第58話 記憶を操作する
「さて、ケイン国は西にあるんだね」
トマスが馬の手綱を軽く持って先頭を進むグレイスに聞いた。
「はい。ここから西の方角へ。何事もなければ馬の脚だと10日ほどで到着するでしょう」
意外にもみんな馬に乗れるのだから、驚きだった。
わたしはもちろん馬には乗ったことがない。
そこで、なぜかファビオと相乗りをさせてもらっている。
テオは、わたしとあまり話をしたがらなかった。
アティカスが言うには、テオは人見知りが激しい人だと言う。
そうなのだろうか。
テオが記憶を失ってから、全然話ができないのだ。テオと話ができないことがこんなに苦しいのか、と感じていた。
「ミカエラ様は、テオドア殿下の婚約者なのですね」
ファビオが後ろから話かけてきた。
彼は、魔法を教わりたいチームにいて顔見知りであった。
「ええ」
「記憶を取り戻す魔法はないのですか?」
「記憶を取り戻す魔法……」
人の記憶を操作する魔法。
それは、もう一度テオに魔法をかけるということになる。
でも、テオに魔法をかけるのは気が引けた。
わたしの回復魔法で記憶を失ったのだから、今はテオの気持ちを一番に考えてあげたかった。
でも……。
「今のわたしは記憶を取り戻す方法がわかりません」
正直に答えると、ファビオも納得したようだった。
「彼はあなたを特に恐れているように思います」
「えっ」
ショックだった。
「な、なぜ?」
「それが彼に残っている感覚、記憶なのかもしれません」
「わ、わたしは迷惑だったのかな……」
ファビオが支えていなければ、落馬していたかもしれないほどわたしは動揺していた。
震えるわたしに彼は優しく言ってくれた。
「そうではありませんよ。彼の立場を考えたら、大切な人を巻き込みたくないって気持ちがあるのではないでしょうか」
「え?」
「テオドア殿下は、ご自分の立場を一番に理解していると思います。だからこそ、あなたを守りたいと思う気持ちが、一緒にいない方がいいのではないか、と思わせるのではないでしょうか」
「そんなっ。わたしはテオにそばにいてほしいのに」
「今の彼は記憶を失っている上に、状況も理解できていない」
ファビオの言う通りだ。
わたしだって同じ立場だったら、不安でたまらないと思う。
「ありがとう。ファビオさん」
「ミカエラ様、従者にさんをつける必要ありませんよ」
「でも……」
「では、親しみを込めてファビオと呼んでいただけますか?」
「はい!」
ファビオはわたしよりずっと年上だから。
でも、彼はとても優しい人であることは表情や言葉遣いからよくわかった。
わたしは視線を前に向けた。
わたしたちの前に、テオとグレイスがいる。
ここからではテオの後ろ姿ばかりで様子はわからない。
これから、長い旅が始まるのだ。
焦らない。
いつかきっとテオとまた笑いあえる日が戻ってくる。
わたしは信じて進み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます