第54話 石たちのざわめき



 部屋の中に入ると、窓辺のそばのベッドにテオが眠っていた。

 ジェイクもそこにいて、すぐに駆け寄ってきてわたしの体を支えてくれた。


「ミア、動いて平気なのか? 無茶をするなよ」

「師匠。ごめんなさい」

「ミアが無事で本当に良かった」


 ジェイクがわたしをぎゅっと抱き締めた。

 こんな顔のジェイクは初めて見た。心配かけてしまった。


「もう、無茶はしません」

「約束だぞ」

「はい」


 ジェイクが体を離して、わたしの頭をポンポンと軽く撫でた。


「師匠、テオは大丈夫ですか?」

「外傷はないが、まだ目を覚ましていない。けど、ミアが目覚めたんだ。じきに彼も目を覚ますよ」


 テオのそばまで連れていってもらい、顔を覗き込んだ。顔も綺麗なまま以前と変わらない。安心してまた泣き出してしまった。


「テオ……」


 わたしはテオの手をとった。

 冷たい。

 指先は氷のように冷たくなっていた。

 テオの冷たい手を温めようと、両手でそっと包み込んだ。


 使役の本とかお母様と会った夢とか、五つの石だとか、他にもいろんな出来事があったけど、わたしにとって一番大切なのはテオなんだ。


 目を閉じて願いを込める。

 アメリア、ジェニファー、ソファーやトマス、ここにいる人たちがみんな、テオの目覚めを待っているよ。


 わたしの額とおへその下の石がざわめきはじめた。以前よりも、もっと石を身近に感じる。

 みんなのエネルギーも分けてもらって、そして、いつも以上に胸がドキドキしているように感じた。


「ミア、あなた……」


 アメリアが呟いた。

 新たな力を感じながら、テオに癒しの魔法をかけた。

 手にぬくもりが戻り、顔色もよくなってきた。

 もう少しだ。

 回復魔法と浄化の魔法もさらに増やしてみる。

 テオの頬がピクリと動いた。

 指先が動いて、空気を吸うように口が少し開いた。

 テオがため息をつくように、小さく呼吸をする。瞼が動いて薄く目を開けた。


「テオ……」


 それ以上言葉が出なかった。

 わたしは泣き顔を見せたくなくて、無理に笑ってみた。


「テオ、目を覚まして……」


 わたしの名前を呼んでくれるのを期待した。

 ミアって、いつもみたいに優しい声で。

 でも、テオは目を開けてぼんやりして、何も言わなかった。

 ジェイクが顔を覗き込む。


「テオ、目を覚ましたか?」

「……誰ですか?」

「え?」


 手を握っていたわたしは、体が冷水を浴びた時みたいに冷たくなった。


「嘘……」

「ミア、落ち着け。テオは記憶が混乱しているんだ」


 ジェイクが冷静に言った。

 そうだ。ジェイクの言う通りよ。

 テオが目を覚ましたことを喜ばなきゃ。

 わたしは笑顔を作り、テオに話しかけた。


「テオ、どこか痛くない? 大丈夫?」


 すると、テオは握っていた手をすっと離した。


「すみません、俺はいったい……。何が起きているのか分からないんだが……」

「ミア、ジェイクに任せて、ちょっと離れましょう」

「う、うん……」


 アメリアに手を引かれ、ジェイク以外みんな部屋の外に出た。


「みんな、いつものようにそれぞれの仕事に戻って。ミアはもう少し休んでから、もっとご飯を食べなきゃね」


 隣の部屋に戻り、ベッドに寝かされる。

 正直、まだ頭も体もふらふらしていた。

 アメリアが、お母様みたいにわたしを寝かしつけて、布団の上からぽんぽんと叩いた。


「あなたのおかげでテオも目を覚ましたわ」

「アメリア、テオは……」

「テオのことは心配しないで。あなたもまだ回復していないのよ」


 アメリアがわたしの額に手を当てた。


「まだ、熱っぽいわ」


 アメリアがひんやりしたタオルを額に乗せてくれる。

 

「そばにいるから眠りなさい」

「アメリア、わたしね。眠っている間に、お母様に会ったの……」

「え?」

「いろんな事がたくさん起きて、それで……」


 目を開けていられない。

 テオのことも気になるのに。


「眠りなさい。起きたら、また、話を聞かせて」


 アメリアの声が聞こえて、そのまま眠ってしまった。


 

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