第61話 仕掛けられた罠



 草むらをかき分けて進むと、月明かりが差し込む藪の中で、片方の翼を失ったゴーレが血を流しているのが見えた。ゴーレは動けずに叫んでいる。

 そして、その側に男の人がいた。


 アティカスが立ち止り、わたしは口を押さえた。


「な、何をしているの……」


 わたしは最初、彼がゴーレを傷つけたのだと思った。彼は苦しんでいるゴーレを観察しているように見える。瞬間、怒りに燃えた。


「あなたがそんなひどいことをしたのっ?」


 思わず悲鳴のような声をあげていた。

 男の人がびっくりして顔をこちらへ向けた。穏やかな顔立ちの青年だった。銀縁の眼鏡をかけている。

 彼は目を丸くしてわたしたちを見た。

 アティカスは腰に帯びた剣を彼に向けていた。


「何者だ」

「君たちこそ、いきなり出てきてそれはないでしょう」


 彼はにこっと笑って両手を挙げた。


「丸腰です。争いは致しませんから」


 そして、ゴーレをちらりと見た。


「僕がやったのではありません。罠にかかったゴーレの腕が切り落とされていたんです」

「罠……!」


 確かに罠が仕掛けられてあり、無残にも翼がちぎられている。


「みんなに知らせなきゃ」

「動かない方がいいよ。この辺りは罠が多く仕掛けられているからね」


 青年が淡々とした口調で言った。


「あなたは誰? ここで何をしているの?」


 わたしが矢継ぎ早に聞くと、青年は肩をすくめて立ち上がった。

 テオより2、3歳ほど年上だろうか、ほっそりした長身で上品な佇まいだった。


「僕はエリス。ゴーレの研究をしています」


 エリスと名乗った青年はわたしたちに近づいて来た。

 その時、後ろからガサガサと草をかき分ける音がして、振り向くとグレイスとテオが立っていた。

 彼女はゴーレの姿を見るなり弓を引き、その矢はゴーレの頭を貫通した。

 ゴーレは悲鳴を上げることもせず、息絶えた。


「なぜ? グレイス……」


 信じられない思いでグレイスを見た。

 彼女は険しい顔でゴーレを睨みつけると、次にエリスを見た。


「何者ですか」


 エリスは手を挙げて、肩をすくめた。


「勇敢なお嬢さん。美しい顔とは裏腹に悪魔の心を持ったお人のようだ」

「何ですって……?」


 グレイスの目が鋭く光る。


「グレイス、やめろ」


 テオが彼女を止めた。グレイスは納得のいかない顔で息を吐いた。


「ミカエラ様、ゴーレは傷ついていました。今のわたしたちにゴーレを救うことはできません」

「でも……」

「一刻も早く、ケイン国へ進むべきなのです」


 わたしは息絶えたゴーレに近寄った。

 目を閉じて死んでいる。人間と同じ赤い血は傷口から溢れ出て地面に染み込んでいった。


「殺すなんてかわいそうだわ」

「君は……、面白いことを考えるんだね」


 いつの間にか、エリスが隣にしゃがんでいた。

 彼の瞳は優しい淡褐色ヘーゼルだった。

 よく日に焼けていて、頬にそばかすが散っている。


 わたしは警戒するように彼を見た。


「あなたはゴーレの何を研究しているのですか?」

「もちろん、ゴーレと救世主の関係性だよ」


 救世主と言われてドキリとする。

 彼は、わたしの額をじっと見つめていた。


「救世主様に会えるなんて、僕はなんて幸運なんだろう」


 その時、アティカスが間に入りわたしをかばった。


「ミカエラ様にそれ以上近づくな」

「ミカエラ様って言うのかい?」


 答えられずにいると、彼はにっこりと笑いながら、


「もう少しここにいてごらん。面白いものが見られるよ」


 と言った。

 すると、突然、虫の羽音が聞こえてきた。

 無数の虫たちが飛んできてゴーレを覆いつくした。すると、あっという間に消えていった。


「自然の驚異とはまさにこれだね。ゴーレは元は人間だったって知っているんだろ?」

「……ええ」


 わたしは唇を嚙んだ。

 ゴーレのために何もできなかった。

 エリスはゴーレが完全に消えたのを確認すると、わたしたちを振り返った。


「ミカエラ様、なぜ、ゴーレがここにいると分かったのですか?」


 ニコニコした顔で聞かれる。

 わたしは本当のことを答えようか迷った。

 すると、アティカスが遮った。


「ミカエラ様、ここにいては危険だ。みんなのところへ戻ろう」

「僕も一緒に行ってもいいですか?」


 エリスが言った。

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