうよ」
「珍しい考えの持ち主ですね。何か話したのですか?」
「何も……」
「気になるのなら、お聞きになればいいのでは?」
「そうね……」
わたしは呟いた。
エリスはニコニコ笑っていて、何を考えているのか正直分からなかった。
「悪い人には見えません」
ファビオは静かに答えた。
それからグレイスを先頭に馬を走らせ、その日の昼を過ぎてようやくケイン国へ到着した。思っていたよりも早く着いて、グレイスは久しぶりの故郷に目を潤ませていた。
「グレイス」
わたしが声をかけると、彼女はそっと目じりの涙を拭いた。
「ごめんなさい。本当に久しぶりで、嬉しいのです」
ケイン国は立派な城塞都市だった。
ぐるりと城壁に囲まれた壁の中に、城を中心にして街が栄えていた。
綺麗な街並みだ。
人々も活気があり、食べ物も豊富にあった。
馬を走らせながら城へ近づく。
到着した時、門番は、グレイスが、ジニア国のウォルター殿下を捕らえたことをだいぶ前から伝えられて知っていたのだろう、ようやく戻って来たな、と騎士たちが嬉しそうに出迎えてくれた。
グレイスは、とても信頼されていることを知った。
厩舎に向かい、厩番に馬を預ける。
10日間もわたしたちを乗せて走り続けてくれた馬に感謝した。
幼い頃は、ずっと自分の足で歩いて旅をしてきたが、馬だとこんなにも早いのか、と感心する。
「わたしたちをここまで連れてきてくれてありがとう」
わたしは馬たちにお礼を言い、グレイスの案内するケイン国の城へと向かった。
グレイスは、わたしとテオに応接室で待つように言った。
アナスタシアとすぐに面会するよう伝えているらしい。
トマスたちが別室に向かい、わたしとテオだけが残った。
そのままの姿でいいからと応接室で待つことになった。
応接室の豪華さに圧倒される。部屋の壁には男女の肖像画がたくさんかかっていて、皆、美しい顔立ちをしていた。
部屋の中央には立派な一人掛けのソファと三人掛けのソファがあり、わたしとテオは並んで座った。
テオが隣にいる。久しぶりで緊張した。
でも、テオの表情は硬く、わたしの方を見ようとしなかった。
わたしは息が苦しかった。話かけたらいいのに言葉が出ない。
ぐるぐる考えていると、テオの方から話しかけてきた。
「ごめん」
「え?」
「グレイスから君のことはいろいろと聞いている。俺と君が幼い頃から一緒に育ってきた話も聞いたが、何一つ思い出せないんだ」
「う、ううんっ。全然気にしていないよ」
わたしは必死で言った。
過去を忘れてしまっても、テオとこうしてお話ができればそれでいい。
「わ、わたしはテオとおしゃべりできるだけですごく嬉しいの」
「記憶がなくってもいいのか……」
小さく呟いたテオの言葉が最後まで聞こえなかった。
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